第46話 当たり前のこと
その後、生まれたての子鹿ばりにプルプルしながらなんとか立ち上がった幹太とソフィアは、やっとの思いで王宮の客間にたどり着いた。
「こ、こりゃすげぇ…客間って言うかゲストハウスって感じだ…」
「え、えぇ…ジャクソンケイブの私の家より広いです…」
幹太とソフィアは豪華な装飾がよく見えないほど高い天井を、ポカ〜ンと口を開けながら見上げている。
「王宮にはお付きの方をたくさん連れていらっしゃるお客様もいますから、このぐらいの広さが必要になるのです」
シャノンが奥の部屋へと続く扉を開けながら説明する。
「では、ソフィアさんはこちらのお部屋をお使い下さい」
シャノンが開いた扉の向こうは、中央に巨大なベットが置かれた広々とした寝室であった。
もちろん寝室といってもベッドがあるだけでなく、浴室や洗面所もきちんと備わっている。
「は、はぁ…ありがとうございます」
ソフィアはあまりに豪華な寝室を見て呆然としていた。
「では、幹太さんはお隣の部屋へ行きましょう。
ここと同じ作りですからご安心下さい」
「へ?この客間の別の寝室じゃなくて?まさかもう一つあるのか?」
「はい、この広間を含めて全部がソフィアさんの部屋になります」
「ま、マジか…」
幹太は改めてここが王宮だということを思い知らされた。
「はい、マジ?ですが…?」
ソフィアに与えられた大広間には寝室の入り口と思われる扉がまだまだあった。
シャノンはそれと同じ規模の客間が他にもあると言っているのだ。
「シャ、シャノンさん、この広い部屋に一人では心細いので…その…幹太さんもこの部屋でご一緒という訳にはいきませんか?」
一般庶民のソフィアには、この広い部屋を一人で使う度胸はなかった。
「心細い…?そうですか?
由紀さんは思いっきり一人で使ってますが…?」
由紀もこの王宮に来て以来、同じ広さの客間に泊まっているが、あまりの寂しさにシャノンの部屋と隣り合った寝室を使っている。
「ん〜そうですね…幹太さんもそれで良いですか?」
「う、うん。 俺もそれで大丈夫だよ。
実質、別々の部屋みたいなもんだし…」
幹太の言う通り、真ん中の大広間には扉があるが各部屋同士は繋がっていないようだった。
ソフィアの実家に泊まっている時の方が物理的な距離は近いぐらいだろう。
「それは危険なんじゃ…」
タッ、タッ、タンッ!
と、ソフィアの朝の状況をよく知るアンナが幹太とソフィアの同室に反対しようとしたところで、客間の扉の向こうから足音が聞こえてきた。
「あ、これ由紀の…」
と幹太が何か言いかけた瞬間、勢いよく扉が開かれ汗だくの由紀が客間に飛び込んでくる。
「幹ちゃん!!アンナ!!」
「由紀!」
「由紀さん!」
由紀は勢いもそのままにアンナを抱きしめた。
「良かった♪やっぱり無事だったんだね…アンナ」
「はい。しっかり幹太さんに守って頂きました…」
「うん。あ〜本当に良かった。
幹ちゃんも無事でよか…」
と幹太の方を向いた由紀が、アンナから手を離して彼に近づいていく。
「由紀も無事で良かっ…ん、由紀?どした?」
幹太はなぜか額に皺を寄せ、訝しげに近づいてくる由紀に聞いた。
「幹ちゃん、調子…悪いでしょ?」
「そ、そんな事は…ん?あれ?そういえば…ちょっとおかしいかも?」
言われてみれば、頭もボーっとしているし、体に力が入らない。
さらにはそこでガクッと膝の力が抜け、床に倒れそうになる。
「幹ちゃん!」
が、すぐに正面に立っていた由紀が幹太の両脇に腕を差し込み、しっかりと彼を支えた。
「ほら、やっぱり。ごめんシャノン、手を貸して」
由紀はシャノンの肩も借りて、客間のソファーにゆっくり幹太を座らせた。
二人はそのまま幹太を支えながら、彼の両側に座る。
「自分じゃ気づかなかったよ…どうしたんだろう?」
「うーん…アンナをちゃんとここまで連れて来れたから気が抜けたのかもね」
「…そういえば幹太さん、先ほどもよろけていましたね」
アンナは幹太が正面玄関の階段で、バランスを崩したのを思い出した。
「御者台で寝たりしてましたから、風邪を引いたのかも…?」
ソフィアはスッと自然に幹太のおでこに自分の手を当てて熱を計る。
案の定、前かがみになったソフィアの胸元はガッバガバだ。
「だ、大丈夫だよ!ソフィアさん!」
幹太はそう言ってソフィアの胸元から視線を外したが、その顔は真っ赤に染まっている。
そしてその拍子に、幹太は自分の腕が彼を支えるシャノンの胸な挟まっている事に気付いた。
『や、ヤバイ!ゆっくり抜かないと…。』
幹太はそっと手をシャノンの胸の間から引き抜いた。
どうにか気づかれずにミッションをこなした幹太が顔を上げると、目の前に真剣な表情をしたシャノンの顔がある。
「顔がすごく赤い…?やはり具合は良くなさそうですね。
すぐに医者を呼んできます」
「うん、お願いシャノン。じゃあ幹ちゃん今日はもう部屋で休んで。」
ムニュ!
由紀はそう言って幹太の腕を取り立ち上がらせたが、その時に引っ張った幹太の手が思いっきり由紀の胸にめり込んでいる。
再びの柔らかな感触に、幹太は焦って腕を引いた。
「ゆ、由紀!一人で立てるからっ!」
「もうっ!無理しないでいいから!アンナ、そっちお願い!」
「えぇ、では幹太さん、行きますよ」
と、アンナが掴んだ方の手も、思いっきり彼女の胸に触れている。
どうやら幹太の周りの女性達は、幹太に自分の体のどこを触られていようとも、あまり気にならないようだ。
幹太はそのまま両脇を支えられ、ソフィアが使う寝室の向かいの部屋のベッドに寝かせられた。
「じゃあ幹ちゃん、とりあえずお医者さんが来るまでちゃんと寝ててね♪」
「あ、あぁ、ありがとう」
元々の体調の悪さと、怒涛の波状エロ攻撃による疲労から、幹太は素直にベッドで休む事にした。
『あ〜なんかフワフワする…。
俺…本当に調子が悪かったんだなぁ…』
そう思いながら幹太は目をつぶり、シャノンが医者を連れてくる頃にはぐっすりと眠ってしまっていた。
「大丈夫ですかね、幹太さん…」
「どうでしょうか?お医者さんは後で起きてから検診するとおっしゃってましたが…」
「幹太さん、村を出てからお休みなしでしたからね。
やはりお疲れだったんですかねぇ〜」
しばらく幹太が眠っている間、四人の女性陣は王宮の大浴場に来ていた。
今はアンナ、シャノン、ソフィアの三人で湯船に浸かっている。
由紀は騎馬訓練の長靴などを脱ぐのに手間取り、まだ脱衣所でモタモタしていた。
「でも、やっぱり由紀さんには敵いませんね…」
アンナが目の前のお湯を掬い、ゆっくりと指先に流しながら呟く。
「本当に…一目で幹太さんの体調が悪いって分かっていましたからね。
私、一緒に居たのにぜんぜん気付きませんでした〜」
そう言うソフィアも寂しそうな表情で俯き、白く濁ったお湯を見つめている。
「そういえば…私も由紀さんと一緒にいる時に、幹太さんとの特別な絆を感じる事がありましたね」
それはシャノンと由紀がアンナを幹太を探して旅をしている時のこと。
シャノンと由紀は国境の町ストラットンの市場で聞き込みをしていた。
「私は肉屋や八百屋などで聞き込みをしようしていたのですが…」
ラーメン屋台の仕入れという事で、シャノンは食材の店を中心に聞き込みをしようと考えていた。
しかし、市場の入り口まで来た時、由紀がシャノンを引き止めて言ったのだ。
「シャノン、洋服の生地なんかが売っているお店って分かる?
まずはそこに行ってみたいんだけど」
そして、由紀の言う通りに二人で生地の専門店に行ってみると、
「おー来たよ、そんな感じの二人組。そこにある厚手で…確かその紺色の生地を買っていったな」
と、驚くほど簡単に幹太とアンナの情報を聞く事ができたのだ。
「どうして生地店だったのですか?」
宿までの帰り道、どうしても気になったシャノンは由紀にそう聞いてみた。
「前掛けが汚いラーメン屋さんにはお客さんが入らないんだって…」
それはまだ由紀が幼い頃、幹太の父が二人の前でよく言っていた事だった。
「幹ちゃん…おじさんの言いつけは必ず守るの。
たぶん予備の前掛けは持ってるだろうけど、そろそろ新しいのが必要な頃だろうなって…」
そして由紀は、幹太が前掛けを自作しているのを知っていた。
だから彼女はシャノンに生地店に聞き込みに行こうと言ったのだ。
「二人の歴史と言えば良いのでしょうか…?そういう物を感じましたね」
とそこへ、ようやく服を脱ぎ終わった由紀が浴室にやって来た。
「お待たせ〜♪」
由紀は桶にお湯を汲んで身体を流し、三人が入る湯船にゆっくりと足を入れた。
「お邪魔しまーす♪ふぅ〜、あ〜気持ちいい♪」
由紀が湯船に浸かったのを見計らい、アンナがスゥ〜っと近づいて来る。
「由紀さん、改めてお久ぶりですね♪」
「うん、久しぶりアンナ。
それで?そちらの方が助けたって人なのかな?」
「あっ、すいません、ソフィアさん。
由紀さん、こちらはソフィア・ダウニングさんです。
こちらに帰ってくる途中に出会って、三人一緒に旅をしてきました」
「初めましてソフィアさん。
私は柳川由紀、幹ちゃ…っと、幹太君の幼馴染です」
「はい。お話は幹太さんとアンナさんからよく聞いていました。
ソフィア・ダウニングです。
由紀さん、よろしくお願いします〜」
由紀とソフィアはお湯の上でキュッと握手をした。
「それで?みんなは何の話をしていたの?」
由紀パッと笑顔で振り返り、シャノンに聞く。
「由紀さんと幹太さんの絆についてですよ」
「絆…?ん〜?そんなのあるかな?」
どうも由紀には絆という言葉がしっくり来ていないようだ。
「あっ!そういえば…幹太さんも足音で由紀さんと分かっていました!」
アンナは先ほどの客間での幹太の様子を思い出す。
「あっ♪本当に?
そっか〜、何か嬉しいかも♪
私も幹ちゃんがうちの実家の階段を上がって来る音は分かるよ♪」
「すごいですねぇ〜。私も村に幼馴染が何人か居ますが、足音で誰かは分かりません〜」
「う〜ん、でもやっぱり絆ってほど大袈裟な感じはしないなぁ。
まぁ幹ちゃんと私はずっと一緒にいるからね。
経験則からお互いが何を思っているか分かるってことはあるの…かも?」
幹太の事が好きな気持ちは別として、自分と幹太の間にあるのは二人で一緒に居た長い時間だけだと、由紀は本気で思っている。
異性同士が長い間一緒に居られるのがとても特別であるという事が、彼女にはイマイチよく分かっていないのだ。
「やっぱり長く家族同士で付き合っていると、それなりに色々あるからねぇ〜。それを一つ一つ、頑張って二人で乗り越えてきたってだけだと思うなぁ〜」
由紀は肩までお湯に浸かり、ふぃ〜っと息を吐きながら話す。
『『『いえ、由紀さん!人はそれを絆と呼ぶのではっ!?』』』
三人は心の中でそうツッコミを入れていた。
「でも絆ってことで言えば、アンナとソフィアさんも幹ちゃんとかなり仲良くなってない?
さっき幹ちゃんが調子悪くなった時も、すっご〜く距離が近かった気がするなぁ〜?」
由紀は目敏くその辺りをチェックしていた。
「でしょう!私、由紀さんの居ない間、頑張りましたからね!」
アンナがお湯の下でフラットな胸を張り、ドヤ顔で答える。
「わ、私はそれほどでも〜」
「それほどでもあるよ!
その…アンナ、これはまた一人新たなライバルが増えたって事なのかな?」
「そうです!ソフィアさんは強力なライバルですよ、由紀さん!」
「あぁ、やっぱりソフィアさんもかぁ〜。
幹ちゃん、好きそうな感じなんだよなぁ〜」
由紀の今までの経験上、幹太は控えめで優しい雰囲気を持つ、ソフィアの様な女性がタイプであった。
「ん〜でも仕方ないっ!
ソフィアさん、幹ちゃんってすっごく鈍感だからお互い頑張って行きましょう!」
「そうですよ、ソフィアさん!一緒に頑張りましょう!」
「は、はぁ。が、頑張ります〜」
先輩二人の勢いに押され、ソフィアは思い切り幹太への気持ちを認めてしまっている。
「いい湯ですね…」
そしてシャノンは一人、少し離れた場所で三人の様子を眺めながら、のんびりとお湯に浸かっていた。
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