第40話 王都ブリッケンリッジへ

結果としてこの世界の週末に当たる二日間、ジャクソンケイブにはたくさんの家族連れが訪れた。

考えてみれば気候も良く、温泉の泉質も良いこの村はきちんと宣伝をすれば観光客を集めることが出来る場所である。

そして幹太達が豊富で新鮮な食材を使ってご当地ラーメンを作った事で、村人達が自分の村の隠れた魅力に気づくキッカケになったのだ。


「幹太さん、私、ラーメン屋さんをやって良かったです♪」


アンナは笑顔で食堂の建物から出てくる家族を見つめながら言った。


「うん。おれもずっとラーメン屋をやってきたけど、こんなに人の役に立てたと実感したのは初めてだ。

本当に頑張って今までラーメン屋をやってきて良かったよ」


幹太は最初、自分が生きる為に売れるラーメンを作りたいと思っていた。

そこからお客さんに美味しいラーメンを食べさせたいという気持ちに変わり、そして今回はお客とジャクソンケイブの村人達の為に美味しいラーメンを作ったのだ。


「始めた頃は苦労もしたけど、こうやって色々な人の笑顔を見ると、あの辛い時期も無駄じゃなかったんだなって思うよ」


幹太とアンナ、そしてジャクソンケイブ村の住民達の努力によって、この村の村おこしは成功への第一歩を踏み出したのだ。


「これでこの村の将来に希望を持つ事ができます〜♪」


と、二人より遅れて店から出てきたソフィアが言った。


「お二人はあとどれぐらいこの村に居られるんですか〜?」


「あ…」


「そうです!私、王都に戻らないといけないんでしたっ!」


またもや二人はジャクソンケイブの村おこしに夢中で当初の目的をすっかり忘れていた。


「…幹太さん、マズイです…さすがにそろそろ王都に向かわないといけません」


「あぁ、やばいな…由紀にもだいぶ心配かけてるだろうからなぁ」


幹太の脳裏にキィーっと怒る由紀の姿が思い浮かぶ。


「やっぱりそうですか〜。

そうですよね…お二人は王都に戻らないといけないんですもんね…」


そう言うソフィアの表情はとても寂しそうだ。

そんなソフィアの様子を見たアンナが突然、彼女の両手をギュッと握った。


「ソフィアさん!ソフィアさんも一緒に行きましょう!」


アンナはいかにもいい考えが思いついたというような表情だ。


「えっ、私も王都にと言う事ですか〜?」


「はい!一緒に王都に行きましょう。

大丈夫ですよね?幹太さん?」


「う、うん。

もちろんソフィアさんさえ良ければ、俺もそっちの方が助かるけど…」


確かにこれまでの姫屋の忙しさを考えれば幹太とアンナの二人で店を回すには無理がある。

日本から転移してきたサースフェー島ではリンネが手伝いをしてやっと店が回っていたぐらいだ。


「でも…私…。

アンナさん、少し考えさせてもらってもいいですか〜?」


王都に行くとなれば、しばらくはこの村には戻って来れない。

その他にも色々と考えなければいけない事があり、ソフィアには今すぐ答えを出す事ができなかった。


「大丈夫ですよ。私達もまだ準備も何もしてませんから。ね、幹太さん?」


「うん。だからあまり急がなくても大丈夫だよ、ソフィアさん」


「ありがとうございます。

私、しっかり考えてみます〜」


そしてその晩、


皆が寝静まった後、ソフィアは一人部屋で悩んでいた。


『どうすればいいのかな…』


考えてみれば、ソフィアは今まで長いこと村を離れた事がなかった。

旅行も幼い頃に家族でサースフェー島に行ったぐらいだ。


『麓へ野菜を卸す仕事は交代してもらえそうだけど…』


この村の人間のほとんどが馬車に乗れる。

日にちを調整すれば交代で麓の町やラークスの港までの卸しの仕事はできるであろう。


「ソフィア…?まだ起きてたの?」


とそこへ娘の部屋から漏れる明かりに気づいたティナが扉の外から声をかけた。


「ソフィア、開けるわよ」


ティナはそう言って扉を開け、ソフィアの部屋へ入ってくる。

夜になって少し肌寒かったのか、ティナは寝巻きの上に厚手のカーディガンを着ていた。


「ソフィア、なんか悩んでるでしょ?

もうっ、あなた子供の頃から悩むといつもそんな顔をしてるわよね♪」


ティナはそう言って、ソフィアの眉間に指を当てて揉んだ。


「そ、そうなの?自分じゃわからないわ」


「そうよ。悩むといつも眉間に皺がよっちゃうの♪

で、今回は何があったの?幹太さんの事?」


ティナはニヤニヤしながらソフィアに聞いた。


「か、幹太さんだけじゃないわ!

アンナ様と幹太さんに王都まで一緒に来ないかって誘われたの!」


ソフィアは真っ赤な顔でそう答える。


「あら、いいじゃない♪ぜひ行ってらっしゃいな♪」


とティナはあっさりと賛成した。


「でも…お家と村のお仕事もあるし…」


「大丈夫よ。家の事は私とお父さんでなんとかなるわ。

村のお仕事だってあなたに任せっきりじゃなくて、本当はみんなでやらなきゃダメな事なのよ」


とそこでティナはソフィアの肩に優しく手を乗せる。


「あなたは優しいから、村に残ってお家の手伝いをしてくれてるけど…大丈夫、私達だってまだまだ働けるわ。

だから幹太さんとアンナ様と一緒に行って、自分の好きな事を探してらっしゃいな」


ティナは自分の娘にこの世界の色々な場所に行って、様々な経験をしてもらいたいと思っていた。

しかもアンナと一緒に王都に行くのならば、よほどの事がない限り身の安全が保障されている。


「村に戻ってくるのはその後でも充分よ♪」


ティナはパチッっとウィンクして、人差し指で娘のおでこをツンっと突いた。


「ほ、本当に行っていいの?」


ソフィアは自分のおでこをさすりながら聞く。


「いいことソフィア、アンナ様は王族だけど恋に身分は関係ないんだからね♪」


「う、うん、がんば…ってそうじゃないわ!

確かにその…幹太さんの事は気になるけど…」


「ふふっ♪アンナ様と仲良くしていれば一緒にお嫁にも行けるけど、できたら独り占めしちゃいなさい♪」


「もー!だからっ!ん〜まぁいいわ」


ソフィアはそこでふぅ〜と一息ついた。


「ありがとう、お母さん。

私、二人と一緒に行ってみる。

たぶん最初から一緒に行きたかったんだと思う」


「そうよ。ちっちゃい頃から冒険大好きソフィアちゃんなんだから。今までが大人し過ぎたの。

あっ!あとお父さんには私から話すから心配しないでね」


「だ、大丈夫かな?お父さん?お母さん、お、穏便にお願いね」


「はい、はい。とにかくあなたは明日二人にちゃんとお返事をするのよ」


「ん〜本当に大丈夫かなぁ〜?

でもそうね、明日ちゃんとお二人に返事をしなきゃ」


「じゃあ私はそろそろ部屋に戻るわ。おやすみソフィア」


「うん。おやすみなさい、お母さん」


翌日、


朝一番でソフィアは自分も一緒に行きたいと幹太とアンナに伝えた。

パットは早朝から畑に出ており、まだティナから話を聞いていない。


「ソフィアさんと旅が出来るなんて嬉しいです♪」


ソフィアの返事を聞いてからアンナずっとご機嫌だ。


「私もお二人と旅ができるなんて夢みたいです。

しかもアンナさんと王都に行けるなんて〜♪」


「私も楽しみです♪ちゃんと王都を案内しますからね♪」


幹太がこれから先の旅に向けてキッチンワゴンの補修をしている為、アンナとソフィアは二人で旅の買い物に出かけていた。


「王宮に帰ったら、シャノンと由紀さんと一緒に私の部屋で女子会をしましょう♪

もちろんお二人の事もちゃんと紹介しますからご心配なくです♪」


アンナは楽しそうにそう言ったが、それを聞いていたソフィアはかなり驚いた。


「わ、私、王宮に入って良いのでしょうか〜?」


「もちろんですよ!私のお友達ですから!

と言うより、お友達を王宮以外の場所に泊めるなんて私の家族も許してくれません!」


「そ、そうですか…。

あの….ではアンナ様よろしくお願します〜」


「もちろんです!お任せ下さい、ソフィアさん!あといつも通りアンナさんで大丈夫です!」


ソフィアはそこでふと疑問に思った事をアンナに聞いてみることにした。


「…それでアンナさんは、ご家族の方々に幹太さんをどの様にご紹介なさるのですか〜?」


ソフィアの質問を聞いた瞬間、アンナの表情がビキッっと強張る。


「ええっとですね…も、もちろんお父様とお母様には大好きな方だと紹介します…。

大丈夫です…出来ます…アンナはやればできる子なんです」


言葉とは裏腹に、アンナは急激に自信を失い始めた。


「確か…アンナさんはお姉様もいらっしゃいますよね〜?」


アンナの姉、ビクトリアのシスコンはこのジャクソンケイブにも知れ渡っている。


「そ、そうなんです!お姉様が問題なんです!

命が…幹太さんの命が危ないっ!

どうにかして幹太さんを守らないとっ!

いざとなったら由紀さんと協力して、お姉様を縛り上げてトドメを…いいえ!それは最後の手段です!」


どうやらアンナは王族の監禁まで検討しているようだ。

その後もアンナは額に冷や汗を浮かべながら何やらブツブツと独り言を言っている。

ソフィアにはそんなアンナの様子がお姫様ではなく、恋する普通の女の子の様に見えて思わず微笑んでしまった。


「ふふふっ、そうですか♪

ではアンナさん、幹太さんは私が貰っておきますね〜♪」


ソフィアのその言葉を聞いてアンナはハッと正気に戻った。


「あーもう分かりました!

いざとなったら文字通り命がけでお姉様にも素直な気持ちをご報告します!」


「たぶんそれが一番ですよ〜♪」


とは言え往生際の悪いアンナは、その後もしばらく何とか姉に報告せずに済む方法はないかと考えていた。


そして数日後、王都へ出発する日がやって来た。

幹太達は全ての準備を終え、ダウニング家の前で別れの挨拶をしている。


「パットさん、ティナさんお世話になりました。

またこの村に寄りますから、その時まで元気でいて下さい」


「ティナさん、ソフィアさんの事は私、アンナ・バーンサイドの名にかけてきちんとお預かり致します。安心してお任せください」


ティナは幹太とアンナの前に出て、二人の手を握った。


「アンナ様、幹太さん、お二人共お元気で。

ソフィアをよろしくお願いしますね」


「んがー、もががっ!」


「あら♪ウチの人もお元気でと言ってるみたいです♪」


パットはなぜか椅子に縛られた状態で見送りに出ていた。

彼は今朝になって突然ティナから幹太とアンナの旅にソフィアも同行すると聞かされた。

もちろんパットはソフィアの同行に反対だったのだが、反論しようとした瞬間、ティナの当て身を喰らい昏倒し、気づいた時には椅子にぐるぐる巻きに縛られていた。


「お父さん、お母さん、行ってきます。

二人で居てもちゃんと仲良くしていてね…」


ソフィアはそう言って二人の肩に手を回して抱きしめる。


「気を付けて行ってらっしゃい、ソフィア。

私達の事は気にせず、たくさん楽しんでくるのよ♪」


「もががー!(ソフィアー!)」


「はい、お母さん。お父さんも元気でね。

では幹太さん、アンナさん、お待たせしました。出発しましょう〜」


ソフィアは少し離れた場所で親子の別れを見守っていた幹太とアンナに声をかけて、三人は揃って馬車に乗り込んだ。


「それではまた!さようなら!」


「ティナさん!パットさん!お元気で!さようならー!」


「それではお二人共、出発しますよ〜」


ピシッとソフィアが手綱を打って、姫屋の馬車はゆっくりとシェルブルック王国の王都ブリッケンリッジに向けて出発した。

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