第24話 焼き鳥?鰻?いいえ、焼き豚です

数日後、幹太とアンナが街道ラーメンが試作を終えて、ラークスを出発する日がやってきた。

二人は朝から馬車に乗って、役場の厩舎いるトムに別れを告げにやって来ていた。


「トムさん、ありがとう。

おかげで旅が続けられます」


幹太はそう言ってトムと握手をする。


「トムさん、ありがとうございます♪」


アンナもそう言って、トムに手紙を手渡した。


「これはこの馬車に乗って来た二人への手紙です。

トムさん、二人が戻ってきたら渡していただけますか?」


「あぁ、分かったよ。

ちゃんと渡しておくから、二人共気をつけて旅をするのじゃ」


トムは手紙を受け取って、しっかりと胸のポケットしまった。


「ありがとうごさいます♪トムさんも体調に気をつけて下さいね」


「トムさん、お世話になりました。じゃあ行ってきます」


幹太とアンナは、トムに手を振って、ラークスの町から旅立った。

二人が町を出てしばらくは平坦な道が続いている。


「のどかだなぁ〜」


「そうですねぇ〜」


この辺りは畑が多く色々な作物が栽培されているようだ。

馬車の手綱はアンナが握っている。


「アンナ、よく考えたら俺、馬車の運転なんてできないぞ…」


昨夜、深刻な顔でそう言った幹太に、


「あ、私できますよ♪」


と、アンナがあっさり答えたのだ。

このおてんば姫は、よく王宮で馬車に乗ったり、馬の世話をしていたらしい。

幹太は御者台のアンナの隣で、広大な景色をのんびり眺めていた。


「やっと旅が始まったって感じがするな。

いや〜こうして見ると、やっぱり俺らの世界と違うんだなってしみじみ感じるよ」


「そうでしょうか?幹太さんはどこが違うと思います?」


アンナは丁寧に手綱を操りながら幹太に聞く。


「やっぱり道かな〜。こんな真っ直ぐで舗装されてない道路なんて、たぶん日本にはないと思うよ」


「あぁ、それはそうかもしれませんね。

この辺りはお家も少なくて、見通しも良いですから余計にそう感じるんでしょう」


二人はらそんな話をしながら、山ルートと平坦な遠回りルートの分岐する町に向かって馬車を走らせていた。

馬車を引く二頭の馬の足並みは順調で、屋台を乗せた荷台の重さは問題ないようだ。

屋台にもこれといった支障はなく、キチンと固定できているようであった。

アンナはそのままのペースで馬車を走らせて、二人は何事もなく昼前にルートが分岐するフットの町に着いた。


「ここがフットですよ♪幹太さん♪」


「おぉ!けっこう早く着いたな」


フットの町の規模はあまり大きくななかったが、シェルブルックへの交通の要所であるため多くの馬車や人が往き来している。


「大きな分岐の町だけあって、やっぱり人が多いな。

予想通りで良かったよ」


「そうですね。馬車の数だけならばラークスより多いかもしれません」


二人はそのまま馬車走らせ、人々が行き交うフットの町の中心までやってきた。


「よし!そんじゃとりあえず水を汲んで、店の場所を決めちゃおう!」


「はい♪」


幹太とアンナは町の井戸で水を汲み、町の入り口近くの広場に馬車を止めて開店の準備をする事にした。


「アンナ、やっぱり許可は要らないって。

広場には先着順でお店の場所を決めていいらしい」


幹太は広場の周りで商売をしている他の屋台の店主に、この場所で店を開くための許可がいるかどうかを聞きに行っていた。


「やりましたね、幹太さん♪

それでは、どこでお店をやりますか?」


「街道の出入り口のいい所は取られちゃってるしどうするかな…?

ん〜まぁウチのキッチンワゴンは大きいから、あえて真ん中でやっちゃおうか」


「はい♪アンナ、了解です♪」


アンナはそう言って、広場の中ほどに馬車を停めた。


「んじゃ組み立てますか!」


「はい!やりましょう!」


二人でテーブルやイスをワゴンの中から運び出し、コンロの上にスープの入った寸胴鍋を置き、水洗に先ほど汲んだ水をセットした。

幹太が考え抜いて作った姫屋キッチンワゴン店は、あっという間に店の形になった。

そして、幹太はそのままラーメンの仕込みに入る。


まずは麺だ。


「この機械を見つけたのはラッキーだったな」


今回は幹太がラークスの町の市場で見つけた、パスタマシンのような機械を使って麺を打つ。


「よし。生地はちょうどいい具合なってるぞ」


幹太は生地の塊を指で押して確認した。

幹太が朝イチで作っておいた麺の生地は、万人に受け入れられる事を目標に作ったものだ。

小麦粉とサースフェーの水を使ったかん水、とそこまでは前の麺と変わらない。

その後、通常の水を少なめに加える低加水麺という麺にした。

低加水麺にする事によって歯ごたえが硬くなり、コシがでる。

日本では博多ラーメンの麺に多い手法だ。

幹太はそこに全卵を入れることで、噛んだ時にモチモチとした食感が出るようにしていた。

これは日本で幹太が作っていたラーメンの麺に近い。

むしろ卵の質の良いこちらの世界の方が、食感はいいぐらいだ。


「昨日、試した時は上手くいったけど…」


幹太はそう言って、パスタマシンの様な製麺機に生地をセットする。

機械の上に生地を乗せてハンドルを回すと、下から細いストレートな麺が出てきた。


「よし。大丈夫そうだ。

これだけしっかりと張りのある麺だったら細くていい…」


幹太はすぐに出てきた麺に、麺同士がくっつかないための粉を打つ。

そして手早く一人前ごとの量にまとめて麺箱にしまった。


「美味しかったですもんね、その麺♪」


アンナは再び幹太が回した製麺機から出てくる麺を楽しげに見ながら言う。


「そうだな。もし俺がもう一度日本で屋台をやることがあるなら、この麺を使ってラーメンを作るだろうな♪」


幹太は生き生きとした表情でハンドルを回している。

しかし、そんな幹太を見てアンナは少しだけ不安になった。


「幹太さん…もし日本に帰るチャンスがあるとしたら、すぐにでも帰りたいですか?」


気づけばアンナはそう聞いていた。


「えぇっ!突然どうしたんだ?」


「い、いえ、いざという時の為に聞いておこうかと…」


幹太はそんなアンナの質問に、製麺機を回す手を止めて一瞬考える。


「ん〜、今はチャンスがあっても帰らないかなぁ〜。

もちろん日本でラーメン屋をやりたいって気持ちもあるけど…、今はこっちの世界でラーメンを広めていく方が楽しいし、アンナを王宮まで送り届けるって重要な任務もあるからな。

うん。やっぱり今すぐ帰りたいとは思ってないよ」


「そうですか…。私、そのお気持ちに甘えていて良いのでしょうか?」


「もちろん!ぜひ甘えてくれよ!

日本でラーメン屋をやっていたら、こんな機会は絶対に無いからな。

こっちとしても望むところって感じだよ。

まぁつっても、由紀の両親や友達には連絡したいって思うけどな」


「そ、そうですか…」


アンナは笑顔でそう話す幹太を見て、心からホッとした。


「私、これから精一杯幹太さんのお手伝いをして、その恩返しをしていきます!」


アンナは両手を握って、フンッと気合を入れた。


「ははっ♪アンナ、一緒にやってんだから手伝い気分じゃ困るよ。

もう正式にアンナのお店でもあるんだからね」


幹太は冗談半分でアンナにそう言った。


「そうでした!私、姫屋のオーナーの一人として頑張ります!」


「あぁ、よろしく頼むよ。

さて、んじゃ次にいきますか」


幹太はクーラーボックスから、大きな四角い金属の容器に入ったチャーシューの肉を取り出した。


「うん。よく浸かってる」


「はい♪すっごく美味しそうですっ♪」


「ははっ♪アンナ、まだ食べちゃダメだぞ♪」


アンナは生のままでカブリつきそうな勢いだ。

容器の中には幹太が日本にいる頃から継ぎ足して使っている醤油ベースのチャーシューたれに生姜とニンニクのスライスが浮かび、そこに一度ラーメンのスープで煮たチャーシューが浸かっている。


「そりゃ味覚が変わらないんだったら、同じような調味料があってもおかしくはないよな」


「はぁ、そういうもんですかね〜?」


幹太はラークスの宿の主人とこちらの食事ネタで雑談をしていた時に、こちらの人達は魚を刺し身で食べる文化がある事を知った。


『これは必ず醤油に近い調味料があるはず…』


と思った幹太は、さっそく市場で醤油を探す事にした。

地球でも醤油の原料である大豆は多くの国で栽培されている。

この広い大陸ならば、醤油があってもおかしくはなかった。

幹太が市場の調味料を扱う店に行くとあっさりと醤油は見つかった。


そしてさらに、幹太はそこで海藻から作られたという顆粒の調味料を見つける。


『おっ!なんだか見覚えがあるな…なんだっけ…?』


と、思った幹太が何に使うのか店の店員に聞いてみると、


「色々と使えるよ。さっと料理に一振りするだけで美味しくなるのさ」


と言っていた。

それを聞いた幹太はピンときた。


「これってグルタミンなんじゃないか…?」


グルタミン。

日本ではサトウキビから作られる商品で有名な調味料である。

あまり知られていない事だが、このグルタミンはほとんど飲食店で使われている。

飲み屋行って漬け物を頼み、出てきた漬け物に塩のようなものが付いていたら大抵このグルタミンで間違いない。


「これでチャーシューのタレが作れる!」


幹太はこの調味料の発見を大いに喜んだ。

実はそろそろ、日本から持ってきたタレが残り少なくなっていたのだ。

幹太はすぐに宿に帰り、厨房を借りてチャーシューのタレを仕込み始めた。

醤油や酒、海藻のグルタミンなどを鍋で沸かしてよく混ぜる。

それをしばらく煮詰めればチャーシューのタレの完成だ。


「あとは味が決まっていれば…」


幹太はそうして出来上がったタレを恐る恐る味見した。


「やった!文句なしの出来だ!」


そうして、今回のラーメンに使うチャーシューのタレは出来上がった。


「幹太さん!準備できました!」


と、アンナに呼ばれて幹太が顔をそちらの方へ向けると、アンナがコンロの上に焼き網をセットしていた。


「ありがとう、アンナ。

そんじゃあじゃあ焼きますか!」


ジュウゥ〜


幹太はそう言って、コンロに火を入れて焼き網の上にタレから取り上げたチャーシューを乗せ焼き始めた。

焼き始めた直後から、姫屋の周辺は醤油の焼ける香ばしい匂いに包まれる。


「いや〜チャーシューを本当に焼くのは初めてだよ」


幹太は注意深く焼け具合を確認しながら、網に乗せたチャーシューを回転させていく。


「幹太さん、チャーシューって焼く豚って書くんじゃないんですか?」


アンナが疑問に思うのはもっともだ。


「うん。そうなんだけど、本当に焼くお店は少ないと思うよ」


実はそうなのだ。

日本のラーメン屋でも、焼豚を本当に焼くお店は少ない。


「味の染み込みと衛生面を考えて、まずチャーシューはラーメンのスープで煮るんだ。

そんでその後は、醤油のタレで煮るか漬けるかするお店がほどんじゃないかなぁ〜」


幹太も日本ではそのやり方でチャーシューを仕込んでいた。


「そうだよなぁ〜焼豚なのにな…」


と言いながら幹太が回転させている焼き豚は、ジリジリと焼き目がついていく見るからに美味しそうだ。


「私、あんなに味見が止まらなくなったのはこのチャーシューが初めてでした♪

乙女を惑わす魔の豚さんですね♪」


幹太がラークスで初めてこのチャーシューを作った時、アンナはこの匂いの誘惑に抗えなかった。


「か、幹太さん、あと一口、あと一口だけ…」


「お、おう…まだ食べれるのか…」


というように、アンナは幹太の試作した二本のチャーシューの内、ほぼほぼ一本を食べ切ってしまったのだ。


「ははっ♪気に入ってくれて良かったよ。

しかし一本丸ごとって…凄かったなぁ、アンナ」


「えぇ、ちょっとやり過ぎました。私、あの後晩ご飯を食べれませんでしたからね。

んっ?あら…?」


とそこで、アンナは周りの異変に気がついた。


「ええっ!これっ!?

幹太さん!周り!周りを見て下さい!」


「ん、どうした、アンナ?周りって…?

…わ〜お…」


アンナに呼ばれた幹太は顔を上げ、周りの状況を見て言葉を失った。


「まさかこんなに集まるなんて…」


「えぇ…すごい人だかりですよ、幹太さん」


姫屋のキッチンワゴンは、この焼きチャーシューの匂いにつられてやってきた大勢の人に囲まれていた。


周りにいる人達は、


「なんだぁ?あの店は?」


「昨日まではなかったよな?しかし美味そうな匂いだ」


などと口にしながら、姫屋を遠巻きに眺めている。


「いや、これは予想以上だ。

確かにわざとここで焼いたんだけど…さすがにここまで効果があるとは思わなかったよ…」


幹太は若干引き気味だった。

幹太は焼きチャーシューを試作した時点で、この匂いが宣伝に使えることに気が付いた。

だからあえて、この手間のかかる作業を屋台を営業するこの場所で行なっていたのだ。


「か、幹太さん…私、開店後が恐ろしいです…」


アンナは若干ではなく完全に引いている。


「お、俺もだ。ずっと屋台をやってきたけど、開店前にこんなに人だかりができたのは初めてかもしんない…」


二人は開店後の地獄を想像する。


「い、いや!お客がたくさん来るのは望むところだ!

頑張っていこう、アンナ!」


幹太は半ばやけくそでそう言った。


「はい!やるしかないですもんね!頑張りましょう!」


アンナもそう言って自分を奮い立たせる。


「じゃあアンナ、暖簾をよろしく!」


「はい!アンナ了解です!」


アンナは馬車の上になり、今までより高い位置になった屋台の軒先きに内側から器用に暖簾をかけた。

そしてそのまま馬車を降り、屋台の前で叫ぶ。


「ラーメン姫屋開店でーす!新しい料理!ラーメンはいかがですかー!」


そんなアンナの掛け声と共に、二人のフットでの戦いが始まった。


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