第22話 幹太の夢

前日、早寝してゆっくり休んだ幹太とアンナは、朝からラークスの役場を訪れていた。

ここの厩舎になぜシェルブルックの馬車が置いてあるのか、理由を聞くためである。


「あの〜確かに馬車の保管に関する書類はありますが、それを身分を証明が出来ない方に見せる訳にはいかないんです…」


アンナが昨日とは別の受付の女性に馬車の事を聞くと、彼女は申し訳なさそうにそう答えた。


「いや、ですから私はアンナ・バーンサイドです。本当に王族の人間なんですが…」


アンナはしゅーんとした表情で受付の女性に言った。


「あぁ、そんなに落ち込まないでください。

でも、あの…やっぱりお見せできないんです。

ビクトリア様はお見かけした事があるのですが、私はアンナ様をお見かけしたとこがないのです。

本当に申し訳ありません」


受付の女性は、アンナのような綺麗な子が落ちこむ姿を見て一瞬グラっときたが、やはり身分を証明する物がない限り書類を見せることは出来ない。

そして彼女は、色々なものと葛藤して最後にこう言った。


「う、う〜ん、分かりました。

じゃあアンナさん、わたし今から独り言を言いますね」


「独り言ですか?」


「はい、独り言です。

厩舎に馬車を停めるには、厩務員さんの手伝いが必要なんじゃないかな〜?

その人に聞けば、誰が馬車に乗っていたか分かりそうだなぁ〜」


「はい!ありがとうございます!」


と、それを聞いたアンナは、パァと顔を輝かせてすぐに役場の外に出た。


「やりましたよ〜!幹太さ〜ん!」


アンナが外のベンチで待っているはずの幹太のところに戻ると、何故かそこに彼は居なかった。


「あれ…?幹太さんはどこでしょう?」


と言って周りを見回すが、幹太は見つからない。

アンナは仕方なく、その辺を歩いて幹太を探すことにした。


「いませんね…?とりあえず私だけで厩舎に行ってみましょう」


そう思ったアンナが厩舎の前まで来てみると、なぜか中から幹太の声がする。


「幹太さん?こちらに来ていたのですね。あら…?」


アンナが厩舎の中に入ると、幹太が厩務員であろうお爺さんと仲良く談笑していた。


「お前さん、若いのになかなか苦労してるんじゃな」


「えぇ、まぁそうなんですよ。そこそこ苦労しました」


そこで幹太は厩舎の入り口に立つアンナに気づいた。


「おっ、アンナお帰り。どうだった?」


「やっぱりお姫様作戦はダメでした。

けど、厩務員さんにお話しを聞いてみたらいいと教えてもらいましたよ♪」


アンナは幹太の方へ歩いて来る途中で、シェルブルックの二頭の馬の前で立ち止まり、優しく撫でながら彼らに話しかける。


「おはよ〜二人共♪

今日もピカピカにしてもらって良かったね♪」


馬達も目をつぶって気持ち良さそうにしている。


「アンナ、こちらの厩務員さんの話だと、あの馬車に乗って来たのはシャノンと由紀っぽいぞ」


「えぇっ!?幹太さん、もう聞いてしまったんですか?」


アンナは驚いた。

自分が色々と遠回りしている間に、幹太は接客業で培った人あたりの良さで、とっくに情報を得ていたのだ。


「肩ぐらい黒髪で軍服を着た女性と、長い茶髪で見たことない形の鞄を持った元気な女の子の二人組って、たぶんそうなんじゃないか?

アンナの知り合いで、他に誰か思い当たる人はいる?」


厩務員の見た事のない鞄とは、由紀のスポーツバッグだろうと幹太は当たりを付けていた。


「うーん、確かに王宮にいる人で他に思い浮かぶ人はいませんね。

というか、黒髪の女性はシャノンで間違いないでしょう。

とすると、ロングの茶色い髪の女性で、シャノンと行動を共にする人は王宮の人間の中にはいません」


シャノンは王宮ではアンナ付きの護衛官兼護衛だ。

共に行動するのは男性の護衛官か、導師のおじいちゃんなのである。


「お爺さん、その二人がどこに向かったか分かりますか?」


アンナが椅子に座る厩務員に聞く。


「ワシはトムじゃよ、お姫さん。

あの二人なぁ….たしか船に乗るって話してたが…?

どこに向かったかまではワシには分からん」


トムがそう答え、それを幹太が補足する。


「アンナ、一応トムさんには俺たち事情を簡単に話してるんだ。

この二頭の馬と馬車はアンナの国の物ですって」


「そうですか。

トムさん、私はアンナ・バーンサイド。

シェルブルックの王女です。

二人は他に何か言ってませんでしたか?」


アンナは初めて会うトムの事をなぜか信頼していた。


「ん〜なんつってたかなぁ〜?

とにかく早く二人を見つけないとって話してたなぁ。

それがあんたらなんじゃろ?」


「そうです。彼女達が探しているのは私達で間違いありません。」


「そうか。とりあえずワシはあんたが王女だって信じるよ。

そこの二頭があんなに落ち着いて撫でられてたからな。

ちゃんとあんたの顔を覚えていたんじゃろ」


「あ、ありがとうございます、トムさん♪」


アンナは内心飛び上がるほど嬉しかった。


『私、この町に来て初めて王女と信じてもらいました!』


というか、実際にちっちゃくガッツポーズしている。


「うーん、行き先がわからないんじゃなぁ。

とりあえず俺たちができる事は書き置きをしていくぐらいか…?」


「そうですねぇ〜。それぐらいでしょうか?」


結局、昨日と何も変わらない八方塞がりの状況に二人は頭を抱えた。

しかし、そんな二人にトムが空気を読まずに話しかける。


「んで、あんたらあの馬と馬車は引き取ってくれるのか?

馬はさておき、馬車の方はデカすぎて困ってるんじゃが…」


それを聞いたアンナと幹太はピタリと動きを止めて、二人同時にトムの方へ振り返る。


「「いいんですか?」」


二人はハモってトムに聞く。


「あんたはシェルブルックのお姫様なんじゃろ?

だったら何の問題もないんじゃないかい?」


幹太とアンナは反対側に振り返り、トムに聞こえない声でヒソヒソと相談を始めた。


「…アンナ、ホントに問題ないかな?」


「…大丈夫だと思います。シャノンと由紀さんは一頭づつ馬を連れていってます。

さらに私はリアルプリンセス。

なんの問題もないはずです。」


「んじゃ、そうする?」


「はい。それでいきましょう」


二人は再びバッとトムに振り返り。


「「こちらで引き取らせて頂きます!」」


と、二人は揃って頭を下げて言った。


とりあえず明日、馬と馬車を引き取りに来るとトムに言って、すぐに二人は旅の準備のため、市場で食料や水、一通りのラーメンの材料を買った。

最終的に二人では持ちきれない量になったので、幹太は配達を頼んで先に帰ることにした。


その帰り道、幹太はなんとなく不思議に思っていたことをアンナに聞いてみた。


「そういや、アンナはトムさんをずいぶん信用してたけど。どうしてなんだ?」


「んー、それはですね、厩舎や馬達がとってもキレイだったからです。

あんなに丁寧に馬の世話をする人に悪い人はいません」


「なるほど。そう言われみれば確かにキレイだったな」


そして、アンナの方も幹太に聞きたいことがあった。


「幹太さん、姫屋の屋台はどうやって積むつもりですか?

いくら馬車が大きくても、二頭で引くには屋台は重すぎます」


と言って、アンナが幹太の方を見ると、なぜか彼はキラキラとした笑顔だった。

あまりに突然の笑顔にさすがのアンナもちょっと引いたぐらいだ。


「あのさアンナ、少し馬車を改造していいかな?」


「ええ、ぜんぜん構いませんよ。好きに改造してください」


それを聞いた幹太は、夢みる少年のような瞳でアンナの両手をガシッと握った。


「良かったっ!実はやりたい事があるんだ!

えっと、重さは車輪と引き手と…屋根も取っちゃって大丈夫だと思う。

それと…まぁあとは完成してからのお楽しみって事で!」


幹太のやりたいことは分からないが、とりあえず彼の様子を見てときめいたアンナは、


『私、絶対この人と結婚するぅ〜♪』


と心の中で誓った。


翌日の朝、


幹太は屋台を引いて役場の厩舎に来ていた。


「よし、一気にやっちまおうっ!」


彼は厩舎に着いてすぐに屋台の解体を始める。

いざという時のために、工具は屋台の底にある工具箱に入れてあった。

彼はまず、設備を一通り下ろして屋根の取り外しにかかる。

その様子をアンナとトムは興味深く見ていた。


「あれが屋台かね?車輪が付いているのは初めて見るな。

確かにあれならいちいち荷車に積まなくていいから便利じゃの」


トムは初めて見た形の屋台をみてそう言った。


「はい♪とっても便利ですよ♪

着いてすぐにお店を始められますから。

でもなにやら今回は車輪を外すみたいです」


二人がそんな話している間にも幹太は解体を進め、すでに屋根は地面に置かれていた。


「ふぁ〜あっちいな〜」


幹太は額に玉のような汗をかき、黙々と作業を続ける。

屋台の重さのほとんどは設備と食材、そして食器である。

それを下ろしてしまえば、よくあるリアカーの重さと大して変わらない。


「これでイケるかな?」


幹太は屋台の底面の四隅に厩舎にあった木材を噛ませて車輪の取り外しにかかった。

さらに屋台を軽くする為に、車軸と車輪を外そうとしているのだ。


「アンナー!ごめん、手伝ってくれ!」


「はーい!アンナ了解です!幹太さ〜ん、どうしたらいいですかー?」


アンナは幹太のいる屋台の反対側にしゃがみ込み、車輪の間から幹太を覗いた。


「そっちの車輪を押さえててくれ!」


「はーい!押さえましたー!」


「よーしいくぞ!イチ、ニッ、サン!」


ガコッ!


という音と共に、屋台の車輪はあっけなく外れる。


「よーし!もう大丈夫。ありがとう、アンナ」


「もうすっかりバラバラになりましたね。

後は馬車に載せるだけですか?」


「うん、あとはそのぐらいかな。

とりあえず載せるとこまでやって一休みしよう」


「わかりました。では私は食器なんかを積んでおきます」


「ああ、よろしく頼む」


幹太が張り切ったおかげで、昼過ぎには屋台を馬車に載せ終わった。


「よし、これで完了だな」


「はい、思ったより早く終わりましたけど、幹太さんこれは…?」


アンナは不思議そうに全ての荷物が載った馬車を見ていた。

幹太はそんなアンナの隣に立って笑顔で言う。


「姫屋キッチンワゴン店の完成だ!」


シャノンと由紀の乗ってきた馬車は、王宮の物であるが豪華な装飾などは付いていない。

単純な荷馬車を高品質で作ったという感じで、見た目は単なる幌馬車であった。

昨日この馬車を見た幹太は、頭に一つの案が浮かんだのだ。


『これなら俺のやりたかったことができる…』


そう思った幹太は、アンナに馬車を改造する許可を貰った。

幹太は馬車の側面に沿うように屋台を載せ、五徳や小さい水洗をいつも使っている位置に戻した。

そして、振り返って反対側の側面に屋台から外した食器棚などを置き、馬車のバランスを取る。

彼はこれを馬で引いて、王宮までラーメンの移動販売をするつもりだった。


「正式にはチャックワゴンっていうんだけど…」


このキッチン付きの幌馬車は実際にアメリカの西部開拓時代にあったものだ。


「親父が西部劇…ん〜、まぁ昔の映画が好きでさ。よく出てきてたんだよ。

これなら王都まで無理なく商売できるだろ?」


「できます!これで旅を続けられますよ、幹太さん!」


売れるかどうかは別として、アンナの言う通り、幹太は屋台での移動という問題を解決したのだ。


「俺さ、夢だったんだよ。

キッチン付きの車で移動販売するの」


実はそうであった。

幹太は町で移動販売の車を見かける度に、


『あれがあれば色々な所でラーメン屋ができるのに…。

オフィス街?いや、イベント会場でもいいな〜』


と考えていたのだ。


「ありがとう、アンナ。

アンナのおかげでまた一つ夢が叶ったよ」


そう言って幹太はアンナの手を握る。


「それはよかったです♪

でも幹太さん、他に叶った夢ってなんなんです?」


アンナには他の幹太の夢を叶えた覚えがなかった。


「前にも言ったろ、新しい町で一からラーメン屋をやることだよ。

それはサースフェーで叶ったからな」


幹太はこの世界に来れたことに感謝していた。

たとえそれがアンナ達の事情であってもだ。


「幹太さん、こちらこそです。

こちらこそありがとうございます」


アンナは幹太の手を強く握り返す。


『私はこの人に出会えて本当に幸せです』


と、アンナは心からそう思った。






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