第2章 プラネタリア大陸編
第21話 ラークスの休日
「幹太さーん!島が見えて来ましたよー!」
アンナはスカートを押さえながら、強い風が吹くデッキの上で船の進む先を見ていた。
「おー本当だ。
やっぱりこっち側は大陸なんだなぁ〜。
目に見える範囲が全部陸地だ」
「そうですよ〜プラネタリア大陸です。
奥に見える山脈の向こう側は、もうシェルブルックなんですよ」
と呑気に話す二人の視力は人並みだったため、シャノンと由紀と行き違いになったことに気づいていない。
「このまま何事もなく着くといいけどなぁ〜」
「そうですねぇ〜。まあクレイグ公国もシェルブルックも治安は良い方ですから、それほど心配ないと思いますよ」
「そりゃ助かる。とにかく無事にアンナを家に返すことが一番だからな」
などと話している間に、二人を乗せた船はトラビス公国の港、ラークスに到着した。
「港の雰囲気はあんまりサースフェーと変わんないな」
船から降りてすぐ、幹太はそうラークスの港の感想を述べる。
「サースフェーよりだいぶ大きな港なんですけどね。
さて幹太さん、まずはルートを決めないといけません。
ここからシェルブルックまでは、山越えの険しいルートと海岸沿いから回っていく長距離のルートの二つがあるんですけど…?
どちらがいいですか?」
アンナがそう言って幹太の方を見ると、なぜか幹太は屋台の前で真っ青な顔で立ち尽くしていた。
「どうしました〜?幹太さん?幹太さーん?」
アンナは幹太の顔の前で手を振ってみる。
「む、無理だ…、」
しばらくして幹太がやっと口を開く。
「無理って?何が無理なんですか?」
突然そう言われても、アンナには何が無理か全く分からない。
「えーと…険しいのも長距離も無理なんだよ、屋台には…。
あー!なんで今まで気付かなかったんだ!」
幹太は頭を抱えてしゃがみ込む。
そもそも屋台は短い距離を荷物を乗せて移動する物だ。
険しい山を越える走破性も、長距離を移動する耐久性も備わっていない。
「こりゃ屋台を置いていくってのも考えないとダメかも…」
「そんな…」
幹太とアンナはここへ来て最大の問題にぶつかったのである。
とりあえず二人はその日、ニコラに紹介してもらった漁師仲間の家族が経営する宿屋に泊まる事にした。
幸いサースフェー島での稼ぎにまだ余裕があるため、資金的な心配はない。
そしてその晩、相変わらず一部屋で泊まる二人は、明日からどうするか相談していた。
「うーん…屋台を置いて行くってのがベストなんだろうけどなぁ〜。
それだと途中で金が尽きたら、どうしようもなくなるんだよなぁ」
「そうですねぇ〜。
しかも、全部徒歩だとかなりかかりますからね。
絶対にいまのままの蓄えでは王都までは届きません」
「「う〜ん…」」
二人は仲良く並んでベットに座るという最近お決まりの位置で、アゴに両手をつき、膝の上に載せるという、これまた二人とも姿勢で考え込んでいた。
「旅の資金の全部をこの町で稼ぐってのも現実的じゃないしなぁ〜」
「たぶん本土の方が宿屋も高いですしねぇ〜」
「「う〜ん…」」
と、色々と考えては見るものの、やはりなかなか良い案が浮かばない。
結局、明日は町で新しいルートが出来てないか聞くという、半ばやけくそな予定だけを立て、二人は早く寝ることにした。
翌日、
「ふぁ〜、お、朝だ」
幹太が起きるとすでに昼前だった。
ベッドの上からはアンナの寝息が聞こえている。
「そうか…そういやずいぶん休んでなかったな」
そうブツブツと独り言を言った幹太は、ベッドで寝ているアンナの方を見てしばらく考える。
今日も彼女の寝相は悪く、寝巻き代わりのTシャツからはおヘソが覗いていた。
「よし、決めた!
アンナ、起きて、アンナ」
ユサユサとアンナを揺らして起こす。
「え、あ、ふぁい、おふぁようござす…幹太さん…」
と、まだ半分目を閉じたまま、あくびをするアンナに向かって幹太は言った。
「アンナ、今日はお休みだ。
とりあえず何も考えないで、休日を満喫することにしよう」
その言葉に、今まで眠そうだったアンナの目がパチッと大きく開いた。
「いいですね!お休み!ぜひそうしましょう♪
でしたら幹太さん、私ちょっと買い物に行きたいです!」
アンナは寝癖の付いたボサボサ頭で、急激にテンションを上げて幹太に迫る。
「そうだな。おれも市場以外の場所で買い物してみたい。
よし!準備したらさっそく街に出掛けよう!」
「やったー!おっかいもの♪おっかいもの♪」
『もっと早く言ってあげれば良かったな…これからはキチンと休みを作ろう』
幹太は歌いながらクルクル回ってはしゃぐアンナを見て、幹太は心から反省した。
「アンナもう行ける?」
「はい♪」
それからいつもより遅め朝食を取った後、きっちり身支度を整えて、二人は街に繰り出した。
「やっぱり異世界って感じだよなぁ〜」
よく考えると、幹太がこの世界の街をゆっくり見て歩くのはこれが初めてだった。
同じ港街だからか石造りの建物なのはサースフェーの街もラークスも変わらない。
違いと言えば、サースフェー島の建物は壁の色が赤銅色に統一されていたが、こちらの建物は青や黄色など色とりどりだ。
「ふふん〜♪ふ〜ふん♪」
アンナは宿を出てからずっと楽しそうだ。
時より鼻唄を歌い、跳ねるように歩いている。
二人は船の並ぶ港を抜けて、カラフルな建物が並ぶメインストリートまでやってきた。
ほとんどが四階から五階の高さの建物であり、一階部分が店舗という所が多い。
大きな通りの中ほどには円形の広場があり、屋台がいくつか出ていた。
「ゆっくり歩いてみると、色んな店があるなぁ〜」
「ハグッ、ここはクレイグ公国本土でもかなり大きな港ですからね〜♪
衣食住の全てが豊富に揃ってます、ハグッ、ん〜♪」
時折り入る妙な音を不思議に思って、幹太はアンナの方へ振り返る。
「あっ、幹太さんも食べますか?」
そこにはモグモグと牛肉を噛みながら、牛串をホレホレと差し出すアンナがいた。
幹太は知らないが、今回は豚でなく牛だ。
アンナは幹太の知らない間に広場の屋台で牛串を買っていた。
「アンナ…?それ、いつ買ったの?
しかもさっき朝ごはん食べたばっかだってのに」
「シェルブルック人にとってお肉の串焼きは別腹です♪」
と王女、アンナ・バーンサイドはさらっと他のシェルブルック国民を巻き込む。
「まぁ休日を楽しんでるみたいで何よりだよ」
そう言って、幹太はニコニコと牛串を食べ続けるアンナを見て苦笑する。
「おっ、良い器だ、これラーメンどんぶりに使えるかも。これ幾らかな?」
食器屋の店先に安売りの器が並んでいた。
「四シルバって書いてあります。
そういえばけっこう割れてましたね」
「土とか石畳みで屋台引くとかなりの振動だもんなぁ。
ほとんどがアスファルトの日本とはえらい違いだよ」
「私、それ日本に居た時に驚きました。
道路の舗装ってその国が発展する上ですごく重要なんだなと思ったんです。
国に帰ったらお父様に報告しなきゃ」
「そういや日本が発展途上国に協力する時は、まず道を作ってるような気がするな。
よし、とりあえずこの器は買っていこう。」
「はい♪頑丈そうですし、良さそうです。
でも幹太さん、お店のお買い物もいいですけど、今日はご自分のお買い物もしてみたらどうですか?」
幹太はお金を払い、店の主人から食器を受け取りながら答える。
「うーん、いつも買い物する時はそう思ってはいるんだけど。
まぁまだお店はあるから見てみるよ」
「はい♪まだまだお店はいっぱいあります♪
そうです!私、お洋服が欲しいでした」
「あ、そういや俺も買わないとダメなんだ。そんじゃあ次は洋服屋に行きますか?」
「行きましょう♪行きましょう♪」
と言って、二人は再び街を歩き始める。
しばらくして、幹太とアンナは洋服店の集まる通りを見つけて店に入った。
アンナは以前、日本に来た時に着ていたような淡い色のワンピースを試着したのだが、
「なんか…んー、日焼けの肌にこの淡い色はしっくりきません。別なのを試着してみます」
と言ってすぐに脱いでしまった。
確かに幹太から見ても、その後に着た原色の青いワンピースの方が似合っていた。
なので、
「確かにそっちの方がよく似合ってるかもしれない…」
と幹太が言うと、
「ではこれにします♪これがいいです♪」
と言って、アンナはゴキゲンで試着したまま会計を済ませ、お店を出た。
そして、通りに出たところでアンナはふと思った。
『幹太さんとお買い物…っていうかこれはすごくデートっぽい状況です!
お休みを素でエンジョイしてしまって、今までこの状況に気づきませんでした!
アンナ、なんて迂闊…」
他の物を買っていた幹太が外に出ると、何故かピタリと動きを止めたアンナが細かくフルフルと震えていた。
夕方、
「綺麗ですね♪」
「あぁ、そうだな」
幹太とアンナは港の一角にある灯台に来ていた。
ラークスの港には多くの船が出入りするため、灯台も高くて見つけやすい大きな物が建てられている。
その灯台の中ほどには塔を一周する展望台があり、そこを市民に開放していた。
二人はその展望台の海側に立って海を眺めている。
「今日は休みだってのに、一日歩き回ったから疲れた〜。
ただ頭はスッキリしてるし、やっぱり休日は必要だった気がするよ。
ごめんなアンナ、いままで気が付かなくて」
「いいんですよ、幹太さん。
サースフェーでは休みが取れる状況じゃなかったですしね…」
アンナは幹太と微妙に距離を開けて立っていた。
洋服店を出た所でアンナは自分の認識の甘さを自覚した後、何度か幹太と手を繋いだり、腕を組んだりしようとしたものの、意識しすぎて失敗ばかりだった。
『日本にいる時よりかなり親密なったのにっ!しかも、先ほどよりなぜか緊張が増している気がします!』
逆に気付かずに買い物をしていた時の方が、自然に幹太の手を取って自分の行きたい方へ連れて行っていた。
今もアンナは手すりに掴まる幹太の腕を狙っている。
『あぁ、目の前にチャンスがあるというのに…いざとなると恥ずかしいです!
さぁ!行くのよ、アンナ!』
アンナが手をワキワキ動かして幹太と腕を組もうとした瞬間、突然、幹太がアンナの方を向く。
「ひゃぅ!」
アンナは幹太の腕を取る寸前でビクッと動きを止めた。
「ん?アンナどうした?
あれ?何かさっきまでより近くないか?」
「えーと…いやそんなことないですよ〜♪
で幹太さん、お話はなんでしたっけ?」
アンナは吹けない口笛を吹きつつ、全力でごまかす。
「あのさ、いままで休みを作れなかったお詫びにアンナにプレゼントがあるんだよ」
そう言って、幹太は恥ずかしそうに頬を掻き、買い物袋から箱を取り出した。
布張りのようにしっかりした物ではなく、簡素な木箱である。
「はい、アンナ。良かったらこれ使ってくれ」
照れ臭そうに幹太が差し出した木箱を、アンナが両手で受け取る。
「ありがとうございます。開けてみてもいいですか?」
「もちろん」
アンナはゆっくりと木箱を開けてみた。
「あっ!これさっきのお洋服屋さんにあった髪留めですね!
嬉しいです♪ とっても素敵だなって思ってました♪」
幹太がアンナにプレゼントしたのは、蝶の形の銀でできた髪留めだった。
それは蝶の胴体の部分には赤い石がはまっていて、裏側の板バネの様な物で髪を挟む大きめの物だった。
「幹太さん、すいません。
これ、付けてもらっていいですか?」
そう言って、アンナはさっそく後ろ手で髪をまとめ、幹太に髪留めを渡した。
「えっと?んー?んんっ?よし、これでいいのかな?」
幹太はアンナの綺麗な髪に少し気後れしつつも、なんとか上手く髪留めを付ける事ができた。
「どうですか?似合います?」
アンナがその場でクルリと回る。
赤い石がアンナの銀髪に良く映えていた。
「いいんじゃないか。よく似合ってるよ」
幹太がこの髪留めをアンナにプレゼントしようと思ったのには理由がある。
アンナは仕事中、いつも髪を後ろで一くくりにしている。
しかし、皮の紐の様な物で縛るため、毎回大変そうであったし、アンナの綺麗な髪が痛みそうだなと幹太は思っていたのだ。
「良かった〜♪
本当にありがとうございます、幹太さん♪」
アンナは満面の笑みでそう言った。
気がつくと、ウソのように先ほどまでの緊張感が消えている。
「それでは幹太さん、宿に戻りましょう。そろそろ晩ご飯の時間です」
アンナはそう言ってスッと自然に幹太と腕を組み、外に出る階段に向かう。
「あ、ああ、そうだな。そうしよう」
幹太は腕を組まれてドキッとしたものの、腕から伝わるアンナの柔らかさに何の抵抗できず、そのまま一緒に階段を降りて行った。
『アンナは落ち着いてからって言ってたけど…。指輪の事、キチンと考えないとな…』
幹太は笑顔のアンナに腕を引かれつつそう思っていた。
「あっ!忘れてた!」
「えっと、なにをですか?」
宿まで帰る途中、アンナに腕を組まれてドギマギしていた幹太が突然声を上げた。
「そういやシェルブルックまでの新しいルートがないか聞いてない」
「あっ!そうでした。
帰り道に役場のような建物がありましたから、一応そこで聞いてみましょう」
そうして二人は早足で役場に向かった。
役場の前には大きな広場があり、その正面に役場の建物が、そしてその横に居住棟らしきものがあり、さらにその隣には厩舎があった。
二人はギリギリ開いていた役場に入り、受付で新しいルートについて聞いてみたが、やはりそんなルートは出来ていなかった。
「はぁ〜ダメかぁ〜」
「ダメでしたね〜」
役場から出てきた二人は、広場のベンチに腰掛けて、先ほどとはうって変わって意気消沈している。
「案の定、新しいルートはなかったなぁ〜」
「そうですねぇ〜。
しかも私は王女です作戦も失敗しましたしねぇ〜」
アンナは役所の案内係の女性に、
「私はシェルブルックの王女、アンナ・バーンサイドです。
国に帰る旅の資金と手立てがなくて困っています」
と言ってみたのだ。
『だって本当の事なんだもん…』
しかし、受付の女性はもちろん取り合ってくれなかった。
それもそうだ。
見た目が絶世の美女のアンナとは言え、とてもじゃないが今はシェルブルックの王女には見えない。
クレイグ公国より北のシェルブルックの王女が日焼けで小麦色なのだ。
受付の女性は痛い人を見る表情でアンナに、
「なんとか自力で頑張って、お姫様♪」
と精一杯の言葉をかけていた。
「私、お姫様っぽくないんでしょうか?
確かにビクトリア姉様の方が中身もバディも素晴らしいですが…」
こんなとある日に、アンナ姫のアイデンティティがギリギリだ。
「いや、アンナは王女に見えるって!
いまは日焼けしてるから南国のお姫さまって感じかなっ!
そ、それにスタイルだって、お、俺は素敵だと思うよ!」
幹太は真っ赤な顔で全身全霊のフォローをした。
「本当ですか…?」
アンナが暗い目で幹太に確認する。
「ほっ、本当だよ!」
そう言って幹太は何度も頷いた。
「幹太さんがそう言ってくれるならばいいです♪」
幹太の言葉に、アンナは急激に自信を取り戻し立ち上がる。
「では宿に帰って…あら?あそこの厩舎に居るのは…?」
立ち上がったアンナが何かを見つけ厩舎に向けて駆け出す。
「あれ?おーい、アンナどうした?」
それに気づいた幹太は、少し遅れてアンナを追いかけた。
幹太が厩舎の前に着くと、アンナはすでに厩舎の中にいた。
馬房の前に立って、一頭の馬を撫でている。
「あ、アンナ?勝手に入っちゃマズいんじゃないか?」
「幹太さん、この子うちの馬です。ほら、顔のこちら側だけ白いでしょ」
アンナは馬の顔を撫でながらそう言う。
「さっきこの子が表の窓から顔を出したんです。
顔の柄が特徴的なのですぐ分かりました♪」
「そうなのか?でもなんでこんな所に?」
「さて、なんででしょう?誰かが乗ってきた事に間違いはなさそうですが…」
アンナがそこで厩舎の裏に置いてある馬車に目を止めた。
「あっ!あれ王宮の馬車ですよ、幹太さん!」
「本当かっ!?」
「はい!バーンサイド家の紋章とシェルブルックの国旗が描いてありますから間違いありません」
「いったい誰が乗ってきてるんだろう?」
「うーん、とりあえずうちの馬が二頭しか見当たらないので、あと二頭に乗ってどこかに行ったのだと思うんですが…」
「そんじゃあ役場の人に聞いて…ってもう閉まっちまったな」
「ええ、さっき私達が出た後すぐに閉まってしまいました」
「んー、見たところ厩務員さんもいないからなぁ。
とりあえず今日は戻って明日の朝に役場で聞いてみるか?」
幹太がアンナに聞くとそこで、
「グゥ〜」
とアンナのお腹が鳴った。
「そ、そうですね。お腹も減りましたし、そうしましょう。
さあ、さあ、幹太さん!帰りますよ!」
アンナは真っ赤な顔で幹太の背中を押して、二人は厩舎を出て行った。
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