ご当地ラーメンで異世界の国おこしって!?
忠 六郎
第1話 出会い
芹沢幹太は屋台のラーメン屋だ。
東京の吉祥寺。
有名な公園の北側、大きな入口の角に屋台を出している。
小学校の高学年から父1人、子1人で暮らしていたのだが、幹太が19歳の時にラーメン屋を営んでいた父が他界。
その時に相続したものは少々の保険金と平屋の車庫付きの家。
そして父が店舗を借りる前に使っていたこの屋台だった。
彼は生きる糧を得るために、幼い頃、手伝いながら見ていた父の姿を必死で真似てこのラーメン屋台を始めた。
「さぁ〜今日も頑張りますか!」
幹太は車庫から屋台を出し、ぐーっと背伸びをしながら気合いを入れた。
「かーんちゃーん!いってらっしゃーい!今日も頑張ってね〜」
とそこで、お隣の柳川由紀が自宅の二階の窓から両手を大きく振りながら声をかけてきた。
これは彼女がこの時間に家にいる時の日課である。
由紀と幹太は男女の垣根のない年齢から一緒で、さらに成人してもなお毎日の様に顔を合わせているために、家族と言っても過言ではない。
事実として二人は、あと数年で幹太が父親と一緒にいた年月を上回る予定なのだ。
「今日は大学早く終わったのか?」
「うん。私、金曜日は午後の授業とってないから」
「そうだったな、今日はどうする?」
「後で走りに公園いくけど屋台には寄れないかも。
遅くなるとお父さん心配するから…」
「そうだな。日本ラクロス界期待のホープに万が一でもあっちゃいけないからな」
由紀は見た目だけなら十分、美少女入るであろう。
ラクロスの為に、髪形はいつも一つにまとめたポニーテール。
日に焼けて細くはないが、メリハリのある女性らしい体型。
顔も小さくクリッとした目とシュッと通った鼻筋と、まさに快活な女の子を絵に書いた様な容姿の持ち主なのだ。
「男子と違って女子はタックルの練習なんかないからね…」
「まぁ、なんかあったら全速力で屋台までダッシュするんだぞ。
お前のダッシュにまず普通の男はついてこれないからな」
「わかったよ、幹ちゃん。
っと、そっちはそろそろ行かないとダメでしょ」
「あぁっ!やばいやばい!
最近、早い時間から混む日があるんだった、ではいってきます!」
「しっかり稼いできてね!パパ!」
「パパじゃねぇよ!それ以前に嫁も彼女もいねぇ!」
というように、
「ユー達もう結婚しちゃいなよ!」
と、ツッコミたくなる様な会話が2人の日常であった。
家を出た幹太は、いつもの道をゆっくりと屋台を引いて行く。
屋台はとても合理的にできている。
先人の知恵と現代の技術を、文字通りパズルの様に組み合わせ、人一人の身体だけを使って運んだとは思えないほどの量の設備を運ぶのだ。
「あ〜ちょっと涼しくなってきたかな…」
幹太は屋台を引くこの時間が好きだった。
身一つで屋台を引きながらだんだん変わって行く季節を感じることもできる。
夏は暑いし、冬は寒い、もちろん辛くないというわけではないが、ちゃんと良い所もあるのだ。
そろそろ右手に、有名なアニメ美術館のロボットが見えてくる。
「ここまで来るとやっぱり暑いわ〜」
首に掛けたタオルで汗を拭いながら、幹太は屋台を引いていく。
家から約15分ほどで、いつもの出店場所の公園入口に着いた。
「やべぇ!開店時間ギリギリになりそうだ」
いつもの場所に到着した幹太は、テキパキと屋台の組み立てを始める。
まずは屋台の上側半分を左右に開きカウンターと調理台を出す。
そして、中にある椅子と寸胴鍋を下ろし、前の日に仕込んだスープを、ポリタンクから鍋に移して、お湯の寸胴と一緒に調理台のコンロ並べて火にかけた。
あとは箸だの胡椒だのを、一通りカウンターに並べれは大体の準備は終わりだ。
「さぁ!とっとと開店までにお湯とスープを沸かさなきゃ!」
午後6時、今日も幹太の店はいつもの時間通りに開店した。
「いらっしゃいませ〜」
開店直後、まずはまばらにお客がやって来る。
部活帰りの学生や公園の散歩を終えた年配の人、同伴出勤の男女など色々なタイプの人達だ。
「ハイ、1人800円ずつね、
まいどありがとうございました〜」
今のお客は体育会系学生4人であった。
『出してから食べるの一瞬だったな…。
チャーシュー麺大盛を、ものの5分くらいで食べていくんだもんなぁ〜
。もうあんなこと、俺にはできん』
自分も十分に若いのだが、あまりの学生達の勢いに、年老いた感想が頭に浮かぶ幹太であった。
そこから後はサラリーマンやガテン系など、一般的な社会人の時間だ。
ありがたいことに、最近は頻繁にお客が来てくれる。
特に7時から9時までは猛ラッシュで、息つく間もないぐらいだ。
「しゃっせ!」
これはたぶんいらっしゃいませ。
「やしたっ!」
そしてこれはたぶん、ありがとうございましたなのでであろう…。
そのように忙しすぎて感謝の言葉も短縮するほどだ。
しかし出す物はもちろん手を抜いたりはしない。
『すべて作業を正確にスムーズに、麺の湯切りもきっちりと』
幹太はいつも聞いていた父の言葉を思い出しながら、一杯一杯ラーメンを丁寧に作っていく。
夜9時をすぎ、お客も一区切りついた所で、幹太は溜まったどんぶりを洗い始めた。
「もうちょっとどんぶり買わないとダメなんだけど…しかしもう屋台にスペースがないからなぁ〜。
おっ!もう洗い物用の水がない!」
透明なポリタンクの中の水はあと数センチほどだ。
「仕方ない、水汲みにいきますか」
幹太の屋台の場所から公園の水道まではそう遠くない。
「とりあえず売り上げは持っていかないとな」
売り上げを前掛けのポケットに入れて幹太はポリタンクを持って水道に向かう。
「あれ…?」
幹太は歩き始めてすぐに違和感に気付いた。
いつもは街灯で明るい公園の森に、かなり濃く霧がかかっており、近くにあるはずの水道も見えないほどになっている。
「もうとっくに水道まで来てるはずなんだけどな…?もしかして方向を間違えたか…?」
気づけば幹太は公園の真ん中にある池のほとりに着いていた。
「あれ?おっかしいな?こりゃどーなってんだ?」
そう言って、とりあえず引き返そうとしたその時、池の真ん中にある橋の中心で、誰がが倒れているのが見えた。
「また酔っ払いのおっさんか?
あ〜もうっ!しょうがねぇなぁ。
落っこって溺れでもしたらヤバい から、確認だけでもしとくか…」
幹太はツンデレっぽくブツブツいいながら、L字に折れ曲がった橋の中心までやって来た。
「あらまぁ、こりゃ〜」
橋の上に仰向けで倒れていたのは、長い銀髪の少女だった。
幹太はすぐさま呼吸を確認…するまでもなく彼女は生きているようだ。
たぶんかなり整っている顔を、ニヤッとゆるませて、ただ寝ているだけのようである。
「おう、こりゃバリバリ生きてんな。服の方も大丈夫そうだ。
えっと…この髪の色は外国人かなぁ〜?」
幹太はとりあえず、肩のあたりを揺さぶってみた。
「おい!起きろって!
いくら日本だからって女がこんなとこで寝ちゃダメだ!
さすがに何されるかわからねえぞ!」
と、かなり強く揺さぶっても、少女に起きる気配はない。
『しっかし整った顔してるな。緩んでこれってめちゃくちゃ美少女なんじゃないか?』
透き通るような肌に小さな顔、少し開いた唇は綺麗なピンクで歯並びも良さそうだ。
そして、閉じた瞳には長い睫毛が並んでいた。
幹太が彼女の体に視線を移すと、彼女の右手には複雑な彫り物の入った指輪を嵌めており、首にはターコイズのような石がはまったネックレスをしている。
『物語に出てくる妖精の姫とかそんな感じだな…』
スラっとした細身の体型に、薄いブルーのワンピースを着ていたこともあり、幹太はそんなことを連想した。
「まあ、とにかくコイツをこのままここに寝かせとくわけにいかないな。
一応警察に連絡しておくか…」
と言って、幹太は前掛けのポケットを探る。
「あぁ、やっちまった…携帯屋台に置きっぱだわ。
ん〜でも、ここに残したまま携帯取りに行くわけにもいかねぇしなぁ」
そうして幹太は、しばらく少女を見て悩んだ。
「ダメだ、置いていけねぇ。
コイツをとりあえず屋台まで連れて行こう」
今度は軽くホッペを叩いた。
「おい!起きろって!」
だが少女は起きない。
「こりゃしゃーない、抱えていくしかないか〜。
おーい!いまから持ち上げますよー!セクハラじゃーありませんよー!」
幹太は一応、大声で宣言してから彼女に触れた。
まず定番お姫様ダッコから。
「いや、無理だ。ここから屋台までかなりの距離だし、階段もある」
次はおんぶだ。
寝ている少女の前でしゃがみ込んで、
「おーい!おぶされー」
と、言ってみるものの、もちろん彼女は寝たままだ。
「あれ、詰んだか?あとはどうやっ て・・・
あっ、そうだ!あれだ!」
幹太の脳裏に、とあるテレビ番組で見たお祭りが浮かんだ。
『確か嫁さん担いで走るレースでやってたな、消防士が要救護者運ぶやつ・・・そうだ!ファイヤーマンズキャリー!』
簡単に言うと肩の上に要救護者を横向けに担ぐのだ。
そのように聞くと、たいぶ簡単なように聞こえるが、実際にやるとなれば話は別である。
まずは初手から、幹太に難関が訪れた。
「確か股に腕を…股に腕をっ!?」
少女はシンプルな青いワンピースを着ている。
もちろんスカートの、青いワンピースである。
『股に腕をさっ、差し込んで担ぎあげる』
幹太は緊張しながらも、ゆっくりと手順を思い出す。
『起きるなよ〜頼むから〜』
まずは片腕で彼女の背中を支えながら、股の間に腕を差し入れて、そこから潜り込んむように、一気に自分の背中側に抱えあげた。
持ち上げた状態をわかりやすく言うと、後から首もとに彼女の体が巻きついているような形だ。
『おお、やっぱりかなり安定する!ヨッシャー!このまま屋台まで走るぞ!
急がないと誰かにこの状態を見られたらヤバい!』
相変わらず辺りは霧に包まれたような状態だったが、毎日来ている公園と言うこともあって、幹太は何とか屋台へ戻ることができた。
と、その時である、
「あれ?なんだかわたしすごく揺れてる!視界が横向きっ!
しかも股にうっ!腕がっ!」
どうやら背中の少女が、揺れに耐えきれず起きたらしい。
それはそうだろう。
幹太はかなり普通にダッシュしていたし、そうでなくても、抱えあげた時に起きなかったことが不思議なくらいだ。
幹太は真顔で、なるべく真剣な声で彼女に話しかけた。
「すまない、こんな状況じゃあ信じてもらえないだろうが、怪しい者じゃないんだ。
俺はそこの屋台の店主なんだが、橋の上で倒れてた君を、安全な場所まで運ぼうと思っていただけなんだよ」
と、幹太は言ったが、
「倒れていた乙女をこのような抱え方で運ぶような者を、怪しく思わない方が難しいです!
百歩譲ってあなたを信じるとしても、もう少しまともな抱え方は思いつかなかったのですか!?
これたぶん、横から見たらわたしパンツ丸出しです!
わたしお姫様なのにっ!
お姫様抱っこをされてしかるべきなのにっ!」
お姫様でなくとも、普通に考えてこんな体勢で運ばれるなど、よっぽどの事がない限りない。
「とりあえずもう少しだけ我慢してくれ!あそこにある屋台が俺の店なんだ!
そこに着いたら、文句はちゃんと聞くからっ!」
「いーやーでーす!おーろーしーてー!」
よく考えれば、降ろして二人て歩けば何も問題がないのだが、幹太も女性を抱えて走るという、未体験の状況でテンパッていたのだろう、まったくそのことには気づいていなかった。
その後も女性にバタバタと暴れられながらも、さすがはファイヤーマンズキャリー、二人はなんとか屋台までたどり着いた。
「ちゃうねん。あれしか運び方がなかってん」
あまりに衝撃的な寝起きの状況に、彼女は幹太が肩から降ろした後、しゃがみ込んでえぐえぐと泣いてしまった。
「だって…起きた時点で降ろしてくれてもよかったのに…」
「申し訳ありません…」
泣く女性には敵わないと、幹太は誠心誠意謝ることにした。
しばらくして女性が泣き止んでから、幹太は彼女をカウンターの椅子に座らせた。
そしてコップに水を注いで、彼女に差し出しながら言う。
「さて、気を取り直して自己紹介しとくけど、俺は芹沢幹太。
見ての通り屋台のラーメン屋をやってるんだけど、君、名前は?」
女性はコップを受け取り、ゆっくりとひと口飲んでから答えた。
「わたしの名前は…アンナです」
「じゃあアンナ、さっき姫って言ってたけど、一体君はどこの国のお姫様なんだい?
テレビのニュースでも、どこかの姫が来日したってのはやってなかったと思うけど…。
しかも、こんな夜に橋の上で寝てるって…?警護とかはどうなってんだ?」
「えっ?あ〜そ、そんな話しましたっけ…?
ん〜、そうですっ!実はわたしニックネームが姫なのです!」
「名前がアンナなのに?」
「アンナでもです。
なんか雰囲気お姫様っぽくない?っていうことでつけられたのです」
『めっちゃウソっぽいなぁ〜。
まぁでも確かに俺も姫みたいだと思ったし、下手なこと聞いてヤブ蛇になるよりもいいか』
「とりあえずラーメンしかないけど腹減っているなら食べるか?
そんで落ち着いたら、家の人に連絡して迎えにきてもらえよ」
とりあえずお腹をいっぱいにして、さっき運び方についてごまかしたいというのもあり、幹太はとりあえずラーメンを勧めてみた。
アンナは少し考えてから小さくうなずき、
「ラーメンというものは食べたことがないんですが…。
でも、さっきからとてもいい匂いがしてお腹が減ってしまいました。
お言葉に甘えてもいいですか?」
「はいよ。
お姫様が生まれて初めて食べるラーメンが俺のだなんて光栄だ。
そんじゃゆっくり味わって食べてくれ」
「私はお姫様ではありませんよ、あだ名が姫なんです」
「はいはい、あだ名が姫ね…」
とりあえず幹太はそれ以上は追及せず、いつものようにラーメンを作り始めた。
まずは少しほぐしながら、麺をダボと呼ばれる取っ手のついたザルに入れ、それを横目で時計を見ながら熱湯につける。
そして菜箸で麺を少し混ぜしばらく待つ。
一分半ほど経ったところで、どんぶりに熱湯を入れすぐに流しに捨てる。
次にドンブリにいくつかのタレを入れ、寸胴の中で沸騰するスープを入れてかき混ぜる。
幹太は麺を茹で始めてからニ分が経ったことを確認し、熱湯から麺を上げ、 しっかりと湯切りしてスープの入ったどんぶりへとゆっくり入れた。
そして最後に、ナルト、チャーシュー、メンマ、ほうれん草を流れるように盛り付け、アンナの前へ差し出した。
「ほぁ〜これがラーメンですか♪」
彼女はラーメンを見るのは本当に初めてらしく、美味しそうに湯気上がる器の中をワクワクした表情で覗いていた。
「早く食べないとのびるぞ」
「のびるとはどういう…?」
「んっ?まぁとにかく美味しくなくなると言うことだな」
何を言っているのか本当にわからないという顔をして聞くアンナに、幹太は少し驚いてわかりやすく返した。
アンナ前には箸がたくさん刺さった入れ物があるのだが、彼女にはそれが何だかわからないらしく、どうやって食べていいのか視線をあちこちに彷徨よわせていた。
「こうですかっ!」
「スタァーップ!」
アンナが、いよいよ麺を手で食べようとしたところで、幹太が彼女の手を掴んで慌てて止めた。
『この子、意外に思い切りがいいよな。ラーメンもすぐ食べるって答えたし…』
「やっぱり外国人なんだな。
これはこう、こうやって箸を使って挟むんだよ」
割り箸をパキッと割り、カチカチとアンナの目の前で使って見せた。
「はぁ〜なるほど、そのような食器は使った事がありません。
えっと?もう一度、どうやってやっているのですか?」
「う〜ん、まぁ最近外国人もよく来るからフォークも置いてある。
とりあえずこっちを使えよ、アンナ」
「…はい。では箸というのは次の機会で…」
アンナは幹太から渋々フォークを受け取り、ラーメンを食べ始めた。
「あっつい!けどおいしい!」
「すすって食べてみな、日本ではそう食べるのがマナーだ」
「えっと、吸い込むということですか?やってみましょう!」
ずるる〜ちゅるんっ♪
「はぁ〜♪おいすぃ〜です♪
こうして豪快に食べると、また格別な味わいがありますね!」
「そうだろ、そうだろ。ウチのラーメンは最高だろ?」
「最高です!、ラーメンは最高ですね!」
『やった!人生初のラーメンでここまで言ってもらえたっ!』
幹太は作業をしているフリをして振り返り、小さくガッツポーズをした。
父の味を手本にしてはいるものの、いつも自分なりに、どうやったらそれ以上の味になるかを考えながら、幹太は毎日工夫をして仕込みを続けてきた。
時に味が落ちてスープを全部ムダにすることもあったが、最近はやっと味も安定してきている。
今は鶏がらと野菜がベースのスープに、タレも醤油と塩をの二種類にして、シンプルな昔ながらの東京ラーメン味を追求していた。
見たところ、本当にラーメンを初めて食べたこのアンナという少女に、美味しいと言われたのは、幹太にとってこの上なく嬉しい出来事であった。
「それは醤油ラーメン、この国では一般的で、とても人気のある食べ物なんだ」
幹太は嬉しさのあまり、少し調子に乗ってドヤ顔で説明した。
「イイです!これっ!本当に美味しいです!
こんなに美味しいものが街角で食べれるなんて、この国はとても豊かなのでしょうね」
顔は赤らめながら夢中で麺をすすりつつ、アンナは言った。
「まぁ確かに豊かだな。
大規模な貧困もなく、七十年以上戦争も起していないし、大きな出来事と言えば天災があるけど、それをみんなで助け合って乗り越えていく。
確かにここは立派な国と言えるだろうな」
「そうですか。その通りなら本当にいい国なのでしょう。
私がここに来たのも間違いではなさそうですね」
「アンナは何かを学ぶために、この国の学校に留学でもしにきたのか?
そもそもあんなところで寝ているってどういうことなんだ?」
幹太にそう聞かれたアンナはピタリとラーメンを食べる手を止める。
「留学…まぁそのようなものです。寝ていたことについては…あ〜あまりに移動が長かったので寝てしまっていたというか…」
「えぇ!?あんな場所でっ!?」
「その〜まぁそこのところはあまり深く聞くで下さい!幹太さん!
乙女にはいろいろ秘密があるのです」
などとごまかしながら、アンナは残ったラーメンを再び食べ始める。
「う〜ん、無事だったからよかったものの、乙女だったらあんな場所でだらしない顔して寝てちゃダメだよ」
「だらしない顔というところは否定したいと思いますが…確かに最初に見つけてもらった人が幹太さんのような人間でなかったら危なかったかもしれません。
そうですね…改めてお礼を言わせてもらいます」
「私はアンナ・バーンサイド。
芹沢幹太様、このたびは私ことを助けていただいてありがとうございました。
担ぎ方に問題があったとはいえ、助けていただいた方に、いろいろと失礼なことを言ってしまって申し訳ありませんでした」
アンナは一度椅子から立ちあがり、幹太の前で頭を下げてお礼を言った。
ぴしっと背筋の伸びた姿勢と、キリッと引き締まった表情、そして何より、彼女から発せられる凛々しい雰囲気に幹太は驚いた。
「担ぎ方については申し訳ない、今考えればあれはなかった。
しかしアンナはそうやってビシッとするとと余計に綺麗に見えるな。
もともと美人なんだからいつもそうしてればいいのに」
「さらっと美人とか言うんですね …この人は…」
アンナは幹太から顔を逸らして、ブツブツと文句を言う。
「いいんです。四六時中ビシッとしていてはいつか無理がくるものです」
アンナはそう言って座り、再びラーメンを食べ始めた。
「まぁそーゆーもんか。ちょっと勿体無い気もするけどなぁ」
無言でラーメンを食べ続けるアンナの顔は、先ほど以上に赤くなっていた。
「さて、これからどうする?ウチはそろそろ閉店なんだが…。
アンナの家は何処なんだ?
その…誰かと連絡を取ったり、迎えに来てもらったりできるのか?」
幹太はアンナがラーメンを食べ終わり、少し落ち着いてからそう聞いてみた。
アンナは再び額に汗をかき始めた。
ちなみにその汗は、もちろん屋台の熱気が原因ではない。
「いやぁ〜その〜連絡は取れないといいますか〜なんて言いますか〜?
う〜ん、私のお家もここにはない?」
「なぜに疑問形?連絡が取れないって、まさか携帯をなくしたのか?」
「そっ、そうです!携帯…?的なアレをなくして連絡が取れないのです」
「なんだかあやしいな…。もしかして家出とかじゃないだろうな?」
「ち、違いますよ!」
「じゃあ屋台を戻したら送ってやる。ボロいが家にバイクがある。」
「たぶんそれはムリだと…」
アンナは追い詰められた。
実はそう簡単に帰れないのだ。
言い訳をするのを諦めたアンナは、腹をくくってキチンと説明しようと決め、幹太の目を見て話し始めた。
「芹沢幹太さん、信じられないかもしれませんが、私はこの世界の者ではありません。
私はもう一つの、別な世界からやってきたのです。
私たちの生きる世界では、文化的に行き詰まってきていて、人々はずっと昔からさほど変わらない暮らしを続け、各地域も活気がなく、日々同じ生活を続けています。
たぶん私たちの世界の人類と、この世界の人類はほとんど変わらないでしょう。
しかし、まだ定かではありませんが、技術的にも文化的にもわたし達の世界はこの世界ほど進んではいません。
なんとかその状態から抜け出すために私は自ら選らんで、この世界にやって来ました。」
「もう一つ世界?定かでない?」
「はい。まだこの世界に来たばかりなのでわかりませんが、先ほどから幹太さんが使っている道具を見ると、そう判断して間違いないと思います。
しかも魔法を使っている素振りもありませんでした」
「魔法って!?君がいた世界では魔法を使うのか!?」
「はい…って!?この世界には魔法がないのですかっ!?
それで、どうやって生活をしているのです!?」
「いや、色々質問したいのはこっちの方なんだけど…。
まぁ、とりあえず答えておくと、君の言う通り俺たちの生活の大部分は道具に頼ることで成り立っているんだ。
この世界じゃ魔法なんてものは空想の世界もので、実際現実にはありえないことなんだが…。
大体は科学の力で生活しているって事になるんだけど…」
「科学は私達の世界にもあります。
でも、先ほどから幹太さんがしていたような、火をつけたり消したりすることは魔法で行います。
これまで見た中だと、同じなのは水道ぐらいなものでしょう。
幹太さん、他にはどんなものがあるのですか? 」
アンナはワクワクした様子で質問を続けた。
幹太はそんなアンナを見て、いつか深夜放送見たコーラの瓶の捨て行く原住民の映画を思い出す。
『あれは確か、文明を持って帰ったら大変になるってストーリーだったよな…?』
「ん〜なんだろうなぁ。
化学を使った物は無限にあるけど…。とりあえずほとんどのものは電気を使って動かすんだ。
後は…と、とりあえずこのまま話していても、お互いへの質問は尽きないだろうから、まずアンナのこれからついて考えよう。
本当に連絡を取る事も帰る事もできないのか?」
実は幹太も、アンナの話を聞いて内心かなり混乱していたので、とりあえずは最大の問題であろう、アンナの今後について話し合うことにしたのだ。
「えぇ、こちらからは連絡することも帰るためのゲートを開くこともできません。
たぶんそのうち迎えが来るはずなんですが…」
アンナは額に手を当てて目を閉じ、何かしらの力を感じ取ろうとしているが無理なようだ。
まさか魔法のない世界があるとは夢にも思わなかったのであろう。
『このままずっとここにいるわけにもいかないな…。
しかし、俺は一人暮らしだし家に連れて行くって言うのも問題がある。由紀に頼むか?
いやいや、あいつの家は家族で住んでるからもっと迷惑がかかるだろうしなぁ』
と、幹太が頭を抱えているのを見たアンナは、
「これ以上幹太さんには迷惑をかけられません。
私はしばらくこの泉のある森で生活しようと思います」
「それは駄目だ。アンナみたいな綺麗な子が公園なんかで生活しちゃいけない。
確かにここは世界でも希に見る安全な国だけど、悪い奴がいないわけじゃないんだ。」
幹太はアンナの肩を掴み、真剣な表情でそう言った。
「ん〜、あーもー!しゃーないから俺の家に来いっ!
一晩ぐらいだったら泊めてやるよ。
そんで、明日は夕方まで空いてるから、アンナに付き合ってどこか行けるところを一緒に探してやる」
『俺がしっかりしていればいいんだ、俺がしっかりしていればいいんだ』
幹太は魔法は使えないが、呪文のように心の中で同じ言葉を繰り返した。
「幹太さん、また綺麗って…」
再びド天然の幹太の言葉に、アンナはまたもや頬を染める。
「いや、でもご迷惑では…?」
「一人でこんな所にいられる方がよっぽど迷惑だよ。
その…アンナさえよかったら、家に来てくれ」
「じゃ、じゃあお世話になっちゃいます♪
本当はお外で寝るの、ちょっと不安だったんです。
幹太さん優しいんですね♪」
「ま、まぁ困った時はお互いさまのって言うからな。
そんじゃあ屋台を片付けるから、そっちでおとなしく待っていてくれ。たぶんすぐに終わるから」
『うぅ、ストレートに感謝されるとちょっと調子狂うわ〜。
しっかしアンナって、笑うと強烈に可愛いい顔してんな〜』
幹太は内心ドギマギしながら、そんな事を思っていた。
「お片付け、私もお手伝いします」
「いいんだ。今日は一人のほうが早い。
機会があるかわからないけど、次は手伝いを頼むかもしれないから、そっちで俺のすることをよく見ていてくれ」
幹太が言ったのは、手伝わせないためのその場しのぎの理由だったのだが、アンナは素直に近くにある公園のベンチに腰かけて、幹太のすることを真剣に見ていた。
『次回は本当に手伝う気なのかな?』
しばらくして屋台の片付けが終わり、幹太はアンナに声をかけた。
「よーし、帰るぞ〜。
それじゃアンナ、家はこっちだからついてきてくれ」
と、幹太が屋台を引こうとしたところで、アンナが屋台の後ろに回った。
「私も運ぶのを手伝います。後を押して大丈夫ですか?」
「じゃあよろしく頼むよ」
そのぐらいの好意ならと、幹太は素直に受けることにした。
そうして二人は、幹太の家に向かってゆっくり屋台を押し始める。
『しかしアンナはどうして日本語が話せるんだ?
魔法は使えないって言ってたけど。まぁそのうち聞いてみよう』
幹太は今更ながらそんな事を思いつつ、いつもの道を進んで行く。
「明るいんですね〜♪あれは何です?」
アンナはそう言って、道路を走る自動車を指差した。
そんな風に彼女は、目につくもの全てに興味を持ち、それを幹太に質問していく。
「あの高〜い棒はなんですか?
上に何かたくさんついてますけど?」
「あれは学校のグランドの照明だよ。いまはもう夜遅いから消えてるけど、点けると昼間みたいに明るくなるんだ」
「あれが全部光るのですか?丸いのぜーんぶ?」
「そう、ぜーんぶ光る」
そしてまた少し進んで、
「幹太さん!機械の巨人が置いてあります!しかも、なんか兵器っぽい雰囲気ですっ!
も、もしかして全然平和ではないのでは…?」
「巨人…?あー!あれは作りものだよ。
物語の中で少女を助ける心優しいロボットを、讃えて作ったってとこかなぁ」
「心優しいロボット…?大きなお作り物のお人形って事ですかね…?
あぁ、良かった〜♪」
「アンナの世界で映画ってないのか…?」
「エイガ…?なんです、それ?」
「ん〜、なんて言うか…まぁ、もし機会があったら一緒に観に行こう」
「はい!ぜひ♪」
などと、二人は帰り道でずっと話をしていたため、自宅に着く頃には、幹太はアンナを家に上げる緊張感をすっかり忘れていた。
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