第4話 邂逅
あの頃のわたしは、
無駄な事だと解っていたし、
だから強がっていた。
今なら解る。
怖いから、周りに
大きな世界も中で、ただ自分の小ささに
二
本日は
本来なら本日はホテルでも泊まり、疲れをとってから明日に
さすがにそろそろ体が重い。
疲れた体を引きずるようにやってきた入口の門の、その
依頼人の人物はお金持ちなのか、田舎の土地が有り余っているのか、二百坪を越える敷地で家は立派なものだった。
ナビの情報と家の表札を見て、そこが依頼人の家だと確信した蒼は、少し緊張しながらインターホンを押し、相手が出るのを待った。
『――――はい』
少し遅れてインターホンからこぼれ出た声は、年老いた女性のものだったが、ハキハキとしていた。
「遅くなりすいません、合同会社アルクイン
『そうだよ。――――今、手が離せない、そのまま入っとくれ』
「失礼します」
それだけを伝えると、蒼は掃除の行き届いた前庭の石畳を
そして、重量の有りそうな玄関の引き戸を開けると、血の
先ほど出会った砂那が、ロングコートを床に脱ぎ捨て、玄関の床を血で汚しながら登り口に座っていた。
「――――あなた!」
驚きと戸惑いで砂那は蒼を見つめていた。
「さっきの、――――大丈夫か!」
思いのほか傷が深かったのか、砂那の血はまだ止まっていない。蒼は傷口を見るために近寄った。
「わたしの後ろを付けて来たの!」
誤解を招くような彼女の台詞に、文句を言おうと蒼が口を開きかけたとき、家の中から着物を着た、見たところ七十代の女性が、タオルを何枚か持って現れる。
「砂那、これでお拭き。――――客人さんは少し待っとくれ、
声からして先ほどインターホンに出た人物なのだろう。
血を流した者が玄関にいても
屋敷の奥からは、慌てている女性の声で「有りましたー」と返事が聞こえる。
砂那はタオルを受け取ると、傷口を洗おうともせず、タオルを巻きつけようとする。
蒼はその手を止めさせ、しゃがんで鞄を開けながら老人に声をかけた。
「すいません、玄関を少し汚します」
老人の返答を待たずして、鞄からペットボトルの水を取出し、砂那の顔を覗き込む。
「
一言だけ注意を
砂那は痛みで「うっ、」と一言だけ
蒼は急いで砂那の腕を拭くと、傷口を確認してから、そのタオルで砂那の腕を
傷は深いが綺麗に切れているだけなので、
「いった、もう! 何なの!」
強く縛るので砂那からは不満の声が上がるが、無視してもう片方の腕も
蒼は上目使いに砂那に話しかけた。
「さっきも言ったけど、ちゃんと洗い流さないと、
「大丈夫って言ったでしょ!」
何を根拠に大丈夫と言っているのか解らないが、再び砂那の不満の声は無視して、蒼はタオルを
「彼女は野良犬に
老人は頷き、四十代の女性は突然現れた蒼に対して戸惑い、無視された砂那は怒ったように
依頼を受ける前から、すでに大変な状況になっていた。
しばらく経ち、客室に通された蒼の前には、先ほどの老人と、真新しい包帯を巻いた砂那が座っていた。
包帯に血が
蒼は居心地が悪そうに尻を動かせた。
理由は簡単、砂那が
「遠いところ、態々済まないね」
「いえ、こちらこそ遅くなってすいません」
先ずは名刺を渡し、遅くなったことを謝罪するが、蒼が東京から来るのを知っている折坂の老人は首を振った。
それから、何かが引っ掛かるのか、蒼は依頼内容よりも先に別のことを訪ねた。
折坂と言う名前に聞き覚えがあるためだ。
「失礼ですが、折坂さんは、総本山の折坂さんとご関係がありますか?」
「あぁ、息子の
蒼は
《総本山》と言うのは、囲い師達のルールを決めたり、縄張りを決めたりなど、囲い師の取り決めを行う場所である。
そして、その総本山に所属している囲い師は、
その
さらに付け加えると、その母の
囲い師のすごい一家の前にやってきたのだ。これは緊張する。
「そうでしたか、お会いできて光栄です」
「いえいえ、こちらこそ」
蒼の感激の言葉を
「ところで、あんたは若いね。ちゃんと
「はい。囲い師ではないですが、
蒼の答えに
「じゃ、依頼をお願いするが、内容は…………」
「孫の、砂那を手助けしてほしいんだよ」
驚き、口を開いたのは、蒼よりも砂那の方が早かった。
「おばあちゃん、どうして!」
砂那は両手でテーブルを叩いて、腰を浮かせる。彼女の驚きの声に、
「砂那、ごめんよ。今までは私が教えていたんだが、歳のせいか脚が思うように付いていかん。今回はサポートも出来ないだろうよ」
「だからって、こんな他人に頼らなくても、わたし一人でも出来る!」
砂那は両手をグーに握りしめて訴える。
「砂那、確かにあんたは努力して、囲いはうまく出来る様になった。だけどね、囲い師は囲うだけでない。未々祓い屋として覚えなきゃいけない事も多いし、あたしも教えきれてない。今回は特に原因が解っていないんだよ。言うことを聞いとくれ」
砂那は言い返そうと口を開くが、自分の包帯に巻かれた腕を見て、悔しそうに唇をかんだ。
経験不足で傷を追ったのは目に見える現実だ。
それに、今まで囲い師の師匠にあたる人物からのお願い。聞かないわけにはいかなかった。
「……………………わかった」
砂那は渋々といったように、下を向いたまま頷いた。
「最近、この辺りは
〈
そして〈憑き物〉とは、心霊現象でもよく有るもので、霊が生物に乗り移ることである。先ほど砂那が相手していた犬もそうだし、蒼の働いている祓い屋の八割方はこの手の依頼だ。
「それは構いませんが、……私どもより、」
「では、お願いいます」
華粧は蒼のその後に続く言葉がわかったのか、慌てて言葉をかぶせてきた。それが解った蒼は話を戻さず契約に入った。
「解りました。それではこの依頼を
「あぁ、それでいいよ」
蒼は契約書を取り出し、簡単な料金の説明と、サインと
「それじゃ、折坂 砂那さん、しばらくはよろしく」
蒼のあいさつに砂那は睨むことで返した。
それ以降は何も話さず、蒼とは目も会わさず、しばらくするとそのまま立ち上がり、早々と
その様子を華粧と蒼の二人は見送ってから、先ほどの話の続きを話し出した。
先ず口を開いたのは華粧からだった。
「あんた、
蒼には華粧の言いたい意味が分かった。それは先ほど言葉をかぶせてきたところだ。
砂那に聞かれたくないのだろうか。
蒼は頷いた。
折坂家もそうだが、蒼もそれなりに総本山には関わりがある。蒼本人とは全く関係がないが、
総本山の内情に詳しい華粧に隠しても仕方がないので、蒼は素直に話し出した。
「はい。私は
「じゃ、総本山とは関係あるのかい!」
聞いていた話と違うと、華粧は蒼を責める様に言葉を荒ただした。
蒼は誤解を解くように首を振ると、話を進める。
「父の
華粧はいま思い出したように頷いた。
確かに蒼は最初にそう言っていた。
囲い師でないなら総本山とは関係を持てない。
それに、依頼をした合同会社アルクイン拝み屋探偵事務所の経営者はフランス人女性、総本山とは
だからこそ依頼したのだ。
「そうだったね。それでも、知り合いの総本山の連中には言わないでくれるかい?」
そもそも社名に探偵とついている業態で、簡単に依頼内容を話す人物に、この仕事は向いていない。
「それはもちろんです。……………しかし、何故か理由を聞いていいですか? あなたたちが困っているなら、総本山の凄腕の囲い師たちが惜しみなく手を貸してくれますよ。それも私たちの様に料金も取らずに」
そこはベネディクトがきな臭く思っている場所だろう。砂那に関係が有る様に思うのだが。
「色々あってね、今回は砂那一人の手柄にしたいからさ。………まぁ、親バカならず祖母バカじゃが、あの子の想い、少しでも叶えてあげたくてね」
少しだけ
それを見て蒼は、囲い師の一ページを作った人物も、人の親であると知った。
多分、今回の件を砂那一人の手柄にして、彼女をいずれ総本山に入れるのに
総本山に入れなかった蒼には関係ない話だし、邪魔する必要もなかった。
ただ、砂那の気持ちが気になった。
彼女は今回の事を、
それは多分、周りの人に自分を認められようとしていると思う。
なのに、そんな不正じみたと事をしても、祖母の思うように彼女の想いは叶わず、これからはそれが
しかし、そこは蒼が口をはさむ問題ではない。
それは料金に含まれていない。
「解りました、約束します」
蒼の返答に華粧は満足げに頷く。
しかしと蒼は思う。
あとでもう一度砂那と話そう。この依頼を受けるうえで、彼女の気持ち大事だと思った。
華粧との話が終わったあと、蒼はベネディクトに電話を入れ、無事に契約が出来たことを伝える。
そして、仕事が終わるまではこの屋敷に厄介になることになり、家政婦の
場所は先ほどの一階の客部屋で、
旅館のような作りで旅行に来たような錯覚にとらわれる。
あくまで仕事だと自分に言い聞かし、蒼は雪見障子とテラス戸を開け、独り言のように呟いた。
「こぐろ、少し遊んでこい」
とたんに何処からか現れた黒い仔猫が庭を突っ切り、敷地の
それを見送ると、身体の芯から疲れが沸いてきた。
これで本日に出来る事はすべて終わった。
明日の為に早く休もうと、蒼は布団に転がり天井を眺めていると、直ぐに眠気が押し寄せてきた。
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