峠の桜とタヌキとバイク旅

京正載

第1話 回想。 旅の途中で……………

 わずか数年で、あののどかだった田舎が、こうも変わってしまうものなのか?

前に来たときは、まだ道路も殆ど舗装されておらず、人家もまばらで、まるで戦前か明治時代あたりにでも、タイムスリップしてしまったようだった。

だが、今のこの景色はどうだろう?

高速道路のインターがすぐ近くにできて、車の行き来も頻繁になった。

狭かった県道も片側2車線に拡張され、きれいに舗装された広い道になっている。道路沿いには、以前はなかったコンビニやガソリンスタンド、道の駅までできて、すぐ近くでは新しいマンションの建築工事も始まっている。

もはやここは村ではなく、町へと変わろうとしていた。

そんな、かつての面影も残っていない村を横目に、俺のバイクはあの峠を目指した。


 俺は内海直人。フリーのカメラマンだ。

こうして全国の名所や景色を、写真に撮ってまわるのが仕事である。

だが、今回この田舎町の撮影に来たのは仕事とは関係ない。

先日見た新聞に、この村だった町のさらに先にある、名もないような小さな村が、とうとうダムに沈んでしまうという記事を見て、いてもたってもいられなかったのである。

今の俺があるのも、その小さな村での、ある体験があったからこそなのだから。


 以前とは比べ物にならないくらいに快適な道を、中古のドイツ製バイクで走る。伝統ある800cc水平対向エンジンが、この鉄の馬を加速させ、心地よい音をたてていた。

こういった古いバイクに乗っていると、不思議と心が安らぐのは何故だろう?

90年代の代物で、中古車屋で見つけ、国産の新型車にも目もくれずに、勢いで買ったのだが、どうやら正解だったようだ。

そう言えば、前に乗っていたのも中古で、このバイクに負けず劣らすの名車だった。S社製、水冷3気筒2サイクル750㏄。今では中古車雑誌でも滅多に見かけなくなった、多くのファンがいる人気機種である。学生時代に、近所の人が乗っているのを見て、それ以来の憧れのマシンであった。

まあ、買った段階でかなり傷みもひどく、いつ壊れてもおかしくない状態だったが…………………………。

そして、以前にあの村や、この道の先にある峠に行ったのも、その壊れかけの愛車に乗っていたときのことだった。

あれからもう、3年になるのか?

あれは、俺がカメラマンを目指しだした頃、日本一周の撮影旅行の途中でのことだった。


   ※※※※※※※※※※※※※※


 東北自動車道の郡山から猪苗代湖を目指して走り、名物の喜多方ラーメンに舌鼓をうつ。土産で買って食べるより、地元で本物を味わってこそ、旅の醍醐味があるというものだ。

時間はまだ余裕があったが、聞いた通りに県道を通って、新潟県方面に向かう。

美瑛で知りあった川崎君の話しの通りなら、山を二つ越したあたりに、地図にも載っていない小さな村があるハズなのだ。

『百聞は一見に如かずと言うだろ? 向こうに行く機会があったら見て来るといい。きっと君も気に入るハズさ』

彼の話しに乗せられて、俺はとある山奥に向かっている。

ちょっとした好奇心。

そのときは、ただ、それだけだった。


 子供の頃から野良仕事が嫌いで、実家の農家を継ぐのが嫌だった俺は、高校進学を口実に、奈良県の山間の村にある家を出て行った。

卒業後も実家には帰らず、すぐに町の運送会社に就職をし、盆と正月くらいしか、家に帰ることもなかった。

とにかく、辛い、しんどい、面倒が口癖の俺は、自ら進んで行動するのがイヤな性格で、運送会社に就職したのも、車に乗っての仕事は、きっと楽に違いないと思ってのことだ。

(実際はそんなに楽でもなかったが)

そんな俺にも当時、熱中できる趣味というものがあった。

やっとの思いで買った中古のバイク。そして、会社の同僚から勧められて始めたカメラ。週末にはあちこち撮影しながらツーリングし、その場その場の撮影をするのが、俺の数少ない趣味であった。

面倒事が嫌いな俺でも、こればかりはやめることができなかった。

いつかは日本一周撮影旅行をしようと決意したのは、いつのことだったか?

その目標のために、何も考えず町での暮らしを続けて約十年。近場のツーリングを何度か経験し、ついに一大決心の末、会社を辞めて日本一周の旅に出たのは、29歳の春だった。


 最初は名古屋を目指し、そこから日本一周をと思ったが、それだと海岸線ばかりを走ることになり、内陸を見て廻ることができない。

そこで、あちこちを見学しながら本州をジグザグに北上してたから、日本縦走と言った方が正しかったかもしれないが。

旅行ガイドを参考に、色々と見て回り、やっとの思いで最大の目的地、北海道に渡ったのは、旅を始めて一ヶ月後のことだった。

それにしても、さすがは北海道の大自然。どこへ行っても、どこを見ても感動せずにはいられなかった。

そんな北海道旅行の最中、ライダーハウスというこの地ならではの格安の宿で、他のライダー達と旅の情報交換をしていると、富良野の近くにある美瑛の景色が最高だと聞き、次の日、俺は早速その美瑛を目指した。

美瑛は、旭川市と富良野市の間あたりにある、小さな町である。

昼の間に富良野のラベンダー畑を見て、それから少し北上すると、夕日に染まる大平原が視界を覆った。

この世のものと思えない、圧倒的な絶景。ここが美瑛である。

観光地としての人気を、富良野に持っていかれてはいるが、ここもなかなかに美しい。その素晴らしさを、この場で文章で表現することは不可能であろう。

途中、国道沿いの駐車場に止まり、すぐ隣にあった小高い丘から、あたりを見渡していると、

「ホント、何度見ても飽きないなぁ」

と、偶然その場で知りあった、鹿児島から来たという、俺と同じく日本一周中のライダーの、川崎君が言った。

話しによると、彼は何度も全国を走り廻り、北海道へ来たのは、これで4回目だという。

「俺的には、日本のお勧め絶景ベスト5に入る景色と言っても過言ではないな、うん」

「他にも、ここに負けないくらいの景色を見たのかい?」

「もちろん。例えば熊本のミルクロードから見渡した阿蘇のカルデラだろ。滋賀県琵琶湖の海津大崎の桜。それに富士五湖に映る富士山、特に太陽が山頂にかかるダイヤモンド富士が見れたら最高だ。氷見から富山湾越しに見る立山連峰。函館の夜景に、地平線が全方向に見える中標津の開陽台。それから道道909号線から見る夕日に染まる利尻富士だ。ああ、もう数え上げたらキリがない」

素晴らしいその絶景の数々を思いだし、川崎君は陶酔しきっていた。

一方、その話しを聞いていた俺は、その絶景の数を指折り数え、

「ベスト5なのに、5つ以上あったぞ」

「まあ、そのくらいこの日本にも、すごい場所はいっぱいあるってことさ」

さすがは陽気な鹿児島県人。俺のツッコミにも臆せず、平然として答える豪快さは、西郷さんの土地の人間の特徴だろうか?

九州をまわるときには、鹿児島県人を観察する必要がありそうだ。

 その後、俺と川崎君はしばし美瑛の絶景を堪能し、旭川のライダーハウスで一拍した。

「そう言えば、美瑛では言いそびれたけど、新潟の方でも見事な景色を見たぜ」

「へぇ〜、新潟のどのあたりだい?」

ライダーハウスでは、時間の経つのも忘れ、俺や川崎君、他の宿泊客達はそれぞれの旅の情報を交しあった。

そんな中で、川崎君は思いだしたように、ある村の話しを始めたのである。

「場所はちょっと言いにくいなぁ〜。いや、何も秘密にしようって言うんじゃないんだ。地図にも殆ど載っていない、とんでもない山奥でね、去年だったか、そっちに行ったときに道間違えて、偶然見つけたんだ。」

「やはり美瑛みたいな大平原? いや、場所を考えれば、それはないか」

「百聞は一見に如かずと言うだろ? 向こうに行く機会があったら見て来るといい。きっと君も気に入るハズだよ。ただし、行くなら季節は秋がお勧めだけどね」

よほどその景色が気に入ったのだろう、彼は景色の内容を詳しく話さず、俺にはその場所だけを教えてくれた。

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