曖昧な存在の僕は
マフユフミ
第1話
菜の花の道を行くキミは、キラキラと輝いていて眩しくて、直視することさえできなくて、僕はきゅっと自分の手を握りしめた。
3月。
道端には菜の花が黄色い輝きを放ち、その黄色は柔らかな風に包まれている。
町は待ち望む春の訪れをほのかに喜び、穏やかな空気があたりを充たしている。
そんな中で、自分の存在だけが淡く霞んでいくのはなぜだろう?
春の温もりも、花の鮮やかさも、全てが遠い。目の前にあるのに、霧の中にいるようで。
何度瞬きしてもそれは変わらず、対してキミの輪郭はくっきりと浮かび上がる
何度も何度も目をこらしあたりを見回すうちに、ぼやけているのが僕自身なのだと気が付いた。
そうか、僕の存在がどんどん曖昧になっているんだ。
駆け出すキミが遠い。
手を握りしめるのは、どうにかつなぎ止めるため。
僕を?それともキミを?
食い込む爪の痛みで、なんとか己の存在を確かめる。
ああ、なんて無意味なんだろう。
僕の存在。
ここにいること。
その全てが、自分自身信じられないというのに、なぜこうも存在を主張しようとするのか。
分からないイライラに、手はさらに力をこめる。
ギリギリと食い込む爪は、やがて手の皮を突き破って血を滲ませ、鈍い痛みは鋭利なものへと変化する。
そしてやっぱり思うのだ。
「ああ、生きている」
なんて。
血を流すほどの痛みと、真っ赤な血の色にしか確かめられない僕の生は、非常に鈍くて脆い。
こんな曖昧な存在、どうにかしてしまえばいいのに、それでもまだしがみつくのか。
輝く世界への未練。
そしてキミ。
こんな僕自身を守る価値なんて、一体どこにあるというのだろう?
キラキラの笑顔で振り返るキミは、こんな僕にさえ手を差し伸べる。
その手を迷いなく取れたら。
その手を握り返して、にっこり微笑むことができたら。
でも、僕は。
曖昧な存在の僕は、きっとその手に触れられない。
触れたくないでも触れないでもなく、ただ事実として「触れられない」。
それでも、触れようとした僕の手は虚しく空を切り、ただ何もない空間にこぼれ落ちるだけなのだ。
曖昧な存在の僕は マフユフミ @winterday
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます