16話 自分の事になるとポンコツ

01.オルヴァーの用事はない

 相談者のいない相談室は静かなものである。ギルド内でも、用事がある者以外は寄り付かない最奥。当然、関係者以外の立ち入りは禁止なので、客がここにまで入って来る事など滅多に無い。例外が一人居るが、彼はモブではなさそうなので除外させていただく。

 そんな彼の忠告のおかげで、個人情報が詰まりに詰まったタブレットは嵩張るのに持ち歩く羽目になってしまった訳なのだが。


 ともあれ、今日までで倒したDLC魔物は3体。蝶、天秤、蝙蝠であり、残りは1体。着ぐるみのような何とも不気味なアイツだけとなっている。


 ただ、ここ最近は魔物以外の恐怖体験が多すぎる。

 サイラスに始まり、油断した所にアリシア&ルグレのコンビがぶっ込んできた。もうメンタルはボロボロ、そろそろお暇を貰いたい所だ。


 などと思考に耽っていると、ノーノックで相談室のドアがガチャリと開けられた。殺伐としたギルドなので、ノック無しなど日常茶飯事。ドアの音だけで来客に気付いた私はカーテンの仕切りにだらけきった影が映らぬよう、背筋を伸ばした。手慣れたものである。

 ――が、長年の経験による謎の余裕はしかし、聞こえてきた間違えようのない声で瓦解する事となる。


「よう」

「――オルヴァーさん!?」


 オタクが推しの声を聞き間違えるなどあろうはずもない。思わぬ来客に何故か立ち上がり、そのままの勢いでカーテンを開け放つ。最早、彼と話す時にこの仕切りは不要という暗黙の了解が存在しているからだ。

 しかし、こう言っては何だが私が一方的に気まずい。アリシアの信じられない価値観を見せ付けられた後にオルヴァーの来訪と言うのは、反応に困る。


 当然そんな私の事情など知らないオルヴァーは、いつにもまして挙動不審な私を、それこそ不審者でも見るような目で見つめている。


「え、あ、どっ、どうしたの? 用事かな?」

「別に、用事は無い。何をそんなに慌てている? 落ち着け」


 言いながらオルヴァーが椅子に腰掛けた。これはもしや、長居する気満々なのでは? というか、用事は無いとか意味不明な言葉が聞こえた気もする。というか、なら何故来たのか――


「聞いているだろうが、ここ数日は遠出していた。・・・・・・その間に、ギルドマスターから例の魔物の討伐を任されていたらしいな」

「あ、あー。うん、そう。あの大きな蝙蝠みたいな魔物を討伐したかな」


 そうだった。頭からすっかり抜け落ちていたが、オルヴァーが気を利かせてアリシア達に口添えしてくれていたおかげで、討伐にあの人外達を同行させる事が出来たのだった。礼を言わなければならないが、私よりも一瞬先に彼が言葉を放つ。


「怪我は無さそうだな、その分だと。死にたがりの面倒を見るのは大変だ」

「いやあの、その節は誠に申し訳・・・・・・。というか、アリシアさん達に私の事をお願いしてくれてたんだね。ありがとう、助かったよ」

「あー・・・・・・。ま、無事ならそれでいい」


 ばつが悪そうに目を逸らされてしまった。あんまり触られたくない話題だったのかもしれない。


 ただ――一言だけ言わせて貰っていいだろうか。


「解釈違いが! 過ぎる!!」

「は? うるさい、大きな声を出すな」

「そうだよ、それそれ! いつもそういう感じだったじゃん、オルヴァーさん!」


 心の声が音となって漏れ出ると、案の定彼は迷惑そうな顔をした。キンキン声が耳に障ったのだろう。

 だが、それでこそオルヴァーという人物だ。

 モブ如きに生温い優しさなぞ不要。無関心も一オタクとして若干辛いものがあるが、デレデレとキャラ崩壊気味のスキンシップは完全に解釈違いである。それはヒロインかアリシアに取っておいて貰いたいものだ。


 そう、私はしがない相談員。冷たいのも、それはそれで悲しいが馬鹿な事を言ったら当然の如く罵倒されるくらいが丁度良い。そもそも、罵倒される事さえある種の名誉とも言える。本場の罵倒って感じの感動。

 もう怪我の心配を逐一され始めたらそれは、立ち位置的にはシーラとかの保護対象になってしまう訳で。そのポジションはシーラのみが座っているから価値があるのであり、何が言いたいかと言うとモブである私は、その席に着けなくていいですって事だ。


「――そういう訳だから、こう、もっとキツめにお願いしたい所存」

「意味が分からん。どこからその接続詞に繋がった?」

「良い調子だよ、そんな感じ!」

「はあ? ・・・・・・調子が悪いのなら、帰って休んだらどうだ。ストレスが溜っているように見えるぞ、お前」

「そうじゃなくて! もっとこう、私を罵って!!」


 心底引いたような顔をされた。我ながら気持ちの悪い発言だが致し方なし。オタクは公式からの解釈違いでも簡単に死ぬ、雑魚メンタルなのだ。


「落ち着け。なんだ、さっきから。俺に暴言を吐かれたいのか? そういう気分じゃねえ、ルグレあたりを頼れ」

「ルグレさんのはガチ過ぎるから、言われたら普通にヘコんで寝込むわ」

「基準が意味不明過ぎる。まあいい、ロビーに戻る」

「ええ!? 本当に何の用事もなかったの、オルヴァーさん!」


 これは尤もであろう私の意見に対し、オルヴァーは珍しくキョトンとした毒の無い表情を浮かべて頷いた。


「用事は無い、つっただろ。顔を見に来ただけだ。何も無さそうだから、ロビーに戻って依頼を受けてくる」

「ええ?」

「何ださっきから。人の言葉を疑ってんのか、シキミ」

「いや・・・・・・」

「ならいいだろ。それじゃあな」


 本気で人の生存確認の為だけに来たらしいオルヴァーは、立ち上がると迷いの無い足取りで相談室から出て行ってしまった。後には呆然とそれを見送り、硬直する私だけが残っている。

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