第72話
飛甲蟲の討伐依頼を出すため、アイナちゃんと共に冒険者ギルドへ。
アイナちゃんが背負うカバンには、パティも隠れている。
ギルドの扉を開けると、冒険者たちの視線が集まった。でも俺だとわかると、視線はすぐに戻された。
ギルド内を見渡す。奥のテーブルで蒼い閃光が地図を広げているのが見えた。近々また森に入るのかも知れないな。
そんなこと考えつつ受付へ。
「あらー、お兄ちゃんじゃないですかぁ」
すぐに受付嬢のエミーユさんが声をかけてきた。
ボタンに手が伸びかけて――
「あ、今日はアイナもいるんですね…………チッ」
後ろにいたアイナちゃんを見て、その手が止まる。
やたらとボタンを外したがるエミーユさんでも、子供の前ではTPOをわきまえるのだ。
舌打ちはバッチリ聞こえてたけどね。
「どーもどーもエミーユさん」
「こんにちはですよぅ。今日はどうしたんですかぁ?」
「実はギルドに依頼を出したくて」
「依頼? お兄さんがギルドに依頼を出すなんて珍しいんですよぅ。お兄さんのことだから、ギルドに変なアイテムを売りつけておカネを巻き上げにきたと思ったんですよぅ」
「俺の印象最悪じゃないですか。それより手続きしてもらえますか?」
「もちろんですよぅ」
エミーユさんは棚から記入用紙を取り出し、受付カウンターに置く。
「どんな依頼か聞かせてくれますかぁ?」
「討伐依頼です」
「ふむふむ。討伐依頼っですねぇ。言っておきますけど、討伐依頼は対象モンスターの脅威度によって支払って貰う報酬額が変わりますからね?」
「承知してます」
「あと個人的にエミィちゃんにチップを払ってもいいですからね?」
「それは拒否します」
「……チッ」
盛大に舌打ちしたあと、エミーユさんは羽ペンを握る。
「なら討伐対象を教えて欲しいんですよぅ」
俺はアイナちゃんと頷き合い、答える。
「討伐して欲しいのは森にいる飛甲蟲です。巣を作っているようなので、巣ごとやっつけてほしいんですよね」
――――ざわわっ。
ギルドにいる冒険者たちの間に、動揺が走るのがわかった。
「飛甲蟲だとっ!? あの商人いま飛甲蟲と言ったか!?」
「俺もそう聞いたぜ」
「飛甲蟲が出るなんて情報はなかったスよね?」
「いいえ。このあいだ『蒼い閃光』が飛甲蟲に遭遇したそうよ」
「東の森には飛甲蟲がいるわけですか……。今後森に入るときは気をつけないといけませんね」
「解毒ボーションはまだあったよな? 飛甲蟲がいるとなるとこれからもっと必要になるぞ」
「吐き出す酸で装備を溶かされないように気をつけないといけないわ」
「あと予備の武器の用意しないとだな。チッ、めんどくせー」
冒険者たちは飛甲蟲についてあれやこれやと話し合う。
それぞれの会話がひと段落したところで、ギルドがしーんと静まりかえった。
どうやら事の成り行きを静観するつもりのようだ。
「飛甲蟲の巣ですかぁ……。そーですか。そーきましたかぁ……」
動揺したのは冒険者たちだけではない。
エミーユさんも動揺していた。
飛甲蟲の名を聞きうーむと考え込む。
この反応を見るに、飛甲蟲は俺が考えてるよりもずっとやっかいなモンスターのようだな。
「ええ、飛甲蟲です。難しいでしょうか?」
「単体ならぜんぜんなんですけどね。巣となると……正直、アタシじゃ判断できかねる案件ですねぇ。ちょっと待っててください。いまギルドマスターに確認してくるんですよぅ」
そう言い残すとエミーユさんは席を立ち、奥――ギルドマスターの部屋へと入っていくのだった。
◇◆◇◆◇
「申し訳ありませんシロウさん。飛甲蟲の討伐依頼はお受けすることができないのです」
そう言ったのは、ギルドマスターのネイさん。
「そんな……報酬は納得いく額を出させていただきますよ? それでもダメなんですか」
「報酬の問題ではありませんの。飛甲蟲を巣ごと一匹残らず駆除するとなると、大規模な掃討作戦になりますわ。それこそ、ギルドに所属する冒険者の半数が必要になるほどの」
「冒険者の半分……か、かなりおカネがかかりそうですね」
「それはもちろん。ですが、問題は報酬よりも人員ですわ。実は……その大規模な掃討作戦を行うだけの余力が、わたくしのギルドにはないのです」
ネイさんの説明はこうだった。
妖精の祝福がニノリッチの町に支部を置いた理由は、古代魔法文明時代の遺跡を探すためだ。
遺跡を探し出すため、ここニノリッチ支部には王都や他支部の腕利きが集められている。
ライヤーさんの言葉を借りるなら、『一流どころとベテランばかり』というやつだ。
そのため、早急に結果を出さなくてならないのだけど……支部が出来て二ヵ月が経つというのに、未だ成果はゼロ。
ジギィナの森は広大。二ヵ月かけて埋めたマップも、あの大森林にとってはほんの一部分に過ぎないからだ。
ひょっとしたら、まだ一〇パーセントにも満たないかもしれない。
それなのに本部からは「遺跡は見つかったか?」、「早く遺跡を見つけ出せ」とせっつかれているそうだ。
おそらくは多額の資金をこのニノリッチ支部に投入しているだろうから、投資側としては当然の反応だ。
理由は他にもあった。
飛甲蟲は厄介なモンスターではあるが、このモンスターの特徴として、こちらから手を出さなければ戦闘になるようなことは滅多にないそうだ。
俺が遭遇したのは例外中の例外。
戦わなくてもよい相手との戦闘を避ける。
それも当然の話だろう。
「例えば飛甲蟲がニノリッチの近くに巣を作り、住民や家畜にまで危険が及ぶ可能性がある、というのなら迷うこと無く依頼をお受けますわ。ですが……そういった報告は受けておりません」
ネイさんはそこで一度区切り、俺の反応を伺う。
「つまり、これはシロウさんの個人的な依頼ということですわよね?」
「その通りです」
「……飛甲蟲の素材が必要なのですか? もしそうであるのなら、必要な分だけを狩ってきますわよ」
「いえ、俺が望むのは巣の駆除です」
「であれば、やはりお受けすることはできませんわ」
「そんな……そ、そこをなんとかお願いできませんか? この通りです!」
ネイさんに頭を下げると、
「お姉ちゃんおねがい。ひこーちゅうをやっつけてください。おねがいしますっ。おねがいしますっ!」
アイナちゃんも俺に続いた。
それでも――
「頭を下げられても、お受けすることはできませんわ」
多くの冒険者たちが見守るなか、俺の依頼は断られてしまった。
「シロウさん、ギルドに商品を卸してくださる貴方にはとても感謝をしていますわ。わたくしだって、個人的にはシロウさんの依頼をお受けしたい。けれど……わたくしはギルドマスター。そしてギルドマスターとして、どうしてもお受けすることができませんの」
「そうですか……」
さてどうするか。
まさか受けてもらえないとは思わなかった。
ネイさんが受けれないのは、管理職の立場からだろう。
遠巻きに見守る冒険者たち。その中にいたライヤーさんがなにか言おうとして――俺が視線で待ったをかける。
これは俺の戦いだ。冒険者であるライヤーさんを巻き込むわけにはいかない。
「……」
おそらく、俺が使える
その三枚のカードを使い、ネイさんを説得しなければならない。
「シロウさん、わたくしはこれで」
「待ってください!」
話を打ち切ろうとしたネイさんを呼び止める。
覚悟は決まった。俺は一枚目のカードを切る。
「ではこうしましょう。依頼ではなく取引ならどうですか?」
「……取引?」
「ええ。取引です。飛行蟲の討伐依頼を受けてもらえないのは、突き詰めると日数がかかるからですよね? それだけ冒険者たちの拘束期間が長くなるからと」
「そうですわ」
俺は近くにあったテーブルに手を置くと、
「よっ」
空間収納のスキルでしまってみせた。
「「「っ!?」」」
それを見た冒険者たちが一様に目を丸くする。
ネイさんの背後では、蒼い閃光の四人が「あっちゃー」みたいな顔をしていた。
「シロウさん、いまのはまさか……」
「ええ。空間収納のスキルです。そして俺が持ちかける取引はこうです。妖精の祝福が遺跡を発見したら、俺がこのスキルを使って冒険者のみなさんを支援します。具体的には物資の搬入搬出のお手伝いとなりますが、遺跡の攻略には日数がかかると聞きました。場合によってはひと月以上かかるとも。となると、必然的にその日数の分だけ物資が――より具体的には水や食料やポーションなどが必要になりますよね?」
冒険者たちの反応を見るに、間違ったことを言ってはなさそうだ。
俺は続ける。
「そこで俺がこの空間収納スキルを使い現地まで――と言っても遺跡の入り口までですが――現地まで物資を運びます。復路では遺跡で発見された財宝などをギルドまで持ち帰っても構いません。どうでしょう? これなら飛甲蟲討伐にかかる日数を取り戻すことができませんか?」
「……」
ネイさんが考え込み、やがて首を横に振る。
俺が空間収納スキルでしまい、残された椅子にネイさんが手を置く。
ネイさんの手が椅子の背もたれを掴んだと思ったら、その椅子がふっと消えた。
「ごめんなさいシロウさん。わたくしは空間収納スキルを持っていませんが、代わりにこの――」
ネイさんが袖から幾何学的な紋様が描かれた革袋を取り出す。
「空間収納の魔法が付与されたマジックアイテムを持っていますの。遺跡への搬入も搬出も、このマジックアイテムを使うつもりですわ」
俺が持っていたカードは、ネイさんも持っていた。
「これはわたくしの家に伝わる家宝のひとつ。このマジックアイテムでも荷馬車三台分の収納量がありますわ」
冒険者たちから「おお~」と感心する声が漏れる。
それだけ凄い収納量なんだう。
空間収納スキルのカードは意味がなかった。
残された最後のカードあと二枚。さて、どっちを切るべきか。
そのときだった、
「なんじゃ坊主、困りごとか?」
一人のドワーフが、ふらりとギルドに入ってきた。
「エルドスさん!」
英雄の登場だった。
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