いつでも自宅に帰れる俺は、異世界で行商人をはじめました ~等価交換スキルで異世界通貨を日本円へ~

霜月緋色

第1話

「こんなことって、あるんだなー」


 俺はいま、森の中に立っていた。

 前方にはファンタジーっぽい町並みが小さく見え、空を見あげればお月様がふたつ。

 そんで後ろを振り返れば、


「ばーちゃんの仏壇が置かれた和室があるっと」


 俺は気持ちを静め、深呼吸。


「落ち着け。落ち着くんだ尼田士郎。まずは状況を整理するぞ」


 先月末でブラック企業を退職した俺は、本日ばーちゃんが残した一軒家に引っ越してきた。

 掃除を済ませ、引っ越し業者が荷物を運びこむ。

 荷ほどきをはじめ、中の物をしまおうと、ばーちゃんの仏壇(最初からあった)が置いてある和室の押入れを開けたら――


「ファンタジーな世界に繋がっていた、と。はぁ……わけわかんねー。どんな怪奇現象だよこれ。俺疲れてるのかな」


 俺は一度和室に戻り、押し入れのふすまを閉める。

 キッチンで濃い目のコーヒーを淹れ一〇分ほど休んだ後、改めて押し入れを開けてみたけど、


「やっぱり、めっちゃファンタジーしてるんだよなぁ」


 どうやら目の錯覚とかではなかったらしい。

 今夜は満月なのか、二つのお月さまが真ん丸に輝いていた。

 再びふすまを閉じ、ばーちゃんの仏壇に線香をあげる。


「ばーちゃんはこのこと知ってたの?」


 当然答えなんか返ってこない。

 遺影の中のばーちゃんは、ちょっとイっちゃてる顔でダブルピースするばかりだ。

 ばーちゃんは七年前に行方不明になり、先月やっと役所から死亡認定が下りた。

 行方不明になった当時はすっごい大変だったけど、いまとなっては家族全員がばーちゃんの死を受け入れている。


『士郎……いつか婆ちゃんの秘密を教えてやるからのう』


 そう言っていたばーちゃんは、その『秘密』を教えぬままダブルピースで逝ってしまったのだ。


「ばーちゃんが教えたかったことって、ひょっとして押入れの中のことだったのかな?」


 ばーちゃんとの思い出に浸っていると、


「ん? これは……手紙?」


 仏壇の隙間に手紙が挟まっているのを見つけた。

 手紙を手に取る。そこには『家族へ』の文字が。


「まさか……ばーちゃんの遺書か!?」


 俺は封を破り手紙を広げた。


「やっぱりそうだ。……これはばーちゃんの字だ。なになに――――……」


 ばーちゃんが残した、『この道を行けばどうなるものか』という冒頭からはじまった手紙。

 数行目の時点で、


『いままで黙っててすまないね。実は婆ちゃんな、八〇年前にルファルティオという世界から日本にやってきた魔女なんじゃよ』


 と書かれていた。

 俺は手紙から顔を上げ、深く深呼吸。


「ばーちゃん……いきなり情報量多すぎだよ」


 もし押入れの中身より先にこの手紙を見つけていたら、大好きだったばーちゃんがファンタジー脳に侵されてしまった、と嘆いたことだろう。

 けれど、押入れの中に広がっていた世界を見てしまったいま、信じるほかなかった。


「ひょっとしてばーちゃんは故郷の世界でまだ生きているんじゃ……はは、さすがにそれはないか」


 ふと湧き出た希望を、首を振って追い払う。

 七年前の時点でばーちゃんは足元がおぼつかなくなっていたし、寒いわけでもないのにいつもぷるぷると震えていた。

 当時高校生だった俺は、ばーちゃんが長くないことを覚悟していたのだ。


「となると、最期を故郷の世界で迎えたかったのかな?」


 どちらにせよ、ばーちゃんはもういないのだ。

 じわりと視界がにじみ、慌てて目を閉じる。


「っと、落ち込んでる場合じゃないよな。続きを読むか」


 気を取り直して手紙を読みすすめる。

 要約すると、主に六つのことが書かれていた。


 一、押入れが地球とは違う世界異世界、ルファルティオに繋がっていること。


 二、ルファルティオは地球と比べると文明レベルが低いが、代わりに『魔法』や『スキル』という不思議な力が存在すること。


 三、地球では考えられないような危険なモンスターがいること。


 四、人間以外にも意思の疎通ができる種族が多数存在すること。


 五、手紙と一緒に異世界の言語が理解できる『魔法の指輪』を入れておいたからつけること。


 六、異世界の書物を仏壇の裏に隠してあるから、指輪をはめてから読むこと。


 以上のことが書かれ、手紙は『迷わず行けよ。行けばわかるさ』との一文で締められていた。


「ばーちゃん……」


 手紙に書かれていたように、封筒の中には銀色の指輪が入っていた。

 よく見ると、薄く光っているようにも見える。

 次に仏壇の裏を覗き込むと、


「本……か?」


 確かに本が二冊あった。

 謎言語で書かれているため、タイトルはおろかページをめくってもまるで読めない。

 手紙に書かれていたことが本当なら、この指輪をはめればこの謎言語――異世界の文字も理解できるそうなんだけど……。

 俺は指輪を左手の人差し指につける。

 結果――


「……等価交換の書に……く、空間収納の書?」


 さっきまで読めなかった本のタイトルが、マジで読めるようになっていた。

 等価交換の書と書かれた本は、三〇ページほどと薄い。空間収納の書に至っては一〇ページほどだ。

 内容はチンプンカンプンだったけど、読み終わると、


『スキル、【等価交換】を得ました』


 と頭の中で声が響いた。


「だ、誰だっ!?」


 部屋を見回しても仏壇とダブルピースしてるばーちゃんの遺影しかない。

 なにこれ? めっちゃファンタジーなんですけど。


「ふーむ。よくわからないけど、【等価交換】ってスキルを得たってことかな? なんかラノベやゲームみたいだな」


 続けて空間収納の書を読む。


『スキル、【空間収納】を得ました』


 また声が響いた。


「スキルを入手するたびに声が聞こえる仕様っぽいな」


 さて、異世界の言語を理解する指輪に、等価交換と空間収納なるスキル。

 これらをゲットしたいま、俺はどうしたものか。

 ブラック企業を退職したばかりの俺は、ぶっちゃけかなり暇だった。

 しかも法廷でブラック企業と争い、未払いの残業代に元上司から受けたパワハラの慰謝料までゲットしていたものだから、貯金も一気に倍増。


 ブラック企業では散々、それこそ命をすり減らす勢いで酷使されていたんだ。失業保険はきっちり満額貰うつもりでいる。

 受給期間はダラダラと怠惰な生活を送るつもりだったんだけど……目の前に――というか、自宅の押入れに異世界・・・が広がっているっぽいときた。


『迷わず行けよ。行けばわかるさ』


 手紙に書かれたばーちゃんからの遺言。

 俺は腕を組み、


「……どうする、俺?」


 と呟くのだった。

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