新元号

foxhanger

第1話

新元号、情報管理を徹底へ 漏洩なら差し替え

閣僚・議長ら「缶詰め」「携帯預かり」

天皇退位 政治 社会

5月1日の皇太子さまの新天皇即位に伴い改める新元号の公表まであと1カ月あまりとなった。政府は新元号が公表前に漏れないよう情報管理を徹底する。決定直前に新元号案を伝えられた閣僚や衆参両院の正副議長、有識者はしばらく室内で待機させ、携帯電話も預かる。事前に漏れれば差し替える。新天皇が報道で新元号を初めて知ることがないよう配慮する。

(日本経済新聞 電子版 2019/2/26 より)


 奇妙なサイトが話題になっていた。

「新元号 予想します」

 平成の次の元号が何になるか話題になっている。

 アクセスしてみると、漢字二文字の組み合わせが画像ファイルになってアップロードされている。

「安久 感永 玉永 建安 文承 弘徳 啓世 京安……」 

 この辺はネットでも話題になっているものばかりだ。

「一覧 井父 別府 代亜 王宇 築霊 叢鰻……」

「嬌宦 搏拮 搦朏 栂飼 鬲惇 鮹齷……」

 なんと読むのか分からない。

 まるっきりのでたらめなのか、何かの意味があるのか。画像ファイルなのは文字化けを防ぐためだろうし、JISコードに載っていない漢字も使われているようだ。


 ネットニュースでサイトが取り上げられ、こんな具合に書かれていた。

「新元号の条件は『かつて使われたものとかぶっていないもの『国家の理想として相応しいものであること』『書きやすいものであること』『読みやすいものであること』『俗用されていないもの』『候補として知られていないもの』。このサイトで発表されたものは「候補」として公知されたものと見なされ、新元号の候補からは外されることになります」


 こんなことをやるのは……

 SNSのアカウントを見たら、それは知っている人物だった。

(あいつだったとは)

 昔からの知り合いだった。優秀な学生だったが、いろいろタイミングが悪かった。ちょうど卒業したのが就職氷河期。要領の悪いあいつは、就職活動に散々苦労したあげく、ようやく入ったのがいわゆるブラック企業だったのだ。

 数年間働いて身体を壊し、再就職もままならないと聞いたが、今ではこんなことをやっているのか。


 連絡を取ると、会おうと言うことになった。

 挨拶もそこそこに、いきなり切り出した。

「漢字が、いくつあるか知っているか?」

「一万以上か」

「まあ、普通に暮らしていればそんなには使わんだろうな」

 笑みを浮かべた。

「JISコードに当てはめられた漢字の数は、現在は11,233字だが、無論、これがすべてじゃない。世界最大の漢和辞典に掲載されている漢字はおよそ85000語。『島』にたいする『嶋』『嶌』のような異体字や、実際には使われていない幽霊文字も入れると10万、20万、あるいはそれ以上とも言われているんだ。コードにすべてを当てはめるのは不可能だ、

 しかし、「超漢字」というソフトを使えば、偏、つくり、冠、点のあるなし、棒が一本多いとか、漢字のあらゆる要素を組み合わせることができ、この世に存在する漢字、異字体や幽霊文字を含めて全て再現されるんだ。そして出力された漢字を二文字組み合わせる。ランダムでも構わない。この組み合わせを画像ファイルとして出力し、ネットにアップロードする。

 同じ画像は、SNSのアカウントを通じてもアップロードされている。つまり「公知のもの」になって元号候補から外されるのだ。現存する漢字の、全ての組み合わせが公知のものになれば、平成の次の元号を決めることは出来なくなる」

「そんなことをして、どうなるんだ?」

 問うと、真面目な目つきになった。

「……このまま、次の世になっていいのか」

「どういう意味だ?」

「たしかに、昭和末期からのバブル景気が続いていた最初のうちはよかったよ。しかし、それから何があった? 相次ぐ自然災害、低迷する一方の経済、高齢化。上がらない賃金と重くなる一方の負担……改元というのは、それら諸々をリセットする行為なんだ。しかしだよ」

「しかし?」

「このまま次の時代に進んだら、ロスジェネのおれたちは置いてきぼりにされちまう。それでいいのか?

「いいのか? といったって……」

「落とし前をつけさせるんだ、平成に」

 その真剣な眼差しに、おれはなにも言えなかった。


 それからも、おびただしい数の漢字二文字の組み合わせがアップロードされていった。

 そして、目前になった日。

「大変だ!」

「こんなニュースが……」

 新聞社のサイトに、こんなニュースが流れていたのだ。


「元号 二文字にこだわらず

 政府筋の情報によれば、4月1日に発表される予定の新元号は二文字にこだわらないことになった。『新元号予想』と称して候補をアップロードするサイトが出現しており、その対策とみられる。現行の元号法には文字数の既定はなく、過去には奈良時代に天平感宝、神護景雲など四文字の年号も存在したこともあり、直近の前例にこだわらない方針に転換したものと思われる」


「三文字以上になるということなのか」

「なに、プログラムを書き換えればいいだけだ」

「しかし、組み合わせの種類も爆発的に増えていくぞ。普通のパソコンじゃ間に合わないかもしれない」

「おれに手がある」

 大学に設置されているスパコンの名前を出した。

「これを使えば、可能だ。ルート権限を使わせてもらう」

「おい!」

「時間がない」

 そう言って端末に向かい、スパコンに接続した――乗っ取ったのだ。

 三文字、四文字、五文字、六文字……さすがスパコンである。見る間に大量の元号候補が出力されていった。

「どこまで行くんだ」

「無限」

「……!」

「無限の無限乗だよ」

「じつはこのスパコンは、この大学で研究開発された量子コンピュータに接続されている。他の世界からも計算結果を持ってきているんだ。すべての元号は事前に判明するんだよ。平成は終わらないんだ」


 ネットでは世界有数を誇るスパコンが、すべてのスケジュールをキャンセルしてフル稼働しているという噂が流れていた。


 そして、ついに四月一日を迎えようとしていた。

 新元号の発表を報じるニュースがはじまった。

「なんだかおかしいぞ」

 画面にブロックノイズが混ざっている。

 新元号を発表するのは官房長官である。現在の官房長官ではなく、「平成」の額縁を掲げたあの官房長官の顔が重なっているように見えた。

「新しい元号は、……」

 そのとき、なんとはなしに壁に貼ってあった世界地図を見た。アジアの東側にある日本列島が、みるみる薄くなっていった。

(まさか、元号が決められないと言うことは、日本そのものがなくなることなのか)

 そう考えた瞬間、目の前のものが消えた。足の下にある大地もなくなり、おれの身体は太平洋の大海原に落ちた。


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