彼女は流れ星となってやって来た
だるぉ
001:流れ星に願いを
つまらない奴だと思われるかもしれないけれど、僕──つまり
幼稚園児の時点でサンタクロースという老人の正体が実の両親であることは知っていたし、たとえ四葉のクローバーを見つけたとしても、それをわざわざ膝を曲げてまで採ろうとはしない。
どころか雷の日でもおヘソを丸出しで寝てやるし、夜だろうが口笛を吹きながら爪を切ってやる。
霊柩車を見つけた時なんて親指を垂直に立ててグッドマークだ──いや、さすがにそれは不謹慎すぎるからやらないけれど。
ともかく。
僕はそういう人間だ。
迷信や都市伝説といった科学的根拠に欠けるものを一切信じていなければ、むしろ、そういった類のものを信心して
しかし、そんなリアリストを自負しているはずの僕はその日、あろうことかその生き方に反する愚行をしてしまった。
「……あっ」
それは、あたりが暗くなり始めた時分。
部活の帰り道だった僕がふと空を見上げると、一縷の閃光が見えた。
薄暗い夜空に紅蓮輝く一本の線、流れ星だ──瞬間、僕は早口で言葉を紡いでいた。
「足が速くなりたい、足が速くなりたい、足が速くなりたい──!」
溺れる者は藁をも掴むというし、それくらい僕は精神的に追い詰められ、参っていたのだろう。
結果から言うと僕は見事、流れ星が視界から消える一瞬の間に願い事を三回繰り返すことに成功した。
素直にやった、と思った。
同時に、
「──凄ぇ」
15歳になって初めて生で見た流れ星はとても綺麗で儚げで、そして美しいと思った。
写真やネットで流れ星の画像は沢山見てきたけれど、そのどれもが今のものと比べ物にならない。
それくらい大きな印象を、あの流れ星は僕に与えた。
感銘を受けたと言っても良い。
「……つ、つーか」
落ちたよな?
すぐそこのあの山に。
光の尾を引きながら。
「…………」
腕時計を確認する。
時刻はちょうど19時を回ったくらいだった。
うちの夕飯はいつも20時半くらいだから、それまでに帰れば口うるさいお母さんも文句は言うまい。
「くそ、こんなことなら以前みたく自転車で登下校するべきだったな」
もちろん自転車は持ってるし、ちゃんと乗れる。
しかし今の僕にはちょっと訳あって移動手段としての自転車を封印し、それ以降はもっぱら自分の足に乗り換えた──徒歩のくせに乗り換えたという表現は、いささか不適切な気もするけれど。
「……よし」
靴を地面にトントン、肩から落ちかけている鞄を背負い直す。
流れ星が落ちたであろうあの山まで、ここからどれくらい要するだろう。
走って10分──
「──いや、僕の実力じゃあ15分ってところか」
言い直して僕は走り出した。
勢いよく地面を蹴り、大きく腕を振って風を切る。
ここは結構な田舎町だから、この時間になると人通りも少なく車に轢かれる心配だってない。
なので僕は道のど真ん中を(真似しちゃダメだ)暴走列車よろしく全力スピードで駆け抜けた。
視界は電車の窓から見える景色のごとく──とまではいかないけれど、それでも目まぐるしく変わっていく。
周りを置いてけぼりにするようだった。
「ハァ、ハァ、ハァ……!」
気持ちいい。
やっぱり自由に走るのって気持ちいい。
部活のプレッシャーに囚われないだけでこうも違うなんて……久しぶりだ、この感じ!
それからしばらく。
陸上部という文字の刺繍が施されたジャージが汗ばんだ頃、僕は流れ星が落ちたと思われる山の麓に到着した。
「ゲホッゲホッ、ガハッ! ……ふぅ」
むせこみながらも腕時計を確認する──かかった時間は20分弱。
当初の、しかも甘く設定し直した予定すら超過してしまう情けない結果になってしまったけれど、まあ、途中で信号にひっかかったりしてしまったから仕方ないか──と、もっともらしい理由をつけて言い訳しておく。
言い訳。
僕の悪い癖だ。
全身から吹き出す汗をタオルでぬぐいつつ、落下地点のおおよその目処をつけて山道を登っていく。
「今更だけど何をやってるんだろう、僕は」
「どうせ見つかる訳なんてないのに……、馬鹿馬鹿しい」
流れ星もとい隕石というのは、地表にたどり着くまでにその大半が燃え尽きてしまうと言う。
落下時の音だって全く聞こえなかったし、そもそも実際に落ちた瞬間を見たわけでもない。
そうなると地表に落下するまでに燃え尽きてしまった可能性は大いにある。
以上のことを踏まえた僕は、さっき見た流れ星が落ちた現場は見つからないだろうなと心のどこかで思っていた。
むしろそれが当然の思考だと思う。
だって僕は現実主義でリアリスティックな人間なのだから。
しかしその考えは、
「なっ──!?」
どうやら完全に勘違いだった。
暴力的なまでに木々がなぎ倒され、小規模なクレーターができあがったその一点を目にし、僕は絶句した。
いや、あまりの凄惨さに声の出し方を忘れてしまったのかもしれない。
背筋がゾッとする。
15歳の僕にとってそれくらい目の前の光景は衝撃的で、ちょっとしたSF映画のワンシーンに遭遇しているかのようだった。
そう、圧倒的な破壊による結果がそこにはあったのだ。
「よっす!」
恐怖に近い感情を抱いた僕の背後から、突然、そんな弾んだ声がした。
思わず反射的に肩を上下に跳ねさせ、慌てて振り返る。
そこには一人の少女が立っていた。
「遅かったな、待ちくたびれちまったぜ!」
「だ、誰!?」
少女。
燃えるように紅い髪はツインテールで纏められており、中々に派手なデザインのランニングウェアーを着ている(見たことのないロゴだ)。
150センチもない身長や可愛らしい
もしくはそれより下。
間違っても年上なんてことはないだろう……、ないよな?
「あたしは隕石少女のメテオガール、時速35万キロでやって来たぜ! 気軽にメテオちゃんって呼んでくれよな!」
少女は自分で自分を指差しながら、ニカッと笑ってそう名乗った。
口元からは小さな八重歯が伺える。
「はい?」
隕石少女? 待ちくたびれたってどういう意味だ?
つーか、一体何者なんだよ。
偶然この子も僕同様にさっきの流れ星を見て、そしてその落下地点をわざわざ見に来たとは考えにくいし──そもそもこんなやつ見たことない。
さっきも言ったけれど、ここは結構な田舎町だ。
学校も僕が通っているひとつしかないし、その関係で年齢が近い奴なら顔くらいは知っている。
しかもこんな派手な髪色のやつを見落とすはずもない。
スラムダンクの
「おい、何ボーッとしてんだよ!」
「え?」
「あたしが名乗ったんだから、次はお前は名乗る番だろ! それくらい常識じゃねーか!」
「ご、ごめんっ──僕は飛石……、飛石翔だよ」
思わず名乗ってしまった。
ついメテオちゃん(?)の勢いに押されて。
「へぇ、カケルっていうのか! 速そうでいい名前じゃねーか! よろしくな、カケル!」
言いながらメテオちゃんは、こちらに手を差し出して来た。
どうやら握手のつもりらしい。
まるで今の状況を全く理解できてない僕だったけれど、彼女の気持ちを
暖かい。
体温は高いようだ。
「っし! じゃあ挨拶も終わったところだし早速始めるか! あたしはせっかちだからな! まどろっこしいのは抜きにして、巻きでいこうぜ! 」
「……始めるって何を?」
「そんなの決まってるんだろ? 特訓だよ、特訓!」
そう言ってメテオちゃんは僕の背中に回る。
とても早い。
それから僕を軽々と、まるでお姫様抱っこのように抱き上げた。
「だってカケルは、足が速くなりたいんだろ?」
「ちょっ、何するんだよ!? つーか──」
なんでそれを知ってるの!?
恥ずかしくて誰にも言ってないはずなのに!
僕がそう言いかけた瞬間、
「とりま近場の空き地までトばすぜー!」
メテオちゃんの体は紅蓮の輝きを放ち。
まるでロケットのごとく。
僕を抱きながら彼女は爆発的な速度で夜空へと飛び出したのだった。
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