第9話出会いは舐めきっていて
風忍が突如、影忍の背後をとった瞬間をまだ覚えている。
風が唸る音と、同時。
夜闇に紛れた影忍を見つけ出すのに苦労したろう。
影忍がこの赤き片目を開いてやるまで、ずっと気配は影忍を探していた。
それをわかっていて、目を開けた。
影忍に、風忍は見えていたのだ。
どれ、見つかってやろう。
そうして首を切りに飛び込んで来た忍は、他にもいた。
だからこそ、どいつもこいつも同じだと思って、舐めきったことをする。
勿論、風忍はその首をとることはできなかった。
掠りさえしなかった。
前方よりも背後が十八番の影忍に、騙されて。
風忍の背後をとった影忍に、風忍は大層驚いていた。
嗚呼、影忍をただ殺す為だけの命。
それを殺すだけの暇潰し。
影忍は風忍の背後に回っておいて、手を出さなかった。
ただ、静かに足を鳴らして振り向かせる。
風忍にとって、その挑発に苛立ちを覚える。
それさえ読まれていたのだと、気付きもしないで。
一向に、影忍は風忍を殺そうとしない。
傷一つだって、つけない。
風忍は理解した。
影忍が風忍をただの忍とさえも見ていないことを。
それは正解だ。
夜が明くまで、その無駄なからかいは続けられた。
風忍も諦めようともしなかった。
太陽の光が伸びてきて、影忍を影として映し出した時、風忍が影忍の喉元まで刃を突き立てた。
だが、あと寸で足りない。
影忍はそのまま動かなかったし、その目はそっぽを向いていた。
それなのに、風忍はそれ以上動くことができない。
封じられているかのように、行動の選択ができない。
固まったままの風忍を見下して、影忍は嘲笑った。
「あんたにこちとらは殺せない。」
その鋭い指がこの刃に触れる。
撫でるように。
そして撫でられた刃が僅な音を鳴らしながら砕け散ってゆくのに、目を見開く。
先程までなかった恐怖が込み上げる。
夜闇に紛れた影よりも、陽の逆光により濃くなった影の方が、何倍も恐ろしいことに気が付く。
その笑みも陰り、わからなくなってゆく。
赤き目が、光る、輝く、揺れる。
面白いものを見つけた、という目をして。
陰りの中で、赤く、血のように。
影忍が声を発したのは、あの一言だけだった。
途端に陽の光が強くなった気がした。
影忍が、影として完全にわからなくなる。
輪郭さえ、曖昧になった時……もう、そこには影忍もいなかった。
ふっ、と体の力が抜けて両膝をつく。
やっと息が出来たかのように呼吸が荒くなった。
汗が、地面に落ちる。
震えが止まらなくなった。
暫く、そのまま地面を見つめたまま動かなかった。
それを、影忍は遠くから眺めていた。
そして、影忍が仕掛けた術に風忍がかかり切らなかったことに胸が高鳴るのを感じる。
本当ならば、彼が今…自害を選ばなければならなかった。
この術は、そういうものだったのだから。
だがどうだ。
あの風忍は、自害を決する様子さえない。
「ありゃ、化けるね。後々…本当にこの首取りに来る。」
そう呟いて、酷く嬉しそうに笑った。
風忍が立ち上がって、その場を去るまで影忍は眺め続けた。
勿論、あの時点でも簡単に殺せた。
彼は自害を避けられても、それ以上のことはできなかったのだから。
動けないと、わかっていた。
風忍が忍の里へ帰り、何を伝えたかまでが知らない。
知ろうとも思わない。
何を伝えるにせよ、期待通り此処までちゃんと来るさ。
影忍にとって、まともに殺り合える相手というのは貴重な者。
それを殺せる内に殺すのも勿体無い。
それでいざ、殺されても笑ってやれる。
次の世も、是非殺しに来てくれ、と。
今度は此方が影の中へと引き摺り込んで、喰ってやると思いながら。
それ以来、どれだけ風忍が影忍を探そうとも出会えることはなかった。
影忍が意識して避けていたこともあった。
まだ、早い…と。
そうして再会した時には、影忍と互角とまで成長していたのだから、狂喜して戦った。
だが、風忍はまだ覚えている。
そして、わかっている。
『あんたにこちとらは殺せない。』
その言葉が、何時まで経っても失せない。
本当の意味で、殺すことができない。
風忍が影忍を恐れても、影忍が風忍を恐れないように、まだ、遠い。
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