第6話それから

忍策速断にんさくそくだん 


 影忍がわざわざ自ら出たのは、命じられたからであろう。

 それまでは部下に意図を知らせずただ見張らせたりそれとなく近付かせていたようだ。

 意図を知らぬ部下の解釈は探りを入れることでなく相手の近況を知れれば良いだけと見た。

 それを影忍は狙っていたのであろう。

 姿を捉えられた時、探りを入れておるなどと思われれば途端に武雷は刺される。

 当然、そう解釈した部下は姿を捉えられた時には、近況を知りにきたと口にし、親しく接するよう努めていた。

 それに使われた部下は、勿論忍隊十勇士の一人や二人で、息抜きなのだと愚痴を吐き出すことをさらりとす者。

 そうすると影忍の思い通り、寄り道と称して客人顔で入れば、今日はあの忍ではないのだな、とにこやかに対応してくれた。

 そもそも忍が客人という扱いをされるはずがないのだが、武雷と炎上は忍をそう扱う。

 どうも、この直線上の中間地点には忍が立って、重宝される存在となったのは万能で便利な、やはり。

 そういうわけだ。

 同盟中ともあり、炎上はいくら忍でも客人とせねばと。

 手土産に一等旨い酒をやりながら、影忍は炎上の中の雰囲気を観察する。

 些細な変化、話を盗み聞きしながらも、これについては得意が忍バレることはない。

 一方、命じた墨幸は草然に炎上の協力無しで打ち勝つ方法を考えていた。

 忍を活用しとうても、それだけでは勝てぬ。

 何かが圧倒的に不足なのだ。

 彼処も伝説の忍なるものがひとつ在る。

 あれと互角にやれるのはただ一人、影忍のみ。

 しかし、互角と言えども勝てた試しがないようだ。

 生きて帰れているだけ、奇跡連続か。

 影忍が伝説の忍に何を不足か。

 ええい、そもそもそのひとつ抑えたところで!

 唸りながら、これに勝てさえすれば良いのに、と。

 武雷と炎上はまた微妙で、引き分けにしかならぬ。

 騎馬の攻めを受け止め、忍の攻めを受け止められ。

 そうだ、彼奴…影忍はそもそも本気で戦に立つことがないではないか。

 まるで、恐れるように。

 彼奴が本気になれば伝説の忍を抑え、妨害無く策を講じられるというもの。

 しかし、彼奴に命じてもそれだけは逆らうだろうな。

 やはり、忍に頼ってしまう。

「只今戻りました。これは少々面倒ですよ。」

 そう零した影忍は眉間に皺を寄せた。

「面倒、だと?」

「炎上は既に動き始めているようです。忍に知られることを警戒しているのは確実。」

「バレたのか!?」

「いえ、それはないかと。バレているのなら手は打つでしょう。」

 ということは、忍を警戒してはいるものの忍が探りを入れているのは気付いてはおらぬ、故に忍に対して露骨な手は打っていない…武雷を刺すことはまだ無いということだ。

 だが時間の問題なのだろう。

「此処は、卑怯ですがこちとらの特権を入れてみますか。」

「ひ、卑怯とはなんだ!そのような、」

「あんた様に関係は無いし、誰もあんた様がやったとは言わんさ。」

 墨幸が卑怯な手を好まないのは重々承知。

 まぁ、それが他軍からすれば勿体無いと言いたいくらいなのだが。

 折角、忍という力を何処よりも手にしているのだから、卑怯でも策を講じてしまえば良い。

 それなのに。

 いや、だからこそ成り立っているのかもしれない。

 武雷がそんな真っ直ぐだから、忍というひねくれたモノが支えているのだろう。

 そうでないとここまでしぶとく残ることはできまいに。

「う、うぅ…今の状況で…言うてはおれん、ということか……。」

「そうですね。っていうか、前々からそうでしょう?」

「して、特権とはなんだ?」

「我が忍隊のみならず、忍の里の協力を得る。が先ずひとつ。」

 ニヤと悪い笑みを浮かべた。

 なるほど、これは盲点。

 この影忍と友好関係にある忍の里が、いとも容易く協力するとは思えないだろう。

 そもそも友好関係があるということは知られていない。

 常識としてあるのは、元伝説の忍である影忍がしでかした過去、忍の里を潰して回る行為。

 その過去があって何故友好関係が結べるのか、というところ。

 だが実際は、完全に皆殺し、生き残りなぞない滅ぼした忍の里は今や関係ない。

 その残酷に、悲惨に、触れることのなかった忍の里が何故その過去を引きずらなければならないのか、ということだ。

 それでも、それだけの赤黒い過去のことを知っているのだから警戒はするだろう、と思うだろうか。

 逆に、敵対するのではなくて好意を示したのだ。

 そうすることによって、この恐ろしい忍がこの我が里を傷付けることはしないだろう、と考えたわけだ。

 それは賢明で、影忍もそれらの忍の里に好意を示し返し、互いに協力的になった。

 それだけでなく、互いに何かあれば支え合うという同盟地味たことまで。

「その忍の里はいくつだ?」

「既に文を飛ばしましたが、軽く四つ五つは確定。」

「そんなに信頼があったのか、夜影は。」

「他は流石に戦ですから影からの援助に徹するとのことです。否は皆無ですよ。」

 当たり前だ、という顔だ。

 此処で協力しないとなれば、断るとなれば……過去が蘇るというだけの話。

 勿論、それだけのことで潰してやろうとはならないが、ある意味そこは警戒されているのだ。

 裏切ったとなれば皆殺し待った無しだろうが。

 信頼がどうの、ではないのだ。

「そして、雑賀衆の協力を得る。がまたひとつ。」

「雑賀衆?あれは契約と報酬が無ければ…。」

「だから、こちとらの特権なのよ。既に文を飛ばした。確定済。」

 まったく判断をさせず勝手に戦力を増やしてくれている。

 行動が速すぎて主の方が置いてけぼりではないか。

 これは影忍の戦かと錯覚してしまうだろうに。

 雑賀衆が何故、影忍に協力するのか不思議で仕方がない。

「で、明日は雑賀衆と会議。お忘れなく。」

「う、うむ…。」

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