ただ、あなたのそばに居たかった。

金魚姫

【0】

 崩れた教会跡で少女が眠っていた。屋根がなくなった天井からは太陽の日が差し込んできていた。近くには小さな花園があり、そこから風に乗って運ばれてくる花の匂いが彼女は大好きだった。

 その日、風が運んできたものは花の匂いだけではなかった。はっ! ふっ! と短い気合が少女の耳朶を打った。彼女は起き上がると声が聞こえてくる方へ向かった。

 そこには一人の少年がいた。彼は木剣ぼっけんを一心不乱にふるっていた。大粒の汗を流す彼の横顔にはあどけなさがまだ残っていて、少女は自分と同じくらいの年かなと思った。

 少女は少年に声をかけてみたくなった。この場所で誰かに会うのが初めてだったので、どうしてここにいるのか知りたくなったのだ。

「なにをしているの?」

 少女が言った。少年はびくっと肩を震わせると少女の方を振り向いた。彼もまた、人がいるとは思っていなかったので驚いていた。

「驚かしてごめんなさい」

「……い、いや、大丈夫だけど……」

 彼は握りっぱなしだった木剣を腰のベルトに差し込んだ。

「驚いたな。まさかここに人がいるなんて思わなかったよ。もしかして……ずっと見ていたのか?」

「ずっとじゃないわ。向こうでお昼寝をしていたらずいぶんと一生懸命な声が聞こえてきたものだから、気になって覗きに来たらあなたがいたのよ」

 少女が言うと、少年はきょとんとした。

「お昼寝って……こんな昼間から?」

「そうよ」

「呆れた人だな。町ではみんな働いているっていうのに、もしかして君は怠け者なのか?」

「失礼な人ね! 私だってたまにお天気のいい日にしかここには来ないわよ。それに、いつもお昼寝しているわけじゃないですからね」

 少女はむっとして言った。

「あなたこそ、こんなところでなにをやっているのかしら。あなたこそおうちのお手伝いをさぼっているんじゃないの?」

「馬鹿にするなよ。俺のこれは立派な仕事なんだよ」

 少年は木剣を掲げて見せて言った。

「その剣を振るうことが?」

「俺は騎士なんだ!」

「騎士?」

 と少女は小首をかしげた。騎士は誇り高い男であり、命と名誉を王家に捧げて忠義に厚い者たちのことだった。けれど目の前の少年はとても少女の知っている騎士には見えなかった。

「嘘はよくないわ。騎士はもっと凛々しい人たちよ。あなたはとても騎士には見えないわ」

「……失礼な人だな」

 少年は口を尖らせた。

「まあ、確かに今はまだ騎士じゃないけど……でもいずれは騎士になるんだからいいんだよ!」

「……」

「なんだよ。あんたも俺が騎士になるなんて無理だと思うのか?」

 少年は言った。

「正直に言ってくれていいよ。今までの奴らも俺が騎士になるって言ったらみんな笑いやがるんだから。慣れてるよ」

「えっ、別に笑わないわよ」

 ふてくされた少年に少女はあっけらかんと言った。少年は驚いた。

「まあ、確かにあなたは騎士には見えないし……なれるような気もあまりしないわ。でも、笑ったりなんてしないわよ。夢を持つことは素晴らしいことだと思うし、その夢をかなえようと努力している人を笑ったりなんて、私は絶対にしないわよ」

「……っ」

 今までそのようなことを言ってくれた人はいなかったので、少年は何と言えばいいのかわからなかった。彼の顔は照れくささで赤くなった。

「どうしたの?」

「い、いや別に」

 少女に訝しまれて少年はとっさに顔をそらした。

「……あんた、いい人だな」

 少年は言って手を差し出した。少女は少年の手を握った。

「俺の名前はロトだ」

「ベロニカよ。よろしく」

 これがベロニカとロトの出会いだった。

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