最終章 インセスト・トゥルー

最終話

 比鹿島高校の校庭のトラック周りには、生徒の殆どが囲うようにひしめきあっていた。


「うおぉ! いっけえAクラス!」

「やっべ、Aクラスの奴追い着いてきそうだぞっ! おいがんばれ田中っ!」

「ふれ、ふれ、Cクラスー」

「Cクラスの走らされてるやつかわいそう……。差開きすぎて応援諦められてんじゃん」


 と、体操服姿の生徒たちは、トラック内を走る同じく体操服姿の生徒たちに向けて声援(?)を飛ばしていた。


「(Bクラスまで、あと少しだっ!)」


 季節は秋。今日は比鹿島高校体育祭当日である。

 お昼前最後の種目である、クラス対抗リレーの真最中だ。


「殺せぇっ零細っ! B組の奴ぶち殺せぇっ!」

「零細くん、いっけえ!」

「哀斗っち、気張らんかいっ!」


 アンカーである哀斗が走る中、2Aのクラスメイト達の声が聞こえる。

 息は上がっていて、もう限界に近いのにぐんと足に力が入る。応援パワーってすごい、と哀斗はテンションが上がった。


「あーくん、ふぁいとですよっ!」

「あともう少しです、哀斗くん!」


 ゴール前ギリギリで戦闘を走っていたBクラスと横並びになる。

 花火と憧子らしき声が聞こえ、最後の力を振り絞る。


「どっりゃあっ!」

『1位は、2A! 僅差でゴールです! 零細哀斗選手、最後の最後で力強い追い上げを見せてくれました!』

「すっげえぜ、零細!」

「もしかして、家で筋トレしてる? 帰宅部なのに」

「やっぱ怖いだけあって足早いな~」


 汗だくになった哀斗に、クラス内でもひときわ仲の良い、武雄(たけお)、昴(すばる)、亮(りょう)の男友達三人に話しかけられる。


「ぜえ……ぜえ……いや、ほんともう二度とごめんだよ」


 ちなみに、帰宅部の哀斗がアンカーに抜擢された理由は、今となっては昔の話となった『哀斗ヤンキー説』の名残だった。なんでも、悪目立ちしている奴は運動ができがちだとかなんとか。

 勘弁してくれ、これが哀斗の本音だった。

『これから、一時間のお昼休憩となります。選手の皆さんは、昼食と水分補給を取ってください』


 体育祭実行委員のアナウンスが流れ、生徒たちは散り散りに、弁当を用意してくれている家族のもとへ。哀斗も例外では無い。


「あら、うちの自慢の最強弟が来たわ。お姉ちゃん思わず濡れ」

「姉ちゃん、すとっぷ。ここ外だから」


 あたしとしたことが、不覚、と侍のようなセリフを言いながら、哀果は手作り弁当を広げた。


「重箱って気合入りすぎじゃない……?」

「哀斗がアンカーをするって聞いてたから、本気出したのよ。どう? お姉ちゃん神ってるかしら」

「最高のお姉ちゃんだよ」

「……じわり」

「姉ちゃん、変な効果音やめて。お願いだから、怖いから」

 

 リミリーが居なくなった夜、哀果は無事に昏睡状態から抜け出し、無事に目を覚ました。

 ひとしきり哀果の回復に泣いてから、哀斗は目を覚ました哀果へと、ここ数週間の出来事を話した。哀斗を幸せにするためにと、無意識にリミリーを創造してしまう姉への、予防線のためだ。

 それを哀果は、どうして忘れていたんだろう、とでも言いたげな顔で聞いていた。

 哀斗が『主人公になりたい』と願い、リミリーという人格が哀果の無意識によって創造されたことで、哀果にも若干の記憶の齟齬が生じていたらしいのだ。

 『インセスト・トゥルー』の作者である哀果が、リミリーとの邂逅時に驚くことがなかったのはそのためだろう。

 それからの夏休みは、憧子や花火たちと遊んで過ごし、その日その日の出来事を毎日のように哀果へと語った。学校が始まれば、クラス内で起きた出来事や、仲の良い クラスメイトが出来た事、そんなことを話した。

 哀果に楽しく話せる毎日は、リミリーのおかげだった。

 アスモウラの手回しなのか、リミリーは夏休み明けには転校生として処理されていた。もう現実世界に居ない彼女。だけど、その存在は確かに現実へと影響を及ぼしていた。

 クラスメイトが抱いていた哀斗の背中の傷への誤解をリミリーが解いた事実、それはリミリーが生きていた証だった。

 だからこそ、哀斗は今を、『幸せ』だと感じて生きていられている。

 つまり、哀斗の願いだけでなく、哀果の願いもしっかりと終わっていた。

 念のためにと、姉弟揃ってレントゲンを撮ったのだが、もう心臓近くの鱗は無くなっていた。

 そういえば、アスモウラは今頃どうしているのだろうか。

探してもきっと見つかりはしないだろう。探してもいないのにそんな気がしてならない。

もし会えたのなら哀斗は、少しくらいは礼を言ってやってもいいかな、と思っていた。そもそも、超常の力が無ければ、リミリーと出会えなかったから、ただそれだけだ。

 風が吹いた。暑くもなく、寒くもない、ちょうど良い風だ。人肌に適した心地の良い秋風。


「哀斗ってば、やるじゃない、一位だなんて。見直したわ!」


「え――」


不意に、懐かしい声が耳に届いた。


「あら、どうしたのかしら哀斗。お姉ちゃんのこと、見つめちゃって、もしかしてとうとう落ちたのかしら」


「……まあ、俺シスコンだしね」


 からりと、きょとんとした哀果が箸を落とす。


 哀果の目が碧眼に光ったように見えたのは、どうしてだろう。

周囲に碧色のものなんて、なにひとつ無いというのに——。



                                   おわり

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インセスト・トゥルー 涼詩路サトル @satoruvamp

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