第7話

 哀斗との契約を終え、日が完全に地平線に沈んだ頃。

 紅の髪を月光に晒しながら、アスモウラは晩酌をしていた。

 周囲よりも高い土地に建てられた比鹿島神社、本殿の屋根の上からは広い景色が目に納められる。

 人間の技術力は凄いな、と純粋な思いを口にして舌鼓をうつ。


「ああ、うめえ」


 端から見れば中学生が飲酒をしている違法な光景には見えなくも無いが、実年齢は人間の齢を当に越えていた。

正確な年齢を把握していないのは、ずぼらなわけではなく、単に年齢を自覚したくないだけに過ぎない。

アスモウラは多少ぶっきらぼうであることは自覚しているものの、心の根は女なのだ。

 手にした日本酒は本殿にひっそりと貯蔵してあったものをこっそりと拝借した。

 100をゆうに超える本数を見るに、ここの管理人が酒好きであることは明らかだ。

 といっても、この土地に来て10年になっても一度たりとも顔は見たことがない。


「もし生きてんのなら、一度は一緒に呑んでみてえもんだ。……って、そん時はまずキレられそうだな」


 くく、と笑ってから、おちょこになみなみに注いだ酒を一気に呷る。

気分が高揚してきたのを感じ、マフラーの隙間に手を入れる。


「81枚あった鱗も、今では60枚ってところか」


 昔は首全体、気色の悪い鱗で覆われていたが、だいぶ綺麗になってきた。やはり人肌が落ち着く。


「今日は星が綺麗だ」


 こうやって星を見ている間は、責務も何もかも忘れてちっぽけな存在を自覚できるから好きだ。日課になったのはもうずっと昔だ。


「にしても……」


 リラックスした頭で、夕方、哀斗と契約をした時の事を思い出す。

 不可思議な点があったのだ。


「でも、確かに鱗は剥げれたしな……」


 何度触ってもすべすべの肌だ。間違いない。

 目を閉じる。

 既に、寿命が魔力となって体全体に流れ込んできている。哀斗との契約によって流れこんできたものだ。

 しかし、これは哀斗の物ではない。

 悪魔として、そう感じるのは当然だった。

 寿命を扱うことで、その感覚は身に沁みついている。

 アスモウラの経験と歴史がそうさせていた。


「しかしなんだ、このよく知っている臭いは……」


 待てよ。確か哀斗は――


「れいさいあいと」


 聞き覚えがある音だ。


「これが、偶然じゃなく必然だったとしたら最高に面白いぜ……?」


 何年ぶりだろうか、こんなにも心が躍るのは。

 今日は酒が進みそうだ、アスモウラは月の下で一人呟いた。

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