第59話 光

 ぎらぎらと太陽が照りつけて、閑散かんさんとした客席がまぶしく光っている。

 気がつけば闘技場コロッセオの観客席は、ほぼからっぽだ。


 残っているのは戦士風のいでたちをした命知らずの人間と、防壁を張ってまきぞえを受けないように静観せいかんする魔術師たち。

 それから、ミナミ、ロゼッタさん、フウメイさんの三人がこちらを見守っている。



 舞台の上にはたった今、予想もしていなかった人物が現れた。

 一週間前、王国内のカフェでボクとミナミが待ち合わせた時に出会った、ノージェさんだ。


「はじめまして、煉獄れんごく魔王まおう……いや、バルフラムさん。名前で呼ばせて頂いてもいいかな」


 ノージェさんは迷いなくこちらへ歩を進めてくると、あっという間に目の前までやってきた。

 その表情には微塵の恐れもなく、油断もない。自信に満ちた表情が、歩き方にまで現れている。


「……どこでその名を聞いたのかは知らんが、まずはオマエが名乗ったらどうだ?」


「ああ、失礼! 私の名は、ノルンジェニア・ノイン・ムル・アルカディア。こう見えて、このアルカディア王国の第一王位継承者さ。まあ、気軽に愛称で”ノージェ”と呼んでくれたまえよ」



 笑顔を作ってみせるノージェさんの左耳には白いイヤリングがついていて、キラキラと光を放っている。


 王位継承者……王族だって!?

 どおりで、立ち振る舞いから気品を感じるはずだ。


 ノージェさんは流れるように白い手袋を外すと、バル様に右手を差し出した。

 武器らしいものは何も持っていない。丸腰だ。


 

「……ほう、オマエか? リリニアが話していた”面白いヤツ”ってのは」


「嬉しいね。リリニアさんは私のことをそう言っていたのかい」


冥眼めいがん魔王まおうの根城にたった二人で乗り込み、王国と樹海の間に停戦協定ていせんきょうていを結んだそうだなァ?」


「その通り! 私の最も誇るべき実績だね。あれは心踊る冒険だったなあ」


「……”フレンドハット運動”とやらを呼びかけたのも、確かオマエのことだったか」


「ハハッ、そうとも。悪くない評判だろう? バルフラムさん、貴方あなたにとってね」


「……ああ、それが真実ならばな」


「これはうたぐり深いお人だ。私が嘘をついているように見えるかな?」


 バル様は、差し出された手を一向に取ろうとしない。

 値踏みするようにじろじろと相手を眺めるばかりだ。


「……妙なヤツだなァ。嘘が服を着て歩いているように見えるが、それでいてんだ瞳をしている」


「……それは褒め言葉かい?」

 ノージェさんは抗議するように頰を片方膨らませて、腕を引っ込めた。


「面白いヤツだということは認めよう。……で、アルカディアの皇子ともあろう者が、この俺の前までノコノコと出てきて……何をたくらんでいる?」


 バル様がかすかに煙を吐くと、それに呼応してノージェさんの後ろに控える老魔術師と護衛の男性が、威嚇いかくするように武器に手をえた。

 彼らを制するように両腕を広げたノージェさんは、相変わらず顔に笑顔を貼り付けている。


「もちろん、キミたちの争いを止めたかったのさ。私は、これ以上争いの歴史を繰り返す真似はしたくないんだ。それに──銀彗星ぎんすいせいの彼女にも用がある」


 だしぬけにこちらを向いたノージェさんに対して、ボクは一瞬後ろを振り返りそうになった。


「あっ──ボクですか?」

 

「そうさ、マコくん。大会に出るというから直接出向かせて貰ったよ、元気だったかな。新聞でキミの名を見た時は、本当に驚かされたねぇ」

 ノージェさんは、ボクの姿が以前と違っていることなんて気にもしていないそぶりだ。


「あれは、その……不本意ながら、ああいう結果になってしまいまして」


「なんとなくそうじゃないかと思ったよ。キミは目立つ事を好むタイプじゃなさそうだ」


「はい……」


「それにしても、キミが彼と知り合いだったとはね。とはいえ、ふたを開けてみれば納得だ」


「ボクも、ノージェさんが王族さんって聞いて、びっくりしてます」


「ははは、お互い様ってわけだね。──ああ、そうそう。は、その後、どうだい?」


 ……きっと、意中の男性とお付き合いから初めてはどうか、という助言のことだ。


「えっ……ええと──なんというか、です」


「フフ、そうかい。まあ、恋愛に焦りは禁物だからね」


「は、はあ」


 いったい、どういうつもりなんだろう。

 こんなことを話すために舞台に上がってきたわけじゃないだろうに。


 ノージェさんの背後から、老魔術師と護衛さんが刺すようにこちらを睨んでいる。

 ボクのツノとしっぽ、翼をジロジロと観察しているようだ。


 ああ……翼が生えてきたせいで、服の背中部分が破れているんだった……これじゃ、半分裸みたいじゃあ──。

 急に、自分がここにいる事が場違いだという気分になってきた。



 そして、バル様もこっちを見ている……。


 いえ、違うんです。

 ノージェさんとは確かにちょっとした知り合いでしたけど、王族だなんてボクは知らなくって……。

 と言いたいところだけど、今はとてもそういう雰囲気じゃない。


 って、バル様。その目つきはどういう心境でしょうか。

 緊迫した状況なのに、ボクの肌を見てませんか? 

 どこを見てるか、視線でわかるんですけど……あ、目をらした。

 


「──さて、本題に入ろうか。私の予想は間違っていなかったようだ。本当にながいこと……王国は、ずっとキミの事を探していたんだ」


 ノージェさんはおもむろにイヤリングを外すと、手のひらに乗せた。

 以前見せて貰った、天弓てんきゅう巫女みこを探す力があるという装飾品だ。


「それは……宝杖ほうじょう欠片かけらか!?」

 バル様はイヤリングを見て、顔を強張こわばらせた。

 幽霊でも見たかのように目をしばたかせている。


「ご名答! その昔、誰かさんが破壊したって言うアルカディアの国宝、”天弓てんきゅう宝杖ほうじょう”の一部さ。破片はへんになっても機能は健在ってわけだ」


 

「まさか──ッ! 何故──なんという、ことだ……」


 シュウウ、と炎がしぼむ音。バル様はこの世の終わりだとでもいうような声を出した。

 いつもの威勢はどこかへ行ってしまったみたいに。

 


「あの、探していたって……どういうことです?」

 

「言葉の通りさ。私が生まれるずっと以前……王国は百年も前から、ずっと探していた。次の巫女みこを」


「──えっ?」


「……ああ、謎が解けた。霊水エーテルで鍛えられた髪留めか。これで魔力が抑えられていたから、キミをこのイヤリングで見つけることができなかったんだ──」


 ノージェさんは舞台の上を歩いて、さながら探偵のように自分の考えを整理するひとり言を呟き始めた。

 しゃがみこんで、バラバラになった”封魔ふうまの髪留め”の破片をしげしげと眺めている。


 何を言ってるんだろう。

 ボクに、話しているの……?


「──それに、盲点もうてんだったよ。これまでに前例がない事だ。歴史書には”巫女みこは人間の中から現れる”と書いてあり、獣人から現れた例もなかったが……まさか、魔人にはその可能性があったとはね……」



 その言葉は──死の宣告のようだった。

 

 言葉の先を、聞きたくなかった。

 バル様は……”巫女みこ”を見つけたら、どうするって言ってた──?


 背中から生えたばかりの翼で、どこかへ飛んで行ってしまいたい。

 それでも、確認しないわけにはない。

 ボクはノージェさんの推理が全て間違いである可能性に賭け、すがるように質問した。


「なんの……こと、ですか……?」


 

 突きつけられた手の上で、白く尖ったイヤリングが輝きを増していく。


 それは、ボクを照らすようにこちらに向かって光っていた。

 逃れられない真実を、あばくように。



「つまりマコくん。キミが、”天弓てんきゅう巫女みこ”だったというわけだ。三角大陸トライネントの中心、天弓てんきゅう祭壇さいだんを起動する力を持つ……たった一人のね」




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