第49話 性別の壁
「ミナミ、ちょっと付き合ってくれる?」
「へ、わっ──え!?」
「相談したい事があって……今日のフウメイさんの特訓が終わったら、どこかのカフェで待ち合わせしてさ」
「あぁ……なんだ。はぁ、
ボクはコニーと共に、フウメイさんの時間が空いている時に魔法の指導をして貰ったり、
ミナミはボクが出かけている間、王国内を散策したりロゼッタさんとお喋りしたりしているそうだ。
その傍らで
バル様は何か調べ物があるそうで、稽古をつけてくれる
ボクは彼がどこかへ出発する前に、必要であれば擬態魔法をかける役を貰っている。
その対価と称しておこずかいを貰っているけど……きっとそれは、口実。
資金の出所はよくわからないものの、何かあれば必要なぶんだけ都合して貰えるような気がしていた。
それにしても……最近、妙な夢ばかり見るせいで安眠できない。
"鏡"は夢に出てこなくなったけど、代わりに──ああ、だめだ。うまく思い出せない。
「マコー、こっちこっち!」
「ごめん、ミナミ。おまたせ」
ボクは今日も、あの服を着てきた。
ミナミに見つけてもらう為にも、このほうが都合がよかったし。
帽子を被ってしっぽを仕舞えば、わざわざ魔法を使うほどではないから……そう、これは魔力の節約なんだ。
待ち合わせた場所のカフェ。なるほどお洒落なお店だ。
テラス席に腰掛けたミナミはすっかり王国に慣れ親しんだ町民のようで、彼女が手を振ってくれなければ危うく通りすぎるところだった。
「また、いい店みつけたね。さすがミナミ……」
「へへへ。女子力高いでしょ? 見習いなさいよ」
「うん……。そう、だね」
「あ、あれ? なんか素直じゃん。どしたの」
ボクは、ミナミの隣の席に腰掛けた。
丸いテーブル席を囲むように椅子が並んでいる。
この席の周りにも等間隔にテーブルが並んでいて、他のお客さんたちは思い思いに会話したり読書を楽しんだりしているけど……知っている顔は見当たらない。
ここなら、普段言いにくい話題も気兼ねなく話すことができそうだ。
「……なんか、自信なくなっちゃって」
「自信って、なんの?」
「ほんとにボクは、おとこだったのかな、って……」
「……んん?」
「もう遠い昔の話みたいに……いや、もしかしたら夢だったんじゃないかって感じるんだ。おとこだった自分が、夢の向こう側に溶けて……いなくなっちゃったみたいに」
「なになに、なに? 詳しく言って?」
「ええと……」
何て言えばいいのか──。
心の整理ができていないなんて逃げ
自分の気持ちと……正面から向き合わないと。
その為に今日、ミナミに相談の時間を作って貰ったんだ。
「いつも、バル様のことを考えちゃうんだ……。近くに居ると、目で追っちゃうし……。自分でも、どうかしてると思う」
「……そう。……そっ、か……。……それで? ……どうかしちゃってるマコは、その気持ちを丸めてポイしたいわけ?」
「ううん。何度も、捨てようと思った。ただの勘違いだと思ってた」
「……」
「でも……その度に、手元に戻ってきちゃうんだ……」
「──ふぅ……もう、知ってるんでしょう? その気持ちの名前は、恋っていうんだよ」
返事をしたミナミは、伏し目がちに口を尖らせた。
「……ミナミ。どうして、そんな顔をするの?」
「へへ、なんでだろうね。知らない」
ミナミは以前、ボクの気持ちを”応援する”と言ってくれたけど……。
今日は少し、虫の居所がよくないみたいだ。
「……恋ってさ。普通は……男の子が女の子に、女の子が男の子にするものだと思ってたんだよ、ボクは」
「”普通”って、なに? わたしは、普通じゃないってわけ?」
「ごめん、そういう事を言いたいんじゃなくて……。ボクが男の人に、その……恋? したってことは……やっぱりボクはもう……女の子なの……かなって、思って」
「はぁ……。元々、女の子の才能があったんじゃないの? マコにはさぁ~」
「そうなの……かな。これから、女子力とか……磨いていかないといけないのかな。ミナミみたいに」
「あーもー、何言ってんだか。女子だから女子力を磨かなきゃいけないなんて、そんな決まりはないでしょ」
「フ、フフフッ」
──ふいに、横から笑い声がした。
ボクとミナミは、同時に声の主のほうを向いた。
若い女性──いや、男性──?
どちらともつかないような……不思議な雰囲気を
髪は短く、
「いや、すまない。キミたちの会話があまりにも面白かったものだから、つい聞き入ってしまってね。失礼失礼」
その人は歌劇団の花形役者ばりの、
女性にしては飾り気がなく、敢えて男性を寄せ付けないような格好をしているように見える。
手入れの行き届いた光沢ある服装と、
「わたしたち、そんなに変な話してました?」
ミナミは、盗み聞きに腹を立てている事を隠そうともせず、つっけんどんだ。
「ああ、私にとっては興味深い──というより、とても身近な話題だったよ。女とか、男とか、ね。……悪かったよ、本当に」
「そういうあんたは、なんなの? 見たところ……どっちかわかんない顔してますけど」
ミナミの口調は、まるで喧嘩をふっかけるようにずけずけとしている。
相手は初対面なのに……横で聞いている身としては、気が気じゃない。
「うん? キミは……旅行者か何かかい?」
「まあ、そんなとこだけど」
「ふうん、そうかい。それじゃ、私の事は……そうだな、気軽に”ノージェ”とでも呼んでくれたまえ。えーと、ミナミくんに、マコくん。でいいかな?」
「……どっから聞いてたの? わたしたち、まだあんたとお話しするって言ってないけど?」
「ミナミ、ちょっと抑えて。──ええと、ノージェ……さん? すみません、ちょっと込み入った話をしていて……」
「そのようだね。よければ聞かせてくれないかい? 私ならきっと、キミの悩みに対して近い視点で相談に乗れると思うよ。通りすがりの、中立的な意見としてさ」
その言葉を聞いたミナミは、判断を委ねるという顔で、されど不機嫌そうな視線を向けてきた。
でも──ノージェと名乗る……彼女?
どちらにしてもその特異なオーラに、ボクは既に興味を
なぜだかこの人が、確信を突く答えを隠し持っているかのような。
「ええ。……お願いします」
ボクが肯定の返事をすると、ノージェさんは
「ハハ。嬉しいね──」
そして、一息つくように手元の冷えたドリンクを傾け、喉を潤した。
手の中でグラスを転がす何気無い動作ひとつひとつが上品で、指先までが光って見える。
「──改めて確認するけど……マコくん。キミは……自分の恋愛対象、つまり──
「はい、お気遣いありがとうございます。えと……ボクは自分のことをおとこだと思ってたんですけど……いま、気になる人も男性で……。これっておかしいんじゃないかって思っちゃって」
「……うん? 失礼だけど……キミは、女の子だよね? 心と身体の性が一致しない、ということかい?」
「えっ、ええと、その……そうだったんですけど、
「ハハッ。
「でもですね……ボクは男の人を好きになっちゃいけないんじゃないかっていう気持ちが強くて……それで困ってます」
「ふうん──」
ノージェさんは、思考を転がすかのように姿勢を変えた。
紫色の気品ある瞳が、こちらをじっくりと観察している。その視線を受けて、ボクはつい背筋を伸ばした。
「──キミは、性別という
「が、概念ですか?」
「そうさ。これはあくまで私の意見だが──好き嫌いの感情と、性別というくくりは、本来関係がないものだろう? 男だ女だという枠にこだわるのを、一旦やめてみたらどうだい?」
そこに、ミナミが異議を唱えた。
「待って、それは違うんじゃない? 好きと恋と愛は別でしょ。性別と恋愛感情は切っても切れないよ!」
「マコくんの場合は、そうしたほうがいいと思ったからさ。……では、ミナミくん。仮にだけど、キミはたまたま好きになった相手が自分と同性だったら、その恋を諦めるのかい?」
──会話が、止まった。
ミナミは唇を噛んでいる。
ノージェさんを睨みつけながら拳を握り、こみあげる悔しさと涙を我慢しているかのように。
「ノージェさ──」
ボクを
「──そう、だよ……! 諦めるしか、ないじゃん。……わたしのような人間の”好き”は──
ノージェさんは、ハッとしたように悲痛な顔になった。
「……これは、失礼。キミは……そうか。私としたことが、とんだ見落としだったな。……すまなかった」
ノージェさんの謝罪に対し、ミナミの返事は沈黙だった。
彼女の泣きそうな顔を見るのは、いつ以来だろう──。
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