第47話 ボク、魔法を作る

 演習場にて。


 コニーは、バル様を相手に魔素合戦マナゲームの模擬戦に勤しんでいる。

 隣から水飛沫みずしぶきと熱のほとばしりがまれに流れ飛んでくるが、それらの魔法はタグの制御下にあるためこちらに危険は及ばない。

 


 ボクはフウメイさんの指導のもと、”自分の魔法を作る”ことから始めることになった。


「内なる魔素マナの流れに”名前”を授け、強い意志でぶことです。……マコさん、あなたの確固たるイメージがあれば、名前は鍵となり、魔法は形を成すでしょう」


「うーん……。ボクはいつも、即興で動きの流れをイメージして、魔法を使っていたんですけど……それとは違うんでしょうか」


「ええ。即興魔法そっきょうまほう定唱魔法ていしょうまほうでは、その性質は大きく異なります──」


 フウメイさんは姿のない楽団を指揮するように指を振った。

 砂がサラサラと音を立てて集まり、足元に小さな将棋のこまのような形が立ち並んだ。

 それぞれ、規則性がなくバラバラの方向を向いている。


「──世界に満ちる魔素マナを利用して魔法を使うことは、いわば雑踏ざっとうにいる通行人たちから力を借りるようなものです。うまくすれば大きな力を扱うことができますが、彼らはあなたのやり方を理解していないので、その場でイメージを伝えてあげる必要がございます」


「はい」


「それに対し定唱魔法ていしょうまほうとは、あなたの体内を巡る友人たちとの対話から生まれるものです。扱える力の量に個人差がありますが、手に馴染んだ道具のように魔法を使うことができましょう」


 フウメイさんが再び指を振ると、砂の駒たちはサラサラと渦を巻いて宙に浮かび、ボクの周りを衛星のように取り巻いた。

 列を為した駒たちが輪を作って、まるでひとりでに廻るフラフープみたいだ。


「友人たちとの──体内の魔素マナとの、対話……」


「左様でございます。そして定唱魔法ていしょうまほうでも、前詠唱を付け加えあまね魔素マナの力も借りれば、大きな力も扱うことが可能です」


「むむ、難しいですね……」


 横からコニーの声が飛んできた。

「マコー! 魔素合戦マナゲーム用の魔法なら、短い名前ですぐ使えるやつがいいよ! どんな魔法でも、当たれば一点だもん!」


「──いやいや、詠唱前提の大規模魔法こそ男のロマンだろォ! 少々隙はあるが、発動さえできれば命中率は高いからな!」


 バル様も歩み寄ってきた。

 どうやら試合の合間の小休止みたいだ。


「マコは女の子だよー! おとこのロマン関係ないでしょー!」

「じゃ、女にはロマンはないのかァ?」

「ん~……はくばのおーじさま?」

「なんだ、それ」


 フウメイさんは、二人の会話を聞きながら愉快そうに袖で口元を隠した。

「どちらも、一理あることです。どうでしょう、マコさん。簡潔な魔法と大規模な魔法と、両方用意しておくというのは」


「それが定石だろうなァ。攻め手にはメリハリが必要だからな」

「うん、おもしろそー!」


「ただ、一つ問題がございまして……。大規模な魔法を作る際は、強力な魔素マナを含んだ”触媒しょくばい”を用意することが望ましいです。例えば──」


 フウメイさんは、”定唱化ていしょうか入門キット”に同梱されていた青い石を手に取った。


「──これは、微量の水の魔素マナが込められた石のようですね。おひとつお借りしてもよろしいですか?」

「はい、どうぞ」


「……では、一つ例をお見せ致します。少しお下がりくださいませ──」


 掲げた手の中で、青い石がキラリと光る。

 フウメイさんは人がいない方向を向き、淡々と詠唱した。


『……ははなるうみふかあお潮流ちょうりゅうそらち、さかあらしとなれ──海神の怒りタイダルウェイブ


 ──バギギッ……!!


 かすかな水気が飛び、青い石はひび割れて色を失った。

 さっきまで石だったものは灰色の砂となり、風に乗って辺りへ溶けていった。


 その大仰な詠唱とは裏腹に、魔法らしい魔法の効力は何も起こっていない。


「──と、このようにですね。水の素養を持たぬわたくしでは強い言葉は扱えず、触媒の魔力が足りなくては定唱化ていしょうかもままならないのでございます」


「大規模な魔法を作るには、強い触媒が必要ってことですか?」


「ええ、そうなります。風の遣い手でしたら樹海のような風の魔素マナが強い力場りきばおもむき、現地で定唱化ていしょうかを行うという方法もございますが……それでも強力な触媒には及ばないでしょう」


「ああ、フウメイ。その点なら心配いらん。こんなこともあろうかと、いいモノを持ってきたぞ」


 バル様が手荷物からごそりと取り出したのは、透明な袋に入った……てらてらと不気味に光る緑色のかたまりだ。

 


「ヒッ──!? ヒャーーーッ!!!」


 それを見るなり、フウメイさんは血相を変えてしゃかしゃかと後ずさりした。

 彼女がまとう優雅な雰囲気を全て台無しにするような叫び声だった……。


「──なななッ! なんでございますか!? その──なんと面妖めんような──お、おぞましい……虫ですか!? 虫ではありませんでしょうね!?」


「す、すまん。驚かすつもりは無かったんだが……これは、風精シルフの抜け殻だ」

「ヒィーッ!! やめてくださいまし! そんなモノを、わたくしに近づけないでくださいませ!」


「フウメイさん、だいじょぶだよー。これ、虫じゃないみたいだよー! ちょっとバッタみたいな色してるけどー」

「バッ……!? 嗚呼ああ──ああッ!!」


「フウメイさん! わかりました、ペアを変えましょう! ボクはバル様とあっちで定唱化ていしょうかをやりますから……コニーの練習相手になってあげて下さいませんか──コニーも、それでいい?」

「う、うん」

「ヒィ……ヒィ……。承知、いたしました……」


 ボクはバル様に目配せして、演習場の反対側に移動した。

 今後、もし旅館の中で虫か、あるいはそれと紛らわしいものを見つけたら……絶対に自分の手でなんとかしようと思った。


 * * * * * * *



 フウメイさんから十分に離れたボクとバル様は、障害物が何もない場所で向かい合った。


「……まず言っておくが、マコ。オマエは強い。天才だ。……そして、カワイイ」

「は、はい」


ゆえに。この演習場がいくら広くとも、オマエが全力で魔法を打てば、壁を貫通して外にまで被害が及ぶだろう」


「それ、カワイイの関係あります?」

「関係ある」


「……えー。それで、どうしましょう。少し手加減したほうがいいんでしょうか」


「いいや、逆だ。”名前”を決めたら……オマエの最高の最強の、全力全開を撃ってくれ! でないと、優れた魔法は完成できない」


 バル様は仁王立ちして、両腕を広げるように身構えた。


「えっ? 外まで被害が及ぶかもって言うのは……? ボクがそんな魔法を撃てるか、わからないですけど」


「”できる”ぞ。それを疑うな、マコ。オマエは信じるだけでいい。俺が、受け止めてやろう」


「そ、そんな──! タグなしで魔法を人に向けて撃つなんて……」


 思い返せば、この世界に来てボクが一番最初に詠唱したのは……大渦の魔法。

 その時は魔王城の図書室に大きな風穴を開けてしまった。


 それ以来、攻撃系の魔法をタグの制御下以外で扱ったことは無い。

 タグを起動しておけば、人に当たる直前で魔法が消える仕組みだけど……。

 そうでなければ、危なくて大きな魔法を使うわけにはいかない。


「心配するな、俺は炎の魔人だから風には耐性がある。それに、忘れたのか? 俺は煉獄れんごく魔王まおうだぞ。ククク……初心者の魔法で怪我なんて、するはずがないだろう?」



「……言いましたね? ホントに、やりますよ?」

「ああ、いつでも来い」


 たしかにボクが初心者だと言うのは否定しない。

 でも、そんな取るに足りないモノだと言われるのも、少しムッと来る。才能があると言ったのは、あなた自身じゃないか。

 ……なるほど悔しいけど、彼は乗せ方がわかってる。



 既に、魔法に使う”名前”は決めていた。

 ボクが好きな、夜空──、星──流れる星。そこに、風の力を乗せるんだ。



 袋から、ソニアさんの抜け殻を取り出した。内側に魔力が詰まっているような波動を感じる。

 汁気しるけは帯びていないけどぺたぺたとした手触りで、ぐったりした爬虫類みたいだ。


 ──ふと、幼い少女のように可憐な見た目ながら年季の入った話し方をするソニアさんと、彼女と話している時のバル様を思い出した。


 なにか……心が、ざわざわする。


「バル様は……ソニアさんにも、”カワイイ”って言ってたんですよね」


「む……どうした、急に?」

「あ、いえ……。バル様にとって”転生者”たちって、何なんだろうって思ってて……」


 ──また、知らない感情が流れてくる。

 いつからボクは、こんなに面倒になったのかな……。


 彼はボクのことをカワイイと言うけど……もう、そんな言葉では満足できなくなっている。

 だって──”カワイイ”と”好き”は、まったく別の話だ。


「そうだなァ。ある意味で息子や娘に近い感覚もあるが……稀有な体験を教えてくれる、尊敬の対象でもある」


「……じゃあ。……恋愛の対象には、ならないんですか?」


 ──そう口走って、すぐに心の中で頭を抱えた。

 ああ、ボクはなんて面倒なことを言って──面倒な……女。


「ウッ……。それは、だなァ……」


「ごっ、ごめんなさい。どうしてこんな事、言っちゃったんだろ……すみません、この話はやめましょう。……魔法、撃ちますね?」


「……俺は。オマエの事を、対象として見てもいいのか?」

「えっ……」


「ロゼッタが以前、”結婚というのは段階を踏んでから行うもの”と言っていたな。その時の俺には意味がわからなかったが……、今ならわかる気がするんだ」

 


 彼が、こちらに一歩ずつ近づいてくる。


 今まで、何のつもりで……どんな気持ちで?

 なら、これからは……って、どういう──?



 まだ、そこまで心の整理が……ああ、もうっ──!



 ──ボクは握りこぶしを開き、掲げた。

 込めるのは、ありったけの魔素マナと、感情。


空走そらはしぎん弾丸だんがんくもでるちりあらし宿やどし、あかつきけ! ──真珠のほうき星スピカ・シュート!』


 ──ドッッ……シュゴゴォーーーッッ!!



 空気を圧縮した巨大な塊が、渦となって周囲の地面を巻き込みながら突き抜ける──!

 その力強い魔法は、彗星となって彼の全身に真正面からぶち当たった。


「ぐッ……!? おっ──うおオォォッッ──!!」


 ──ガッ……ガガガッ……!!

 


 強風によって巻き上げられた石が飛び散り、大きな生き物が這いずった跡のように地面が削れていく──。


 しかし──彼の手に押し留められた魔法は徐々に勢いを失い……やがて溶けてなくなった。



「クッ──クッハッハ……! しかと受け止めたぞ、マコ! やはりオマエは……天才だッ!」


「──あ……はぁ……。ありがとうございます、えーと……受け止めてくれて」



 ソニアさんがくれた”抜け殻”から力を借りたからか、大きな魔法を扱っても不思議と疲れは無かった。


 言霊ことだまのちから──詠唱、名前──魔法の鍵。

 自分の中の、パズルに空いた穴のように手探りで探していたピースを……やっと掴めた。そんな気がした。


 もう一方で……いくらピースを持ち替えても、なかなか嵌まってくれない。

 そんな穴も、ボクの中に存在しているようだった。

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