第34話 路地裏の風精

 バル様とボクは、王国の路地を横に並んで歩いた。

 ボクの魔法、”擬態暗幕ミスティックカーテン”の効果によって、すれ違う人々から無用な視線を受けることもない。


「俺が面倒を見た転生者たちは皆、生まれは魔王城だ。今はあちこちへ移り住んでいったがなァ」

「王国にも、ですか?」

「そうだ。王国は広いからな。中心に住んでるヤツらは知らんだろうが、北の領土にも人間ではないモノはたくさん潜んでいるんだ」


 大通りを離れると、狭い路地は背の高い建物の影になって全体的に薄暗くなってきた。

 この辺りなら、ひっそり暮らすには好都合かもしれない。



「さて、まずはここだ。何号室だろうなァ」


 バル様は、所狭しと扉と窓が並んだ建物の前で立ち止まった。

 見た所、小さな住まいが寄り集まった物件のようだ。


「訪れるのは初めてなんですか?」


「ああ。だが、場所はわかる。向こうがチャンネルを開いていればな」

「ええと、チャンネルってなんでしょうか」


「まァ、簡単に言えば……相手に居場所がわかっても差し障りないと思っているか、だな。オマエも以前、絆の魔法を交わしたことがあるだろう。アレと同じ仕組みだ」

「なるほどぉ……?」


 確かに、ボクはニアルタの街でロゼッタさんに”はぐれないように”とおまじないをかけてもらった。

 それ以来、ロゼッタさんが居る方角と距離がなんとなくわかるようになったのだった。

 バル様とも水晶宮殿すいしょうきゅうでんで同じ魔法を結んだけど……それ以降、彼と遠く離れたことはまだない。


「クク、向こうも俺の気配に気付いたようだ」

 


 ──カチャリ。頭上で窓が開く音がした。

 正面の建物の二階から幼い顔をした少女が顔を出して、不思議そうに辺りを見回している。


「ソニア、こっちだ。俺だ!」

 バル様が声をかけると、彼女はやっとこちらに気が付いたようだ。


「うわー。あらー。何かと思ったら、ばるさまじゃん。珍しいねー、久しぶりー」

 少女は鮮やかな葉のような緑色の髪を揺らして、気怠けだるげな声を出した。

 

「調子はどうだ? よかったら近況を聞かせてくれよ」

「えっ、ええー。うーん。いいよー。上がってきてー」

 ソニアと呼ばれた少女は、複雑な顔をしながら窓の奥に引っ込んだ。


「……イヤがられてません?」

「気にするな、アイツはいつもあんな感じだ」



 * * * * * * *


 建物の階段を上がって二階の廊下に着くと、少女が扉を開けて待っていた。

 彼女はボクよりも背が低く、身体が小さい。

 しかし、その表情はどこかしっかりしており、大人びているように感じる。


 背中からは蜻蛉とんぼのような薄翅が伸びており、淡く光っている。

 彼女を見て、まるで森からはぐれてきた妖精のようだと思った。

 

「あれえ。そっちの子はだれ?」

「はじめまして。ボクはマコって言います。最近、転生しました」


「へえー、そうなのー。あたいはソニア。よろしくねー。とりあえず、中へどうぞー」

 彼女は眠そうな顔でひらひらと手を振った。



 部屋の中は、植物で一杯だった。

 太い幹が生えた鉢植えから伸びた枝には、鮮やかな色の果実が鈴生りにぶら下がっている。

 細い蔦が複雑に絡み合い、床から天井まで埋め尽くしている。部屋の中にジャングルを切り取って来たみたいだ。


 部屋の真ん中には木でできた円卓と丸椅子が並んでおり、そこが唯一の足の踏み場のようだ。


「ばるさま、燃えないでねー。燃えたら絶交だかんねー」

 ソニアは欠伸をしながら、椅子に飛び乗った。


「むう、これは──オマエらしい部屋だなァ……」

 バル様は、あまりにも緑溢れる部屋に面食らったようだ。


 ボクもこれほど狭い空間に植物がひしめきあった部屋を見たのは初めてだ。

「すごい量の植物ですね……。みんなキミが育てたの? えっと、ソニア……さん?」

 

「そうだよー。あたいは魔素マナの影響を受けやすい、”風精シルフ”だからねー。植物が多いと風の魔素マナが少し濃くなって、居心地がいいんだー」

 ソニアは満足げに首を揺らした。草色の髪がさわさわとなびいている。


「そう聞いてはいたが、ここまでとはな……。魔王城では遠慮してたのか?」

 バル様は植物に触らないように、そっと椅子に座った。


「当たり前じゃーん。ばるさまのカワイイ攻撃とかもさー、あたいの体内の魔素マナが炎に弱いんで、なかなかきつかったよー」

「な、何だとォ……!?」


 けらけらと笑う彼女に対して、バル様はショックを隠せない顔だ。

 しかし──気になるワードが。


「カワイイ攻撃ってなんですか……?」

 なんとなく想像がつくような気がしたけど、ボクは敢えて掘り返した。


「けけけ、マコさん。気になるよねー。この人ったらあたいのこと見るたびにカワイイカワイイつってさー、頭からあたいのお腹に突っ込んで──」

「やめろやめろ! 俺が悪かった!」

 

「バル様、ろりこんだったんです?」


 そういえば、バル様と初対面の時にロゼッタさんが”変態”と言ってたような。

 最近は紳士的だと思ってたけど、昔はもっと丸出しだったのかもしれない。


「なァッ! 何言ってるんだマコ、お前まで……」


 バル様は、普段見せないような焦り顔になっている。

 なんだか黒歴史を見せて貰っているみたいで、ボクはついほくそ笑んでしまった。


「ぷぷっ。まあこう見えてあたい、今年で三十五だからさー、問題はないけどねー」

「えぇっ! み、見えないですね……」

 まさか、彼女が自分より年上だったなんて。これは、ソニア”さん”と呼ばなければならない……。


「転生してからは六年だけどねー。魔人って寿命が長いらしいからさ。たぶん二十年経っても見た目変わらないかもしれないねー」

「へっ? そうなんですか」


「あァ、そうだな。魔素マナと深く結びついた身体を持つ人型の種族を便宜上べんぎじょう”魔人”と呼ぶが……それらは総じて長命だ」


「そういう点ではあたい、ばるさまに感謝してるよー。やりたいこと一杯あるぶん時間もたっぷりあるし、なんだかんだでこのカラダ、気に入ってんだー」

「それは上々だな。もう六年になるか……。何か不都合なことや不便はないか?」


「んー、まあ、最初は戸惑ったけどさー。今はもう慣れたよ。逆に最近は、脱皮する時とか気持ちよくてさー。あの快感を味わえるだけでも、このカラダに生まれ変わってよかったって思うよねー」

 ソニアさんは翅をぱたぱたと揺らしながら、うっとりとした表情を浮かべた。


「だっぴ──脱皮ですか?」

「うん、そーだよ。けけけ、マコさん、あたいの抜け殻、見たい?」

「ひぇ!? う、うーん」


「でもさ、そういうとこ、ない? マコさんも転生者なんだったら、前のカラダと違う部分で、新しくなんか目覚めちゃったりしてんじゃないのー?」

「さ──さぁ、どうでしょうねぇ……」

 彼女の問いかけに心当たりがないでもないだけに、ボクはもじもじするしかなかった……。


「──ゴホン。ソニア、特に問題ないんだな?」

 バル様が大きくわざとらしい咳払いで遮った。


「そだねー……。ちょいと風の魔素マナ不足で調子悪い感じはするけどねー。あたいはシティーガールだからさ、王国から離れたくもないんだよねー」

「む、魔素マナ不足か……。そればかりはなァ」

 といいつつ彼の視線が一瞬だけこちらに向いたのを、ボクは見逃さなかった。


「あの。この部屋に茂ってる植物では、足りないんです?」

「植物が帯びる魔素マナの純度じゃ、微々たるもんだからさー。限界があるんだよねー」

「そう、ですかぁ……」


 ちらりと横を見たが、バル様はソニアさんのほうを向いたまま何も言わない。ボクに気を遣ってるのかな……。


「……ボクから、少し魔素マナを渡せるかもしれないです。試して──みましょうか」

 ボクは意を決して提案した。自分にできることなら、なるべく力になりたい。


「おや。マコさん、魔素マナの受け渡しができる系なの! めずらしいねー」

「はい。まだ慣れてないですけど──、手から……そう。手からちょろっとだけ渡せるんです」

 

「マコ、いいのか?」

 バル様は申し訳なさそうな顔をした。


「ええ。ボクで力になれるなら、喜んで。……ソニアさん、手を出してください」

「ほい。そんじゃ、お願いしてみるー」


 ボクは彼女の手を握ると、自分の魔素マナを流し込むイメージを込めた。


「……うーん? なんか、きてるような?」

「む、ぐむむ──」

 

 やはり、手からだと限界があるのかな……。彼女が満足いく量の魔素マナを提供できないのかもしれない。


 しかし──力を貸すと言った手前、ボクとしてはベストを尽くすべきでは……?


「バル様……あの。ちょっと、あっち向いててください……」

「……ん、どうしてだ?」

「いいからっ!」

「あ、ああ」

 つい強めの声を出してしまったけど、バル様は壁のほうを向いてくれた。


「ソニアさん。──失礼、します」

「ほい?」


 ──しゅるり。

 お尻を向けて、自分のしっぽを彼女の腕にそっと巻きつける。


「ん、うぅ──」

 顔が熱い……。でも、感覚でわかる──これなら、いける。

 手を繋いで魔素マナを渡せる量を細いストローに例えるなら……、しっぽを伝って渡せる量は、消防車から伸びた放水用ホースくらいだろうか。


 ──ヴヴヴン……。

 しっぽが何か脈打つような、変な感覚がするけど……うまく魔素マナを分け与えられているみたいだ。


 ソニアさんが、急に恍惚の声をあげた。

「はひゃあぁー、これはー! マコさん!」


「えっ、大丈夫です?」

 彼女が初めて大きな声を出したので、驚いてしっぽをほどいた。


「やめないでー!」

 ──ぎゅっ。

「ハウッ──!」

 急にしっぽを引っ張られ──ボクはなにかがでそうになった。


「オマエら、何してるんだ……?」

「バル様、こっち見ないでくださいっ!」

「ぐッ……」

 

「マコさん、これすごいよおー! もっかいやって!」

「ちょ、待って──!」


 その後、ソニアさんが落ち着くまで二分ほどかかり……バル様はその間ずっと、壁とにらめっこしていた。

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