第33話 アルカディア王国

 早朝。

 手荷物をまとめて、念のため船に保護の魔法をかけて、ボクたちは王国へ向けて出発した。


 とはいえ、船を停めたのは王国を囲む城壁からそう遠くない場所。

 歩いて小一時間もしないうちに、山を横切るダムのような高い壁が見えてきた。


「うっひゃー! おっきいねー!」

 先導せんどうするコニーのはしゃぐ声が、山肌に吸い込まれていった。


「やっほー!!」

 ミナミが山に向かって大きな声を投げると、かすかに反響が返ってきた。



「──ところでバル様、仮にも煉獄れんごく魔王まおうさまが、王国内に踏み入っちゃっても大丈夫なんです? 下手したら、大ごとになるんじゃ……?」


「ああ、そうだなァ。俺の名はある程度の畏怖いふをもって知れ渡っているようだが……、顔までは割れていないはずだ。目立つ真似をしなければ、問題ないだろう」 


「でもさー、バルさまって歩いてるだけで目立つんじゃなーい?」

 ボクたちの会話に、はるか前を歩くコニーが叫ぶように混ざってきた。

 あまり大きな声で話してなかったはずだけど……彼女は、相当耳が良いのだろう。


「ふふふ、そうかもしれないわね〜。また、何かしらの変装をしましょうか〜」

 今度は後ろからロゼッタさんが返事をした。

 歩きながら手荷物をごそごそと探している。



「あのう。ボク、リリニアさんに”目立たなくなる魔法”っていうのを教えてもらったんですけど……使ってみましょうか」


「ほう、リリニアから……? 珍しい事もあるもんだなァ」


「本当に、親切にして頂きましたよ」


「アイツ、俺には手厳しいクセになァ……。まあともかく、やってみてくれ」


「わかりました。──ミナミ、コニー、ちょっとこっちに来て!」



 五人が立ち止まって一箇所に集まったところで、ボクは例の魔法を発動した。


 ──ススス……。

 魔法を発動すると、一行は透明なベールに包み込まれた。

 まわりから見ると輪郭がぼやけて、人の意識の外を歩けるようになる効果があるらしい。


「……? よくわからんが、しばらく効力が続くタイプの魔法のようだなァ」


「人とすれ違わないと、効果を実感できないかもしれないですね」


 * * * * * * *


 ──そして、ようやく城壁内部へ続く関所に到着した。

 大型の動物や馬車でも悠々と通過できそうな、見上げるほど大きな門。


 ここが、通称・北の王国──正式には、”アルカディア王国”だ。やっと足を踏み入れた!



 壁の内側に入ると、すぐに城下町があった。

 石造りの建物が所狭しとのきつらね、ガヤガヤと活気に満ちている。


 門から続く大きな道は人通りが多いが、魔法の効果なのか往来の人々はこちらに一瞥いちべつもくれない。

 ただ、”人がいる気配”だけは認知されているようで、通行人と衝突するようなこともない。


 関所をくぐる時に念のため被っていたフードを取りツノやしっぽをあらわにしても、どこからも視線を感じなかった。


「なるほど、これは便利だなァ。こそこそする必要もなさそうだ」

「ふふ、なんだか不思議ですね~。こうして気兼ねなく王国を歩けるなんて」


 バル様とロゼッタさんが、嬉しそうにしている。

 リリニアさんに魔法を教えてもらったおかげだ。彼女に感謝しないと……。



「うわーっ! ひろい! おっきい! ひとだらけー! 今日は、お祭りやってるのかなぁ?」

 コニーは少し走っては路面店を覗き込み、物珍しそうに通り沿いに陳列された商品を観察している。

 いつも以上にテンションが高く、飛び跳ねるたびに通行人にぶつかりそうだ。


「東京ほどじゃないけど、こっちの世界でこの人混みははじめて見るねぇ」

 ミナミも路面店に興味を持っているようで、歩く速度を緩めている。

 


 大通りには、様々な格好をした人々が行き交っている。

 鎧を着込んで武器を下げた戦士風の人。とんがり帽子にローブを着込んだ魔術師風の人。

 小綺麗で身軽そうな服を着た町民風の人、などなど。


 この通りにはツノやしっぽが生えた獣人はまばらに居る程度で、ほとんどが純粋な人間のようだけど……。

 心なしか、帽子をかぶった人が多くいるように見える。



「──さて、俺は往診おうしんに向かうとするかなァ。ロゼッタ、三人に付き添って買い物なり必要な用事を済ませてくれ」


「わかりました、陛下。待ち合わせ場所はいかがしましょうか~」


「そうだな、今晩からしばらくはフウメイの所に世話になろう。たしか、今は旅館をいとなんでいるんだったな? 先に着いたら話をつけておいてくれ」


「フウメイさんの所ですね。かしこまりました~」


 バル様はロゼッタさんと短い会話を交わした後、路地裏へ歩いて行って見えなくなった。



「……ロゼッタさん、バル様の用事って、なんなんです? ニアルタの街でもどこかに行っていたようですけど……」


「それはね、往診おうしんと言って──陛下の転生術によって生まれたヒト型の転生者が、その後も健康に問題なく社会生活を送れているかてまわっているのよ。それと情報交換もねているっておっしゃっていたわ~」


「転生者って……そっか、ボクだけじゃないんですね」


「もちろんよ。最近は、何かあれば魔王城まで来てもらうことが多かったのだけどね~」


「そんなに何人も居るんですか?」


「ええ。マコちゃんは転生者としては生まれて間もないから、陛下の観察下に居てもらっているけど……。皆、旅立って新しい人生を歩んでいるわ~」


「新しい──人生、ですか」


「そうね~。中には、この世界ニームアースで存命の前世の家族の元に帰る人もいるけれどね」


 “前世”に、”新しい人生”……。思い返せば、これまでそういう考え方をしていなかった。

 記憶が続いている限り、”ボク”は”ボク”だと思っていた、はずだ。


 ボクは、足を止めた。

 “転生術”について……もっと知っておかなければならない、気がする。



「ねえねえ、あっちに魔道具屋さんがあるよ! タグが売ってるかも!」

「王国のお店は見応えがあるねー。わたしの泥兵士ゴーレム貯金、なくなっちゃいそう……」

 視線の先で、コニーが手を振っている。ミナミと一緒に、少し先を歩いていたみたいだ。

 

「ふふ、二人とも楽しそうねぇ~。行きましょうか、マコちゃん……あら?」

 ロゼッタさんがこちらを振り向いた。


「──すみません、ロゼッタさん。ボク、バル様を追いかけてもいいですか」


「あらま、どうしたの?」


「”往診”って言うのが気になって……。それに、さっきかけた擬態ぎたい魔法の効果が切れないか、心配ですから」


「そうねぇ〜……わかったわ、マコちゃん。いってらっしゃい。今なら追いつけると思うわ」


「……ありがとうございます!」


 ボクは、急いで路地裏を曲がった。

 


 擬態暗幕ミスティックカーテンの効果は、ボクが術者だからなのか彼を探す際に支障はないようだ。

 背の高い、燃えるような髪がゆらめく逞しい背中。人混みの中でも、すぐにわかる。


「バル様っ!」

 声をかけると、彼は少し驚いた顔をした。


「……ん、マコか。どうした? ロゼッタと一緒だっただろう」


「えっと──往診というものに興味がありまして。差し支えなければ、同行させてください!」


「ああ、構わないが。オマエは買い物を楽しみにしてたんじゃないかと思ってんだがなァ」

 そう言いながらも、バル様はなんだか嬉しそうだ。


「あはは、買い物はまた別の日にさせてもらいますよ」


 もちろん、バル様の”往診”にも、王国での買い物にも、興味はある。

 でも──。


 いつか、彼はこう言った。


『俺は……オマエの事が、もっと知りたくなったぞ』


 そう、そうなんだ。ボクだって、そうだ。

 彼のことを、まだぜんぜん知らない。


 ボクは……バル様の事が、もっと知りたいんです。

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