第2話 新兵大地に立つ

 ミツキが宣戦布告をした暴挙の翌日、天使殲滅策略本部へは将来を背負った何人もの若者が列をなして天使殲滅策略本部の構内へやってくる。


 新品の制服にそでを通した彼らの表情は、純粋無垢であり天使の姿など見たことのない透き通った眼をしていた。


 続々と構内へ入ってくる新兵らは、広い構内で足取りすらおぼつかず様々な部屋を転々とし、始めてくる施設に迷っている中、新兵たちの目の前に黒いスーツで身を包んだスタイルのいい女が玄関前で時計を気にしながら待ちぼうけているのを見つけるなり、そのほうへ慌てて駆け寄る。




「あの……」




 新兵たちが女に道を尋ねてもいいのかと、互いに互いを差しだしていると、新兵の中でも先頭を切る女兵士が同期の団体行動力の無さに呆れ、先陣を切り女へ離しかけた。


「はい? どうしました?」


「……えっと、私たち、新兵で今日からここに派遣されたんですけど……」


 その言葉を聞くなり、スーツの女は両手を叩き女兵士の肩を掴むと、何かを感じ取ったかのようにその顔をまじまじと観察し始める。


「あなたたちが新兵ね! いつまでも来ないからどうしたものかと……って、あなたどこかで会ったことない?」




「……いや、気の、せいじゃないですかね……」


 女兵士とスーツの女の瞳は色彩も含めどこか似ていたが、スーツの女はその視線をそらす仕草を見るとホッとした表情になりその手を肩から降ろし、自分自身への羞恥心をふつふつと噛み締めた。




「そうね、あなた達新兵の顔は今日が初めてですもんね。私ったら、何を言ってるんだか。さあ、こっちへついてきて!」


 スーツの女がホッとした表情を見せる中、女兵士はその眼光を鋭くし、新兵たちがなすが儘についていくのを見届けると先ほどからは打って変わり静かな様子でその列へと続いていく。




 あまりに退屈に嫌気がさした新兵の一人が、列の最後尾へと着いてきた女兵士へスーツの女との関係が気になり思わずその口を開いた。


「なあ、リサ」


「何?」


「お前って、あの人と知り合いなの?」


 リサは新兵がさした方向にいたスーツの女を見るが、その表情はさっきと打って変わって何の感情もなく、さらにはその眉間にしわを作り新人兵士の顔を睨みつける。


「なんでもない」


「なんでもないってことはないだろ。なあ、リサ。リサ!?」


「うるさい……」


 リサはそうそっけない態度を見せ、新兵が伸ばした手を勢いよく払うと、遅れを取り戻すように数10㎝先を歩く列へと混じっていく。




「ほんと食えないやつ……って、俺も遅れてんじゃん」




 新兵は、リサに対する疑問を晴らそうとした質問に対する回答を諦め詮索をやめ、その姿を追いかけるころには、目的地である会議室の目の前に立っていた。




「さあ、着いたわ。私は今から司令を呼んでくるからあなたたちはここで待機してて」


 そう言い残しスーツの女が立ち去ろうとすると、玄関前で鉢合わせたリサがその行方を阻み、申し訳なさそうにその口を開く。




「すいません……」


「何?」


「一人遅れてくるみたいなんですよ……」


「なるほど……遅れてくる……!?」


 スーツの女は今までの態度とは打って変わり慌てふためいた様子でその場を後にした。







 あわてた様子で司令室へと駆け込んだスーツの女は、額からにじみ出る汗をその袖で拭い一瞬で冷静さを取り戻し、自動ドアの先にいる司令の元へ歩み寄る。




「司令、新兵が到着しました」




 司令の背後へと静かに回り込んだスーツの女は書はその行動が読めたあのように司令の耳元へそう伝えると、司令は待ちくたびれたようにその重い腰を持ち上げた。


「そうか」


「会議室の方で待機させてありますが、どうされますか?」


「今向かう」


 そういうと、司令は座ってた椅子も出したままスーツの女をその場に置き去りにしようとすると、スーツの女は慌てて司令の背後に駆け寄る。


「あの……私も同行していいでしょうか?」


「構わん」


 司令は何も気にすることなく軽く返事を返すと、スーツの女から背を向け司令室の自動ドアを開け、会議室へ向う。


 その足取りを進めていると、司令の前方にけだるそうなトオルが腕を組み待ち伏せていた。




「司令、話があります」


 トオルは司令が来たことを確認するとその組んでいた腕をほどき、その行く手を阻もうと無理やりその前に立つ。


「下らん話ならば後だ、今は新兵の元へ行かねばならん」


「その新兵のことについてです、ミツキの暴走は日に日に増して行くばかりで……」




 トオルがそう言い続けようとすると、まっとうに話を聞く気のない司令はその鋭い眼光をトオルへ向けその場を後にしようとする。


「って、ちょっと待ってください!」


 トオルがそういい、司令の肩を掴もうとするがトオルの手は空を切り、危機を察しかわした司令の足はピタリと止まった。


「だったらお前も来い、一応はお前も部隊長だ、挨拶でもしろ。その後話を聞いてやる」


「了解致しました」




 司令の塩対応に腹が立ち今にも上がりそうな拳を自ずから降ろし、自分も下を向いてしまう。その降ろされた強く握りしめられた拳は行き場を失い壁へ強く叩きつけられる。




 その直後、壁を殴った音に驚き司令室の扉からスーツの女が困惑の表情を浮かべ出てきた。




「どうしたんですか? トオル」


「何でもないよ……それよりも早く行きなよミサ姉」


 トオルがすねるのを見かねたスーツの女はその頭に手を置き、犬を撫でるかのようにその頭を撫でまわす。


「全くトオル、違うでしょ。もう私も貴方も学生じゃないの、ここでは…」


「……そうですねミサキさん!」


 トオルは思わず司令に対してのジレンマをミサキへ当ててしまい、トオルはミサキの驚いた顔を見て自分のしたことに気がついたトオルは再び下を向いてしまう。




「まあまあ、落ち着いて、私はトオルとカオルの親代わりなんだからドンッと当たって来なさい。と、言っても、本当の妹もいるんだけどね。分かったら行くよ」


「そういう所なんだよ」


「なーに?」


「何でもねえよ!」


 頬を赤らめたトオルは心のモヤモヤが晴らせずに頭を掻き毟った。




 その背後では一部始終を目撃していたカオルがもの陰に隠れていた。


 怪しい動きをしていたカオルを見て何者かがカオルの肩を叩く。




「ヒャンッ」




 カオルが小型犬のような声で驚き後ろを振り返るとそこには整備長の姿があった。


「よう!」


「よう! じゃないですよ! もう、大きい声出さないでくださいよ、お兄様に聞こえるじゃないですか」


「俺そんなに大きい声出してたか?」


「いい加減分かってくださいよ、ここは格納庫と違って静かなんですからそんなに大声じゃなくていいんですよ!」


 カオルもヒートアップし始め声のボリュームが大きくなり始める。いつしかその声はトオルの耳に届いていた。




「ん? なんだ向こうからカオルの声が」




 不審に思ったトオルがカオルの隠れている物陰へ近づいてくる。


「おい、カオル居るのか?」


 何かを察したカオルは慌ただしく動き始める。


「ほらそこ立って!」


「なんだ押すなって」


 カオルはトオルの袖先が見えると即座に整備長を自分の前に立たせて自分の姿を隠す。




「なんだおやっさんか」




「お、おう」


「ここからカオルの声が聞こえたんだけど、おやっさん知らない?」


「さ、さあな」


 トオルは整備長の目が泳いでいるのを見て不審に思い下を見ると、綺麗に束ねられたカオルのツインテールが、ひょこひょこと飛び出していた。


ー大丈夫。バレてないバレてない。




「おい」






 トオルの一言にカオルの背筋が凍る。


ーあ、これは、私死んだかもしれませんわ。




「見えてるぞ」






 カオルは気が付かれたことにより小刻みに揺れ、その揺れを受けツインテールも小刻みに揺れる。


ーもうダメ。バレてる。今のうちに逃げよ。




 トオルは整備長の背後へ周り、その場から逃げ出そうとするカオルのツインテールを鷲掴みにしてその場から引きずり出す。


「おい、カオルいつからそこに居た?」


「えっと、んっと、その」


 トオルは、掴んでいたカオルの髪を持ち上げる。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。話すから離して!」


「本当だろうな」


「本当に!」




 トオルは鷲掴みにしていたツインテールを離す。カオルの髪にはくっきりとトオルが掴んでいた跡が残っていた。


「で、いつから居たんだ?」




「……の時からです……」




「聞こえない」




「司令と揉めていた時からです……」




「そんな時から、ってことは見てたのか?」


「はい」


 トオルは頬を赤らめる。


「何赤くなってんだ?」


 整備長が不思議そうにトオルの顔をのぞき込む。


「なんだよ」




「いや、お前がミサキのこと好きなのここの全員知ってるぞ」




「は?」


「それどういう事だよ」


「そのままだよ」


「カオルはどうなんだ?」


 カオルはとぼけた顔に冷や汗を浮かべて、顎に人差し指を指し首を傾げる。


 トオルはカオルの髪に手を伸ばそうとすると、カオルはその手をガードする。


「今度はそうは行きませんからね!」






 しかし、トオルの手は髪ではなく頭そのものに行き、その手は強く握られた。






「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いさっきよりも痛い! 知ってました! 昔から!」


「マジか」


 途端にトオルの顔は再び赤くなりカオルから手を離し、恥じらいを隠すかのようにその場に頭を抱えてしゃがみこむ。


「おい、トオル。そんなことやってないでよお、あれ追いかけなくていいのか?」


「そうだった! おい、カオルお前も来い。新兵が来たんだと、お前も挨拶しに来い」


 トオルはカオルを連れて司令の背中を追い会議室へ向かうと、整備長は、優しい笑を浮かべてふたりの背中を見つめる。


「いやいや、青いねぇ……さて俺も行くか」






 そういうと、手にはめていた軍手を履きなおし整備長は2人と反対の方向へ向かって歩き始めた。









 トオルとカオルの2人が会議室へ着くと既に司令とミサキが会議室へ到着しているのを確認し、最後ではないと安堵し、二人が並ぶ窓際をよく見るとそこに整備長の姿もあった。


「遅いぞ」


「すいません」


「良いから良いから、早く並んどけ」


 整備長の優しい呼びかけにそそくさとトオルは整備長の隣へ、カオルはミサキの隣へ並んだ。


「なんでおやっさんの方が早いんだよ」


「近道知ってっからな」


「いいなあ、今度教えてくれよ」


 和気あいあいと話すふたりの声は徐々に大きくなり始め、遂に司令の顔がふたりの方を向く。




「黙れ」




 司令は、その一言と共に鋭い眼光をトオルの方へ向けると、トオルはその眼光に圧倒され姿勢を正し、二人の間に染みわたるその緊張感は新兵にも通じ新兵全員の姿勢も正され、その場に静寂が響き渡った。




 ミサキはその緊張感の中、緊張するそぶりを見せることもなく、飄々と新兵の前に立つ。


「おはようございます。これからの進行を致します、司令秘書のミサキです。ではまず各部隊隊長からの挨拶です」


 形式上ではあるが、定型文に乗っ取った挨拶をし終え、ミサキが下がるのを見計らってトオルが新兵の前に立つ。




「おはよう。えーっと、主に最前線間際で部隊を組んでるミシマトオルだ。よろしく」


 味気ない挨拶に対して、後ろで見ていたカオルは、緊張するトオルの気を少しでも緩めようと、茶々を入れる形でその背中を押した。


「お兄様! 何か一言!」


「え? 一言!? まあそうだな一言だけだったら言わせてくれ。お前ら絶対に……ゴホン」


 トオルが一度咳き込むのと同時に、会議室の扉が強く開かれ、一同の視線をトオルからその扉の方へ向けられる。






「す、すいません! 遅くなりました!」






 トオルが一言残すのを遮るように、扉からは汗だくになった少女が今にも転びそうな勢いで飛び出して来た。


「あ、あれ?」


「あなた名前は」


「は、はい! 本日より配属になりました。ササキミユキです!」


「遅れた理由は聞かないでおきますが、このあとの処遇は分かりますね」


「はい……」


 ミサキに喝を入れられたミユキは、あからさまに落ち込むと、新兵が並ぶ一番後ろへ並んだ。


「あー、もう、ミユキなにやってんの」


 その姿に哀愁を感じ隣に立つリサが小さな声でミユキに耳打ちする。


「目覚まし壊れてたの、それよりもなんでリサは起こしてくれないの!?」




 リサがミユキへ向けたメガネの奥に潜む鋭い目はやはりどこかミサキに酷似していたが、誰もそれを疑うことはなく、耳打ちで済んでいた二人が会話する声が次第に大きくなっていくことに対し、その場の視線が集まった。




「起こしたよ!」


「ほ、ほら前向いてトオル隊長の話の続き始まるよ」


 カオルとリサが前を向くと、全員の視線がふたりの方へ向けられているのと同時に、しびれを切らしたミサキはひとつ咳をすることで、自分たちの立場を理解する。




「「す、すいませんでした!」」


 何の気もなしにとっさに出た謝罪に二人の息は合致し、ステレオスピーカーのように反響すると、ミサキは冷酷にもトオルに話の続きを促した。




「トオル、続きを」


 照れ隠しなのか遮られたことで自我を取り戻したのか、自分が言いかけたことの恥ずかしさにトオルは頭を掻き毟ってニヤリと微笑む。


「まあ、いいや、俺の部隊に来たら続き話すことにするよ、ミサキさん、次行っていいよ」


 続きを話す勇気の無くなったトオルは親指を立てカオルの方を指すと、ミサキはそれをくみ取り予定通りカオルを前に出すことを決めた。


「分かりました、では続いてカオルさんどうぞ」


 ミサキに促されると、カオルはいやいやトオルと入れ違いに新兵の前に出る。




「えー、おはようございます。ミシマカオルです。大体察したと思いますが先程のミシマトオルの妹です。皆さんと年齢は近いので分からないことがあったらドシドシ質問してくださいね」


 トオルはそのカオルの挨拶に仕返しをするように、遠い目をしながらその肩を叩く。


「分かってるな?」


「分かってるわよ! えーっと、私の一言というか、これだけは言わせていただきます。お兄様は絶対に誰にも渡しませんから」


 カオルの目の光が一気に失われ、新兵内の女子に目線が向けられると女子隊員は、各々目をそらすもミユキだけは事情を理解できずに、目をそらそうとしなかった。


「あら、そこの遅れてきた子、お兄様に手出したら……分かってるわね?」


 カオルは、トオルへの独占欲が高まり目をそらさないミユキに対し、今にも殺しかねない殺人鬼のような冷たい目線を向けると、ミユキはようやくカオルが自分たちを目の敵にする理由を理解する。




「はい! 大丈夫です! 微塵も興味ありません!」




 ミユキのトオルに対する関心の無さが、逆にカオルの内心を傷つけ言い返す言葉すら思いつかなかった。


「ぐぬぬ……な、ならいいわ」


 カオルが言葉に困っているなか、人知れずその背後では心的ダメージを受けたトオルが銃弾に撃ち抜かれたかのように倒れている。


 その姿を見かねたミサキはトオルの介抱をしようとその体を起こすと、トオルはその肩を持ちミサキに一言残し、その場で行き倒れた。


「み、ミサ姉、あいつもう下げて」


「わ、分かったわ。ではカオルさんありがとうございました。ここで、もう1人この場に来る予定だった人がいるんですが、監禁中なのでここで簡略に説明させていただきます。彼の名前はドウジマミツキ、戦場へ出ることはあまり無いです。さらに彼は部隊での行動はしません。そして……」


 ミサキが司令の紹介へと移ろうとしていた刹那、建物全域に放送が流れる。






『建物内にいる隊員に告ぐ。ドウジマミツキが脱走した。見つけ次第拘束し牢へ連れ戻すように』






 放送が終わるとミサキらは呆れたようにため息をつくと、そのため息を聞き整備長が死んだように落ち込むトオルの肩を叩く。


「トオル、お前、探しに行けるか?」


 肩を叩かれたトオルは干からびた植物が水を与えられたかのように、生気を取り戻すと整備長の手を掴み、渋い視線を向けた。


「えー、俺っすか」


 誰もがミツキの捜索にも買おうとしない中、それまで口を閉じていた司令が口を開く。




「いや、いい。もう少しでここに来るだろう」




 司令の読みは当たり天井からミツキが落ちてきた。


「おい、ミツキ!」


「うるさいトオル。それよりも、天使が来る」


「なぜそんなことが分かる」


 ミツキはおもむろにバングル状のデバイスから戦場の地図が表示させる。




 地図上には赤い印がおおよそ30程、unknownと表示されていた。




 軍の装備とはかけ離れたその装置を見たカオルは、その好奇心からミツキの腕につけられたバングルを叩くと、ミツキはその得体のしれないものを扱うように叩くカオルの顔を睨みつける。


「……ミツキこんなのいつ仕掛けたの?」


 カオルは申し訳なさげにミツキに尋ねるも、ミツキはすでにへそを曲げカオルに対してその鋭い目を向けた。


「カオルには関係ない」


 その方ら、地図上に付けられた印を数えていたトオルの目の色が一瞬にして変わった。


「おいおいおいおい! なんだよこれ、いつもよりも多いじゃねーか。司令! これは早急に手を打たないとやばいかもしれない!」


 トオルの表情を読み取った司令は、事態の深刻さを察し新兵の総数を数え、苦渋の末結論を編み出した。




「仕方がない。総員戦闘配備、何としても天使共の進行を食い止めろ」






「「「了解!」」」




 司令の言葉に、その場にいた全員の士気が高まり、会議室は夏場よりも室温が上がり兵士の額には汗がにじんだ。


「俺も行く」


「ミツキ、お前は待機だ。独房に戻ってろ」


「あっそ。まあ、必要になったら呼んで」


 ミツキは司令に手を振り自ずから独房へと戻って行った。




 トオル達がその場からいなくなり取り残される新兵たちはただ呆然としているしか無かった。




「新兵達、自己紹介が遅れたが私は司令のオオツカだ。下の名前までは気にしなくてもいい。お前達にも戦場へ赴いてもらう。整備長について行き、格納庫へと向かってくれ」




「という訳だはぐれないように付いて来い」




 整備長が扉から出る後ろを新兵らがついて行く中、ミツキに対しての疑問が胸の内に残ったミユキだけがその場に残り、ミツキに対しての疑問をオオツカに尋ね始める。


「あの……オオツカ司令。ミツキって北海道の出身ですか?」


「それは、今聞くことではない。しかし、なぜそのようなことを聞く」


「いえ、私は北海道出身でして、その……ミツキ君と幼馴染だったんですよ。それで本人かと思いまして」


「そうか、ならばお前が無事生きて帰って来られたら真実を話そう。分かったら早く行け」


「分かりました……」


 煮え切らない返答をもらったミユキはもやもやが残ったまま会議室を後にした。




「司令。あの話は本当なんでしょうか」


 ミユキとオオツカの一連の流れを聞いていたミサキは、その真相を自分自身で聞いておきたくなり、その時返すべきだった返答を聞き出そうとする。




「それは分からない。だが、それが本当ならばあいつの失った記憶の片鱗を思い出すかもしれない」


「それは本当ですか。本当だったらこの軍の、いや、人類の大きな糧となりますよね」


「さあな」


 真相を知るオオツカは遠い目をし、窓の外を眺めた。







 格納庫へと向かう長い廊下を整備長と新兵が駆け抜け、整備長からは訓練用ではない、実戦配備されている〈ABF〉の操縦に対する注意事項を話していた。


「いいか、お前らは訓練生時代に訓練用の機体を操縦していたかもしれないが、実機はそう簡単に操縦できるものではないことを理解してほしい。それにだ、戦場に出ればシュミレーターとは違って、簡単に死ぬ。くれぐれも命を無駄にするな」


 会議室から正反対の位置に存在する格納庫までは〈ABF〉の説明をするのは容易であり、新兵が理解するのはさらに簡単であった。


 説明をしつつ走り続ける整備長の息切れがかき消されるほどの足音は、館内全域へと響き渡りそれを聞きつけた整備員らが格納庫内から廊下を覗くのを確認した整備長は、そこを指さしさらに走るスピードを上げる。


「もう少しだ! 急ぐぞ!」




「「「「はい!」」」」




 整備長が声をかけて数秒後、歳とは似合わぬ体力の多さにつられた新兵たちは、自分たちでも気が付かないうちに大きな格納庫の目の前へとたどり着いた。


 体力がいくら多くとも、走り続けたことにより切れていた息を整え、整備長は同じく息を整える新兵の方を振り返り、自身の統括範囲である格納庫を背後に、その大きな腕を組む。




「自己紹介が遅れたな、俺の名前はモリタだ、ここで整備長をしている。恐らく館内で最年長だろうが、そんなに畏まらなくていい。俺が楽しみにしているのはお前らが笑顔で帰ってきて一緒に飯を食うことだ。分かったら……」


 モリタが最後を言いかけると背後ろから来たトオルがさわやかな笑顔をモリタに向けその大きな肩を叩く。




「おやっさん、それは俺のセリフ。さっき言いそびれたな、良いか大事なことだ……絶対に生きて帰るぞ」




 トオルの一言に関心を持つように頷くと、モリタは整備士らを所定の位置へ移動させ、怪しげなハンドサインを送ると、整備士らは格納庫に賭けられていた巨大なベールを剥がした。




「まあ、そういう事だ、新兵にはこのABFが与えられる」




 ベールが剥がされた格納庫には数十機の〈ABF〉が列をなして並べられ、その容姿はさながらチェスのポーンを模した見た目をしており、量産機と呼ぶに等しい簡素な造りとなっている。




「まるでポーンですね」




 会議室から格納庫までの長い距離を走ってくる中、一向に姿を見せることのなかったミユキがいつの間にか列に交じり、その巨人とも呼べる大型な機械を眺めていた。




「いいなそれ、こいつらはポーンと呼ぶことにする。ポーンは見る限り全員には当たらない。司令部所属になってるやつは司令室へその他はトオルとカオルの部隊へ配属だ。そしてミユキ、お前は待機だ」


「どうしてですか!?」


 ミユキはモリタから出された指示に納得がいかずにその顔を睨みつけるも、その次に聞いた言葉によりすべてを理解することができ、ミユキは顔を緩める。




「お前はミツキについてもらう」




 しかし、その言葉を聞いてミユキよりもトオルが驚いてモリタの顔を覗き込むと、その顔はすべてを見通したかのようにしたり顔で、嫌味なほど目が笑っていた。


「おやっさんなんで」


「そりゃあな、お前が考えることはだいたい分かってんだよ。それに知り合いらしいからな、丁度いいだろ?」


「ほんと、おやっさんには頭が上がらないな」


「ほら、分かったら早くのりこめ、武器はシャッターの前に置いてあるのを持っていけ、ほら行った行った」


 トオルはモリタに背中を押されその場から無理やり遠ざけられると、ミユキを残し新兵らは各々持ち場へ急ぐなか取り残されたミユキは下唇を噛んでいた。


「しょぼくれた顔すんな」


 モリタがミユキの頭に手を乗せ、シャッターが開くのを見まもる。


「こりゃあ、お前の出番は早くなりそうだ」




 格納庫にいたその誰しもが見たシャッターが開いた遠方には、明らかに地図で見たよりも多くの天機が待ち構えていた。

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