物語の始まり

第1話 宣戦布告

 天使殲滅策略本部からおおよそ2000㎞離れた住宅街のさらに奥にある〈天使領域〉に侵攻したトオル率いる第一兵団は、戦慄の一瞬を奏でる無数の〈天機〉に行く手を阻まれ今まさに膠着状態へと陥っていた。


 トオルの操る〈オーディン〉はこの状況を打破せんと、高野を二対の剣を構え走り抜けるが一向に抜け道を作ることはできず、ついにはその周囲を無数の〈天機〉に囲まれてしまう。


「ジーク! これどんだけいるんだ?」

 コックピット内に映し出されたジーク姿は、一向に表情を変えずにトオルも前に立ちふさがる〈天機〉とトオルの力量を天秤にかけ、何度も演算を繰り返していた。


 現状ジークに頼ることのできないトオルは、己の力で何とか打破しようとあたりを見回すとそこには無数の〈天機〉の中でも極めて装飾品の多い隊長機であろうその姿が〈オーディン〉のコックピット内に表示され、トオルはその姿を怪しみ拡大表示に変える。

「なあ、ジークあれは隊長機だよな?」

『そのようですね……まさか、一人で撃墜するつもりですか?』

 トオルは自身の思考を覗かれ、驚いたようにジークの表示されたモニターを見つめるも、ジークは苦悶の表情を表しながら〈オーディン〉のコックピットにロックをかけた。

「何すんだよ! ジーク!」

『トオルが何を考えているのかはわかりませんが、それはどう考えても無茶です。いいですか? 私にとって最優先すべきは、領土奪還なんかよりもトオルが生きて帰れることです』

「んな事言ったってな。ここで引いたら俺はともかく部下まで危険に晒しちまう! そんな非道到底俺には…耐えられない」

 二人がコックピット内でにらみ合う中、着々と周りを取り囲む〈天機〉はついに〈オーディン〉の退路を断っていた。

「まずいことになった。ジーク、これはお前のせいでもあるんだからな? どうにかしろ」

『何を言ってらっしゃるんですか、トオルが隊長機なんかにうつつを抜かしているからです!』

「隊長機なんかって、あいつをやれば終わると思ってだなぁ」

 トオルはその口をごもらせていると、背後に立つ一機の〈天機〉がその大槍を振りかざし、トオルへ向けて打ち放つ。

 しかし、その矛先は〈オーディン〉へ届くことはなく、金属がぶつかり合う音と共に一般機がその攻撃を受け止めていた。


「隊長! 何やってるんですか! 向こうはあらかたか片付いたんで応援に来たら、何よそ見してるんですか!」

「わ、悪い」

「全く、隊長にも困ったものです。さあ、早く命令を!」

 トオルは駆けつけた仲間の言い草にほんの少し微笑むと、自身の両頬を叩き呆けていた自分の意識を覚醒させ、〈オーディン〉の出力を徐々に上げる。

「お前ら、全力で天使どもを狩ってこい!」


「「「了解!」」」


 トオルの掛け声に反応したかのように一般機に乗る兵士たちは、その腰に装備した短剣を構え〈オーディン〉を中心にその周りを囲んでいく。

 〈オーディン〉の右方を監視する一般機は、退路を塞ぐように取り囲む〈天機〉がその体制を少しでも動いたことを見抜くと、その手に持つ短剣を振りかざし〈天機〉を脳天から真っ二つに切り裂いた。

「俺だってやれるんだ!」

「ま、待て! 生き急ぐな!」

 トオルはその一般機を止めるべく〈オーディン〉の腕を伸ばすも、時は無情にも彼らを残酷な道へと動かしていき、たった一機の〈天機〉を撃墜したことに安堵した兵士はその頭上を見上げると、すでにそこには一般機を取り囲むように無数の〈天機〉が攻撃態勢をとっており、一般兵が気が付くころにはその体は、何本もの槍に貫かれていた。

「隊長…俺、どうなってますか? なんだか体が動かないんです」

 〈オーディン〉の足元へはいずり寄る一般機にはすでに下半身はなく、胴体を貫いた槍はその地面を切り裂き〈オーディン〉の元へたどり着くころには期待から漏れ出したオイルが切り裂いた轍へ流れ緩やかな川になっていた。

「もう喋るな……」

「俺まだ死にたくないんです……田舎に残した母さんの畑を次いで……緩やかに……」

 トオルが一般兵からつながれた無線に対し、離さないよう促すもすでにその声は一般兵には届かず、その声だけがコックピットに鳴り響く。

「隊長……なんで何も言ってくれないんですか……そういえば、何も聞こえないや……ねえ、隊長……」

「もういいんだ、もう何もしゃべるな……」

 一般兵から聞こえてくる無線は次第に薄れていき、〈オーディン〉の足元へ一般機がしがみつくと無線は最後の一言を残しそこで途切れた。



「俺、もっと生きたかったです……」



 その無線は第一兵団に所属する〈ABF〉全機へとつながっていたため、戦場にて戦う兵士たちはその言葉を聞くと〈天機〉に対しその感情を爆発させ、交戦している〈天機〉を次々と切り刻んでいく。

 その姿を見た隊長機は、徐々にその場から後退していきついには背を向けて走り出した。

『トオル、隊長機が逃げます!』

 ジークが警告するとトオルはその姿を確認し、〈天機〉と対峙する一般兵に一言無線をつなぐ。

「お前ら、雑魚は任せたぞ……」

「待ってください隊長! 隊長まで行ったら……」

 トオルは一般兵の言葉を最後まで聞くことはなくその無線を切り、交代する隊長機めがけて猛進し始める。

『トオル、深追いは禁物です。即刻後退してください』

 ジークからの後退の指示があったが今のトオルにはそれすら耳に入らず、人工知能を持つ彼はこの先の危険性を演算方式で割り出し、トオルの進行をシステムから止めることが出来たが、彼はそれを行おうとはしなかった。

『まあ、いいか』

 ジークが攻撃予測を放棄したことにより案の定トオルは、再び無数の天機に囲まれる。

『だから言ったんです。後退して下さいと』

「って言われてもなあ、こりゃあ四面楚歌にも程があるってもんよ。ここから抜け出せる確率出して言ってんのか?」

『いいえ、私は確率よりもトオルの運に賭けました』

「そりゃどーも」

 無数の天機が群がる中心にはトオルの〈オーディン〉の姿、他の部隊員の〈ABF〉は各々〈天機〉と交戦中。

 トオルは打つ手なしのこの状況に打ち勝つ方法を考えるも、緊迫しきった脳にはひらめく余地などなかった。

「クソ、何にも思い浮かばない。どうにかならないか」

 自身の無能さに落胆し、八つ当たりをするように頭をかきむしるトオルの元へ一本の無線が入る。


「お兄様!」


 どこか聞き覚えのある声は即座に自分の肉親だとわかった。 

「その声、カオルか? 俺は無線を切ったはず、まさか」


 ジークが搭乗されたモニターには目をそらす顔文字が表示された。


「お前の仕業か」

『トオルが、指示を聞かないからです』

「お兄様! 今向かいます。頭を下げていてください!」

「頭を下げる? どういう事だ?」

『後方から高速接近反応、これは〈ヴィーナス〉です! トオル今すぐ頭を地面へ近づけてください!』

 ジークからの指示を受けるまもなく〈オーディン〉の後方からヴィーナスが飛び出す。

 悪魔の羽のように伸びたサブアームから無数の槍が展開する。

 その可憐な姿を見た天機は即座にその視界を暗くした。


「喰らえ!」


 〈ヴィーナス〉の背面から伸びるサブアームに装備された槍の矛先が、〈オーディン〉を囲む天機へと向けられる。 

 〈ヴィーナス〉のコックピット内部設置モニターには、天機それぞれに赤いポインターが表示され、サブアームが機会音を放ち攻撃体制へと変化する。


「天より高く降り注げ!」


 ポインターの光は全てロックオンされ、サブアームに繋がれていた無数の槍がレールガンの応用で、閃光と共に放たれる。


「メテオレイン!」


 恥ずかしげもなく叫ぶカオルの〈ヴィーナス〉から放たれた槍は正確に天機を貫いた。

 無慈悲にも貫かれた天機からは爆炎と共に地面が舞い上る。

 余りにも激しいその炎は勿論〈オーディン〉のボディにもまとわりついた。


「うわっ」

 〈オーディン〉のコックピットからは赤いランプと、耳障りなサイレンが鳴り響く。

『トオル、各装甲に炎による裂傷確認。各関節に問題は見えてはいません』

「動作に支障はあるか?」

『否定します』

「ちょっとホットしたよ」

 炎に包まれた〈オーディン〉の元へ〈ヴィーナス〉が近寄る。

 〈ヴィーナス〉のボディは整備したてのように綺麗だった。

「全く少しは自分以外の被害を考えろよ」

「やっぱり必殺技はド派手にやらないとね」

「お前昔からそういうの好きな、それになんだよ、『メテオレイン』って」

「やっぱり技に名前は付き物ですから。お兄様にも付けてあげるけど?」

「要らん、それよりもあの隊長機は!?」

「問題ないわ、あれを見て」

 〈ヴィーナス〉が指を指す方向には〈死神〉の姿があった。



 隊長機は無残にもパーツごとに切り刻まれ頭部しか残されておらず、子犬を持ち上げるように〈死神〉はその頭部を持ち上げていた。


「おい、天使共」


 ミツキはコックピットを開き天機の頭部へ話しかけている。

 その目は生を受けた人間の目はしていなかった。その目はこの世の終わりを間近で見た人間の目、1度死んだことのあるものしか出すことの出来ない鋭い眼光を放っていた。


「頭部に接続されているカメラの存在は知っている、どうせそっちのお偉いさんは観てるんだろ?」


 ひとりでに頭部を掴んでいた〈死神〉の手がジャンクと化した〈天機〉の頭部を自身の頭部へ近づけると、〈死神〉に内蔵されたマイクの音量を上げるとミツキはその口を静かに開く。


「これで終わりだと思うなよ、俺は必ずお前らを根絶やしにする。いいか、勘違いするなよこれはただの目標じゃない。宣戦布告だ」


 そう言いコックピットに戻ったミツキは〈死神〉の禍々しく尖ったその手で、天機の頭部を握りつぶす。

 頭部からは黒い液体が流れ出し死神の禍々しい手は赤いサビと無数の傷が荒々しく残っていた。

 その場にいた兵士が見たその姿は死神と呼ぶよりかは悪魔のような印象を植え付けられた。

「おいおいおいおい、やりすぎだろ。おい、司令、聞こえてたか?」

「……勿論だ」

 司令はモニターと面を向きつつもその動向を追い続けていたためミツキの暴挙はその目に届いている。

 トオルはそのことを承知の上で無線をつないだが、司令のあまりにも淡々とした対応にその内心に秘めていた憤りは押さえることができなかった。


「だったらなんで止めないんだよ! アイツの無理な行動に何人の兵士がまき込めれていると思ってるんですか!」


「今日に至ってはミツキの無断出撃だ」

「……なんだよ! 自分は関係ないってか?」

「そういう訳では無い。が、しかし、これはやりすぎだ。トオル、こちらからミツキに無線が繋がらない。ミツキにこう伝えてくれ」

「いいぜ、言ってみろ」

「即刻戻ってこい。戻り次第禁固刑になると思え。とな」

 トオルはその通信をため息と共に止める。司令室にはトオルのため息が少し漏れ、そこにいた職員ですら気分が重くなった。

「あいよ」

 司令部からの無線を切った〈オーディン〉の機体は未だに燃え続けており何度も叩くも消えなかった。


「ってもな、この状況じゃあな」


 落胆するトオルのため息と同時に豪雨が降り注いだ。〈オーディン〉のボディにまとわりついた炎は雨によってかき消され黒い煙となった。


『トオル、現在の状況の報告致しましょうか?』

「大丈夫だ、大体分かるだろ、こんな雨なんだ」

『ふふ、そうですね』

「お前も笑うのか」

『ミツキさんよりは表情豊かだと思いますよ』

「そうだ、ミツキだ!」

 〈オーディン〉は、慌ててその場から立ち上がり死神の元へ走り出す。

 雨でぬかるんだ地面はABFの重さに耐えきれず底なし沼のように奥深く掘り進まれていく。

 〈オーディン〉がぬかるんだ地面から足を抜こうとしていると、急に機体が宙に浮く。

「うおお、なんだなんだ」

 トオルが振り向いた先にはフードに隠れた死神の禍々しい顔があった。

「よ、よお、ミツキ」

「何」

「いや、な、お前に伝言頼まれてよ」

「手短にして」

「司令が帰り次第禁固刑だってよ」

「そう」

 そう言うと〈死神〉は持ち上げていた〈オーディン〉の腕を離す。

 〈オーディン〉は、そのぬかるんだ地面に再び落ちてしまうも、今度は埋まらなかったようだ。

「クソ、何なんだよアイツ」

「まあまあ、落ち着いてくださいお兄様」

 その怒りを発散できずにいるトオルの元へ〈ヴィーナス〉が手を伸ばす。

「済まないなカオル」

「いいんですよ、それよりも早く帰りましょ?」

「そうするよ」

 トオルは〈ヴィーナス〉の手を取りその場から立ち上がった。


 前方には静まり返った荒野を走り抜ける〈死神〉の姿があった。

『ミツキ少々やりすぎでは』

「アモン、お前は気にしなくていい」

『ですが』

「いいんだ。お前は俺のサポートだけを考えてくれ」

『了解しました』

 死神のコックピットでは険悪なムードが漂っていた。


 〈オーディン〉と〈ヴィーナス〉が手を取り合い本部へ帰還するその背後で、死神に潰されたはずの頭部が光っていた。


『……送信完了……』


 トオルは微かに聞こえたその声を聞き逃さなかった。

「カオル何か言ったか?」

「いいえ何も」

 不審に思ったトオルは、後方を振り返る。


 そこに隊長機であろう天機の姿はなかった。


「なあ、カオル」

「どうしました?」

「あそこにあった〈天機〉どこに行った?」

 カオルは〈オーディン〉の指を指す方向を見ると、そこにあったのはオイルが弾けた黒いあとのみで、〈天機〉だった残骸はすでにそこにはなかった。

「嘘、何でななくなってるの!?」

「最悪だな、これは報告することが増えそうだ」

 2人は土砂降りの中司令本部へと戻って行った。


 トオル達が居なくなった高野の物陰から1人の男が帰投する〈ABF〉を眺めていた。


「クソ地球人が、あまり調子に乗るなよ」


 人間と獣の間のような見た目の男は瞳孔の閉じたその瞳で〈オーディン〉らを睨みつける。

 男がその姿を睨みつけていると、耳につけていたインカムに通信が入る。

『……聞こえるか。0025番』

「はい、我が王よ」

『今そちらに帰投用の小型バイクを転送した。届き次第すぐさまターミナルまで帰投せよ』

「了解しました」

 今まで何も無かった0025番と呼ばれる男の前に、眩い光とともに鉄で覆われた箱が届く。

 男がその箱に手を翳すとその箱は形をみるみる変えていき、大型のバイクへと変形した。

「仕方ない、地球人め、この地から追い出した者達の憎しみ、怒り、全てをお前にぶつけてやる」

 男はバイクにまたがりその場を後にした。

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