プリズムの瞳

三角海域

1

  最初にそれを見たのは、子どものころだ。

 技術職の父親に連れられて、科学技術展に出かけた時のことだった。

 骨組みだけのそれは、壇上に立つ人間の声に反応し、その体を動かした。僕はそれを不気味だと思った。

 それから何年かして、ただの骨組みだけだったそれは、アンドロイドとして完成し、市場に出回った。

 けれど、僕はあの時見た骨組みの印象が強くて、アンドロイドが動いているのを見ると、その内側にあるだろう骨組みを想像するようになってしまった。情けない話だけど、それがトラウマになっていたりする。

 そんなアンドロイドの値段設定にはいくつか種類があって、見た目だけでなく、搭載されているAIの質によってもその値段は変わった。

 高いものだと、高級車が買えるほどのものもある。

 見た目のカスタマイズはあとからできるけれど、搭載されたAIは不具合などを解決するための更新以外は、設定をいじることは許可されていない。だから、もっと質のいいAIをとなると、買い替えなくてはいけなくなる。

 売り出されたばかりのころは、アンドロイドが人間そっくりであるから、そんな風に物として扱うことへの抗議も出てきたりしたけれど、技術が一気に進んで、アンドロイドが家電のように一般的になってくると、自然とそんな声も消えた。

 今では、大型家電量販店に行けば、アンドロイドの売り場がある。値段が安いものは、ショーケースに入れられることもなく、マネキンのようにそこに並べられていた。

「新しい型、来月には入荷するそうですよ」

 アンドロイド売り場で商品のチェックをしていると、後輩が言った。

「どんどん新しいの出てきますね。なんか、最近は違いをむりやりでっちあげてるように感じちゃいますよ。技術の連中もちゃんと違いを説明できるんですかね。そういうのは全部営業任せじゃないですか。嫌になっちゃいますよ」

「仕方ないさ。高品質が売りのメーカーなんだから。細々と調整をしていかないと」

 アンドロイドが金持ちの道具だったころ。金持ちたちは、いかに高品質なアンドロイドを所有しているかを競いあっていた。

 アンドロイドの開発はイギリス発のものだったが、そうした高品質主義の流れに一番乗ったのは日本だった。

 とにかく金をかけて、あらゆる要素を詰め込むという流れや、フルオーダーでの開発。それらを短期間で次々打ち出した各国と異なり、日本はあくまでも「高品質とはなんぞや」という問いから始まり、イギリスの技術を参考にしつつも、新しいアンドロイド開発を地道に進めた。

 スロースタートではあったが、その分完成した商品はまさに「高品質」そのものだった。いつしか、日本のアンドロイドは、「アンドロイドのロールスロイス」と呼ばれるようになった。それは、始祖であるはずのイギリスへの皮肉でもあったが、質が群を抜いていることは間違いない。

「製造、終了するんですよね、初期型」

「みたいだね」

「なんか、負けた気がしますよ」

 実際、負けたのだ。完璧なものを最初に作れば、続くものにも完璧が求められる。最初はそれでよかった。だが、アンドロイド技術が当たり前のものになった今、アンドロイドのロールスロイスなんていう評価は枷でしかない。

「Ⅱ型はそのまま製造されるんだ。Ⅲ型の売り上げも悪くない。今開発してるコストを抑えた新型が出れば、売り上げだってまた伸びるって言われてる。まだ負けたわけじゃないさ」

「そうなんでしょうけど。なんか、こうやってこいつら売り歩いてると、愛着湧いてくるんですよ。けど、型落ちしたら、こいつら、他の家電と一緒に大型ごみになっちまうんだなって思うと……」

「考えすぎだよ。あくまでもこれは商品なんだから。そんな風に考えてると、気が持たなくなってしまうよ。ただでさえ、成績伸ばせって上からたたかれてるんだ」

「……ですね。切り替えてかないと」

 そうは言ったものの、後輩の気持ちも分かる。

 アンドロイドは歳をとらない。かつてSFで描かれたように、三世代にわたり家族の世話をするなんてことがあれば、それは素敵だろう。しかし、アンドロイドは消耗品だ。パソコンなどと同じ。動力さえあればずっと動き続けるなんてことはない。ただの機械だと言われればそれまでだ。

 けれど、並べられているアンドロイドは、人間と姿は変わらない。

 人と機械を隔てるものは、なんだろう。

 金属の骨があり、金属の内臓がある。性質が違うだけで、中身はほとんど変わらない。

 じゃあ、なんだろう。

「魂」

 つい、小さく口に出してしまう。

「なんです?」

「いや、なんでもない。そろそろ行こう」


    ※

 

 大学を出て、いざ就職となった時、僕は父と同じく技術職につきたいと思っていた。そのための勉強も四年間してきたのだが、就職はうまくいかなかった。少しでも、そうした職に近い所にいたくて、僕が就職したのが、アンドロイドの製造をしている会社の営業だった。

 アンドロイドが苦手なくせに、僕はよりにもよって、その苦手なものを売り出すことになってしまったのだ。

 少しでも苦手意識を克服するために僕が選んだのは、身近な所にアンドロイドを置くことだった。

「ただいま」

 がちがちに固くなった肩を軽く回しながら、僕はドアをあける。

 小さなマンションの小さな部屋。その小さな空間から、ひょこっと顔をのぞかせ、一人の、いや、一体の少女が僕のもとへやってくる。

「おかえりなさい」

 そう言って笑みを見せるのは、僕が購入したアンドロイド。名前を決める人が多いようだが、なんだか気恥ずかしくて、いまだに名前をつけていない。僕は彼女のことを、「君」と呼んでいる。

「今日は遅かったですね」

「うん。ノルマがどんどん厳しくなってきてね」

「ご無理はなさらないでくださいね」

「課長にも言ってやってよ」

 彼女は僕が仕事に出ている間に家事をしてくれる。月ごとに、これくらいに収めてほしいと頼むと、百パーセントその予算におさめてくれる。

「着替えますか?」

「うん。じゃあ、ちょっと待ってて」

「わかりました」

 僕が帰ってきてからも、彼女はいろいろ世話を焼いてくれる。

 そんな彼女とのやりとりを重ねているおかげで、苦手意識はだいぶ薄れてきた。

 でも、今は、どうにも彼女を「人間」として見てしまうという悩みがある。



 食事と風呂をすませ、テレビを観ながら時間をつぶす間、僕らは会話をほとんどしない。どんな話をふっても、彼女に搭載されたAIが僕のパーソナリティに合わせた言葉を選び、ストレスのない会話を楽しめる。というのは、それを売っている僕が一番よく知っているのだけど、どうにも意識しすぎてしまう。

 テンプレな会話だけを積み重ねる日々。退屈したりしてないだろうかなんてことを考えてしまうから情けない。

「今日も一日お疲れさまでした」

「ありがとう。おやすみ」

 寝る前のこのやりとりだけは、ずっと変わらない。

 アンドロイドは眠らない。所持者の眠りをさまたげないように所持者の就寝後はスリーブモードになるが、呼びかければすぐに反応する。

 明かりを消し、ベッドに入ると、彼女も目を閉じる。

 彼女の顔を見ながら、なんとなく、昼間のことを考えていた。

 いつか、彼女が動かなくなったら、しかるべき手続きをして、僕は彼女を廃棄することになる。一応、ごみ扱いはされないが、後輩が言ったようにほとんど大型ごみの申請と変わらない。

 そんな風に、あっけなく終わるのだろうか、僕たちの生活は。

「ねえ」

 声をかけると、彼女はぱっと目を開き、微笑む。

「なんでしょうか」

「君は今」

 なにを考えていたの? と訊こうとした。

「……いや、なんでもない。おやすみ」

「はい。おやすみなさいませ」

 彼女は目を閉じる。

 なにを考えていたのか、と聞いたところで、具体的に何のことかと聞かれるだろう。もしくは、そうした際の返答も、AIの中に組み込まれているのかもしれないが。

 アンドロイドの目には、どんな風に世界が見えてるんだろう。

 君の目には、どんな景色が映っているんだろう。

 目を閉じながら、考える。

 いつだか、そんなようなことを、飲みの席で酔った勢いで言ったことがある。

 先輩たちは、そんなのは簡単だと言った。

「頭を開いて、人工頭脳取り出して記録をみりゃいいんだ」

 アンドロイドのメモリーは、人間の記憶とは違う。記録の集積がアンドロイドの記憶なんだという。

 そうなんだろうか。いや、悩むことはない。そうだということは僕もよく知ってる。

 それでも。

 それでも、僕は、あの時の、君の……。

 そうしている間に、僕は眠りに落ちてしまった。


   ※


 人と機械を隔てるものはなんだろう。

 彼女たちの体は、仕組みが違うだけで、作りは人とあまり変わらない。

 心臓の代わりに、脳の代わりに、骨の代わりに、機械のパーツがあるだけだ。

 けれど、僕はそれが怖かった。

 アンドロイドを購入しようと出かけた時、ずらっと並ぶアンドロイドを見て、震えそうになったのを覚えている。

「どのような商品をご希望ですか?」

 僕は自分が就職する会社のアンドロイドを選び、実際に起動してみせてもらうことにした。

 Ⅱ型の前期モデル。今では前期モデルは生産を中止したから、今のⅡ型というと後期型のことを指す。古い型だから、それなりに安くは買えたが、大学四年間で溜めていた貯金のほとんどと、親から借りたお金でようやく前世代モデルを購入できた。

 運ばれてきたアンドロイドを店員が起動する。とても綺麗だった。肌のツヤ、さらりと垂れる髪のきめ細やかさ。あまりに綺麗で、緊張してしまうほどだった。

 ゆっくりと、彼女は目を開けた。

「目を覗き込んでください」

「え?」

「いや、別に大したことじゃありません。そうやって、所有者を認識させるんです。パーソナリティの分析は、その後生活の中で自動的に行われます。コミュニケーションを重ねていけば、どんどん理想的な会話ができるようになりますよ」

 店員に言われるまま、僕は彼女の顔に近づき、目を見た。

 じっと目を覗き込むと、その奥に、綺麗な光を見た。

 ちかちかと光を放っている。

「目が……」

「ああ心配しないでください。スキャンしているだけですから」

 彼女の目は、特殊なガラスでできている。自然な瞳に近づけるために、そのためだけに作ったパーツだ。

 店員は心配といったが、違う。僕は、見とれていたんだ。

 彼女の目を通したスキャンの光。そのプリズムの回転が、すごく美しかった。

 その段階で、僕はもう彼女を買うと決めていた。



「おはよう」

「おはようございます」

 懐かしいことを夢に見た。

 あの時見た目の光。僕にはたぶん、それが魂のように感じられたんだ。

「あのさ」

「はい」

「今度の休みに、どこか一緒に出掛けないか?」

「よろこんで。どこにお買い物に行きましょうか」

 彼女と出かけることはあるが、それは買い物くらいのものだ。彼女もそれを学習してるから、買い物に行くものだと考えて返答している。

「ああ、その、そういうんじゃなくて、ええと、映画……とか。そういう、やつ?」

 語尾があがって疑問形になってしまった。

 彼女の表情がぱっと明るくなる。

「ありがとうございます。とても嬉しいです」

 この表情も、僕を喜ばせるためにAIが命じたものなんだろうか。生活の中で、彼女たちは様々なことを学習していく。それは、前に先輩が言ったように、記録の集積による機械的な記憶でしかないのかもしれない。けれど、学ぶことができるのなら、それはほとんど人と変わらないんじゃないかとも思う。

 肉体、機体、人と機械を隔てる言葉。こうして彼女と話していると、そんなこと、関係ないように思えてくる。

 魂。その存在を、僕は自身のものですら証明できない。

 けれど。

「目を、見せてもらってもいいかな?」

 なんだか、変態じみているなと恥ずかしくなる。

「はい、どうぞ」

 僕は彼女に近づき、目を覗き込む。

 その奥には、やはりプリズムの回転が見える。

「きれいな目だ」

「ありがとうございます」

 この目の奥の光は、やっぱり僕には魂に思える。

「君でよかった」

 僕の言葉に、彼女は笑みを向ける。

 僕も、同じように彼女に笑いかけた。

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