第7話 計算と文字

 この街は道路も石畳になっており、その両側の家も同じ石造りだ。家といっても一階は店舗になっているところも多い。

 そんな中、シャルは一軒の家の扉を開けて入って行く。入ると、直ぐに階段があり、シャルはその階段を上がって行く。

 俺もシャルに続いて階段を上がるが、階段が急なので、シャルの形の良いヒップとそれについている尻尾が目の前で揺れて、それに合わせて思わず目が左右に揺れてしまう。

 二階に着くと、再び扉があった。シャルが扉をノックする。

「コンコン」

「入れ」

 シャルが扉を開けて中に入った。

 すると、そこには、事務机に座った男性とその横には20代後半と思われる色っぽい女性が居た。

 男性は熊のような顔をして、丸い耳が頭についている。一方、女性は猫耳が頭についている。

 どうやら、男性は熊族、女性は猫族という種別なのだろう。

「シャル、久しぶりだな。元気だったか?」

「クロコマンさん、お久しぶりです。奥さまも、お元気そうで何よりです」

「ベンジャミンでいいさ、お前と俺の仲だからな」

「そういう変な関係があるように言わないで下さい、他人が聞いたら誤解します」

「ハハハ、それより、そっちの兄ちゃんは誰だい?」

 熊男が、こっちを見て言う。

「紹介します。夫のタクマです」

「おっ、何だ、シャル、結婚したのか?」

「え、ええ、まあ」

 シャルは歯切れが悪かったが、そこはスルーして欲しかったのかもしれない。

「そうか、おめでとうよ。なら、いつもより高く買い取ってやるか、せめてものお祝いだ」

「ありがとうございます」

「シャル、早く赤ちゃんが出来るといいわね」

 奥さんと呼ばれた猫耳の女性が、シャルに向かって言った。

「ところで、そっちの兄ちゃんは何族なんだい?」

「……」

「シャルが黙った。そこまで考えて無かったのだろう。

「俺は人族です」

「人族?聞いたことが無えなあ。まあ、世の中広いからそんな族もいるのかもしれんな」

「そうよ、あんた、中には鳥族のように空を飛ぶやつらだって居るのだから、どんな族が居ても不思議じゃないよ」

「おう、確かにミミールの言う通りだ。それで、今回は何を持って来た」

 聞かれたシャルが、マジックバッグから様々な物を取り出した。

 その中には、さっきのうさぎの皮なんかもある。

「ラビットキルは珍しくないから安いぞ」

 シャルはそれには答えず、次から次へと魔物の一部と思われる物を出して行く。そして、大きな黒い毛皮を出した。

「おおっ、これは『エルミドガグリズリー』の皮じゃないか。それにこっちは爪と魔石心臓じゃないか。凄い物を持って来たな。

 まず、毛皮が金貨1枚、爪は1つ銀貨1枚、魔石心臓は金貨2枚だな。全て合計すると…、ちょっと待ってくれ、計算するから。えっと…」

 爪は両手合わせて10個あったから銀貨は10枚で金貨にすると1枚だろう。すると合計4枚じゃないか。

「金貨4枚ですね」

「えっ、待ってくれ。これが1枚と、こっちが爪だけで10枚と、あと2枚だったな」

 ベンジャミンという熊男は、机の上に金貨を並べて数えている。

「おお、確かに金貨4枚だ。あんた賢いな」

 そんな事はない。小学生レベルの計算だ。

 シャルを見ると、目を大きくしてこっちを見ている。どうやら尊敬されているようだ。

「ありがとうございます」

 うさぎとその他の皮など換金して、全部で金貨4枚銀貨8枚ということになったが、結婚祝いとして、金貨5枚にして貰った。

 シャルは金貨5枚をマジックバッグに入れると、俺たちはその店を出る。

「タクマ、凄い。計算が速い」

 シャルが言うが、単語の羅列になっている。

「いや、そんな事はない。俺たちの世界では普通でした」

「タクマ、文字も分かりますか?」

 日本語なら分かるが、こっちの文字は分からないぞ。まさか、アルファベットという事も無いだろうし。それに英語だったら、今の俺には暗号に近い。

 しかし、俺はふと思った。何でこの世界で俺は言葉を話す事が出来るのだろう。何故、この世界は日本語なのだろう。

 もしかしたら、文字も日本語かもしれない。

「文字は見て見ないと何とも言えません」

「それなら、これからギルドに行きましょう。そこには文字があります」

 ギルド。異世界にある冒険者の統括を行う場所、それがギルドだ。これは異世界のようになってきた。俺はそこで、冒険者になるのだろうか?


 俺とシャルはギルドにやって来た。両扉を開けると中には、受付カウンターといくつかの事務机がある。

 カウンターには受付の女性が居るのは異世界物と同じだが、冒険者の姿は見当たらない。今は昼過ぎなので、冒険者たちは既に仕事に行ったのだろう。

 ギルドの中に入ると壁に注意事項が書かれてあった。

 驚いた事に、それらは全て日本語だ。だが、数字も漢数字になっていて、アラビア数字は見当たらない。

「タクマ、あの文字は読めますか?」

 シャルが小声で聞いて来た。小声で聞いて来たという事は、大声で話すと拙いという事だろう。

 俺は頭を上下にして、「YES」と答えた。

 それを見たシャルは、俺の袖を引いて外に出る。

「タクマ、あそこに書いてあった字が読めるのですね」

「ああ、読めます。あれは不思議な事に私の居た世界で使われていた文字です。

 ですが、他の人も同じように、読めるかどうかまでは分かりません」

 俺が異世界に来て、日本語で話をしているが、それは何らかの翻訳が働いていると考えた方が良いかもしれない。なので、文字だって同じで、実際にこの世界で使われている文字は別の書体の可能性だってある。

「それでも、いいです。この世界には文字の読める人、計算が出来る人が少ないのです。文字と計算が出来る人は貴族などしかいません」

「貴族ってどんな人たちですか?」

「正直、庶民で貴族の人たちと交わりのある人は、ほとんどいません。貴族は自分の屋敷と国王のお城を往復していますから」

「それでも、貴族の世話をする人たちって居るでしょう。その人たちからは何かしらの情報が出て来ないのですか?」

「そんなのは、聞いた事がありません」

 確かに、俺も自分の国の大臣とかはテレビでしか見た事がない。テレビも無いこの世界では貴族なんて庶民が見る事はないだろう。

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