チーレム異世界転生<<<越えられない壁<<<エロぎつね

世楽 八九郎

第1話 きつね憑きと蝕み姫

「旦那様、やはりみたいです。さあ、狩りの時間です。稼ぎましょう!」


 ここは異世界。剣と魔法のRPGみたいな場所だ。目の前では相棒――いわゆる獣人とか亜人的な外見のケモ耳ケモ尻尾付きの美女――が鼻息を荒くしている。


「マジか。最近、多くないか……?」

「なんだっていいじゃないですか。稼げるときに稼がないと! 今のうちに受付に向かいましょうっ」


 テーブルに並んだ食器を俺の分までそそくさ回収すると彼女は俺の手を掴んで椅子から引っ張り上げる。冒険者ギルド内の食堂から受付に向かう途中で入り口が勢いよく開かれ男の叫び声がギルドに響き渡る。


「巨大生物だっ‼ 巨大生物が出た‼」


 ここは剣と魔法のRPGのような世界。そして冒険者となった今の俺の現実だ。

 なのだが……。


「そこは魔物モンスターじゃないのかよ……」


 弱々しいツッコミを入れる俺の肩をバシバシと叩きながら相棒が受付を指差す。慣れたもので受付さんたちも緊急依頼クエストの札を立てながらベルを鳴らし始めた。まあいい、行きますか。


「その依頼、受けます」

「ああ……じゃあ、いつもどおり頼んだよ。きつね憑き」

「俺の名前は小林……いえ、きつね憑き、出ます!」


 いつになってもパーティー名でしか俺を呼んでくれないおばちゃんがクシャッと笑みを浮かべて手を振る。

 ギルドから一番乗りで駆け出すと、先ほどの第一報を叫んでいた偵察班スカウトから敵の居場所を確認していた相棒と合流し現場へと向かう。


「行くぞ、ヨウコ!」

「はい、旦那様! 夢のマイホームのために!」


 所帯じみた夢を叫ぶ相棒のきつね尻尾がブンブンと揺れる。その後姿を追いかけながら俺も気合を入れる。

 さあ! 俺たちきつね憑きの出撃だ!



 § §



巨大人狼ジャイアント・ワーウルフってとこか……あいつは」

「ですね。アレ一匹ならいいのですけど」


 ギルドを出てから十分ほど。ヨウコの案内で目標をあっさりと発見。街はずれの通りでそいつは暴れていた。


 ウォォォ!!


 名前の通り人型の狼――人狼――は目につく物と人を手当たり次第にその爪と牙で攻撃している。その動きには知性のようなものは感じられず、実際パッと見てイッちゃってる感を覚えるほどに滅茶苦茶だ。

 本来群れで行動しおまけに知能が高い人狼が一匹で暴れ狂っていたところで冒険者の脅威にはそうそうならない。しかし、相手は巨大人狼。巨大生物だ。


「デカいなぁ、やっぱ」

「巨大生物ですからね」


 遠目で見た感じざっと身長は三メートルってとこか。異世界こっちに来る前の俺なら『それで巨大か?』なんてのたまっていたかもしれない。けど、元々の人狼が大きな個体で一メートル五十もないことを考えると異常なデカさだし、人型で三メートルもある生き物なんて目の当りにしたらバケモノだ。

 標的を観察する俺たちの元に巨大人狼に張り付いていた観測班スカウトがやって来る。状況報告から標的はやはり単独のようだ。そこらへんはいつも通りの巨大生物だ。


「ヨウコ、基本パターンで行く」

「はい、旦那様」


 観測班スカウトに人払いを任せて相棒と段取りを確認。武器を手にして敵を見据える。

 さて、やりますか。



 § §



「戦闘、開始」


 俺が宣言するとヨウコは弓を引き矢を放つ。風きり音を頬に感じると同時、巨大人狼の腹に矢が突き刺さった。それを合図に俺は雄たけびをあげて飛び出す。


 グォォォ⁉


 本能のなせる技か巨大人狼はすぐさま俺の姿を捉え突っ込んできた。速い!

 俺も不意打ちを一発入れたかったが予定変更、盾を構えて思い切りブチかます。

 敵の腹にシールドバッシュが決まる。突き刺さった矢をじり込まれ巨大人狼は悲鳴を上げるもそのかぎ爪が俺の背をえぐった。


「ぐぅ!」


 相手の間合いをこのダメージはきついな。HPが一割くらいか。パワーは一方的に押し負けるほどじゃないけど、人型は組み敷かれたら色々ヤバい。


 ギャァァッ⁉


 互いに一撃を入れてから一拍遅れて巨大人狼が吠えた。飛び退いて距離を取ると奴の右目に矢が突き刺さっている。よし! よくやったヨウコ!


「毒、入りました!」

「おう!」


 解析魔法アナライズが可視化してくれる相手の状態ステータスポイズンが表示されHPが徐々にだが削れ始めた。先制攻撃で麻痺パラライズが決まるのが一番だったが、ポイズンでも上出来だ!


「ヨウコ!」

「補助魔法、いきます」  

「速さ対策、頼む!」

「はい!」


 初手は良い感じに決まった。あとは時間を稼ぐだけでも弱らせることが出来る。人家の屋根から狙撃を決めた相棒は続いて俺に補助の魔法をかけ始めた。しきりに頭を振り、口から涎と泡と飛ばしながら吠える巨大人狼の標的がヨウコに移らないように俺は敵を挑発する。


「来いよ! この犬っころ!」



 § §



 ガァァンッ……!


 何度目かの激突。盾越しに伝わる人狼の勢いが次第に落ちてきた。補助魔法による感覚強化のおかげもあって、段々とコイツの動きも捉えられてきた。こっちのHPは四割以上もっていかれたが、それ以上に人狼への蓄積ダメージが大きい。


「うらぁぁ!」


 盾で受けてからの反撃カウンターが決まる。戦鎚メイスが巨大人狼の脚を打ち据えるもそのダメージは微量だ。ヨウコの毒矢とその後に決まった俺の毒ナイフによる毒ダメージがダメージリソースの大半だ。

 だけど粘って勝てるのなら粘り続けるまでだ。俺は防御からの反撃カウンター重視の構えで人狼と対峙し続けていた。


「旦那様ぁ、ガンバレガンバレ♪」


 そして、補助魔法をかけ終えて現状攻撃に加わる必要のないヨウコは人家の屋根から声援を送りながら踊っていた。 

 いや、それでいいんだけどさ……。


 ウォォォ!

 ガキィィン……!


「ガンバレガンバレ♪」


 ふさふさのキツネ尻尾を揺らしながら、頭頂の辺りから生えてるキツネ耳の上で両手をちゃいちゃい振って踊るヨウコ。膝丈のスカートとキツネ色の長髪を軽やかになびかせながら彼女はニコニコと舞い踊る。重ねて言うがヨウコはこれでいいのだ。だがしかし、コレ、観測班スカウトからはどう見えるんだ?

 ヨウコは美人だ。それに背丈と胸はそこそこあってスタイルは良い。そんな相棒に戦闘中に声援を送らせている男。俺なら確実に正気を疑うね。そして同時に爆発しねぇかなと想うことだろう。いや、大丈夫。観測班スカウトはギルドの関係者だしヨウコは色々とアレだからな。

 そして、そうこうしているあいだに巨大人狼のHPが残り三割を切った。


「よしっ! 仕上げだ、ヨウコ!」

「はいっ!」


 俺の合図と同時に踊るのを止めたヨウコが屋根から飛び降り戦列に加わった。巨大人狼は突然接近してきた新たな敵ヨウコに困惑しているようだ。そして苛立たし気に吠え、彼女に向かって駆け出しかぎ爪を振り下ろした。俺が割って入る間もなく繰り出された一撃だったが、ヨウコがひらりと身をかわしたことで空を切るのだった。

 ヨウコそのまま滑り込む様に巨大人狼の懐に飛び込み、ジャンプしてその胴体に抱き着いた。親に抱き着く子供の姿に似ているが、アレはそんなに微笑ましいものじゃあない。



 ヨウコが嗜虐的な笑みを浮かべ。すると見る見るうちにその身体が黒ずんでいく。髪と肌がインクで塗りつぶしたかのように黒に染まると、今度はモコモコと膨れ上がるようにうごめき始めた。いや、そうじゃない。なにか黒くて小さなものが彼女の全身から這い出しているのだ。髪から服の中から、あるいは肌から直にモゾモゾと。

 その黒いものはヨウコの身体を伝って巨大人狼の全身を這いまわり始めた。虫のような機械的な動きでカサカサするそれは黒光りする不快害虫を想わせる。


「相変わらず、エゲツねぇ……!」


 その光景に戦慄しているうちに人狼の全身が黒い虫に覆われた。いまやヨウコの身体よりも体積を増している黒いそれは更に増殖し人狼に群がっていく。

 

 ごぉ、ごぉぉ……!


 突然の黒い虫の襲来に敵は完全に混乱していた。発生源ヨウコを振り払うなり叩き潰せば収まる可能性に思い至らず慌てふためいている。しばし両手で虚空を掻いていた人狼だったがその動きもピタリと止まり、地面に倒れた。

 

 キチキチキチキチ


 背筋をぞわぞわさせる音とともに巨大人狼のHPがあっという間にゼロになった。そして水たまりが乾いていく様に黒い虫は一か所に集まり消えていった。



 § §



「……終わりました」

「……お疲れさん、ヨウコ」


 虫が消えた後には元通りの姿のヨウコが立っていた。いや、この表情じゃ元通りとは言えないか。


「えっと……助かった。あー、今日はなんか美味いもん買って帰ろうか?」

「……はい」


 ヘタな慰めしか言えない俺にぎこちない笑みで頷くとヨウコはトボトボとギルドに向かって歩き出した。

 巨大生物との戦いは最近いつもこんな感じで終わる。ギルドに着いて対巨大生物特例謝礼ボーナスを貰うころにはいつもの調子に戻っているけど、それまでは精神的にキツい。

 被害もなく戦闘を終了できているのにそれを相棒と喜べないのは残念だ。


「いいコンビネーションだとは思うんだけどなぁ……」


 ヨウコの背中と萎れたケモ尻尾を眺めつつぼやく俺の肩を誰かが叩いた。


「お見事ですね、きつね憑き。流石流石」

「あんた、観測班スカウトの?」


 見るといつの間にか人払いから戻ってきていた観測班スカウトが手を叩いた。


「ええ、遠くからですが見ていましたよ。最近噂の巨大生物キラーのお二人の活躍。お見事お見事」

「えっ、ホントっすか?」

「はい。不死身のきつね憑きと蝕み姫の戦い。我々にとっても興味深い」

「はは、あざーっす」


 なんか照れてるせいで口調がおかしくなってるぜ俺。けど誉められると嬉しいよなぁ、正直。華のない戦い方しか出来ない分、工夫はしてるもんな。


「あー、いやぁ恐縮です」

「いやいや、あなた方くらいですよ。巨大生物相手にHPを温存した状態で戦闘を終えられるパーティーは」

「ははは! あざっす!」


 よし、今日は酒も買って帰ろう。ヨウコにはブラッシングもしてやろう! そうと決まればヨウコを追いかけなければ! 俺は観測班スカウトに礼を言ってその場を後にした。まったく、俺があいつを追いかけるなんて出会った頃じゃ考えられないよなホント。


「待てよ~! ヨウコ~!」

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