第37話 寂しいは我が儘-スピカ視点-
お姉様が無事に発見されたのも束の間、「家には帰らない」と告げられた私はどこかでやっぱりと納得してしまった。
私がお姉様だったとしても同じ事を思うだろう。
しかも敵だと思っていたあの黒い翼を持った魔物――弥太という名前らしい。彼はどうやらお姉様の味方の様だ。
常にお姉様の傍にいて柔らかい眼差してお姉様を見つめていた事は強く印象に残っている。
私の勘が彼は悪人では無いと告げていた。
理由は分からないけど…お姉様はゲームのシナリオから反れたって事でいいのかな…
そんな事を考えているうちに馬車が私の家の前に到着する。
馬車から降りようとするけれど足に力が入らない。
「スピカ嬢?どうかしましたか?」
いつまでも動こうとしない私を不審に思ったのかアステルが声をかけてきた。
「い、え……なん、でも…」
答えようと口を開けばポロリと目から涙が溢れる。
「っ…」
慌てて顔を伏せた。
ぱたぱたと落ちる雫を両手で受け止める。
「……アステル、先にスピカ嬢のご両親に帰宅の知らせを頼めるかい?」
「わかりました」
アステルが出ていってしまうとニクスと二人きりになった。
早く泣き止まなければと思うのに涙はいっこうに止まってくれない。
私は何に悲しんでるの?
お姉様の破滅フラグが無くなったのなら安心するはずなのに……
訳が分からないまま涙を拭っているとニクスがそっとハンカチを差し出してくれた。
「……ステラ嬢と離れてしまうことが、そんなに寂しい?」
子供に語りかけるような口調で告げられた言葉に私は目を見開く。
そうか……私は寂しいんだ…
大好きなお姉様が離れてしまうことが寂しくてたまらない、これからずっと会えない訳じゃないのに…お姉様の幸せを一番に考えるべきなのに……今まで一緒に居てくれた人がもう傍に居ない…それが寂しくて泣いてる…なんて幼稚で我が儘なんだろう…
お姉様にとってよくない環境だと分かっていながら、自分が寂しいからそこに残って欲しいと思ってたなんて……私、最低な妹だ…
お姉様の幸せを願いながら、いざ離れたら寂しくて泣くだなんて我が儘にも程がある。自分が情けない。
そう思いながら涙を堪えようと唇を噛み締めると、ふとハンカチで頬を柔らかく拭われた。
ニクスからハンカチを受け取って、涙を拭うと優しく頭撫でられた。
それがお姉様が撫でてくれる時の感触と似ていてまた視界が揺らいでしまう。
ニクスにとっては泣いてる同級生を慰めてる些細なことだろう。
けれどその行為は私の心を少しだけ軽くしてくれた。
暫くハンカチを目元に押し付けていた私だったがある程度泣くと心が落ち着きを取り戻してきた。
ふと見れば借りたハンカチは水分を含んでしっとりと濡れている。
「…気を遣わせてしまい…申し訳ありません…このお礼は必ず」
申し訳無さと慰めてくれた事への感謝を述べればニクスは首を横に振ってもう一度私の頭を撫でた。
「気にしなくていいよ、これは『恋人』の役割だから。とは言え恋人の振りもステラ嬢が見つかった今、もう必要ないけどね」
そう言いながら微笑むニクスを見て胸の奥に鈍い痛みを覚えた。
恋人の振りをするのはお姉様が見つかるまで、という約束だ。
もう目的は果たされた、ここからは恋人の振りをする必要はない。それだけのことなのに何故こんな気持ちになるのか。
「そろそろ降りれるかい?」
「……はい」
ニクスに促され差し出された手を握りながら、私はお姉様への寂しさとは別に心に穴を開けられたような空虚な気持ちを感じていた。
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