第17話 カラスの恩返し-肆

ヤタガラスはお弁当を食べ終えた私を立たせると屋上の手摺に止まり、片方の翼で三回程羽ばたいた。

すると先程まで何もなかった空間にポカリと穴が空く。私の手のひら程の大きさの穴は次第に広がっていき、やがて人が通り抜けられる大きさで固定された。

穴の向こうは森の中に繋がっているのか草木が生い茂っている。


……カラスが喋るわ日本出身だわ、おまけに転移魔法までつかうわ…本当にファンタジーの世界って凄いのねぇ…


自分のいる場所と遠方を繋ぐ空間転移の魔法を使える人間は数少ない、それなりに魔法を使いこなせる私にも使えない高度なものだ。

それをヤタガラスが簡単に使って見せたのは驚きだった。


ヤタガラスは躊躇いなくその中に飛び込むと木の枝に止まって私を呼ぶ。


「飛び込んでみろよ」


「この先に貴方の仲間がいるの?」


「おう、たくさんな。お前に紹介してやるよ」


見知らぬ場所に行くのは少し怖いけれど、ヤタガラスは律儀な性格のようだし悪い子ではなさそうね

授業もサボってしまったし少しだけなら会いに行ってもいいかも…


私は鞄を胸に抱えるように抱き締めると穴の中に飛び込んだ。

足場が石造りの硬い床から一瞬で土の感触に変わる。

私が飛び込んだ瞬間、先程まで学校の屋上を繋いでいた穴は閉じてしまった。


「帰りはどうするの?」


一瞬このまま帰れなくなるのではと不安になりヤタガラスに尋ねて見ると問題ないと笑われる。


「心配しなくてもちゃんと俺が責任もって送り届けてやるって」


「わかったわ……ところで、貴方に名前はあるのかしら」


これからこの子の仲間に合うとするならば見た目が同じだと区別がつかないかもしれない。

その為にも名前があるなら聞いておこう、そう思い尋ねたがヤタガラスは首をかしげた。


「名前?そんなもんないぞ。種族でいうならヤタガラスだ」


「それは…不便ね。なら私がつけてもいい?貴方が嫌でなければだけど」


「………いいのか?」


私の言葉にヤタガラスは目を真ん丸に見開いた。

嫌がるかと思っていたけど寧ろ喜んでいるように見えるのは気のせいかしら?


「ヤタガラスだから……弥太で」


「やた…弥太か…安直だけど気に入った!」


ヤタガラス――弥太が嬉しそうに声をあげた瞬間、その体は黒い雲のようなものに包まれる。


「弥太!?」


慌てて呼び掛けて見ても返事はない。魔法で払わなければと構えた瞬間、その黒い雲はさーっと晴れていく。

そこに残ったのは背中に黒い翼を持った身長の高い青年だった。


驚いたように自分の姿を確認する青年は短い黒髪を少し逆立てたような髪型をしており、瞳は真っ黒で黒いズボンに白のタートルネックの様な服を着ている。


「弥太……なの?」


先程までここにいたのはヤタガラスの弥太だ。

弥太が黒い雲に飲み込まれた後この青年が現れた…と言うことは恐らく弥太がヤタガラスの姿からこの青年に変化したのだと思われる。

そう思い声をかけると青年と目が合った。


「おう!お前が名前をくれたから人型になれたんだ、ありがとな!」


「…本当に?」


「俺達みたいな生き物は魔力を持つ人間から名前を貰うと姿が変えられるんだよ、知らなかったか?」


全く知らない、初耳だ。

私が首を横に降ると弥太は「先に言えばよかったな」と笑って見せた。


そのまま弥太に案内され森の中を進むと小さな村を見つけた。

木々が拓けた場所にログハウスに似た建物がいくつも建っている。

そしてそこには人がいた……正しくは弥太の様に人の形を得た動物なのだろう、獣耳が生えていたり弥太の様に翼があったり様々な姿をしている。

他にもそのままの姿の動物達がぱたぱたと走ったり飛んだりしている。


その様子をポカンを見つめる私を見て弥太が笑った。


「ようこそ、俺達の新しい住処へ」

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