第7話 媚を売るとか、めんどくさい。

ニクスの申し出を断ることもできず屋敷に向かうため馬車に乗り込んだ私だったが、適当に理由をつけてお断りすればよかったと早々に後悔した。

自宅までの短時間であっても王子様と何か話さなければならないというのは苦痛だからだ。


馬車が走り出して暫くたつのに私は何を話していいか分からず黙ったまま。

ニクスは私が口を開くのを待っているのかこちらを向いたままにこにこと微笑んでいる。



ちらりと視線をあげたらばっちり目が合ってしまったので慌てて逸らす。

勘違いしないでほしいのだけれど、けしてときめいたからなんて乙女な理由ではない。



「………ステラ嬢は聞いていた話と随分印象が違うのだね」


暫し沈黙が流れた後、ニクスが口を開いた。

どんな話を誰から聞いたのかは知らないけれど大方予想はつく。

スピカのファン、もしくは私を貶めたい人達が流している噂だろう。悪役令嬢なだけに私をよく思わない生徒は多い。


「…ニクス殿下が何を聞いたのか分かりませんが、そのように感じるのならそうかもしれませんわ」


訂正はしない。

するとニクスはじっと私を見つめて首をかしげる。


「自分にとって不本意な噂が流れていることを知っていながら訂正しないのかい?嫌な思いもするだろうに。それともわざと悪人の様に思わせたい、のかな」


返答の義務はないけれどまた沈黙が訪れ気まずい空気―と言ってもその気まずさを感じているのは恐らく私だけだ―になるよりはマシだと思い答える。


「そのような思惑はございませんし、訂正しないのはその必要がないからです。大事な人が私の事をわかっていてくれるなら心無い噂など気にもなりませんから」


実際にスピカを初め、屋敷で働いてくれてる人達は私が噂に流れる悪女ではないことを知っている。

それで充分だ。


「ステラ嬢は考え方がさっぱりしているんだね、意外だ」


「お褒めいただき光栄です」


誉め言葉でないということは理解しているが適当に流しておく。自分の事について彼に話す事などないし理解されたいとも思わない。

ゲーム通りのステラならここぞとばかりに王子様にベッタリなるのだろうか?生憎私は『王子様=面倒事の塊』と認識しているためそんな事はしない。


ニクスが私の返答に苦笑を浮かべるのと同時に馬車が止まる。

やっと家についたらしい。

先に降りたニクスの手を借りて、私も馬車から降りると玄関先に居た父がこれでもかというほど目を見開いて驚いている姿が目に入った。



あら、お父様帰ってきたのね

スピカが早退したのを聞き付けたのかしら…

私の時は熱をだしても仕事仕事で見舞いにも来なかったくせに

……やめよう、考えるだけ無駄だわ



ふとそんな恨み言が湧いたけれどすぐに打ち消す。少しでもモヤモヤすることすら面倒だ。

ニクスを父に押し付けて早く部屋に帰ろう。そう思い、私は驚いたまま動かない父にニクスが来た経緯を説明した。

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