第三十三話 不穏

 漸くジーカに辿り着いた征四郎一行。

 この地に果たして聖騎士を殺す術はあるのか?

 



 廃都ジーカの表層は廃墟とは思えぬほどに整っていた。

 今にも誰かが建物から出て来そうな、何処となく生活感にも似たものが感じられたが、そこに在るのは伽藍堂がらんどうの建物と乾いた風に巻き上げられて飛び交う砂ばかりであった。

 水が流れる水路があると言うのに、なぜか乾燥しており奇妙な心地を征四郎は覚えた事を思い出す。


 皆が物珍しげに周囲を見渡している最中、征四郎は都市の内部を四方に走る水路からギィィと音が響いた事に気付いた。

 まるで、舟を漕ぐかのような軋みにも似た音。

 そして、水音。

 ハッとして振り返るが、其処には当然のように何もいない。

 そして、誰もがその音に気付かなかったように、変わらず周囲を見渡していた。


 気のせいかと征四郎は落ち着こうと息を吸い込んで吐き出した。

 そうだ、水路には何もいない。

 荷物を載せた小舟が行き交う事も無く、蛇頭人身の船頭が供物を運ぶ事も無いのだ。


(……蛇頭人身の船頭? そんなもの居る筈ないだろう……)


 征四郎は自分が今思い浮かべた奇妙な存在について、即座に首を左右に振り頭の中から追い払う。

 ジーカ独特の空気が妙な想像を働かせるのだろうかと眉根を寄せると、アゾンに肩車されたマウロが何やら騒ぎ出した。


「あっちに人影が見えた!」


 背の高いオークより尚、高い視界を得たマウロが示す先には神殿とも居城ともつかぬ大きな建物がそびえ立ち、黒々とした口をぽっかりと開けていた。


「あの中に奇妙な人影が見えた! 蛇頭の……!」


 征四郎はその言葉を聞き、ゾッとすると同時に、自身の想像があながち間違いではなかったのではないかと惑った。

 旅の最中でも、師の教えにも蛇頭人身の種族が居るなどと言う話は聞いた事がなかった。


「本当かい、マウロ? そんな変な奴いたら目立つと思うけど」


 キケの言葉にマウロはアゾンの肩の上から本当だってと言い募る。

 年が近いせいか、マウロとキケは仲が良い。

 最近ではそれにアゾンが加わって、デコボコトリオのように日々を過ごしている。


 エルドレッドやグラルグスの様に一流の使い手達は、妙な気配を感じているのか、周囲を油断なく伺っているのが見て取れるし、クラーラやロズワグンなどは緊張しているのか、表情が硬い。

 ただ、ロウとスクトのみが聊か焦れた様に周囲を伺い、先に進みたがっているように見えた。


「君のお師匠は、この地に向かって消息を絶ったのだったな?」


「え、ええ」


 征四郎はそう問いかけながら、改めて周囲を伺う。

 ロウは頷きを返すが、やはり何処かそぞろだ。

 彼の師は魔術師なのだと言う。

 今は征四郎が借りている黒い刀の謎を解けるかもしれないとジーカに赴き消息を絶ったと聞いて居る。

 

(そう言えば、どの程度過去の話だ?)


 征四郎はロウの師の失踪が如何程前の話かを聞いて居なかった事を思い出す。


「お師匠が行方知れずになったのはいつだ?」


「一年程前です」


 一年、思ったよりは最近か。

 少なくとも一年以内には誰かが……この場合はロウの師匠がここに足を踏み入れた筈だ。

 石造りの都市では、入り込んだだけの痕跡は見つけられないか。


 色々と思案する征四郎は、不意に視線を感じる。

 突き刺すような鋭い、しかし、敵意よりは好奇を感じる視線。

 気配には聡い心算だったが、はっきりと視線の主を感じる事は無かった。

 ゆるりと視線を巡らせていると、再び水路からギィィと音が響いた。


 

 気が付くと、征四郎は一人で横たわっていた。

 石畳に直接横たわっていた所為か、体の節々が痛む。

 ふと、視線を感じて顔を上げると……幾つもの赤土色の目が征四郎を捉えていた。

 蛇頭人身のローブを纏った者達が数名、征四郎を取り囲んでいた。


「――」


 不思議と、先程まで感じていた様な不気味な印象は無かった。

 同じ呪術師だからであろうか。

 ただ、横たわったままなのも何故か不敬と思い、起き上がろうとすると蛇頭人身の呪術師の一人が、鱗だらけのその手で起き上がるのを制止し語り掛けてきた。


「土の呪術師、汝の求める法は既に失われて久しい。蛇人間ホモセルペンテースの長、カルグ・ゲグ・クアースが旧き神により賜りし不死の法を破るには、数多の術が必要であったが、全て失われた」


(……聖騎士、神呪兵じんじゅひょう計画の産物は、まさか、この地の……)


「然り。不死を黄衣の王より授けられた長は、死と再生を繰り返す事で悪しき魔王と化した。我らは不死を打倒する術を探し続け、遂には如何にか長を殺した。だが、その不死の法を蘇らせた者が居た」


芦屋大納言志津姫あしやだいなごんしづひめ……)


「それは六度目の転生で得た肉体と名前だ。七度目の、恐るべき魔術師黄金瞳ゴールデンアイより与えられた七つの命の最後を使い、七度目の転生を行った奴の名は、今は不明だ。この世界に潜伏しながらも、六つの依り代を用いて世に混乱と騒擾そうじょうを与えんと欲しておる」


 突如として、数多の知識を授けられている征四郎は、まるで思考が追い付かないと息を吐き出す。

 途端、シュルシュルと蛇人間ホモセルペンテースが舌を出し入れして笑った。


「知識の伝授ではない。脳髄に智を刻んでおる。時至らば、自然と脳裏に甦る。さて、聖騎士を殺す術を得たくば、このジーカの古い地層に赴くのだ。地の呪術師ラギュワン・ラギュの法を継し神土征四郎三義かんどせいしろうみつよし


 何処か遠くで征四郎を呼ぶ声が聞こえる。


「だが心せよ。ジーカの地下にはジュアヌスが封じ込めたカルグ・ゲグ・クアースの怨霊が住まう。肉体を滅ぼして尚、その魂は不滅。聖騎士なる者がこの地を訪れれば、奴はその不死性を求めて乗っ取るであろう。それに、不死身を殺す術を知る者は――なんだ、これは! まさか、黄金瞳ゴールデンアイ!」


 強く呼ぶ声が聞こえる。

 蛇人間ホモセルペンテースの呪術師達……大呪術師ジュアヌスの仲間であった呪術師の亡霊たちは慌てふためいている。

 征四郎は、何度となく瞬く閃光を浴び、眩しさに双眸を細めながらも周囲を伺う。

 数名の蛇頭人身の影が慌てる姿。

 閃光。

 ボロボロの剣に盾、それに頭を縦に裂かれた蛇頭人身の王の骸。

 閃光。

 忌まわしき影。

 閃光。

 黄金の瞳を持った壮年の男が、玉座めいたソファに腰かけ肘掛けに右肘を置き、右手の拳を頬に当て気だるげに己を見ている姿が映る。


「久しぶりだな、ジュアヌス。いや、今は神土征四郎三義かんどせいしろうみつよしか」


 蛇人間ホモセルペンテースの呪術師達は、彼等の長こそ魔王だと言ったが、征四郎には眼前の男こそが魔王だと思えた。

 そして、その感想はあながち間違いでは無かった。


【第三十四話に続く】

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