第三十四話 そして、接敵
ジーカに足を踏み入れた征四郎一行だったが、征四郎のみが蛇頭人身の呪術師の亡霊に出会う。
彼等から、不死の法は旧き神よりもたらされた外法の類である事を聞かされた征四郎だったが、対処の為の術は既に失われているのだと言う。
地下に潜り古き地層に赴けと言う忠告を受けた際に、別の何者かの妨害が働き……。
気付けば征四郎の前には、黄金瞳の男が佇んでいた。
何処とも知れぬ空間で、壮年の男と対峙する征四郎。
いつの間にか身を越して、いや、既に立ち上がって対峙している状況に征四郎は戸惑う。
何処か夢の様でもあり、これを現実と認識できない。
状況を鑑みれば、蛇頭人身の呪術師の亡霊と語らうよりは、現実味がある状況なのだが、先程までの方が現実感が強い。
「人の世など神の微睡が生んだ夢の如きものよ、いつ果てるかなど誰にもわからん」
対峙する壮年の男が語り始める。
低い声だ。
だが、聞き取りやすくある種の魅力を感じさせる、それと同時に、ぞっとさせるような響きもあった。
征四郎には、後者をより強く感じた。
「何を……それになぜ私の名を!」
「無論知っているとも。私がこの地に送ったことを忘れたのかね? 不肖の弟子が聊か遣り過ぎているのでね。止めて貰いたかったのだよ、君に」
「蛇頭人身の呪術師達が言っていたのはお前か!
「君の世ではそう名乗っていたな、我が弟子Soror・Vertexは」
人の名前、なのだろうか。
征四郎はその言葉の響きを覚えるソロル・ウェルテクス……。
「
「どう言う心算だ……。遣り過ぎたと言っているが……」
「世に混乱と
高僧が語る徳の高い話のように、賢者が語る世の理の様に、壮年の男は飽いた表情のまま語り続ける。
その話の内容は良く分からなかったが、征四郎は胸中に湧き出でる恐れを、如何する事も出来ずに叫びだしたかった。
だが、そんな事をしては、千載一遇の機会を逃すと理性が語りかける。
退かずに、情報を引き出さねばならない。
この訳も分らない強大な何かから。
「魂は連環せねばならない。数多の連環を経てこそ、意外性を持った稀有な存在が生まれるのだ。そうだ、何千と言う
理性の働きかけにより、如何にか黙って男の話を聞いて居た征四郎だが、男が何を語っているのか未だに良く分らなかった。
だが、背筋に冷たい汗が流れ出すような恐るべき感覚を覚えたのは確かだ。
目の前のモノは人間とは到底思えなかった。
見てくれは、紳士然とした姿――そう、見るからに仕立ての良い洒落たスーツを着こなした壮年の男だ。
金の髪を後ろに撫で付けて、穏やかな表情を浮かべ、聖職者の様にも、大商人の様にも、政治家のようにも見える。
だが、黄金の瞳が真っ直ぐにこちらを見据える様は、正に化外。
大妖か、仏敵か、或いは神の子と敵対していると言う
蛇頭人身の者達が恐れる理由も良く分る。
蛇頭人身の呪術師達は、少なくともディルス大陸に過去存在していたであろうと思われる種族でしかない、超越者などでは無くロズワグンらと同じような存在感を、言い換えれば人間性の様なものを感じた。
だが、目の前の男からは、そんな物は伺えない。
ただただ、力の奔流があるだけのように思えてならない。
それが求めているのだ、敵を。
対等に近い存在でなければ敵とは足り得ない。
蟻は、時として象と敵対できるかもしれないが、大地を相手に敵対は出来ない。
征四郎は自身と目の前の男との力の差、断絶の差がその位はありそうだと感じていた。
「過小評価だな。だが、まだ敵足り得ないのは事実だ。――話が逸れたな、征四郎君。Soror・Vertexを殺したまえ。私の為に。君の為に」
徳高き高僧と同じような、それでいて絶対に違う恐ろしい笑みを浮かべ。
その笑みが、征四郎の心に火をつける。
この存在は、決して許せぬ者であると心で感じた。
だが、今は意思の力で怒りを抑え込む。
「お前は何だ……? 敵を欲するために弟子を殺すのか? 命を与えたのだろう?」
「私は何者か、か。簡単だ、人の普遍の敵でありたいと願う者だ。だが、人は未だに私に及ばない。待つ事は苦でもないが……どうにも私と戦う前に滅びてしまうことが多い。だが人は滅びても魂の連環さえ滞らなければ、何れかの世界で人は生まれ育ち、何れは私に迫るかもしれない。そのシステムを脅かす者は誰であろうとも許しはしない。……とは言え、私自身が動いては人の成長は無かろう? Soror・Vertex程度は自分達で対処してもらいたいのだよ」
征四郎の意思は、怒りが限界に達しようとしていた。
何を言っているのか、言葉上では理解できても真意の程が全く分らない。
敵が欲しいその一心で、神の如く方々に手を出しているのか?
そうであれば、何と言う自己中心的な怪物か!
だが、怒りの言葉は喉から迸る事は無かった。
目の前の男の持つ得体の知れない恐怖が、そうさせている事に征四郎は今更ながらに気付く。
征四郎はいつの間にか、喉がからからに乾いている事に気づいた。
「だからこそ、君を選んだ。Soror・Vertexの六度目の生は順調であったが、人間を侮った事により追い込まれ、討ち取られた。君達の活躍は素晴らしい物がある。故に、今一度それを行ってもらいたい」
そう言って男は笑う。
征四郎の胸中に恐怖を上回る感情を生み出したのは、数々の出来事だ。
実験の果てに死んだ若い兵士、反逆の汚名を背負って自死した上官、変わり果てた息子を見て涙する母……不死にさえならねば名君であったであろう蛇頭人身の王を討ち取た際の仲間である蛇頭人身の呪術師達の嘆き。
蛇頭人身の王に不死に至る道を示したものが誰であったか、征四郎は脳髄に刻まれた過去世の記憶が一瞬甦り消えていく。
征四郎の怒りは圧倒的な恐怖を乗り越え、言葉となって壮年の男に叩き付けられた。
「狂人の戯言は沢山だ! 貴様が何者で、目的が何であろうとも思い通りになるものか!」
その言葉を男は頷きながら笑い、そして片手が振られると征四郎の視界は暗転した。
「覚えていてくれたかね、ジュアヌス。大呪術師の魂の断片よ。君と今一人は元々あの世界に縁が在ったのだよ。しかし、しかし、私を前に怒りを露わにできるとは、流石ではないか、
飽いた様な虚無的な笑みとは違い、心底可笑しげに笑う男の声が征四郎の脳内に木霊した。
そして、その体は男の前より消えていく。
立ち上った煙が空に消えていくように。
「漸くあの世界で敵対者が生まれるかもしれん。喜ばしい事だ」
その呟きが空間に響くと同時に、彼の姿も薄れて消えた。
其処には、虚無があるばかりであった。
「セイシロウ!」
不意の呼びかけに征四郎が目を覚ますと、ロズワグンの顔が間近にあった。
相変わらず整った顔立ちをしているが、不安そうに眉根を寄せて、狐に似た耳を垂れさせている様子が、何とも愛らしい。
「――美しい」
あまりに人間的なその情動が今はとても美しく感じられ、思わず呟く。
そして、頭に感じる柔らかな感触は、彼女の太ももだろうかとぼんやりと考えた所で征四郎は、現状や今の自身の呟きに不意に羞恥を覚えて、顔をすっと赤くしてそっぽを向こうとした。
「き、き、貴公――な、な、何を言うておるのだ!」
征四郎の一連の所作と言葉に羞恥を覚えたのはロズワグンも同じことで。
表情を一変させて慌てふためき、最後には顔を赤く染めて征四郎を睨み付けた。
「急に倒れ込んだかと思えば、その様な戯言を口にしおって!」
「――すまん。それで、どの程度倒れていた?」
そう問いかけて周囲を見渡す。
仲間達に揶揄されるかと思いきや、他には誰もいなかった。
「まったく……。時間としては数刻と言った所か。空を見ればわかる通り、日が暮れかけておるわ。皆は、周囲の探索に向かった。苦しげに呻いたのがつい先ほどだから、それまでは疲れが出て眠りこけているとばかり思っておったのでな」
「何か、変わった事は起きたか? 蛇頭人身の何者かが現れたとか」
「何もないからバラバラに動き出したのだ。……マウロが言っていた影か? そも、そんな者いるのか?」
そうかと呟き、身を起こす。
あの黄金瞳の男との会話がどうであれ、今はやる事は一つだ。
そう決意すれば、征四郎はロズワグンに古い地層に赴き、土を食う事で聖騎士殺しの術を手に入れられるかもしれないと告げると、彼女は驚いたように目を丸くした。
それがラギュワン・ラギュの呪術であると伝えれば、ロズワグンも納得して、皆で地下への入り口を探そうと言う話になった。
「エルドレッドとキケ、ロウとスクトとマウロにアゾン、グラルグスにクラーラと三手に分かれたからな、呼び戻すには少々時間がかかるな」
「奇妙な割振りだな?」
そう問いかけると、色々とあるのだよとロズワグンは意味深に笑って見せた。
その時。
ジーカを囲む四方の壁にある門より二人の人影が廃都に侵入を果たす。
【第三十五話に続く】
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