第二十話 ロウ
スルスリ川を南下中の一行が乗る旅客船。
その船を突如、奴隷商人の一団が襲いかかる。
屈強な緑色の肌をした大柄な種族オークを従えた奴隷商人であったが、征四郎らの前では、敵では無く……。
縛られたカラホス兄弟が役人の手に渡されたのは、次の日の朝であった。
旅客船と奴隷商人から解放された人足達は夜通し川を下り、最寄りの街に辿り着いたのだ。
縛られた奴隷商人達は、この地域を荒らしまわっていた札付きの悪党であったので、役人や街の者から大層感謝された。
報奨金を貰らい、征四郎は皆で均等に分け、ロズワグンに借りていた金銭を返した。
如何にも借金は居心地が悪いようだ。
その様なやり取りがあり、骨休めも兼ねて街で宿を取れば、漸く一行は一息ついた。
征四郎はロウとスクトを伴って、借りた宿の部屋で話を聞くことにした。
サンロス系の甘いワインを水で割った物を杯に注ぎ、ぐっと飲み干してから征四郎は彼らを見た。
「サンロスのワインは、殆ど甘味飲料だからな。日が高くとも然程罪悪感も無い」
「パキーズに行くと今度はワインを蒸留した物を飲むそうですよ」
「南の国、だったな。それは度数が強そうだ」
征四郎の体面に座るロウが、雑談に応じる最中も、メイド姿のスクトはロウの背後に立ち、冷たい眼差しを征四郎に向けている。
そこに在る人とは違う違和感が何であるのか、征四郎は測りかねた。
「それで、君の事を話すと言っていたが?」
「察して居られるかもしれませんが、僕もこの世界の生まれではないのですよ」
「――やはり。しかし、大葦原の生まれでもないようだが」
「そうですね、僕が生まれた国は日本と言いますから」
その言葉を皮切りに、ロウは自身が何故この地に来たのかを語りだした。
それは数奇な運命とも言える不可思議な話であった。
彼の語る言葉を聞いながら、征四郎は頭の中で再整理する。
子供を産んだは良いが育てられない赤子を診療所で預かる制度が、ロウの国ではあった。
そこに預けられたロウは、両親の顔も知らず五歳まで施設で育った。
五歳の時に、大学の教授だと言う男が里親として名乗りを上げて、彼に引き取られ生活していた。
食事面ではちょっと大変だったようだが、教授は彼なりの愛し方で養子を慈しみ、多くの学を与えた。
そして、彼が十六になった頃に、ぽっくりと逝ってしまったのだと言う。
「父は面白い人で、僕に経済と歴史について叩き込んでくれました。僅かに十一年の生活でしたが、人並みの幸は得たと思います」
そう語るロウの顔には、卑下もなければ怒りも無く、その言葉は心からの物なのだと征四郎は感じた。
さて、ロウが葬儀などの忙しさから解放され、一人時間を持て余した時の事だ。
集合住宅の――なんでもマンションとか言うらしい――ロウの住む部屋に荷物が届けられたのだと言う。
父宛に届いた何かかと思ったが、宛名には
細長い桐の箱に入ったそれを受け取るも、全く心当たりが無く開けるのを躊躇したが、結局彼は箱を開けた。
中に入っていたのは……。
「借り受けている黒い刀か」
「ええ。僕の国では無許可で刀を持ってたら犯罪ですし、普通はそのまま運送屋が運ぶはずはない。一体これは何だと薄気味悪くなりながら、添えられた手紙を読んだのです」
「……手紙にはなんと?」
「良く分からない文字の羅列が書いてあるだけでしたが、そいつを読んでしまった僕は訳も分らぬままに、この世界に飛ばされました」
何と言う理不尽。
それは酷いと征四郎は眉根を寄せて呟く。
ロウは小さく笑って、そうですねと僅かに後ろを振り返る。
何処か、すまなそうなスクトが視線を一度伏せた。
「まあ、征四郎さんとは違って、僕の場合は荒野に投げ出された訳ではないんですが。僕が目を覚ますと一人の魔術師が待ち構えていました。僕の場合は魔術的な召喚と言う奴だった訳です。お師匠――待って居た魔術師が言うには黒い刀は意思を持ち、時空を越えて僕の元に辿り着いた。そして、この地で何かをさせようと僕を引きずり込んだのだと」
「刀の意思? 魔術師の意思ではないのか?」
「あくまで手助けしただけだとお師匠は言ってました」
ロウの口ぶりから、その魔術師に弟子入りした事は分かった。
「黒い刀は君に何をさせようとしているんだ?」
「この地に来てから既に十年。でも、その真意は未だにわかりません。僕には剣を扱うような技は無いですしね。ちょっとだけ魔術の才があったので、お師匠に言語と一緒に魔術も習いながらトヌカで商人の真似事をしていた訳です」
小さく嘆息するロウ。
師匠と言う言葉が出るたびにスクトの冷たい眼差しに違和感が混じる。
「……それで、お師匠とやらは今は何処に?」
「行方知れずです。黒い刀について何か分ったと言って、すぐに。ただ、友人には行き先を仄めかして居たらしいのですが、それが如何やら……」
「ジーカ?」
征四郎の問いかけに、ロウは首肯を返した。
預かっている黒い刀に感じた感覚。
聖騎士殺しの為の欠片ではないかという感覚が偽りではないとすると、ある意味舞台を整えられている様な居心地の悪さを覚える。
異なる世界から、理由はどうあれ二人の異郷の者が呼び寄せられ、同じ都市に向かうのだから。
「君の事は巡回騎士達も知っているのか?」
「ええ、ロニャフの加護は必要だとお師匠は考えていましたから」
「……彼女の事は?」
スクトを示して問いかけると、ロウは一つ頷き告げた。
「彼女はお師匠が作り出した
「それ以降お世話をさせて頂いております」
ロウの後を継いで、スクトが言葉を重ねた。
人間としか思えぬ存在が
所謂、魔術師の使い魔的存在と。
それが人と同じ背丈を持ち、人と変わらぬ生活を送っている事に驚いたのだ。
だが、征四郎は魔術について詳しくはない為、それがどれ程規格外の事かは分からなかった。
「彼女は
「そんな秘密を私に? 良いのか?」
「貴方は余計な事は口外しない。それに……黒い刀を使いこなせたのは今の所貴方だけなのですよ、征四郎さん」
その言葉に、微かに眉根を寄せた征四郎は、ゆっくりと頭を左右に振り。
「君は、或いは君の師は刀身に刻まれた文字を読めたか?」
「読めません。貴方は読めたと?」
「必滅の刃鍛錬せり、この刃にて彼の者必ず打倒さん」
征四郎はカファンと対峙した際に受け取った黒い刀の刀身に刻まれた文字を思い出す。
見た事もない文字であたのに、征四郎はそれの意を酌み取り、何を倒す気なのやらと苦笑を浮かべた。
やはり、何処か作為的な臭いを感じる。
そもそも、この地に征四郎を飛ばしたものは何者か。
クラッサの敵対者か、或いは……。
「――僕はこの地でお師匠より言葉を学びました。それまでは魔術師の念話で語り掛けられ、頷いたり、首を振ったりと言ったコミュニケーションしか取れなかった。言葉を操れるようになるのに半年以上は優に掛かったのですが、征四郎さんは随分と習得が早いですね」
「それはそうだ。私の場合、師ラギュワン・ラギュの呪術の結果だからな。言わなかったかな? 祖国で怨敵を切り伏せた後、背後から刃に貫かれたと。――この地で目覚めた私はただ、死に行くだけだった。そこに師が、正確には師の亡霊が姿を現して治療を施した」
微かに笑みを浮かべて、赤土色の瞳を細め征四郎は語った。
そこに魔術師たる自分の師にはない呪術の力を感じ取り、ロウは小さく唾を呑んだ。
「大地の力と多くの薬草類の力で回復した私の呪術師としての最初の修行は、土を食う事。それこそが我が師の呪術の一つ。その地域の土を食う事で大地に宿る記憶、歴史を垣間見て知識とする。故に言語もそこから学んだ」
征四郎の微かな笑みは可笑しげに深まり、土も結構味が違うのだと語ってワインを杯に注いだ。
「それは便利ですね」
「一番最初に治療の一環として土を食わされた時は、何か虫が混じっていたがな」
「……うぐ」
言葉に詰まったロウを見やって、征四郎はからからと笑い杯を傾ける。
それから、思案するように小首を傾いで。
「なれば、黒い刀は大陸北部の何某かに関係があるか、或いは呪術絡みか」
そう呟いた。
ロウが疑問を発しようとした時、不意に部屋の扉を叩く物音が響き。
「セイシロウ、何ぞ、オークの一人がお前を訪ねて来おったぞ?」
そうロズワグンの声が聞こえれば、征四郎はロウと不思議そうに顔を見合わせた。
解放された奴隷たちは皆帰る手はずを整えて、各々の故郷に戻っていったはずだからだ。
だが、続くロズワグンの言葉が疑問を氷解させ、征四郎は危うくワインを咽かけた。
「弟子にしてくれと言っておるわ」
ロウは咳き込む征四郎を可笑しげに見やっていた。
【第二十一話に続く】
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