第十九話 船上の戦い

 スルスリ川を南下する一行は思い思いに自分の時を過ごしていた。

 そんな中ロウとスクトが征四郎に己について語ろうと話しかけてきた。

 ただの商人にしては謎めいた彼等の話を聞こうとした矢先、旅客船の船員が叫ぶ。

 襲撃だと。

 叫びと同時に征四郎が聞き覚えのある暴力的な音が響いた。

 銃声。

 それはスルスリ川に出没すると言う賊の到来を告げていた。


 

 火縄銃。

 先込め式の銃で、征四郎の知る銃からすれば撃つのに時間は掛かり、命中精度もあまりよくはない。

 ただ、その威力は口径の大きさを考えれば恐ろしい。

 言うなれば小さな大砲なのだから。

 鎧武者の胴鎧に穴を開ける事もしばしばあると聞く。

 だと言うのに、如何にも得心行かない様に再度火縄ねぇと呟きながら、征四郎は新調したばかりの木刀を片手に甲板へと向かった。


 スルスリ川は交易路である。

 数多の商品が行き交えば当然、人様の物を奪おうと言うコソ泥も湧いてくるものだが、賊が運搬船では無く旅客船を襲う事は珍しい。

 運搬船の方が明らかに金になるからだ。

 旅客船の船長は、迎撃を叫びながら、一体連中の望みが何であるのかを測りかねていた。


 だが、薄闇の中相手の船が徐々に近づき、船上にいる者達に水夫が持つ明かりが当たると、その目的を気付かされた。

 数多の奴隷がオールを使い舟をこぎ、戦争に敗れて奴隷として売られてきた緑の肌の大男たち……オークが武器を構えて、白兵戦の準備をしている。

 そんな連中を数多従えているのは、奴隷商人に他ならない。

 旅客船を襲うのは商品の補充と言う訳だ。


「相手は奴隷商人だ! オークたちを引き連れているぞ!」


 船長の声は一層切迫していた。

 オークとは緑色の肌を持つ大柄な種族で、男も女も皆戦う事を尊ぶ。

 例え素手であろうともオークの力は凄まじく、並みの兵士では相手にならない程だ。

 それが武装して、数多待ち構えている。

 如何に客人が強かろうとも、これは……。

 そう絶望しかけた時に、征四郎が声を張り上げた。


「エルドレッド! 私が指揮を執っても良いのか! それとも君が執るか!」


「ここは貴方にお任せしよう、セイシロウ殿!」


 その声は何処か楽しげであり、彼らが全く絶望とは無縁である事が伺い知れた。


「大いに結構! 船長! 船の指揮は任せるぞ! キケとマウロはロズワグンとクラーラの警護を! 他の者達は接舷と同時に切り込むぞ! 異存は!」


「ほう、俺も良いのか!」


 グラルグスが意外そうに告げやると、征四郎はニコリともせず、しかし笑みを含んだ声で返した。


「無論だ、働け!」


「――ははっ、心得た!」


「え? あー……しょうがないか」


 嬉しげに答えるグラルグスと、一瞬動きを止めたエルドレッド。

 しかし、エルドレッドは仕方ないと小さく頷く。


「能力封じの枷は外さざる得ないが……。突然裏切らんだろうな?」


「それは分からん!」


「この野郎……!」


 グラルグスの答えに天を仰いだエルドレッドだが、例え裏切っても如何にかしてやると言う強い意志の元、彼の枷を外す。

 その間にも船は距離を縮めて、遂には大きな衝撃音を立ててぶつかった。


 激しく揺れ動く船上、オークたちが悠然と旅客船に移ろうとした矢先に、それは起きた。

 先陣を切って船に飛び移ったオークのアゾンは、すぐ後に自分に起きた出来事を一瞬理解できなかった。

 黒い髪の男が奇妙な構えで木の棒を振るった事は如何にか視認できた。

 だが、その後の結果が分からない。

 何かに凄まじい勢いで甲板に引き寄せら、激しく甲板に叩きつけられたのだ。

 アゾンは何故自分が甲板に転がっているのか分からなかった。

 腕を走り抜ける衝撃。

 持って居た筈の戦斧は何処にもなく、ただただ凄まじい疼きが両腕を登っては下っていた。

 その疼きは何度も何度も繰り返してアゾンを苛む。その所為でまるで腕は動かない。

 良く見れば、己の傍らに戦斧の柄が砕けて落ちていた。

 途端、ドンと凄まじい音が響く。


「うおっ! いてぇっ!」


「お、斧が兄貴に!」


 あの嫌な声は奴隷商人のカラホス兄弟の声だ。

 痛みで思考すら痺れる中、斧の柄をあの男は打ったのだと、そしてそのあまりの威力に自分は倒れ込んだのだと気付き、驚愕と共にアゾンは意識を失った。


 征四郎の猛攻は船上であっても変わらない。

 グラルグスは、その様子に思わず目を剥いて立ち止まる。

 征四郎の用いる剣技は初太刀を重視するゆえに、一人との相対が終われば、次からは凡庸な戦いに変わると考えていた。

 だが、違う。

 ここであの足捌きが生きてくるのだ。

 恐ろしく速い踏み込みと、一太刀浴びせて下がる退き足の速さが、再度初太刀を振う距離を開けさせる。

 あの足捌きであれば、接舷した船に乗り込み、周囲が敵ばかりでも恐れが無い筈だ。


 征四郎の獅子奮迅の戦いぶりに肩を竦めて、グラルグスは水夫から護身用の剣を預かり奴隷商人の船へと飛び移る。

 一見すれば金髪の狐獣人フォクシーニの優男であるグラルグスを侮ったオークが、無造作に長剣を振う。

 それなりの業物であるオークの長剣をグラルグスは手首を軽く回しながら、絡めるように安物の剣で受け止めて見せた。

 驚きに目を瞠るオークに、微かに笑って見せれば、その腹へ拳を叩き込む。

 鍛えられている腹筋の防護を破り、グラルグスの放った拳の衝撃はオークの腹をかき回して、彼をうずくまらせた。


 エルドレッドも愛用の長剣と盾を手に奴隷商人の船へと乗り込めば、征四郎とグラルグスに意識を奪われていたオークの顔に、飛び上がり様に盾の一撃をお見舞いした。

 激しい衝突音を奏でて、オークの頭を衝撃でかき回してやれば、オークと言えども堪え切れずに倒れ込む。

 新手に反応して咆哮を上げながら、着地した直後のエルドレッド目掛けて曲刀を振り回したオークの一撃を、彼は盾を斜めにして受け止め。

 曲刀を盾の表面で滑らせるように受け切れば、緩やかと言える速度で長剣を振う。

 避けられると判断したオークが、上体を逸らそうと行動を起こした途端、手首の力で剣の振るう速度を上げ、その横っ面を長剣の腹で殴りつけた。

 驚愕と痛みで目を見開いたオークは、殴られた拍子に歯でも砕けたのか唇の端から血を流して倒れ込んだ。


 瞬く間に二人を倒したエルドレッドがグラルグスを見やれば、彼も二人目を殴り倒した所だった。

 征四郎に視線を投げかけると、アクシデントが起きており、エルドレッドは僅かに眉根を寄せる。

 助けに向かうべきかと思案するまでも無く結果を示され、エルドレッドは軽く肩を竦めた。


 征四郎に視点を戻せば、彼の振るう武器が木刀でしかなかったと言う事が問題になっていた。

 最も、征四郎の振るうのは木材を雑に削った物で、それを木刀と認識しているのは征四郎一人かも知れないが。

 ともあれ、アゾンの戦斧など鉄製の武器を打ち据えて行けば、いかに頑丈であろうともひびが入り、折れる。

 

「今だ、やれ!」


 木刀が折れると同時にカラホス兄弟の兄が叫び、二人残っていたオークがその巨体を生かして鉈の様なぶ厚い刃を振う。

 空気を震わせる恐るべき一撃を、征四郎はあろう事か刃を振うオークに密着して避け、離れ際に赤光放つ指先で躊躇なく目を突き、眼窩に指を掛けて引き倒す。

 えげつない急所攻撃と体制崩しを同時に行ったのだ。


 征四郎が仲間から離れたと見れば、咆哮を上げ斧を振り上げた隣のオークに、寄せては返す波の様にふらりと接近し、振り上げられた斧には目もくれず、その顎に掌打を食らわせ沈黙させた。

 一連の動きを流れ水の様に、滑らかな動きでやってのけた。


 旅客船の水夫や船長達はその光景を何と言えば良いのか分からなかった。

 薄闇が支配する船上に浮かび上がる赤光が舞い踊り、赤く照らされたオークを瞬く間に打ち倒していくのだ。

 南部の国パキーズの艶やかな踊り子の舞にも似た流麗さは、しかし、恐るべき戦闘の結果なのだ。


「――とんでもない客人だ」


「すげぇ、八人のオークが、全滅……?」


 狭い船上にそれなりの大きな得物を振うオーク八人と言う構成は、かなり効果的な布陣だった筈だ。

 現にその構成は奴隷商人であるカラホス兄弟の考えうる最強の布陣だったのだ。

 これまで幾多の旅客船を襲い、成果を上げていた。

 それを僅かに三名の戦士に、物の数分で沈黙させられたのだ、その衝撃は如何程なのか。


 ましてや、その半数を沈黙させた恐るべき男が、四肢を赤く発光させながら、赤土色の瞳に怒りを灯し、悠然とカラホス兄弟へと向かってくる。

 兄弟の兄は、アゾンの物と思われる斧が上空から降ってきて、足を軽くとは言え傷つけており逃げきれそうにはない。

 弟は奴隷を虐げるくらいしか能のない男で、体を小刻みに揺すりながら、如何にかする術を思いつかない。

 それはきっと耐え難い恐怖だったのだろうが、それでも、彼等は投降の意思は示さなかった。

 それは奴隷商人としての矜持、等ではなく。

 最後の策が残っているからだ。


 船倉に続く扉が僅かに開いて、にゅっと突き出てきた物がある。

 長細い筒状の物が、真っ直ぐに征四郎を狙っている。

 鼻の利く者ならば、空気に火薬の臭いが混ざった事に気付くだろう。

 グラルグスは人間よりは鼻が利くので、その匂いを感じ取り警告を発した。


岩妖精ドワーフの鉄筒だ!」


 その言葉が合図となったか、射手は躊躇わずに引き金を引いた。

 ズドンッ! 銃声が響いたが、銃口が狙っていた箇所に既に征四郎は居なかった。


「え?」


 思わず呟いた射手。

 顔をそっと扉の隙間から出した所で、近くに人の気配を感じた。

 一瞬思考が止まり。

 恐る恐る顔を上げると……。


「――ひっ!」


 赤土色の双眸を細めて、黒髪の男が悠然と腕を組んで立っていた。

 思わず悲鳴を上げた射手、カラホス兄弟の次男の命運もこれで決まった。


【第二十話に続く】

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