第五話 方針

 前回までのあらすじ

 死霊術師であり狐獣人フォクシーニのロズワグンは、国を裏切り敵国の聖騎士となった弟を殺す使命を帯びて彷徨っていた。

 結局、ヘマをして追われていたロズワグンは征四郎と言う名の男に助けられた。

 滅びた騎馬民族ホースニアンの集落跡地で傷の手当てを受けていたが、再び追手の聖騎士に襲撃される。

 征四郎の力と死霊術を用いてその場を切り抜けたロズワグン達だが……。



 

 ロズワグンが目を覚ますと、朝日が周囲を照らしている。ここは何処だろうかと周りを見渡すも、見覚えが無い。

 すぐ傍には焚き火の後があり、あの男が。

 征四郎と名乗った男が彼女に背を向けて座っていた。

 よく見れば、纏っているローブは所々破れ、ボロボロな装いだ。


「……」


 一瞬、状況を把握しきれなかったが、昨夜の事を思い出せばロズワグンは改めて自身のが恰好を見やる。

 知り合って間もない男の前で眠ってしまったのだから、彼女の行動は当然とも言えた。

 だが、何処かでそれが非礼にも思えた。それが一目で着衣に乱れが無い事や、外套が寝入っていた自分に掛けてあったからそう感じたのかも知れない。


「起きたのか?」


 問いかけにビクンと頭の耳を立てて驚きを露わにしながら、ロズワグンは何度か頷き、漸く答えた。


「お、おお、起きたともさ!」


「……?」


 訝しそうな征四郎の、赤土色の特徴的な瞳を向けられ、誤魔化すような笑い声を上げながら彼女は立ち上がろうとして、足首の痛みによろめいた。


「無理をするな。骨に異常はなさそうだが、無理をする分だけ長引く」


 告げてから征四郎は再び焚き火の方へと向いてしまった。

 よく見れば、なにやら焼いているようだ。食欲をそそる香ばしい匂いに気付くとロズワグンの腹が盛大に鳴った。


「~~っ!」


 死霊術師などと言う分野に分け入ったから、常人よりは図太いロズワグンであれども、やはり年頃の娘であれば、人前で腹の虫が鳴るなど恥かしいにきまっている。

 顔を真っ赤に染め上げながらその場にへたり込んでしまえば、征四郎は立ち上がり今たき火で炙っていた肉を持って彼女の傍に寄った。


「食えるか? 先程仕留めた鳥だ。血抜きもしてあるし、洗いもしたから臭みは少ないと思うが」


 聖騎士と戦えるほどの身体能力を持つ征四郎であれば、野生の獣を狩る位はやってのける。そうでもなければ、夜間に森の中を走破しようなどとは考えない。


 それはさて置き、しっかりと火の通った鳥肉を突き付けられては腹の減ったロズワグンでは抗しきれなかった。

 元々、抵抗する意味も無く、菜食主義者でもないのだから。

 小声で礼を述べてから、彼女は枝を削ったと思われる串に刺さった鳥肉を頬張った。

 肉は思いの外柔らかく、美味かった。


 食事を終えて程なくしてから、征四郎は告げた。


「で、この先どうする? 私は聖騎士を殺す手段を探す為、廃都と呼ばれるジーカに向かう。そこに私が聖騎士を殺すに至る最後のピースが在ると師は睨んでいた」


「このロズワグンの最大戦力をぶつけても聖騎士は殺せなんだ。あのように再生を始める恐ろしい存在を本当に殺せるのか?」


 故国の戦士の死体で作り上げた狂戦士は、彼女の切り札。

 しかし、一矢報いただけであっと言う間に粉砕されてしまった。

 故に、彼女は聖騎士を殺せる自信は既になかった。

 噂以上の化け物だったと思い知らされただけだと頭を振ったが、征四郎は平然と告げた。


「可能かどうかではない。やるかやらないか、そのどちらかしかないと思うがな。しかし、ここであきらめて国に帰るのが良いかも知れん。何も弟と殺し合う事も無い」


「……昨日の話」


「……?」


「昨日の貴公の話が真実ならば、弟は無理やり聖騎士として働かされていると言う事だ。いや、他の国の者達も。自分の意思で聖騎士となったので無くば、死なない化け物にされた挙句に操られていることになりはしないか?」


 思いの外強い口調でロズワグンは問いかける。

 もし、征四郎の言葉が真実で浚われた挙句に死なない存在に変貌させられたとしても、自由意思があれば反旗を翻す。

 それすらなく、聖騎士として戦列に加わり戦っていると言う事は操られているのか、望んで聖騎士となったかの二つに一つだ。


「そうなるな。私の考えが正しければ。なれば、どうする?」


「弟に会って確かめる。操られているのならば解き放ってやりたいし、そうでないのならば……始末は付けなくては」


 真っ直ぐに征四郎を緑色の瞳で見据えながら、ロズワグンは言い切った。その言葉に、征四郎は頷きを一つ返して。


「私は君を見誤っていた様だ。御見それした。そう言う事であれば、同道するかね? 実の所、師からも君と同道せよと言われていた」


 意外そうに征四郎の言葉を聞いて居たロズワグンだが、彼が深く頭を垂れて謝罪した時には、何だか居心地が悪くなった。

 自分は我を通しただけで、褒められるところは何一つないと思ったからだ。そして、続く師との言葉には眉根を寄せて。


「あの村落には、貴公しかおらんではないか、それに貴公の師とはいったい?」


「我が師はラギュワン・ラギュと名乗る騎馬民族ホースニアンの呪術師だ。私と出会った際にはすでに死んでいたが、亡霊となり夜な夜な私を導いてくれた」


「ラギュワン・ラギュ! 北方一と名高い呪術師だぞ! 死してなお、その魂は大地に残っていたのか……。余の力を持ってしても見えなかったが」


「呪術の素養が無くば姿を見せない。私はあの地に辿り着き、素養があったので師と会う事が出来た。それなくば、私も死んでいただろう。さて、如何する?」


 死霊術師なれば、通常は死者の霊を見る事が出来たが、ラギュワン・ラギュはそれを許さなかった。

 ただ、同門になる資格がある者だけにその姿を見せたと言うのである。

 驚きに目を丸くしているロズワグンに征四郎は説明を加え、それから問いかけた。同道するのかしないのかを。


「……共に行こう。余の知る手段は全部潰えている」


「なれば、改めてよろしく頼む……。しかし、ジーカに直接行ってしまって良いのだろうか? ロズワグンが大陸の北の地であるこの周辺に足を運んだ理由はなんだ?」


 似たような目的を持つ征四郎と同道する事を選んだロズワグンだが、征四郎の問いかけには軽く頭を左右に振って。


「分からん。ただ、弟を含めた数十名の聖騎士が北の地へと放たれ事実を知ったのだ。そこに何の目的があるのかは不明だ」


「戦にしては数が少なすぎるが……何かの探索か? 北の地は確か然程多くの国は無かったな?」


 征四郎の問いかけにロズワグンは頷きを返す。大陸を東西南北に区切った場合、北の地に国は多くない。

 だが、北の大国であるロニャフとその周辺国は北方連盟と呼ばれる同盟を維持している。

 聖騎士を持つクラッサ王国とは言え、僅か数十名の聖騎士で如何にかできる筈もない。


「敵の目的が分からん以上は、手をこまねいていても仕方ない。ジーカに向かおうと思うが、何か意見は?」


 しばし考えた征四郎だが、そう結論を下す。

 ジーカ、東西の地を結ぶ交易路が幾つか集中した地に建設された商業都市。

 周辺国の戦争の結果、大地が荒廃し人が住めなくなり何時しか廃された都。

 そこに大呪術師が居を構えたのは、ジーカが廃都と呼ばれて久しい時代。


 ジュアヌスと言う名の大呪術師はジーカを居に定め、数多の使い魔と共に大地の再生を研究しながら暮らしていたと伝説は伝えている。

 呪術師の口伝ではより多くの情報を伝えていた。

 多くの秘術、秘伝が彼の地には残され、眠りに就いた使い魔と共に再びジュアヌスが帰るのを待っているのだと言う。


 呪術師の口伝は知らずとも、伝説は知っていたロズワグンもしばし考えた。

 聖騎士をどうにか出来る術を見つけない事には始まらない。

 だが、弟がクラッサ王国を離れた今でなくば、チャンスは……。悩んだ末にロズワグンは結論を下した。


「ジーカに行こうにも準備は必要だ。貴公のそのボロボロな服装で到底ジーカまでは行けまい。多少の金はある。旅支度はしっかり整えよう」


 最後に立ち寄った街トヌカは北方連盟内部でも指折りの商業都市だ。物にせよ情報にせよ多くの物が手に入るだろうと言いやれば、最もだと征四郎は頷きを返した。


 北の商業都市トヌカにて起きる動乱に巻き込まれるとは露知らず、征四郎とロズワグンは準備を整えてトヌカに向かい出発した。


【第六話に続く】

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