第四話 旅立ち

 国を裏切り、敵国の聖騎士となった弟を殺すと言う使命を帯びたロズワグン。

 しかし、襲撃は失敗し名も知らぬ聖騎士に敗れかけた。

 そこに謎めいた男が現れロズワグンは助けられた。

 その男に傷の手当てを受け、身を休ませている場所に、先程の聖騎士が襲い掛かかり、それを男が迎え撃つが……。




 衝撃波を操る銀髪の聖騎士レドルファは、言い様の無い恐怖に苛まれた。

 目の前の赤土色の瞳を持つ男を見据えるだけで、魂の奥底から、恐怖が湧き水の様にこんこんと溢れてくる。

 衝撃波を素手で弾いた男、強敵なのは明白だが、何故ここまで己が恐れるのか……?


「ジン……ジュ……? 貴様は何を言っている!」


「名を問うたな、聖騎士よ。この私の名を! 我が名は神土征四郎三義かんどせいしろうみつよし!」


 聞き覚え名の無い名前でありながら、レドルファの胸中は騒めいた。

 いや、違う。

 騒めいているのは、彼と一体化したあの力だ。

 レドルファは双眸を見開き思い出す。姫はこれこそが聖騎士の根源となると語っていた。その力の名をも。

 確か……。


「そうか、お前は実験一七中隊所属、湯瀬とうせ一等兵か。私は近衛第一師団の神土少佐である。お前を縛るその鎖を断ち、解き放とう。迷わず成仏致せ」


 レドルファを見据えながら別人に語り掛ける征四郎。

 そこに薄気味悪さを感じたが、それ以上に告げられた言葉に驚愕した。

 そうだ、姫はトウセと呼んでいた。トウセの魂。

 ならば、自分と一体化したはずの力に語り掛けるこの男は一体……。


(知らせねばならない……聖騎士の秘密を知る男がいる事を!)


 聖騎士の力があるから祖国は覇道を歩める。

 その為に、この身をいしづえとしたのだとレドルファは決意を固める。

 知らせる必要はない! 今ここで聖騎士の何かを知る男を殺せば、それで終いだ。

 後顧の憂いは断たねばならない。

 蠢く様に騒めく力の源を意志力で抑え込み、レドルファは咆哮を上げた。


 気力を奮い立たせ、周囲を無造作に切り払って衝撃波を放つ。

 この攻撃では然したるダメージは与えられない事は明白だ。

 これは自身を奮い立たせる為の行動であるが、今一つ意味がある。

 聖騎士になって日が浅いレドルファは、然程多くの戦闘を経験していなかったが、戦意だけは旺盛であった。


「何者であろうとも関係ない、朽ちよ!」


 叫びながら、全力の一撃を叩き込むために剣を大きく振りかぶる。

 衝撃波を周囲にばら撒いたもう一つの理由、それは牽制の為だ。

 全力で衝撃波を叩き込もうとすると如何しても振りが大きくなる。

 故に如何しても相手を怯ませなければならなかった。

 牽制で怯ませ、全力を叩き込む、これこそがレドルファの必勝の形――。


 だが、ローブ姿の征四郎は、まるで怯んではいなかった。

 体に無数の傷がつくのをまるで構わず衝撃波を赤く輝く四肢で切り裂けば、躊躇なくレドルファに向かっていた。

 いつも通り、剣を振り上げたレドルファは、それに気付いて驚愕に目を見開く。


「馬鹿なっ!」


 征四郎の赤光放つ右の拳がレドルファの顎を打った。

 脳を揺らす一撃に、衝撃波すら相殺する呪術の威力が乗り、レドルファの顎は砕け、その顔は大地と水平になるまで傾く。

 ぐらりとレドルファが崩れ落ちる最中、征四郎は無慈悲に追撃を行う。


 征四郎が赤光放つ左拳を、倒れこむレドルファの大地と水平になった頬目掛けて打ち上げた。

 倒れこんでいたレドルファは、今度は頬骨を砕かれながら足が宙に浮き、打ち上げの威力をまともに食らい180度回転した。


 どうと音を立てて倒れこんだ聖騎士の頭部目掛けて、赤光を放つ右足が踏みつぶしに行った。

 鈍い音が響きレドルファの頭部は破壊されたが、征四郎は一向に気を抜く気配はない。

 知っているからだ、聖騎士と言う連中がここから甦ってくる事を。


「……まだ、経験が足らんようだが……。数か月もすればとてつもない敵になるな。殺しきる術を見つけない事には……」


 呟く征四郎の足元では、頭を潰された聖騎士が体を痙攣させている。

 四肢をばらしてそこらの木々に括り付けておくかと物騒な事を呟いていた矢先、複数の気配が近づいてくる事に気付いた。


「……一人では来ないか」


 嘆息交じりにレドルファの剣を拾い上げれば、征四郎は敵が姿を見せるのを待とうとした。だが……。


「見事な死霊術。我が同胞はらからが黄泉路より戻って来おるわ」


 不意に響いた声。夜なれば征四郎には見える師の姿が真横に現れた。

 征四郎の知るところのケンタウロスによく似た存在。彼は、頭巾をかぶり顔を白い布で覆い隠している。

 このケンタウロスこそが呪術師としての師、ラギュワン・ラギュであった。


 師の言葉に征四郎が小高い丘の方を見やれば、夜半であっても呪術の瞳を得ている彼には見えた。

 征四郎が埋葬したはずのケンタウロスの……こちらでは騎馬民族ホースニアンと呼ばれる者達の白骨死体が土を押しのけて、足音高く駆けていくのが。

 彼らは幾つかの気配に向かって、突撃していく様子も。


「ロズワグンの力、か」


「セイシロウ、彼女と共に行け。お主に伝えるべきことは概ね伝えた。我らが無念を晴らし、囚われた異界の兵士の魂を解き放つためにも、旅立たねばならぬ」


 征四郎はその言葉に、一度ラギュワン・ラギュを見上げて、深く一礼したのちに急ぎロズワグンが居る筈の家屋へと走った。

 その背を暫く見送っていたホースニアンの呪術師は、一度頷き、すっとその場から掻き消えてしまった。



 歪んだ扉を押しのけて、征四郎が中へ入れば、疲労困憊した様子のロズワグンがへたり込んでいた。彼女の傍まで近づけば、屈み込み。


「また抱き上げるが、文句は言うなよ」


「言う気力もない……」


 その返答に微かに笑みを浮かべて征四郎はロズワグンを抱え上げる。

 先程も感じた事だが、久方ぶりの人の温かさは、良い物だとしみじみと思う征四郎だったが、現状を思い返せば微かに首を左右に振り、即座に走り出した。

 その様子にロズワグンは訝しげだったが、まあ良いかと目を瞑る。

 出会って間もない男に抱え上げられながら眠ってしまおうとは、無防備の極みだが、今日の体験と術の行使が体に与えた負担は大きく、睡魔には勝てなかった。


 程なくして眠ってしまったロズワグンに呆れた視線を投げかけながらも、これが信頼の証かもしれぬと考え、征四郎はひた走る。

 暗闇を見通せる瞳であれば、森中に入り込んでも転ぶ心配もない。

 遠方では激しい争いの音が響いている。

 今のうちに安全な場所を探さなければ。

 少なくとも距離を開けなくては。抱え上げているぬくもりと重みが征四郎に責任を思い出させる。命を預かっていると言う責任を。


 夜の闇をひた走りながら、遠くで鳴く梟に導かれ、征四郎はひた走った。


 この出会いが、このディルス大陸の未来を大きく変える事になるとは、誰も予見していなかった。


【第五話に続く】

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