●推敲版「鬼刀丸」作者:ぴ~とるいじ 氏

 ――メモ: 獓𤝱ごうえつ渾沌こんとん饕餮とうてつ窮奇きゅうき檮杌とうこつ――

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*語り部の「昔語り」と、それを聞く者に変えてみました。

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・其処に生き続ける存在


 今から見れば、遠い 遠い昔の物語はなしじゃ。まだ多くの悪鬼羅刹、魑魅魍魎が跋扈しておった頃の話しじゃからな。

 誰も知らん 遠くの國に、そこら中の住人に畏れられる妖怪ばけものが一頭 居ったそうじゃ。

 その妖怪は、山一つを 丸ごと縄張りにしておってのう、他所よその妖怪からも、一目も二目も置かれておった大妖じゃった。人間ひとからも 妖怪仲間からさえも畏れられておった。身の丈は人間ひとより小さいほどじゃったと聞いたが、どうなんじゃろうのう。

 そやつは鬼、それはもう 凄いち能力ちからを持った鬼じゃった。


 鬼は 何処とも知れぬ場所から来て、いつの間にやら そこに住み着いておった。

 そやつには名が無かった。

 じゃが、異名だけは 海を越えて大陸にまで轟き渡っておったそうじゃ。畏怖の念を籠めて『鬼刀丸きどうまる』とな。

 肩よりも長う ざんばらに伸びた漆黒の髪、かしらの、耳の もそっと上に左右、両横向きに ぐん、と伸びたつのがあってのう、それは それは恐ろしい姿なりをしておった。


 おう、そうじゃったのう、忘れておったわい。

 こやつの異名の成立ちじゃったのう。

 それは それは、でっかい段平だんびらがあった。それも、刀身が2メートルを優に超す程の大太刀じゃ。

 それを まぁ、この鬼は 小枝のように振り回しおる。で、その姿を見たもんが、鬼が振り回す刀という意味で『鬼刀丸きどうまる』と呼ぶようになったそうな。これが異名の元じゃと伝わっておる。

 そういや、こやつは胴丸に似たもんを身に着けとったな。どこぞの戦場いくさばで拾うて来た雑兵のじゃろうが、ボロボロじゃった。

 その大太刀も 刃先なんぞ欠け落ちておって、包丁か角鉈かってなりをしとった。

 じゃがのう、その大太刀の とんでもない長さと、鬼の剛力があれば、妖怪を斬り殺す分には なぁんも支障なんぞなかった。


 あぁん、大陸から来た妖怪ばけものとの事じゃと。それなら、ほら、あの者に聞いてくれんかのう。

 わしも確かに聞いてはおるが、その事については あまり詳しゅうないでな。

 その時の村長むらいさじゃったのが あの者のじじの そのまた爺から伝え聞いたという、いわゆる『家伝』というやつじゃ。


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 その時のさまは、村長むらいさだけが残って見届けたと聞いておる。

 それは それは、もう。凄かったと伝え聞いたぞ。

 まさか大陸に居る妖怪にまで鬼刀丸きどうまる名が伝わっておったとは思いも寄らん事じゃったからのう。名を挙げんがために挑み掛かって来おったんじゃろうて。

 恐ろしく強い妖怪じゃったが、鬼刀丸は そやつを討ち取った。


 大陸から渡って来た妖怪じゃが、最初に来おったのは、獓𤝱ごうえつという、牛に似た あれは妖怪と言うより怪物じゃったな。


 ――獓𤝱、大陸産の妖怪。中々に剛の者と伝え聞く。

 牛に似た姿をした妖怪。大きな体躯と 特徴的な四本の角、体毛は荒毛であり蓑を広げたようであったという。人喰い妖怪でもある。

 

 その後、獓𤝱の仇討ち とい名目で来おったのが『四凶しきょう』という異名を持つ妖怪供じゃった。

 確か 渾沌こんとん饕餮とうてつ窮奇きゅうき檮杌とうこつという名の四頭じゃ。


 ――四凶。大陸産の大妖怪。いずれも『凶』を冠するに相応しい者である。

 渾沌――。その姿は長毛の大なるいぬ。足に爪は無く、脚は熊に似ている。目は在るが見えず、耳も在るが聞こえない。

 己が動くは難儀なれど、敵がこの先どう動くかを解する、先読みの異能を持つ怪物。おぞましくも不気味な妖怪。

 饕餮――。その姿は牛か羊に似ており、大きく曲がりし角、虎の牙、人の手と頭を持つ。人をって喰らうとされておる。

 『饕』は財産を貪り、『餮』は食物を貪るという意味を持ち、如何なる物でも全てを喰らい尽くす怪物と畏れられし妖怪。

 窮奇――。その姿は翼の生えし大虎。性は悪辣で、人が争諍にあるを知ると、正しき方を喰らい、誠実なる者が居れば その者の鼻を喰らう。悪人が居ると、獣をとらまえ、増物ぞうぶつとする。風を自在に操る異能を持つ妖怪。

 檮杌――。その姿は人面虎足をなし、人の頭、猪の牙、ほぼ60センチメートルもある狗毛、4メートルなかば近うもある長い尾を持つ。

 常に天下の平安を乱す術を思い、尊大且つ頑迷な性を持ち、他者の言《ことば)を聞かず、荒野を思うが儘に暴れ回る。凶悪なる妖怪。

 

 山岳やまたけを走り、 森中もりなかを駆け抜けながらの大喧嘩じゃった。

 鬼刀丸は人間ひとと大差ない体格、いや、どっちかと言えば、小柄じゃったな。人で言うところの若い衆ほどの背丈しかなかった。対して四凶は、鬼の倍以上の図体をしておった。

 じゃが鬼刀丸は そんな事なんぞ物ともせなんだ。

 身の丈 4メートル以上もある窮奇が放つ前肢の攻撃を、片腕で危なげのう受け止められるほどに強かったんじゃ。

 それほど強かった鬼刀丸は、この時に至るまで苦戦を強いられる、という事を知らんかった。大陸中に名を知られておった、剛の者じゃと謳われとった獓𤝱を相手取った際にも、顔色一つ変える事のうに闘こうて、勝利かちを収めたんじゃからのう。


 此度こたびの四凶との闘争では苦戦しおったは、渾沌が持っとる『敵がどう動くかを解する異能』いわゆる『先読み』が原因じゃった。この妖怪が司令塔となりおって、他の三凶に その情報を与えとったんじゃよ。

 虎の身体を持っとる窮奇と檮杌。それ等は、まさに虎そのもの如き俊敏さで動き回って攻めよる。そこへ渾沌が持つ異能が加わるのじゃ、苦戦は必定じゃった。

 加えて 何も考えんと突っ掛かって来る饕餮もおった。そやつは、そこいら中にある樹木や岩塊、果ては地面までも その大口へと飲み込んでしもうた。

 窮奇は俊敏な動きだけじゃのうて、風を操りおる。自分は空中を駆けつつ攻め来る厄介な相手じゃ。


 幾度と無う 色んな敵と闘い続けて来た鬼刀丸じゃったが、此度の相手に匹敵する強さを持つ妖怪とは 一度も遣り合うた事がなかった。

 加えて、の大太刀で以って斬る事にも、中々に難儀しておった。渾沌の『先読み』も厄介じゃが、分厚い筋肉と頑丈な皮膚、硬い体毛に覆われおる妖怪供じゃで、刃が十分に通らんからじゃ。元からして刃が欠けておった大太刀じゃ。鬼刀丸じゃからこそ、この鈍刀なまくらで、切り裂くのじゃのうて おのれの剛力をって無理矢理に圧し斬っておったんじゃ。そんなんじゃから大太刀は、これ等 四凶を相手取っては、ほぼ無力に等しかったんじゃ。闘う技も大雑把で 正に、力押し一辺倒じゃったからのう。もう何も出来ず 打つ手無しじゃと追い詰められた態じゃったわい。

 じゃが それでも、一進一退の攻防が続いてとったは、大雑把で出鱈目であっても、幾度と無う 数多あまたの妖怪と闘い、それでも生き抜いて来たっちう経験、それが この時の鬼刀丸を、生かし続けておったのじゃ。

 激戦としか言いようのない闘いに、周辺あたり一面が荒れ果てていった。お互いに怪我をして血を滴らせておりながらも、両方供が闘いを止める事はなかったし、出来る筈もなかった。

 最初こそ 四凶は、己等おのれらの強さを誇示しようがために闘こうておったが、今では変わっておった。それは鬼刀丸が強さを 確かに本物じゃと認めたからじゃ。

 鬼刀丸も、今までとは何かがか違うという、正に違和感を持ち始めておった。闘いそのものに『何か』を見付け出そうとしておったんじゃ。

 これまでは、ただ ただ生きるために殺して来た。それだけのために闘うて来たのに、己自身でも分らん『何か』を感じ取っておったのじゃ。

 一瞬の隙じゃった。

 思いが闘いから逸れたのは瞬く間じゃったが、僅かに隙が生まれた鬼刀丸は、饕餮によって丸呑みにされてしもうた。じゃが、何とか噛み千切られる前に太刀を持ってない方の片腕で上顎を止めよった。

 口の中、鬼は乱杭歯の如く並んでおる 鋭く大きい牙で体をなんぼ傷付けらても、何とか我慢しておったんじゃが、じりじりと牙が肉に食い込み始めて来おった。

 鬼刀丸は片腕だけじゃ上顎を支え切れんと思い切った。このまんまじゃ、片腕だけじゃ 咬み千切られてしまう。刀を捨てるも致し方ない事じゃった。

 その場で捨てんじゃが、なんぼ口の内っちゅうても、鈍刀には変わらんで、饕餮には傷を負わせるまでには至らなんだ。

 鬼は 今まで闘こうて来た経験から、このままでは己が喰われてしまう事を承知しておった。じゃが、両手で上顎を支えて、両足で下顎を踏ん張っとる この態は、正に手も足も出ん態じゃった。

 鬼刀丸に出来る事は、あと『一つ』しかなかった。己も同じように 相手に噛み付く事じゃ。目の前にあるは饕餮の舌、ただ一つ動かせるかしらを、思いっ切り動かして それに噛み付いたんじゃ。鬼刀丸も『鬼』と呼ばれとる程の妖怪、当り前じゃが鋭い牙を持っておる。そして奇しくも、可怪しくも その牙は鈍刀なんぞとは比べようもない程に鋭い『刃』と称しても良い代物じゃった。

 饕餮の舌を先から四分ほど咬み千切り、何とか窮地を脱する事に成功しおった。いくら饕餮が強い妖怪だったろうとも、舌を咬み千切られては堪らず、悶絶してしもうた。

 そんな無防備を見過ごす鬼ではない。そのまま地面を砕かんばかりに叩き付け、素早く鈍刀を拾い上げて饕餮の左目刺し、更に奥へと突き入れ、間髪入れず大太刀を振り上げ、頭を叩き割り脳漿を撒き散らさせれば、さすがの饕餮も絶命しおった。

 なんぼ渾沌が先読みしようとも、その指示おもいの儘に動けんかったら何の意味もない、いと容易たやすく屠られてしまいおった。

 それを見て取って怒りを露わにした窮奇が、凄まじい風を巻き起こして鬼刀丸を空へと舞い上げおった。いくら屈強を誇る鬼であっても、浮遊する能力ちからも ましてや飛ぶ能力など持ってはおらなんだ。

 剛力を誇る鬼刀丸じゃが、空中では何も出来んかった。それを知ったからこそ窮奇は敵を中空へと舞い上げたんじゃ、対して己は空を飛べる。このどこから見ても絶対的な優位を得るためにしおったことじゃ。

 じゃが、そこまでしても窮奇は慎重に攻撃しおる、近付いて一撃して すぐ離れる、という攻撃方法を何度も 何度も繰り返して徐々に辛抱強うに追い詰めていくという作戦を取りおった。一気に止めを刺そうとせんのは、不用意に近付き、饕餮の二の舞になる事を怖れたからじゃろう。器用に鬼刀丸を地上へ落とさぬように攻撃を繰り返す。じゃがこれじゃ とても致命傷を与えるまでには まずならん。その事は他所はたから見りゃ一目瞭然じゃったが、窮奇は殺せると信じておった。それもまた当然じゃろう、相手の鬼は宙では身動き一つ取れんのじゃからのう。じゃが、それは甘かった。

 ゆっくりなぶり殺しにしようと思うとったのがあだとなってしもうたんじゃ。鬼刀丸からすれば、俊敏な動きを見切った上で、間違い無う己に向こうて来るのじゃから、後は 良い機会を見計らい窮奇へと攻撃するだけじゃった。

 凄まじい速度で己へと突っ込んで来る窮奇の動きに合わせ、鬼刀丸は己の拳を口へ突き入れ、そのまま喉を潰したんじゃ。窮奇は攻撃ばかりに意識が向かっておったから、防御への反応が鈍うなっておった。そこで拳を喰らい、己が突込む速度も加わった事で、通常いつもより大きい、致命傷とも言える傷を負う事になってしもうた。二頭は錐揉きりもみの態で地上へと落ちていった。

 落ちた痛みなど無いかの如く鬼刀丸は血達磨のまま、窮奇の片翼を力任せに引き千切りおった。その儘、止めを刺そうとしたんじゃが、そうはさせじと、檮杌が突撃して来おった。鬼は避けられんで、遠くまで弾き飛ばされてしもうた。

 さすがに これは効いた。辛うじて やっと立ち上がった鬼刀丸じゃが、そこへまた檮杌が突進して来おった。猪の如き牙を掴んで直撃こそ何とか避けたんじゃが、そのまんま岩壁へと押し遣られてしもうた。それでも終わらず 彼の妖怪は、岩を砕きつつ鬼を それにり込ませていった。それがあまりの衝撃じゃったがため、岩に亀裂ひびが入って崩れ落ち、岩雪崩に飲み込まれる鬼刀丸じゃった。檮杌はすんでの所で後退し難を逃れよった。

 沈黙が訪れ静かになった、岩雪崩が収まるも、その中から鬼は出て来んかった。妖怪が鬼刀丸は死んだのかと、そう思うた途端じゃったろうな、岩の塊が弾け飛んで、黒い影が飛び出して来おった。決して油断しておった訳じゃなかったんじゃが、あまりの素早さに反応出来ず、檮杌の首が飛んだ。

 『鬼の形相』、この時に見せた鬼刀丸の面貌を表すに これ以上相応ふさわしい言葉はあるまいと思い知らされる程の 先までとは打って変わったが如きに姿が変じておった。

 先程さっきまでは 角の生えた人間、と言えなくも無かったが、この時は全く違ごうた存在ものへと成り果てておった。瞼が無いように見えるほど異様に剥き開かれ、その眼球めだまには黒目(瞳)なども見えんかった、加えて 朱く爛々と光を発しておった。大きく裂けた口と獣のような息遣い、手足の爪も猛禽が如く鋭く突き出し、獣の如く四足歩行と成り下がり、正にバケモノと成ったんじゃった。手負いの窮奇は、抵抗するも虚しうに、体を二つに千切られてしもうた。

 残る渾沌は 己だけでは何も出来ぬ妖怪ゆえ、まま無残にも 細切れに咬み千切られてしもうた。


 苛辣かれつ極まる戦いじゃった。それでも、やも怖ろしき四凶の全てを屠ってみせたんじゃ。それ故に、鬼刀丸の異名は更に名を馳せる事となったのじゃよ。もう、この鬼を害せる者は誰も居らんかった。

 いつしか挑む妖怪も居らんようになってしもうた。あぁ、この鬼が強過ぎるからじゃよ。

 さて、伝わっとる話しはこれまでじゃ。ほれ、今は樹海になっとるが、あの山で妖怪供が闘こうたと言われておる。半分ほど崩れておろうが。


 妖怪同士の闘いは終わった。

 だが、それは人間にとっては、特別な、少々趣の違う意味を持っていた。

 何者をも敵せぬ妖怪が住む國に、手を出す愚か者など一國、一人とて居なくなった。

 鬼刀丸への 思いが『畏怖』の念から『畏敬』の念へと変わるのに、長い年月としつきは必要としなかった。

 人々はその鬼を『鬼神』或いは『闘神』と呼称んだ。または かつての異名から『刀神』とも、それは畏れを大いに含みながらも なんと敬われるようにまでなったのだ。

 鬼刀丸が今、何処に居るかは誰も知らぬ。おそらくは、そんな事など露ほども知らず、自由気儘に生きるのが 彼の鬼のの本質であろう。

 元より妖怪とは そのようなモノだ。好き勝手に生き、思う儘に死ぬるモノ。それは あの四凶すらも変わらぬことわりであった。


 そこいらの大岩に寝転がり、退屈げに蒼穹を眺むるは、名も無き鬼である。異名が如何に変わろうとも、元より そのような些事に頓着するような性でもない。


 ――ハラがへったのう。

 そのような声が聞こえた気がする。


 何時までも 何も変わる事なく其処に生き続ける存在、それこそが妖怪なるモノであろう。


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