10.活躍の場は……なさそうだな

 それからは何の闘争もない、平和な時を過ごした。

 3年ぶりに訪れた故郷は変わりなく、思い出が良いものかどうかはともかく、懐かしさに胸が熱くなる。

 ニルスが帰ると、両親と弟のユーリ、さらにはリナという妹が彼を出迎えた。


 出迎える側は、ニルスの突然の帰宅に驚きを隠せない。当時はまだ幼かった妹は、よく分からずに首を傾げているが、2歳差の弟は例外でなく長男の姿に目を見開いていた。


 ユーリは幼い頃、兄の去っていく姿を見たことがある。その時は言いようのない寂しさに自身が襲われたことを覚えている。


 ニルスはいつも一人だった。呪いがかけられた彼は村人からは厭われ、仕事の忙しい両親からはあまり日常の中で話をする機会がない。

 ならば自身が兄の心の拠り所となればいい。ユーリは子供ながらにそう思ったが、実際には彼の感じるところはニルスとは違ったようで、結局ニルスが両親に負い目を感じる形で終わってしまった。


 兄がいなくなってから呪いをかけた正体が魔石教団の仕業だと知るのには、そう長い時間を要さなかった。

 魔石教団、彼らは魔石を狩ることを忌避し、信仰の対象とする新興宗教。ニルス達の村に住み着いていたらしく、道端で見かけるとやかましいほどに魔石を敬えだのの文言を謳っていた。


「お隠れになった御姿をどうして引きずり出すような真似ができようか」

「生命の源。即ち母! 魔石とは我々の母なのだ!」


 隠れる、とは魔物の核を担っている魔石の事を指しているのだろう。

 そんな彼らがニルスを呪ったのには、ひとえに彼の両親に脅迫ををかけるためだった。


 どうやらここ、カンポ村が魔石を使って発展を始めようとしていることに警告しようとしているようだった。見せしめ、戒め、そのような言葉で阻止を企てていたのだ。


 しかしそれはユーリが耳にした信者の端くれ達の立ち話。

 崇めるべき魔石を道具のように扱うなど不遜だ、という理念が彼らにあるらしいが、本当のところは何か別の理由があるのかもしれない。

 だが、まだ未熟なユーリにはそれ以上情報を掴むことができなかった。



「あのやかましいの、何とかなんないのか」


「言ったところでお構いなしだと思うよ」


 今は二人、外で魔石教団の騒々しい様を見ながら歩いている。思えばニルスが幼少の頃から変わっていない、変わらぬ町並みが見られたものだが、正直これに関しては嬉しくもなんともないのだった。


 そんな彼らは両親の勧めにより武術の道場へと足を運んでいた。そこは以前よりユーリが通っていた道場でもあった。


 荘厳な建物に珍しがりながらニルスは足を踏み入れる。しかし待ち受けていたのは侮蔑の視線。

 理由は彼が呪い持ち、ただそれだけのことであった。その忌避のされようは凄まじく、何の呪いも持たない弟のユーリでさえ待遇が劣悪だったほどだ。



 ユーリは始め、門下生達にことごとく苛め抜かれた。

 門下生達だけではなく、その長からもまともに扱ってはもらえずにいた。

 さらに村での最も権力のある、村の管理者として通っている父親を持っていたという点が大きかった。

 前任者によって指名された彼の父には、それを妬むものが多い。その例となるのが道場長だった。


 来る日も来る日も、道場の掃除ばかりをさせられ、休憩になると決まってやってくるのが門下生達。道場で鍛えられた身体と技とでユーリを袋叩きにしてくるのだった。


「可哀想になぁ! 毎日毎日こんな雑用。しょうがないから俺達が構ってやるよ!」


 そう言って問答無用に殴ってくる門下生。拳を食らったユーリは横向きにふっとばされる。


 それでも彼は相手の姿を黙って見ていた。今、反撃をしたところで彼には敵わないことがわかっていたからだ。基本すら教えてもらえない今は、あの動きを見て、奪う事が優先だ。

 状況を打開するにはそれしかない、当時はそうやって、必死に歯を食いしばった。


「可哀想だから特別にオレが教えてやるよ。体に直接なぁッ!」


 その後も何度も入れ替わりで叩かれ、殴られ、痛めつけられた。


 そしてある日からかユーリにも武器を持たせて試合形式での「特訓」が始まった。

 ユーリは当然経験が足りずに勝つことは叶わないが、回避する技だけは着々と身についていた。


「弱い弱い。お前が俺達に敵うわけないっての」


 ユーリに攻撃を躱され続け、最終的に有効打を数打ほど与えられたことで勝ちを得た門下生の一人が鼻で笑った。結局のところ彼らは優越感に浸りたいだけなのだ。

 だが彼らの言うお遊びの特訓がユーリにとって本当の特訓になっていることを彼らは知らなかった。



 道場長のその人もユーリに向けて豪腕を振るう。彼はそれを軽く身を屈ませて避けるだけ。直後に髪の毛が拳圧で揺れるところを見ると威力は中々にあるようだった。

 相手の動きを見切り、次々と攻撃をくぐり抜けていく。それに激昂した道場長はタイミングを僅かにずらし、ユーリの崩れた体勢に拳を打ち込む。


「ぐっ……!」


 飛ばされ、地面に転がるユーリだが、その口元には僅かに笑みが現れていた。

 道場長はその姿を見て舌打ちをし、帰っていく。折角のストレス発散なのにこれでは快勝とは言い難い。結局気分が晴れず終いになってしまった。



 それから今の今まで、数少ない交戦の機会からもユーリは着実に力を蓄え続けてきた。

 そしてニルスが道場へ入門した初日、ユーリは自身の腰を持ち上げることに決めた。


 だがそれよりも先に動いたのはかの道場長である。その道場長はニルスの実力が分かっていないのか、標的を見つけたとばかりに不気味な笑みを浮かべて詰め寄るのだった。


「元はといえばお前らの父親が!」


「ぐっ!」


 豪腕がニルスの腹へと直撃する。踏み込みや助走の一切ない、それでいて鋭く重い一撃。


「管理者など引き受けたりするから!」


「がッ!」


 続けて殴る。そして道場長は踏み込み、拳を腰だめに置く。そこから放たれる拳。


「俺は未だにこんなちっぽけな道場で……道場長なんかやってるんだッ!」


「うっ……!」


 道場長の容赦のない攻撃をニルスが受ける。が、彼は苦しそうにするばかりで変化はない。


「……ふう、痛いだけで大したことないかな」


「なにっ!」


 ニルスが言うと彼は再び何度も拳を打ち出す。それをニルスは避けようともしない。代わりに、一歩ずつ前へと足を踏み出していった。


「ぬっ!」


 男は徐々に近づいてくるニルスを拳で押し返すことができず、壁まで追い詰められてしまう。


「くそ……くそッ!」


 道場長は悪態をつきながら去っていく。今度こそ自身の胸くそ悪い気分を無くすことができると思ったのに、予想外の結果である。


「ユーリはこんな道場長の下で鍛えていたのか?」


 身体能力的にも精神的にもあの闘技場にいた者たちとさして変わらない。それがニルスの単純な感想だった。


「まあ、一応は世話になっているからね」


 少なくともユーリが今があるのは、道場で理不尽にも鍛えられたからだ。他の者と同等に指導されていたのでは程度の低い道場ではすぐに伸び悩んだことだろう。

 その点においてはユーリも多少感謝はしていた。


「それより、折角だから今日で終わりにしようと思うんだ。兄さんにも見ていてほしい」


 ニルスは何のことか分からずにいたが、その真剣な様子にただ頷いた。久々に会った弟が願い出ているのだ、断る理由はなかった。



「これより試合を始める」


 道場長が告げてユーリと剣を構えるその先輩の試合が幕を開ける。先に動き出したのは相手、ゆっくりと歩いて剣を振り上げる。ユーリが取るに足らない相手と思っているための行動だろう。

 彼はその攻撃を軽くいなして逸らす。


「こんのっ!」


 先輩の男は今までまともに避けてこなかったユーリの今日の動きに憤ったらしい。動きも無駄が増え、闇雲な攻撃が目立ってきた。


 ユーリは瞬時に鍔迫り合いへと持ち込み、緩急をつけて相手の隙を揺さぶって作ってやる。急激に訪れた手応えと振動に狼狽えた先輩の剣が打ち払われる。

 ユーリはその一瞬で腹への一撃を放つ。腰を、腕を、手首を、全身を使った一撃だ。


「ぐッ!」


 そのままよろけた門下生に突きの構えで迫り手首の力で首を打つ。

 その数秒後には床に打ちつける音が、道場に響き渡った。門下生が敗れたのだ。


「しょ、勝者、ユーリ!」


 道場長は酷く驚いているようだ。何も教えなければ強くならないとでも思っていたのだろうか。それまで笑っていた門下生達も、その時は顔から笑みが消えていた。



 その後も様々な武器を使う門下生と剣を交えたが、あまり手応えがあるとは言えない戦いに、ユーリは歯痒ささえ感じていた。


「次は俺が相手になろう」


 最後には道場長が剣を振り鳴らしてやってきた。今までユーリを鴨にして保っていた調和を乱さないために、彼を打ち倒し取り戻すつもりなのだろう。

 だがユーリ自身も彼が出てくることを望んでいたのだ。彼は意気揚々と木剣を構えた。


「待て、この試合ではこれを使え」


「真剣……?」


「本気で来い」


 どうやら徹底的に潰すつもりらしい。

 すぐに、道場長が仕掛けてくる。予備動作の少ない、しかしながら正確な鋭い一閃。


 ユーリはそれを同じく剣で受け止め、右方へ流す。ところがその瞬間に道場長は手を緩め、反動を減らすとともにユーリへ切り返してきた。

 すぐに彼は足を地面から離して回転するように跳んで避ける。


 さらに続けざまに相手は攻撃を繰り出してくる。ユーリが着地するために取った前傾の姿勢、その一瞬の隙を突いての攻撃だ。

 不利な体勢で何度も受ける剣撃。そして極めつけは上から押さえつけるようにして鍔迫り合いに持ち込んでくる。


「おお……!」


「流石道場長だ……もう決着がつくぞ」


 外野から何か聞こえてくる。ユーリはそれを聞き流しつつ剣の重心をずらさずに足払いをした。

 剣により制御がかかってしまったため威力は出ず、道場長も軽く動いた程度だった。


 それでも隙を作るには十分だった。

 僅かに浮いた剣を押し返し、そのままの動作に僅かな回転をかけ、相手の腹を斬った。道場長の腹あたりに血が滲んでくる。しかしあれではまだ浅い。


 わざわざ真剣で勝負をしようと言ってきたのだ、致命傷を与えねば降参する気にもならないだろう。すると道場長は剣を胸の前で立てて構え、自身は直立する。


 一見隙があるようで、全身に張り巡らされた感覚と、無駄な力を一切入れないことで瞬間的に剣を振るうことができる、彼の父が言っていた言葉だ。


 あの状態からはユーリまですぐに接近することも、ユーリが襲いかかってきたところにカウンターを入れることも可能。きっとここで決着をつける気なのだろう。


 構わずユーリはゆっくりと前へと踏み出した。そして助走をつけて道場長へと剣を叩きつける。それに対峙するは体重をかけながら迎え討つ道場長。

 剣が交差する刹那、激しい衝突によって剣が、砕け散った。


「え……」


 予想もしない瞬間だった。もはや誰が声を上げたのかすらわからない。

 破片が宙を舞う。一片一片が光を反射して煌めく、そんな様子がスローモーションでユーリの目の前で繰り広げられた。


「うそだろ……」


 そう呟いたのは門下生の一人。なんと、ユーリの剣だけでなく道場長のそれも、見事なほどに欠けていたのだった。

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