第21話 児童単身世帯

 2月4日の朝一番、児童福祉係の上田係長が私の元にやって来た。


 「森山課長。急なんですが、今日の午後1時から、臨時の要対協会議を実施することになりました。どなたか参加していただくことは可能でしょうか?」


 「上田係長、ウチのケースの児童のことですかね? 担当ケースワーカーが空いてれば行かせるようにしますが…」


 「いや。金山地区の新規なんですよ。ウチも全くノーマークで…」


 「金山地区の担当は広瀬ですわ。広瀬さん、午後から空いてますか?」


 「はい。大丈夫です!」


 「急で申し訳ないんだけれど、金山地区の新規ケースで、臨時の要対協会議らしいんです。私も行きますので、ご一緒していただいてよろしいですか?」


 「課長、わかりました!」


 「森山課長、広瀬さん、よろしくお願いします!」


 上田係長は、慌てて戻っていった。よほどのケースらしい。


 「課長、何があったんでしょうね? 上田係長のあんな慌てた姿珍しいですよ」


 昨年度、児童福祉係から異動してきた、北山さんが呟く。


 午後1時。民生部の大会議室で、要対協…「要保護児童対策地域協議会」の臨時会議が開催された。児童福祉係から上田係長と河本さん。生活保護課から私と広瀬さん。町立第二中学校の萱島生徒指導主事。大阪府南部児童相談所の緒方係長。そして民生委員の葛山さん。総勢7名で会議を行う。


 冒頭、萱島生徒指導主事が口を開いた。


 「今日はご多忙のところ、ウチの生徒のことでお集まりいただきありがとうございます。どうか皆様のお力添えをお願いいたします」


 山田瑠奈さん…15歳・中学校3年生の生徒である。一昨年父親を事故で亡くし、母親と2人で暮らしていたが、1週間前から母親が失踪し、一人での生活を余儀なくされている。親族資源は全くなく、お金や預金通帳等を母親が持ち出していて、彼女の生活原資すらない状況。先週金曜日に本人が担任に打ち明け、事が明るみに出た。学校が児童相談所に通告し、児相は一時保護を検討したが、本人が頑なに拒否。週末は、担任や校長が善意で食糧援助を行ったが、いつまでも不安定な生活を続けさせるわけにはいかないとのことで、会議が緊急招集されたという次第である。


 「緒方係長。どうしても山田を施設に保護することはできないんですか?」


 萱島指導主事が不満そうに口を開く。


 「現状方法としては、一時保護という選択肢しかありません。児相の一時保護所に入所してもらうか、児童養護施設に一時保護委託することになります。瑠奈さんはどちらも強く拒否している状況です。小さい子ならまだしも、分別の付く年の子どもを強制的に保護するのは困難です」


 「瑠奈さんが一時保護を拒否しているのは何故なんでしょう? 普通に考えたら、しぶしぶでも同意しそうですがね?」


 私は緒方係長に問うた。


 「瑠奈さんは、第二中学校で、友達と一緒に卒業を迎えたいと言っています。それと、彼女は望海丘高校を目指して頑張っているんですが、施設では落ち着いて勉強ができないとも言っています。金曜日に家庭訪問もしましたが、家の中もきれいに整っていて、残っていた食材で自炊もできている状況でした」


 緒方係長が答える。


 「山田は成績もトップクラスですし、生徒会役員の経験もあるような生徒です。だからこそ、きちんとした環境で生活をさせてやりたいんですよ」


 萱島生徒指導主事が口を開く。


 「お母さんの行方は全くわからない状況なんでしょうか?」


 河本さんが口を開く。


 「警察には家出人捜索願を出していますが、母親は携帯電話を切っていて、全く連絡がつかない状況です。山田によれば、彼氏のところにいるのではとのことですが、全く手がかりはありません」


 萱島生徒指導主事が答える。


 「親権者と連絡がつかず、瑠奈さん自身も了解しない状況では、施設入所や一時保護は難しいです。萱島先生、これは制度上どうしようもないことです。私としては、瑠奈さんにこのまま自宅で生活してもらって、関係機関で見守り体制を構築する。そして生活費は、生活保護課で保護の適用を検討してもらうのがいいのではと考えています。森山課長、保護はどうでしょうか?」


 上田係長が私に水を向けてきた。上田係長が我々を会議に引き込んだ理由はそこにあったのである。


 「現状瑠奈さん単身での生活で、瑠奈さん名義の資産がない状況であれば、保護の適用は可能かと思います。瑠奈さんに保護の申請をしてもらい、決定までには概ね2週間を要します。保護が決定できるとしても、それまでの間をどうつなぐかの段取りは必要になります」


 「森山課長。社会福祉協議会のフードバンクが活用できないでしょうか?」


 広瀬さんが口を開く。


 「見守りなら、私も家内も最大限協力しますよ。我々もよく知ってる子ですから」


 葛山民生委員が話に入ってきた。


 「でも…女の子1人で…もし何かあったら誰が責任を取るんですか?」


 萱島生徒指導主事はなかなか納得しない。


 「萱島先生。先生が心配されるのはごもっともだと思います。そして、何かがあればマスコミの格好の餌食になる。でも我々がやっているのは、慈善事業でも何でもない。公務なんですよ。現行制度の中で、選択しうる最良の方法を選ぶしかない…」


 私は萱島生徒指導主事に、そう語りかけた。


 結局、瑠奈さんに生活保護の申請をしてもらって生活費を担保。それまでの生活は、社会福祉協議会のフードバンクのサポートを受ける。学校、児童福祉係、生活保護課、民生委員がシフトを組んで、生活の見守りを行うということで、会議の結論を見た。


 その日の夕方、萱島生徒指導主事が山田瑠奈さんを連れて、生活保護課の窓口にやって来た。頭の良さそうなしっかりした15歳…彼女ならば、一人暮らしも問題ないだろう。広瀬さんが大急ぎで調査をし、保護決定を行った。


 自宅は持ち家なので、支給は生活扶助のみである。毎週月曜日に役場で4分の1ずつを支給することにした。


 後日談であるが、彼女は見事志望校に合格。一人暮らしを続けながら、母親の帰りを待っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る