第17話 田代町長からの打診
2019年…また新しい年がやってきた。比較的穏やかな新年のスタートである。私の任期も残り3ヶ月…ラストスパートである。
そんなある日、梶本民生部長に呼ばれた。一緒に町長室へ行ってほしいという。
「森山課長。お呼び立てして申し訳ありません。いつも本当にありがとうございます。あなたがいてくれるおかげで、南大阪町の福祉の評価がうなぎ登りです。職員も町民も、あなたの手腕を高く評価しています」
「町長、そんな恐れ多い…私は町民の利益を最優先に、当たり前のことを当たり前にこなしているだけですよ」
「遠山紙業の社長…知ってますよね? 彼は私の幼馴染で、後援会の会長でもあるんですけど、社員がすごくお世話になった言うてねぇ…絶対あなたを大阪府に返すなと言われましたよ」
「遠山社長には、私が大阪府南部福祉事務所の査察指導員をしていた時に、少し生意気なことを言ってしまいまして…何故だかそれから、私のことを高く買ってくださってるみたいで…恐縮です」
「で、本題なんだけれど…遠山君がどうこう言うからというのは半分冗談で、私はあなたにこの南大阪町に残って欲しいと思っています。大阪府との協議は必要になるんだけれど、『身分移管』という形で南大阪町に来てもらうわけにはいかんでしょうかねぇ…」
「『身分移管』ですか? つまり、南大阪町の職員にということですか?」
「そう。もちろんそれなりの待遇は考えています。南大阪町の福祉をもっと良くしようと思えば、あなたみたいに生活保護だけではなくて、児童とか高齢者とか母子福祉とか、いろんな分野に精通している人材が不可欠なんですよ」
「町長、そういっていただいてうれしく思います。でも、大阪府が何と言うか…。大阪府も人員削減で苦しいですし、特に私の年代…40代の職員が少ないんですよ。そう簡単にうんと言うてくれるとは思えないんですが…」
「そうだろうね。で、実現するかどうかは置いておいて、あなた自身はどうですか?」
「これまでも申し上げてきているように、私は南大阪町に恩を感じています。ですから、町のお役に立てるのは本望です。しかし一方で、もうしばらくは広域自治体で仕事をしてみたいという思いもあります。でも現実的に考えると…生活保護課には私の後継者がまだ育っていません。経験や年齢的には岩本主査や阿部主査になるんでしょうけれど、まだ2人とも主査に昇任したところですし…。少なくとも今の生活保護課には、まだ私が必要なのではと思っています」
「森山課長、わかりました。私ももう少し考えてみます。ですから、あなたも前向きに考えてもらえませんか?」
「町長、ありがとうございます」
私は深々と頭を下げ、町長室を辞した。
「森山課長。私はこの3月で定年退職です。私はあなたに後を託したいと思っています。どうか前向きに考えてください。お願いします」
梶本部長がそう言って頭を下げた。
「部長、そんな…頭を上げてください」
私は恐縮して、背中に変な汗が滲みはじめた。
数日後、私の上司である大阪府福祉総務課の中島課長から電話が架かってきた。電話で済む話ではないので、大阪府庁に来て欲しいという。
1月11日の朝、私は大阪府福祉総務課の会議室にいた。
「森山君…君どうするよ…。南大阪町が君を返さん言うてるぞ…」
「課長、ありがたいことではあるんですけど…どうしましょう?」
「どうしようも何も…総務部の人事も頭抱えてるぞ…。困ったなぁ…」
小さな会議室で、長い沈黙が続いた。
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