第11話 徳山さんがシンナーを常用している?
11月初旬。北山さんから奇妙な相談が寄せられた。
「課長。徳山義和さんのことなんですが…今朝家庭訪問したところ、家の中から強烈なシンナー臭がするんですよ。本人に確認しても臭いもしないしシンナーなんか持ってないと否定するんですが、10分もいたら頭がクラクラしてきたんで、訪問を途中で切り上げて帰ってきました」
徳山義和さん・52歳の単身男性…統合失調症で精神保健福祉手帳1級を所持しており、嘱託医の藤井先生のクリニックに定期通院している。病状は落ち着いており、障がいサービスを上手に使いながら一人暮らしができていると思っていたが、どうやらそうではないようである。
「北山さん。頭がクラクラするということは、部屋のどこかにシンナーがあるということで間違いないと思います。さて、どうしましょうかねぇ…。とりあえず、藤井先生に意見を求めてみましょう」
「課長、わかりました。ちょっと藤井クリニックに足を運んでみます」
午後、藤井クリニックを訪問した北山さんから報告があった。
「課長。藤井先生がおっしゃるには、ちょうど昨日が徳山さんの診察日だったそうで、やはり口からシンナー臭がしていたようです。先生が問い詰めても、道端で塗装工事をしていたからだとか何とか、うまくはぐらかしていたようですが…」
「…うーん。対応が難しいですね。どこまで行っても本人はシラを切り通すでしょう。仮に警察に通報したとしても、本人は手帳所持者ですから立件は難しい…。一度南大阪保健所の金井PSWに連絡してみましょう。何かいい知恵があるかもしれない」
翌日、北山さんと金井PSWが徳山さんの自宅を訪問した。北山さんが玄関先から電話連絡してきたが、やはり部屋からは強烈なシンナー臭がするとのこと。北山さんが家主から聞き取ったところでは、近隣からの苦情も出始めているようである。
「北山さん。ちょっと金井さんに電話を替わってもらっていいですか?」
「あっ、金井です。森山課長、ご無沙汰してます。これは…酷いですわ。徳山さん、入院させた方がいいと思います。ちょうど所に連絡して指示を仰ごうとしていたところだったんですよ」
「金井さん、ご迷惑をおかけしてすみません。措置…ですかね?」
「もしご親族がいれば、医療保護入院という方法もありますけど、本人は一昨日藤井クリニックを受診したところでしょう? 本人の意思で病院に足を向けさせるのは無理だと思います」
「金井さん。とりあえず私も今から行きますわ。とりあえず、措置前提で南大阪警察に一報入れておきます」
30分後、私は徳山さんの部屋の前にいた。臭いにたまりかねた北山さんと金井PSWも外に出ている。玄関の扉を開けると、とんでもない悪臭が噴き出してきた。これはたまったものではない。もし引火性の物質ならば、爆発の危険もある。
「北山さん。南大阪警察に連絡してください。これはダメですわ」
5分後、パトカーに加え、消防車も数台、サイレンを鳴らしてやってきた。すぐさま規制線が張られ、我々も規制線外へ押しやられた。
ほどなくして、厳重なマスクを装着した消防隊員によって徳山さんが室内から連れ出され、パトカーに乗せられた。別の消防隊員が一斗缶を抱えている。一斗缶の中身は、おそらくラッカーシンナーだろうとは、フタを開けて臭いを嗅いだ警察官の弁である。
「とりあえず本人を警察署に連れて行きます。恐れ入りますが、これまでの経過等詳細をお聞きしたいので、ご足労いただいてもよろしいでしょうか?」
「わかりました。一緒に伺います」
我々3人は、警察車両の後ろを公用車で追いかけた。
結局徳山さんは立件されず、九重病院に措置入院になった。主治医によれば、今後の在宅生活は困難だろうとのことである。
「北山さん。徳山さんの部屋、このまま明け渡すことになると思うんだけど…臭いとれるでしょうか…?」
「家主さん、怒ってきますよね。たぶん…」
別の意味で、頭の痛い残務処理が残された。
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