第347話 大地の修理3


「はー……」

「ほらほら、いつまでも惚けてるんじゃないわよー」


 王都を出発してしばらくした馬車の中では皆が思い思いに談笑を交わしていた。

 【風の爪】にとって【フォーカラー】は同業者であり、またヤマルの共通の友人?でもあったため打ち解けるにはそう時間はかからなかった。


「いや、そうは言っても無理ですって。あの女王様ですよ、女王様! 【風の爪】の皆さんだって同じ状況になったらこうなりますって!」


 キィスが同意を求めるようにラムダン達にそう言うと、隣に座るアーレやミグがうんうんと首を縦に振る。手綱を握るアーヴですら同じ動作を行っているあたり四人の想いは一致していただろう。

 対する【風の爪】の面々は何と言うか、スン……とした目になっていた。先度までの和気藹々とした雰囲気とは一転、明らかに様子がおかしい。

 そこまで付き合いのない【フォーカラー】の面々ですらその豹変ぶりに色々察してしまう。しかも彼らはヤマルとは付き合いが長く、【フォーカラー】よりも全員ランクが上のパーティ。

 そんな彼らをこんな顔にさせるなんて一体何が……と思った瞬間に気づく、気づいてしまう。

 馬車の中に漂う一体感のような空気。

 それは似たような目にあった者が持つ共感性シンパシーとでも言えばいいかもしれない。


「君たちとは仲良くやっていけそうだ」

「えぇ、今回の依頼も頑張りましょう!」


 ラムダンとアーレがガッチリと握手を交わし、それを他のメンバーがうんうんと頷き見守る光景。

 怪我の功名か、被害者の会の新メンバー加入の喜びかは不明。だが共通項を持つ者は仲良くなれると言う事例の一幕であった。





「ドルンさん、あの……」

「放っとけ。今は何も言うな」


 なお隅っこでは加害者ヤマルの仲間が気を利かせていたのは別のお話である。



 ◇



「じゃあ予定通りここで野営するよ」

「おっけー! 手伝えることがあれば何でも言ってね!」

「私は周囲警戒かしら。あ、でも呼んでくれたらすぐに駆け付けるからね」


 ……何か普段よりも好感度が五割り増しほど高い状態で接してくるフーレとスーリ。その後ろにはユミネが控えているが、彼女の顔も何でも言ってくれと言わんばかりであった。

 そしてそれを羨ましそうに……と言うより恨めしそうに見ているダンと【フォーカラー】の四人の構図。その視線は自分ではなく女性三人に向けられている。


 なお何故こうなった経緯も把握している。

 どうもここに来る道中で何やら馬車の中でヤマル被害者の会が真面目に設立しかけた。しかけたと言っているのは結局その会自体が無くなったわけなんだけど。

 何やら道中にてラムダンとユミネを除いた【風の爪】と【フォーカラー】の年齢近しい面々が仲良くなり、自分をダシに色々盛り上がっていた。要約すると『この依頼中は皆で頑張ってヤマルに振り回されないよう気を付けよう、そしてお互いにフォローしよう』みたいな話だ。


 ……え、何で知ってるかって?

 エルフィリアが気を利かせて通信装置を付けてくれたからだよ。お陰様で馬車の中の会話は全て筒抜けだった。

 まぁ色々と不本意な部分もあったが総じて悪口みたいなものは一切ないあたりは彼らの人の好さだろう。


 ともあれそんな感じで十代メンバーを中心に同盟を組まれていたわけだが、今の目の前の光景通りあっさりと瓦解した。

 理由は単純。昼休憩時にいつも通り作ったトイレが彼らにとって快適だったようだ。

 特に女性陣は初期のコロナの様な反応を見せ、ひとしきり感謝した後完全に手のひらを返しこちらに寝返った状態になった、というのが事の顛末である。

 まぁ寝返ったと言っても別に男性陣に対し不都合な点は何も無いのだが、これ以上にないぐらい分かりやすくこちらについたのでもやもやしているのだろう。

 何も言わないのは女性相手という事もあるが、男性陣も男性陣でトイレについてはありがたがっていた部分もある。


 ともあれ普段以上に快適な旅は彼らにとってかなり衝撃的だったようで、こうして野営でもきっと何かしてくれるんだろうと言う期待からかかなり乗り気になってくれていた。

 そんな中、自分は一足先にやりたい事があったためラムダンの下へと歩み寄る。


「ラムダンさん、こっち任せて良いですか。陽が落ちる前に明日の場所の下見だけ先に行っておきたいんですけど」

「あぁ、分かった。問題無いと思うが気を付けるんだぞ」


 ラムダンに一旦場を任せ、明日のメンバーで渓谷の向こう側の偵察をすることにした。


 今回の仕事では二手に分かれて作業するロボット達を護衛する訳だが、その分け方は正直なところかなり悩んだ。

 基本的には連携面などから見てもパーティ単位で行動した方が良い。ただし現在三パーティ合同の為どこかを分けないといけない。

 その為分断するパーティは自分たちの所を割る事にした。単純に戦力面が他のところより充実していると言うのもあるが、何より渓谷の両サイドでの連絡手段があるのが決定打だった。


 では【風の軌跡】をどう分配するか、と言う話になる。

 まず今回地上での護衛が主だが、ロボット達が作業するのは渓谷の中の斜面だ。断崖絶壁に近い為空中に留まりながら作業をするのだが、そうなると問題は鳥系の魔物の存在である。

 そこでまず空中戦が出来るコロナとブレイヴを分けることにした。何よりこの師弟コンビは戦力面で言えば上位二名である。分けない理由は無い。

 そして残りをどうするかと悩み、結果次のように分配することにした。


 渓谷の向こう側に行くのは自分とポチ、ブレイヴ、そして【フォーカラー】の四人。残りのメンバーはこちら側と言った具合だ。

 最初全員にそれを言った時はもちろん何故この配分になったのか聞かれた。


 十五人もいる中で過半数以下の六名、それもこの中で一番ランクが下の【フォーカラー】が送るのは危なくないかと。それも一応ランクが上とは言え、【風の軌跡】の中で一番弱い自分が一緒に行くのはどうかという質問だ。

 ラムダンには場慣れしている【風の爪】と自分かブレイヴ、もしくはコロナが向こう側に赴いた方が良いのではないかと提案されてしまった。

 しかし残った方はロボットの護衛に加え野営地の両面を守らなければならない事。また女性陣……特にエルフィリアとコロナは食事の用意等、護衛以外でやる事があるのを理由に挙げると納得してくれた。

 まぁ後はブレイヴの手綱を握れるのが自分が一番適任だからと言うのもあったがこれは心の中にそっとしまっておく。


 ともあれ全員の了承を得たことでメンバー分けも無事に終わり、ブレイヴと【フォーカラー】のメンバーを引き連れ現地を見に行くことにした。

 野営地は街道を外れ渓谷にそって少し離れた位置にある。その為来た道を戻る形で一度街道に出て、渓谷に掛かる橋を渡り、その後野営地のほぼ真正面に付くように渓谷沿いを歩く。

 この崖とも取れる渓谷はまるで地割れのようにぽっかりと裂いたかのような形であり、それ以外は平野部である為視界は良好。渓谷を挟む野営地側はもとより、陸地が続く方も特に遮蔽物は無い為警戒する分には守りやすい場所でもあった。

 逆に言えば身を隠す場所も無いので力押しでこられたら弱いのだが、そこはブレイヴをうまい具合に扱って頑張っていこうと思う。


「この辺?」

「そうだね。護衛対象はこの崖下あたりで作業するから、俺らはここに陣を張って守る感じかな」

「任せたまえ! 我に掛かればこの依頼、完璧にこなして見せよう!」


 【フォーカラー】の面々が大丈夫かこの人と言わんばかりの視線をブレイヴに向けている。そしてそれを確かめるようにこちらにそのままの顔を向けてきたので苦笑するしかなかった。


「大丈夫だよ。多分よっぽどのことが無い限り魔物は寄ってこないんじゃないかな」


 どうして?と返す【フォーカラー】の面々にその根拠を話す。

 まず魔物は強い相手に対して襲ってくることはあまりない習性がある。そしてここには分かりやすくブレイヴとポチの二強がいる。

 更に言えば街道から少し外れた程度の場所であり、かつ渓谷を除けば視界が開けている立地。こんな場所に生息する魔物は小型であまり強くないものが多い。

 以上が魔物が寄ってこない根拠と四人に語るも、ミグが手を上げ質問を返した。


「でも僕達……いえ、僕達じゃなくても高ランクの人達が弱い魔物に襲われることもありますよ。もちろんすぐに倒すか、一撃交えたら魔物側が逃げることが多いそうですが……」

「それなら今言ってた"強い相手に対して襲わない"ってのは間違ってるってことか?」

「あー、ごめん。ちょっと情報足りてなかったね。間違ってはないんだけど、強さを測る方法が独特って言うか……」


 頭の中で言葉をまとめ追加の情報を伝えることにする。

 この事は魔国で経験した情報だが、どうも魔物は魔力や魔石あたりで強さを判別しているらしい。もちろんあくまで指標の一つである為、絶対と言うことは無い旨は加えておく。

 そしてここには分かりやすく魔石持ちがいる。戦狼であるポチと、額に魔石以上のヤバいものがはまっているブレイヴ。

 特にブレイヴはいるだけである意味魔除けになるような人材だ。事実あまり魔物が出ない街道を使っているとはいえ、ここに来るまでに一回も魔物に遭遇することは無かった。


「って感じかな。とは言え完全に任せっぱなしにすると何かあった時に怖いし、明日はまず皆で警戒用の罠を張ったりとか色々しようと思ってるよ」


 そう言葉を締めくくると【フォーカラー】の皆も納得してくれたようだ。ブレイヴも自分を持ち上げてくれたのが嬉しいのか、うむうむと腕を組み満足そうに頷いていたので問題無いだろう。


「ならとりあえず今日はどこに罠設置するか確認するか」

「そうだね。場所だけ決めておけば明日の設置も楽になるしね。一応ラムダンさんには後で話を聞いてもらうつもりだよ」


 その後周囲警戒をブレイヴに任せ、自分達が出来る範囲内での罠を話し合い初日の仕事は終了となった。



 ◇



 そしてその夜。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 焚き木の周りに設置した椅子(軽光魔法製)に座りぼけーっと座る数名。そんな彼らを眺めながらラムダンがこちらに向け言葉を漏らす。


「ヤマル、やりすぎだ」

「……いえ、流石にちょっとここまで効果あるのは予想外でして……」

「野営は至れり尽くせりとは程遠いモンだと思ってたんだがなぁ」


 後頭部を軽く掻くラムダンがそう漏らすのを聞きながら先ほどまでの事を思い出す。


 【フォーカラー】の面々とブレイヴと共に翌日の相談をし終え帰ってきた後の事だ。

 予定通り野営を行うため、皆でそれぞれ割り当てられた準備を行った。基本的には女性陣は食事の準備をし、男性陣は周囲警戒や設営補佐だ。

 そして夕食は野営をするとは思えないほど豪華なものだったと語るのは【風の軌跡じぶんたち】以外の弁である。

 何せカーゴの中には小さいながらもキッチンスペースはあるし、冷蔵庫や水道もある。もちろん自分の《生活魔法》が無いと動かないものばかりだが、有ると無いとでは雲泥の差だ。

 流石に十数名もの料理の全て作るには場所も設備も足りなかった為、スープのみは外で大鍋で煮込む形になった。だがこれですら近くに水場が無いここで作るとは自分たち以外思っていなかったようだ。

 そして皆に任せている間に自分は《軽光魔法》で食器やテーブル、椅子などを作っておいた。光度や輝度は落としてはいるものの発光していることさえ目を瞑れば普段使い程度ならば強度的にも問題は無い。人数が多い為いつも以上に作ることになったが、これも自分たちにとっては見慣れたものである。


 そして始まる夕食。

 野営なのに普段の食事とあまり変わらないことに驚き、続いてコロナ達が作った料理をうまいうまいと皆が次々に平らげていく。調理した彼女たちもそれを見て安堵と共に嬉しそうな顔をしていたのは印象的だった。


 そして食事が終われば風呂である。

 ……うん、これについてはちょっと頑張った。一室丸ごと魔法で作成できたのは"転世界銃テンセイカイガン"の補佐サポートあってのことだろう。

 浴場と言うにはやや手狭ではあるが、それでもちゃんと脱衣所と浴槽を兼ね備えたまごうことなきお風呂。これに喜んだのは言うまでも無く女性陣だ。

 流石に覗き対策として半々に分かれて入る事になったが、屋外で水浴びどころかお湯で体が洗えたことにご満悦と言った様子だった。おまけに服の洗濯付きである。

 これも自分の魔法と神殿から提供された浄化石を用いたいつも通りの手法。ただ女性の服は色々とデリケートな部分がある為、魔法を使う際は目隠しをする羽目になったのもいつも通りのことだ。

 これについての自分への扱いは仕方のないことなのは分かっている。干すならともかく水気を飛ばすのは自分しか出来ないし、流石に仲が良いとは言え異性に下着を見られるのは嫌がるのは分かり切っているからだ。


 そんなこんなでコロナに見張られながら入浴中のメンバーの服を洗い、とどめとばかりに出したのは風呂上がりのバニラアイスだった。これはマイに頼み調査ロボット達に持たせてもらった物である。

 氷菓はこの世界基準では中々食べれないらしいし、初日にこれをあげてやる気を促し、最終日にも食べることが出来ると言えば真面目に取り組んでくれると思ったのだ。


 これだけやれば全員普段以上のパフォーマンスで仕事に取り組んでくれるだろうと思っての行動だった。

 そして結果から言えば目論見通りうまくいった。だが先のラムダンがやりすぎと言うようにうまくいきすぎてしまった。


 自分からすれば普段やってることである反面、これらが他の冒険者の野営からかけ離れていることは重々承知している。まだコロナと二人きりの時は普通の冒険者らとあまり変わらない状態で過ごした経験があるからだ。

 しかしバニラアイス以外の件は全て自分達の力でやれることであり、人数が増えたところで多少は苦労はしても苦にはならない程度の物。今回は仕事の期間も長いし疲労も少ないに越したことは無いと判断して付き合ってくれた皆に感謝の意も込めこう取り組んだのだが……。


「とりあえず、なんだ。アイスだったか。まだ余ってるんだろう?」

「えぇ、最終日用に残して……あげませんよ?」

「分かってる。むしろつまみ食いされないか心配してるほどだぞ」


 いや、まさか……と言おうとしてふと気付く。

 先ほどまでぼーっとしていた面々の視線が何故かこちらに向いていることに。そして顔を向けるとあからさまに目を背けたことに。

 あれはそう、後ろめたい事をしたと言うかしようとしていると言うか……。


「……夜間は冷蔵庫の前にロボット置いておきますね」

「あぁ、そうしておけ。何も無いのが一番だしな」




 結果、何事も無かったのだが朝になるたびに特定のメンバーから恨めしそうな目を向けられることになる。


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