第337話 外交使節 四日目(その3)
(さてさて、ちゃんと話出来てるかなぁ)
場所は再び移り少し前に休憩していた別室。
流石に各国代表の話し合いの場に自分が一緒にいるわけにはいかず、かと言って初めての通信による三国会談。何かあった時に呼ばれることを考えると宿に戻るわけにもいかず、無事終わるまではこの場で待機することになった。
「今日は私達何もしてないよね」
「まぁコロ達は今日は俺の付き添いみたいなもんだからね」
一応護衛と言う体でコロナ達はいるが正直首都のど真ん中、それも政治中枢のここで襲ってくる人など基本いないだろう。
それこそあの代表団の人達が……なんてことでもない限り身の安全は向こうが保障してくれる。
何より……
「ん、どうした?」
先ほどと違い今回は一緒にいるディエル。
トライデントのリーダーが目の前にいる中でバカをやる相手などいないだろう。この国の中であれば特にその名は轟いているわけだし……。
「いえ、ディエルさんでもあの輪には入れないんだなぁと思いまして」
「流石に私でもトライデントが関わらない話は無理だね。特に人王国の女王様に魔国の魔王様と揃い踏み。あんな状況では
まぁそれもそうか。
有名なクランではあるが騎士団とは違いトライデントはあくまで傭兵集団。獣亜連合国からの依頼はあるだろうけど彼女たちは国のお抱え傭兵団では無い。
その為自分と一緒で政治に関する話に参加する資格がないのだろう。
「と言うか人王国の女王様に魔国の魔王様と懇意とか聞いてないぞ。それもコロナ含めて魔国の名誉国民になってるなんて……」
「まぁあれから色々ありましたので」
本当にこの国を出立してから色々あったなぁと思う。
そして待ち時間の間はディエルからの質問に答える形で昔話に花を咲かせていた。もちろん話せない内容はそれとなくぼかしておく。
レーヌやミーシャとの知り合った経緯も説明し終え、魔国でカレドラと遭遇したあたりで流石のディエルも驚きを隠せない様子だった。現代でドラゴンと言えばワイバーンなどの亜竜を指す。そんな中で現代に真のドラゴンと言える個体が生き残っていた事に対し興味津々とばかりに話を聞いていた。
流石にカレドラが棲む場所は教えてないし彼女は別に戦闘狂じゃないので突撃することはないと思うけど、やはり職業柄見たことも聞いた事も無い魔物には興味があるのだろう。そう言えば以前の裁判の時も何かポチを紹介した際にモフってた気がするし……。
「しかしアレだな」
「?」
アレってなんだろうと思っていると、ディエルがしげしげとコロナを見つめていた。
顔見知りで元上司とは言え彼女はこの国でも有数の有名人。そんな人にじっと見つめられるのは居心地が悪いのか、はたまたこそばゆいのかコロナは何とも言えない表情をしていた。
「いや、実際に手合わせはしていないが強くなったなと思ってね。何と言うか、一皮剝けたような印象を受けたよ」
「そうなんですか?」
「あぁ、純粋に成長したとは別の強み……いや、この場合は凄みとでも言えばいいのかな。何かきっかけがあったのだろう?」
きっかけ……コロナは元々強かったけど、一皮剥けた強さってことは身体的な成長や武具とかではなくもっと別の……。
(あぁ、普通にあった……)
昔を思い出して様々なイベントがあって忘れてたけど、確かにコロナが……いや、自分もそうなる事はあったなぁと思い出す。
これは話しても良いのか……いや、でも割と名前ばれてる大丈夫か?
「あぁ、コロナもヤマルも道中で師匠が付いたんだよ。で、そこで鍛えられたってわけだ。実際俺の目から見ても強くなったって分かるぐらいだしな」
そんな風に少し迷っている間にドルンが代わりに答えていた。
「そうだったのか。でもあなたの師匠になれる人ってそうそういないのでは?」
「まぁ、その……」
ディエルの問いにコロナがどうしようかと目配せしてくる。
あの目は師匠二人の名前を出すかと言う目。ただし有名人二人の名前を出すべきかと言う意味合いではなく、あの二人の奇行を喋って良いのだろうかと言う目だ。
師としては文句なく強いし実際自分やコロナが強くなった手腕は見事でしかない。ただそれを差し引いてもどうしても普段の様子が……。
「……? どうした?」
「いえ、その。師匠たちの話は何と言うか刺激が強いと言うか心臓に悪いと言うか……」
「
何も問題無いと言うディエルだが、まさか同クラス帯の人が二人もいるとは夢にも思うまい。
結局その後はウルティナとブレイブの事を交えた話をすることになるのだが、当時の敵国とは言えかの大戦の英雄が未だ現代に生きていることに更に驚かれることになるのだった。
◇
そんな風にヤマル達が裏で盛り上がっているその頃……。
「ではそちらの国では専用の連絡番を置いていると?」
『はい。こちらの装置ですが相手方の装置に声を留めておく機能があります。それがある場合は装置が教えてくれますので、連絡番を設けることで……』
すでに人王国や魔国が実践している事を獣亜連合国が教えて貰っている光景。たった数日とは言えこの辺りは一日の長がある二国に素直に教えを乞う形となっていた。
とは言えあくまで自国ではこうしていますよ、と言うレベルのもの。制度も違う国では同じことをしても別の問題が発生する事などザラである。だが手探りよりは多少なりとも指針があれば参考にはなる。後は都合の良いようにブラッシュアップしていけばよいだけだ。
そして三か国会談はつつがなく進む。そもそも今回は政治的な議題は特に無く、あくまで今後のことを話す場だ。
人王国からすれば貴重な古代技術の遺産を貸与することで恩を売れる場ではあるが、ここではそれについては現段階では特に言い出さないことにしている。
まずは外交強化。これによりより一層の友好関係を築きたいと言う狙いがあった。
遠くない未来の来るべきその時、最悪の結末を迎えた場合に一人でも多くの国民を救えると信じて。
「さて、こちらの詳細な決定については後日双方にお送りします。この場で即時決定を出せないのはもどかしいと感じるかも知れませんが、我が国の制度ゆえご理解願いたい」
『はい、それはこちらも承知しております。より良い関係を築けるよう、よろしくお願いします』
『魔国としても現状急ぐ案件はありません。ですが今日この日を迎えられた事はとても意義のあることだと思っています。今後とも、この繋がりが続くことを願っていますね』
三者三様、もとい三国三様と言った様子ではあったものの、初回としては全員が確かな手ごたえを感じていた。
その反面、初の通信装置による緊張からか獣亜連合国の面々が少し疲れを見せていたのだが、それについては誰も口には出さない。
ともあれ今日の会談はこれで終わりと誰もが思っていた中、この場で一番幼い声が全員の耳に届く。
『すいません、獣亜連合国の皆様に一つお願いがあるのですがよろしいでしょうか』
それはレーヌの声。
名指しされた獣亜連合国の面々がレーヌの姿を訝しげに見つめる。
『今回私たちの命でそちらにお邪魔している『風の軌跡』の方々についてです』
その名を聞いた各人の表情がいくらか和らぐ。現在獣亜連合国に来ている彼らについては慎重に対応せねばならぬが、あくまで彼らは政治の世界に関わらない人達だ。
「彼らですか。それでお願いとは?」
『はい。今回そちらに伺う際に"転移門"を使用したのは周知の通りですが、彼らが帰る為に"祭壇の間"を使用する許可をいただきたいのです。もちろん自由に行き来できる様にではなく、今回限りのものです』
その真意は単純にして明解。この許可が降りねば『風の軌跡』の面々は徒歩で人王国を目指すことになる。
実際以前は冒険者としてこの地に来た彼らではあるが、今回は最低限の荷物しか持っていない。最悪を想定し通常経路で帰る程度の資金は持たせてはいたが、その場合膨大な時間を浪費させることになってしまう。
だから今回に限り、帰りの一回分のみ彼らの為の許可が欲しかった。
「……その"転移門"ですが我々が止めようとも使用権はそちらにあるのでは?」
『使用するだけでしたらそうですね。ですがあの場所は獣亜連合国にとって大事な場所と聞き及んでいます。そちらに向かう際はやむを得ず無許可となり大変ご迷惑をおかけしました。ですので帰還については人王国からの正式な要請として正規の手順で帰ってきていただきたいのです』
そしてレーヌは"転移門"について更に述べる。
国と国を繋ぐ門である以上、今後もし使用する場合はこの様に通信装置にて正式に依頼をし、互いに許可が下りた場合のみにしたいと。
そしてそれを遵守させるために、今後彼には"転移門"を使い他国への行き来をさせないようにすると。
『"転移門"につきましては今後の議題となりますが、以後今回のように突然訪問させる真似は決してさせません』
最後にはっきりとそう告げレーヌは話を締めくくった。
人王国のトップである女王からのはっきりした宣言。これによりヤマルが無断で行き来した場合、その責任は人王国の責になるという明確な一言でもある。
なおこれについてはすでにヤマルと人王国の間でやり取りは済ませてある。ヤマルとしても"転移門"は便利ではあるが、出口が他国の領土にあるためあまりゴタゴタしたくないと話していた。
また今回のように無断で現れるような事を毎回やったら心象がさらに悪くなるのは想像に難くない。また自由に行き来出来る人物に対し予め制限と言う名の楔を刺しておくことで不安を取り除こうとする意図もあった。
まぁそれはさておき、人王国……と言うかレーヌからすればヤマルには早く帰ってきて欲しいわけで、そう言った諸々の理由を含め今回の要請は勝ち取りたいと思っていた。
「……皆、どうだ。"転移門"について今回の帰路に限り許可を出す。異論がある者がいなければこの場で採択したい」
少なくとも用途が分かっており、更には使用者が人王国からのお墨付き。何より今回の通信装置を発見した功労者でもある。
現状許可を否定する理由は何も無く、また議題として持ち上げる程の話でもない為この国の制度としては珍しくその場で確約が取れた。ただし場所が場所だけにあまり人目が付かない時間帯である夜になると条件付きであった。
無事交渉事が終わり皆が一息つきながら自然と談話をし始める。
はじめは通信装置越しという事もあり多少はぎこちなかったもののそこは誰もが上に立つ者。この様な場での他愛のない会話をするのも手慣れたものだった。
そんな中、ある代表の一人がずっと気になっていたことを口にする。
「しかしあのフルカド君でしたか。彼は何者なんでしょうか? 聞けばお二人とも面識があるとか」
何も知らない獣亜連合国の代表者達からすれば、彼の存在はすでに一冒険者に留まらない。
無論冒険者が高貴な身分と繋がりがある可能性も理解している。人王国で各貴族家にて個人的に契約する冒険者や傭兵がいる事も彼らは知っており、そもそもこの国ではトライデントがその立ち位置になる事が多いのだ。
しかし王家があのような冒険者を懇意にする理由が今一つ掴めないでいた。当人は仕事の縁でと話はしていたが、一介の冒険者がそれぞれの国のトップである二人と知り合えるものなのだろうか。
何より彼は本日あのディエルと一緒にやってきた。獣亜連合国が要請したわけではなく、とても個人的な理由でとのことだが……。
つまるところ繋がっていることは事実として認識してるが、何がどうなって現状の状態に納まっているのかが理解の範疇を超えていた。
故に世間話の体で少し聞き出そうとしたわけであったが、レーヌとミーシャは意外な事にあっさりと話してくれた。まるで隠し事など何も無いと言わんばかりに。
『ご存じの通り私が戴冠してからまだそれほど時間が経っていません。彼とは私がこの地位になる以前にお世話になりましたので、そこからのご縁ですね』
『私のきっかけは共通の友人でしたね。ですが今では彼は恩人とも言える人です。レーヌ様同様、こちらもお世話になりましたので』
話の内容自体は当たり障りのない言葉。だが言葉の抑揚や喋り方が会議の時に比べ柔らかくなっていた。
そしてそれは古門野丸と言う存在が彼女たちに取ってとても大事な部分に位置付けられている何よりの証であった。
ここに来て彼らは改めて理解し、過去の自分達を心の中で褒める。
それは『風の軌跡』の面々を無碍にしなかったこと、また先ほどの"転移門"の許可を即座にとった事。
その他諸々の判断を含め、対処法を違えなかったことに内心胸を撫で下ろすのだった。
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