第326話 外交使節 一日目
「戻ったよー」
「あ、おかえり。大丈夫? ひどい事されてない?」
「うん、大丈夫大丈夫。あまり良い顔はされなかったけどとりあえず話はちゃんと済んだよ」
エルフィリアがお疲れ様です、と荷物を預かってくれたので、それに甘えながら案内された部屋の椅子に腰を掛ける。
現在のこの部屋は獣亜連合国の人らによって貸し与えられた宿の一室である。中にいるのはいつものメンバーだが、ドアの外や宿の周囲には自分たちが何かしでかさないかを見張る兵士たちがいるそうだ。
「それでどんな塩梅だったんだ?」
「大体予定通りかな。少なくとも数日は保留だってさ」
そして先ほどまで獣亜連合国の人らと話あった内容を皆と共有する。だが実際のところ言うことが殆ど無いのが現状だ。
先も言った通り自分たちの処遇は今のところ保留。
現場レベルでは自分たちの進退を処遇する程の権限は無く……つまり上である"連合議会"へと丸投げしたのだ。
この辺りは獣亜連合国の仕組み上仕方は無いことである。むしろ恐らくそうなるであろうと見越しているため処遇の保留も予想通りと言える。
獣亜連合国は国としての方針を決める"連合議会"を頂点としているが、各地の町などはそれぞれの町長や村長が統治するスタイルだ。その為大まかな方針を打ち出した後は各地に任せる形となっている。
例えばドワーフの村であればその村長がまとめあげ統治するが、連合議会が打ち出した方針に背かない限り基本彼らは何も言わないし何も言えない。またその方針そのものも各種族間による差別や過不足が無いようにすり合わせが殆どだ。
つまりこの国は小国が一つに集まったような国なのだ。
だが国としてまとまっている以上もちろん国事は存在する。
今回の場合も首都とは言えデミマールの街で処遇する範疇を遥かに超えている。その為急遽"連合議会"のメンバーを集める運びとなった。
今日話した限りでは全員の召集は難しいが、おおよその方針が決めれる人数ならば数日もあればここに集うとのこと。正式な話はそれからだ。
「って事らしいけど、多分確証持てなくて持て余してるってのが本音じゃないかなぁ」
「ん、そうなのか? 親書は持ってるんだろ?」
「うん。ちゃんと持ってるし見せたよ。だから一応信じてはいるけど持て余しってところなんだろうね」
そう言ってドルンにレーヌから預けられた人王国の親書を見せる。
と言っても蜜蠟によって封をされている為中身を見ることは出来ない。もちろんこの場で開けるなどもっての外だ。
この親書が自分が今回の使節である証明。だがそれと同時に彼らからすれば怪しさが拭えない証拠でもある。
親書そのものは蜜蝋と人王国の刻印の為本物であるとは思ってくれている。だがそれを運んできたのがいきなり"祭壇の間"に現れた一介の冒険者だ。
本来であれば正式な外交使節の人が一緒に来るべきなのだが、その人らは二つの理由より来れなくなった。
一つは単純に"転移門"が信用できない。
過去の遺物、未知の存在。自分はその有用性は知っているし、コロナ達も類似物であるウルティナの《門》魔法をすでに体験済みのためその効能は分かっている。
しかしそんな『一瞬で遥か遠くのデミマールに行ける良く分からないもの』に乗る勇気は無いそうだ。その時は自分を含め誰一人試してすらしていなかったので尚の事である。
二つ目に貴族的に率先して不法入国に加担したくないそうだ。見栄や体裁を気にする貴族からすれば、例え国の要請であろうとも脛に傷は負いたくないのかもしれない。
国に仕える貴族が何を、と思ったが、この辺りはレーヌの力がまだまだ及んでいないのかもしれない。
後は単純に危険性を考慮して、だそうだ。
『いきなり国外の人間が現れるのだぞ。斬りかかられたらどうしてくれる!』と外交官の一人が失礼極まりない事をのたまった為今回は見送られた。
言わんとすることは分からなくも無いが、彼からすれば一般人である自分相手で大きく出てしまったのかもしれない。ただそのやり取りが
ともあれこんな人間が何故親書を?と言った感想を抱くことは向こうの立場からすれば妥当であろう。
その為の保留、上に丸投げ。……きっと自分でもそうするだろうし。
「とりあえずは使節としては扱ってくれるみたいだね。まぁこれで雑にやって本物でした、のパターンが一番痛いだろうし」
「外の人達は念のためですか?」
「親書の封は"連合議会"で開けないと意味がないからね。判断としては間違ってないし、それに俺たちの身元が割れてるからまだマシだと思うよ」
あの時出てきたパルを始め、レオにトライデントの面々から自分たちの素性の確認が取れたこと。更に言えばドルンのネームバリューがこちらでは予想以上に大きかったのが功を奏した結果だった。
「お仕事としてはしばらくはお休みかな。あ、でも見張りの兵の人と一緒なら出かけることの許可は下りたよ。流石に街から出ることと"祭壇の間"はダメみたいだけどね」
「お、なら自由時間か?」
「うん。でも皆も一応使節の供回りみたいな立ち位置だからあまりハメ外し過ぎないようにね」
とは言え一番のトラブルメーカーになりそうな二名がいないから大丈夫だろう。
……いきなり出てこないよね?
「…………」
そんな中、コロナが何かこちらに言いたげな顔をしていた。
あの顔は多分わがまま……ではないけど何かお願い事をしたがっている顔だ。そしてこのタイミングでのお願い事となれば多分アレだろう。
「コロ、家に帰っても大丈夫だよ。帰省許可もちゃんと取ってるからそっちで寝泊まりしててもいいし」
流石にドルンやエルフィリアの帰省は街から出るためNGであったが、コロナの実家は幸いにもこの街にある。
この件についても別途許可は取ったし、コロナ限定ではあるが実家での外泊許可も抑えた。身元が割れているのが逆に良かったのだろう。
「いいの?」
「流石に"連合議会"との会談時にはいて欲しいけど、それまでなら構わないよ。多分明後日ぐらいまでなら確実に大丈夫だろうし、もし急遽決まってもコレがあるしね」
コレ、と首から下がってる通信装置を指先で軽く弾く。
この世界においてどこにいても瞬時に情報伝達出来ると言う利便性は《風の軌跡》における絶対的なアドバンテージ。何せメンバー間のみならず、現状レーヌや王都の面々とも話すことが出来る代物だ。
「前ん時は俺はいなかったが、そういやコロナはここ出身だったな」
「あの時も色々あったけどね。今回は仕事だからあまり時間は取れないけど、それでも出せるときに顔は見せておいた方が良いよ」
何せ現状どうあがいても家族に顔を見せれない状態の人がここにいるわけだし。
人生ほんとに何が起こるか分からないのだから、親に顔を見せれるときはきちんとやっておくべきだと痛感しているのだ。
「ヤマルは一緒に行かないの?」
「うーん……正直迷ってる。コロを預かってる身として挨拶はしたいんだけど、精々二日程度しか取れない状態で家族水入らずの邪魔をするのもなーって。あと多分だけどまた妹のハクちゃんに泣かれそうでね……」
泣く子には勝てないとはよく言ったもので。デミマールの出立の日を思い出すと今でもグサグサと心に矢が刺さるようなイメージが浮かぶ。
「でもコロナさんが戻ったとなるとバレませんかね?」
「多分バレそうだよな。問い詰められた時にこいつがヤマルいないって嘘を言う理由もないしな」
「……ちなみにその場合ハクちゃんって泣く?」
「多分……」
だよなぁ。
初遭遇時に好感度を稼ぐためとは言え子どもに甘味はマズかったかもしれない。完全に餌付けされた状態だったもんなぁ。
来ないと分かれば間違いなくガッカリするだろう。
「……コロさえ良ければまたお邪魔してもいいかな。流石に夜になる前にはここに戻るけど」
「うん。お父さんはお仕事でいないと思うけどいい?」
「お仕事だもん、そこは俺は気にしないよ」
そんなこんなで明日の予定を軽く決め、表にいる見張りの兵士の人に出かける予定を伝える。
別にこちらの予定を伝えるように言われた訳ではないのだが、前以て言っておけば彼らも動きやすいだろう。
「後はレーヌに一応報告はしておかないとね。"転移門"は閉めたから多分やきもきしてるだろうし」
報・連・相はしっかりと。伝える手段がある以上はこれも仕事の内である。
レーヌなら多分夜に向こうからいつも通り通話してきそうだが、それはそれ、これはこれ。依頼を受けた以上は主と従の部分はしっかりとしておきたい。
「まぁ今やれることは何も無いからね。今のうちに休んでおこうってことでよろしくね」
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~Tips・転移門~
門の形をしたゲート。いわゆる大きなど〇でもドア。
使用時は出発点と到着点の双方の床から門がせり上がり、その後空間を繋ぐ。
使用後は再び床に沈むように元に戻る。
実際この門自体は座標と範囲を正確に出すための代物であるため、無くても"転移門"自体の作成は可能。
分かりやすい見た目は大事。
現状では権限持ちのヤマルのみ使用が可能だが、使用自体はある程度上のマスター権限があれば使えたため、昔は十数人以上の人間が使用していた。
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