第327話 外交使節 二日目(前)


 同じ日は二度と来ないけど、同じような日は毎日やってくる。今日もいつも通りそんな日になると思っていた。



「何か今日妙にピリピリした感じしねーか?」


 きっかけは隣を歩く男の子の言葉だった。

 今日もいつも通り仲の良い子達と遊んでいた。豹獣人のアルド君、猿獣人のサモン君、牛獣人のカウちゃん。

 そして私を加えた四人で街中を歩いていたところ、不意にアルド君がそう言ってきた。

 確かに少し街の雰囲気が違う気はしていた。今日はお父さんの様な兵士をよく見かけるし。

 

「そうだね~。何かあったのかな~?」

「事件?! ねぇ事件かな!」


 他の子達の反応も様々。

 何かを警戒するようなそぶりのアルド君。普段通りのんびりとして変わりのないカウちゃん。好奇心に任せ今にも飛び出していきそうなサモン君。

 私は……少し不安かも。お父さんが忙しいのはあまり良くないことだし。


「事件……って感じでもないよな。なんかこう……なんだ、うまく言えねーけど……」

「言いたい事はなんとなーく分かるよ~。でも私たちが遊んでるぐらいには大丈夫なんじゃないかな~」


 ほわほわした口調だけど言っていることはその通りだと思う。

 何かあったら私達みたいな子供は外に出してすら貰えない。昔も魔物関連で何回かその様な事があったのを覚えていた。


「だからそこまで気にしなくても~……あれ?」

「どうしたの?! 事件?!」

「ううん~。人が集まってるな~って」


 すぐに事件かと囃し立てるサモン君に動じること無く、間延びした口調のままカウちゃんが視線の先のものを指差す。

 その先にあるのは食料品が売っているお店。だけど今日に限って何故か人が集まっていた。繁盛のような集まりではなく、集団が立ちよったみたいな感じ。

 そしてその集まりを眺めるように少し離れた場所から遠巻きに見ている人たちがいる。


「なんだ、あれ?」

「偉い人でも来てるんじゃないかな~?」

「でもそんな人が寄るかなぁ? 良いお店だけど高級店じゃないよね。……やっぱり事件?!」

「でも事件ならあの辺の人らがもっと色々してるだろ?」

「ねぇねぇ。だったらあの中から誰か出てくるか見てみようよ! このまま帰ったんじゃモヤモヤして我慢できなくなっちゃうよ!」


 少し話し合った結果サモン君の提案通りしばらくあのお店を見張る事になった。

 私もだけど皆も気になっているみたい。


 そうして誰が出てくるんだろう、あんな人じゃないかな、いやいや絶対こうだろう、と皆で話していたらついにその時がやってきた。

 店舗入り口がにわかに騒がしくなり、まず店内にいたであろう兵士っぽい人が外に出てきた。っぽいって言うのは軽装で帯剣してるだけだったからだけど、お父さんもあんな感じの時もあるし多分兵士の人だと思う。

 

「あ、出てきたよ!」

「んー……人間、か? あんま見ない感じだけど……あ、おい!」


 そして出てきた人を見て思わず走り出していた。

 忘れもしない。あの人は――!!



 ◇



「結構品揃え良かったね。色々欲しい物あって目移りしちゃったよ」

「でしょでしょ。ここのお店はあたしのオススメなんだよねー」


 一夜明けた翌日の昼下がり。

 今日の午前中はゆっくりと過ごし昼食はお付きの兵士の人と一緒にとった。その時にこのお店を教えて貰ったと言う訳だ。

 ……まぁそのお付きの兵士って言うのが今隣にいるパルのことなんだけど。


「あれ、ドルンは?」


 そして買い物を終えお店を出たところでメンバーが一人足りない事に気付く。

 後ろを振り返るとコロナにエルフィリア、そしてパル。更に言えばポチはコロナに抱えられている。

 ただ先ほどまで自分達と一緒にいたはずのドワーフの姿が見当たらなかった。


「まだお酒見てるみたい」

「……あれ、決まったとか言ってなかったっけ?」

「前回来れなくて私たちと一緒になってからも寄る事が無かったので、何か今のうちに地元のお酒飲んでおきたいとか……」


 あぁ、だから他にも色々見繕ってるわけか。

 酒樽とか買いかねないなぁ。一応ポチに頼んで運ぶのを手伝ってもらうか……いや、いっそ宅配してもらってもいいかもしれない。

 流石にドルンと言えどコロナの家で飲む訳もなし。宿に戻ったら飲み明かすことだ……ん?


「あれ?」


 それに最初に気付いたのは珍しく自分だった。

 視線の先に見えるのはタタタと小走りに駆け寄って……じゃない、全力で走ってきている小さな女の子。そしてその見た目は簡潔に言えば今すぐそばにいる自分のボディーガードを縮小したような姿。

 言うまでもない、あの子はコロナの妹のハクだ。


「コロ」

「はいはーい!」


 どうやらコロナもハクに気付いたらしい。少しうれしそうなのはやっぱりお姉ちゃんだからなんだろう。

 コロナはピョンと足軽に自分の前に出ると目線をハクに合わせるようにしゃがみ込み、そして大きく両手を広げ万全の受け入れ態勢を取った。

 そして……


「っとと!」


 コロナがハクを抱きとめようとしたその瞬間、彼女はするりとその腕を掻い潜りそのままこちらへ抱き着いてきた。

 小さくても獣人の子の突撃は中々威力がありバランスが崩れかけるも何とかその場で持ち直す。


「えーと、ハクちゃん……?」


 声を掛けると抱き着いたままじっとこちらを見上げてくるハク。コロナと違い一見表情に乏しそうな子ではあるが、今の彼女が何を伝えたいのか目が雄弁に物語っていた。

 一言で言えば『アイス作れ』だろう。


 だが今はそうではなくて……。


「ハクちゃん、あっち。ほら、あっち」


 彼女を促すとその先には未だ両手を広げたままの姉であるコロナの姿。

 数瞬ほど間があったものの『あ』とこちらの意図に気付いたらしい。こちらを離れコロナの正面に回るとTake2とばかりにそのまま彼女の胸に飛び込んでいた。

 これが最初から出来てたら感動的だったのになぁ、なんて苦笑しつつもその光景を眺めていたまさにその時だった。


「このロリコン野郎ぉぉーーーー!!!!」

「ごふぁっ!?」


 何か視界に映ったと思った瞬間胸に衝撃が走り、勢いそのままに後ろへと吹き飛ばされた。



 ◇



「ほんっっっっっっっとうにゴメン!! ほら、あんたも謝りなさい!!」

「す゛い゛ま゛せ゛ん゛て゛し゛た゛……」


 目の前ではパルが頭を下げ、その隣の豹獣人の男の子の後ろ首を掴んで物理的に頭を下げさせていた。

 謝罪の言葉を述べ顔を上げるとその子はまるでリスの獣人かと見まがうほどに頬がパンパンに張れあがっている。


「えーと、パルさんの弟のアルド君だっけ?」


 どうも自分に飛び蹴りしたらしいこの男の子はパルの弟のアルド。そして彼はハクとは仲の良い友達なのだそうだ。

 本来なら弟と妹が仲がいい事にびっくりだねー、なんてコロナとパルの微笑ましい光景が出来そうなのだが、いかんせん初手飛び蹴りは時期的にもパルの立場的にも完全にアウトである。

 自分を蹴り飛ばしたアルドが追撃を仕掛けようとするも、すぐさまパルに捕まりその場で折檻された結果があの顔だ。

 なおエルフィリア曰くパルがいる事に気付いたアルドの顔は『人ってあんな絶望色に顔が染まるんですね……』と言うぐらいの表情をしていたらしい。


 対するこちらは頭から水を被ったかのように全身びしょ濡れである。

 これは吹き飛ばされた瞬間、ウルティナに叩き込まれた受け身の魔法……要は《生活の水》を固定化したクッションに全身から突っ込んだ為だ。

 自分の運動神経ではどう足掻いても受け身などまともに取れることが出来ないと判断したウルティナにより、とりあえず吹き飛ばされたときはこれを出して衝撃を逃せと指示された結果である。

 欠点は言うまでも無く強すぎる衝撃だと魔法を貫通して水の中に埋まってしまう訳だが、変に首を捻って死ぬよりはマシだと割り切っていた。


 ともあれ護衛と言うかお付きのパルの弟が推定使節を思いっきり蹴り飛ばした、と言うのは例え子どもとは言え暴挙以外何ものでもないわけで。

 しかし自分からすればそこまで気にする程の話でもなかった。子どものした事でもあるし、それに前回みたいにボコボコにされたわけでもないし。

 ……まぁこの街に来ると襲撃される呪いでもかかってるのか少し不安になるけど。


「で、何であんなことしたのよ」

「う……それは、その……」


 姉に詰められたアルドがそっぽを向くがその理由も何となく察しがついた。

 まぁロリコン野郎と言われ飛び蹴りを食らう理由なんて一つしかないだろう。それについてはコロナやエルフィリアも察しがついてるのか何とも言えない顔をしていた。

 何せコロナの隣にいるハクがアルドに向けじーっと視線を送り続けている。彼女からすればいきなり友達がアイスを作ってくれる人を蹴り飛ばしたのだから当然の行動ではあるが、それ以上にその視線に対してアルドが妙にダメージを受けているのだ。


(ハクちゃんのことが好きなんだろうなぁ)


 いいねぇ、この甘酸っぱい感じ。見ているだけで微笑ましい気持ちになってくる。

 頑張れ少年、未来のお義姉ねえさんがすぐそばで見守っているぞ。


 ともあれコロナの将来の義弟おとうとになるかもしれない子の立場が絶賛ピンチなので助け舟を出すことにした。流石にこれだけ大人に囲まれてあれこれ言われるのもしのびないし。


「パルさん、ちょっとアルド君借りていいですか?」

「え。そりゃいいけど……」


 そういう訳でアルドを連れて少しだけ離れた場所に移動する。

 大人と子どもとは言え被害者と加害者。何をやられても文句無いと思っているのか、目の前の少年は顔を俯かせたまま何も言葉を発せずにいた。


「さて……」


 そんな彼の前に立ち目線を同じ位置まで下げる。やはり負い目があるせいか、それだけでも彼がおびえているのが分かった。

 この辺は自分に怖がっていると言うより、下手な事をすれば姉に怒られるのを恐れているのかもしれない。


「まずは自己紹介だね。俺の名前は古門野丸だよ」


 とりあえず自分の名前を教え、仕事でこの街に来たこととハクの姉であるコロナの仲間である事を伝える。


「で、アルド君。君はハクちゃんの事が好きなんだよね」


 その瞬間彼の体がビクリと動き、一瞬だけとは言えその尻尾がピンと伸びる。

 分かりやすいなぁと苦笑しつつそのまま話を続けることにする。


「まぁまずはその誤解を解こうか。俺はハクちゃんは可愛いとは思うけど、それは子どもらしいって意味合いの可愛いね。そしてハクちゃんも懐いてるけど、彼女の好きは恋愛対象としての好きじゃないって断言できるから」

「……そうなのか?」

「そうなの。アレの好意の向いてる先は完全に食欲だね」


 そして以前来た時に彼女に氷菓を振る舞い、それで完全に食べ物によって好感度が上がった事を教える。

 ただしこの好感度、先も言った通り氷菓あっての好感度だ。つまるところ作る人がたまたま自分だっただけであり、他の人だろうが女性だろうがきっと同じような感じになっていたであろう。

 

「そんなわけだから頑張れ少年。同じ男として応援してるからね」


 ポンと肩を叩くと誤解が解けた事でようやくアルドの顔に安堵の表情が浮かぶ。

 だがそれも束の間。ある事に気付いたことでその表情が徐々に暗くなってしまった。


「……ごめんなさい」

「まぁ分かるよ。気まずいよね」


 誤解とは言え初手飛び蹴りしたことによる罪悪感が出てきたのだろう。結果としては何もしてない人間を害したのだからまともな精神なら当然だ。

 ちなみにまともな精神じゃなかったのもいたけど……あいつについても報告しとかないとなぁ。せっかくデミマールに来たんだし。

 とは言えそれについては一旦横に置き、今は目の前の少年への対応に注力する。


「……一応自分としては誤解ではあったし子どものやったことだから全部水に流して許す度量はあるつもりだよ。でもその様子だと多分君自身が納得できないんだよね」


 こちらの言葉に小さく頷くアルド。

 許すこと自体は簡単だしパルの手によってすでに罰は受けてはいるが、あくまでそれをやったのは姉である彼女の手によってだ。

 なんだっけ、信賞必罰だっけか。

 ともあれ今の彼に必要なのは自分からの許しではなく、明確な罪に対する清算だろう。分かりやすい罰則を与えることで心が軽くなるのはままあることだ。


「そこで俺から提案。君には罰として自分の言うことを三つほど聞いてもらいたい。それを以て今回の件に対して完全に許すってことでどうかな」

「わかった、やる。やります」


 うん、良い返事だ。ちょっと思い込みが激しいだけで根は真っすぐな子なのだろう。自分からすればその純粋さはまぶしく見える。

 とりあえずこちらを見上げるその顔が腫れぼったいのでまずは一つ目の言うことを聞いてもらうことにする。


「では最初の一つ目ね」


 そう言ってカバンから常備品のポーションを取り出し封を開けると迷うことなくそれをひっくり返す。

 目の前の光景に驚くアルドだが、ひっくり返されたポーションは自分の左手によって受け止められ、そして零れることなくその手の内に納まっていった。

 見た目は緑色のミニスライムの様なポーションの塊。自分手製のこれはもちろん《生活の水》を使って作っている。

 その為『魔力固定法』の対象内だからこそ、この様な事も難なく出来た。


「とりあえずこれを顔に当ててもらうところからかな」


 目の前で起きた液体が零れないと言うあり得ない現象にアルドは二度驚き、そして恐る恐るとばかりに差し出したポーションを受け取る。

 いやー、こういう子どもの素直なリアクションはいいな。大人相手だとこちらが望むようなリアクションは中々もらえないし。


「……これを顔に?」

「そ、顔に。強くなくていいよ、氷嚢当てるような感じでね」

「ちなみにこれはなんだ……ですか?」


 そのちょっと怖がってる表情に少し悪戯心が湧いてきてしまった。


「ある草を特別な手法で配合させて出来た煮汁にちょっと一手間加えた奴だよ」


 薬草を自分オリジナル手法で作ったポーションに『魔力固定法』を付与もの、が正確なところ。

 しかし自分で言っておいてなんだけど、こうはぐらかした言い方をするとただの怪しい物体でしかないなぁ。


 その後恐る恐る言われた通りポーションを頬に当てるアルドだったが、すぐさまその効能を身を以て実感したことで「だまされたー!!」と期待以上のリアクションをしてくれたのであった。


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