第238話 天敵


「ふむぅ。つまり話をまとめっと、その裏長うらおさってのがヤマルが会いたがってたヤツかもしれねぇってことか」

「カレドラさんが言ってたのがその人ならだけどね。人物なのか道具なのか、はたまた設備なのか何も教えてくれなかったし……」


 ゴブリンの後を歩きながら先ほどのやり取りを皆に説明する。

 話している間も周囲のマガビトらからの視線が痛くちょっと落ち着かなかった。マガビトの本能からか敵意と畏怖が半々の視線。前者は自分達に、後者はブレイヴ達にだろう。

 ともあれ襲ってこられるよりは遥かにマシなのでなるべく気にしないよう心掛ける。


「それにしても知らなかったわ。マガビトって基本単一種族で過ごすものだとばかりと思っていたのに……」

「何か色んな種族の方が集まってますね……。ちょっと怖いです……」

「この調子では他の種族のマガビトがいてもおかしくはないな。しかしミーシャよ、マガビトらが共通の言語をしていたと言うのは収穫だろう?」

「そうね、もし彼らの言語が翻訳出来れば覚えるのは一言語で済むもの。最悪ゴブリン語とかオーク語とか複数必要かもって思ってたし……。あ、ヤマル君、あっち帰る前に私に雇われない? お仕事はマガビト語の翻訳なんだけど、報酬に色はつけるわよ?」

「んー……考えておきます。召喚石の魔力が溜まる時間次第ですかね」


 そんなこんなで話していたら先を進むゴブリンが立ち止まりこちらに振り返った。

 その場所は自分達が目印にしていた巨木の袂。どうやらここに裏長がいるようだ。


「今カラ裏長ノ下ニ続ク門ヲ出ス。資格アラバ導カレヨウ。タダシ試スノハ我ラガ言葉ヲ理解シ人間ノミ! 供回リハ残ルガヨイ」

「だって」


 ほぼ同時通訳でゴブリンの言った言葉と同じ内容を皆に伝える。

 しかし自分からすれば日本語で聞いたことを日本語で話している状態なのでどうにも変な感覚だ。


「資格とはまたご大層なものだな。まったく……」

「……ねぇ、あなたやっぱり何か知ってるんじゃないの? この先にいるのが誰なのか」

「確証は無い。が、カレドラの言い方と……まぁ他にも理由はあるが、恐らくいるのはアイツだろうな。こんな所にいるとは思わなかったぞ」


 やはりブレイヴはここにいる人物に心当たりがあるようだ。

 何とも忌々しげな表情で巨木を見据えている。


「知り合いですか?」

「我の天敵だ。顔を見た瞬間殴りかかるやもしれん」

「そこまで?!」


 数多のドラゴンを屠りカレドラと正面きって戦えるブレイヴを以ってして天敵と言わしめるほどの存在。

 えぇ……そんなのに今から会わなきゃいけないの? 俺一人で??

 いや、でもこのゴブリンは資格が必要と言っていた。どの様な資格が必要かは不明だが、そんな物を手に入れた覚えは無い。

 仮に何かしらの資質などだったとしても、その場合逆に持ってない自信は十分ある。剣も魔法もこの世界基準でからっきしの自分が持ってる資質など全く無いのだから。

 ……自分で言っててちょっと悲しくなってきた。


「何ヲ騒イデイル。門ヲ出スゾ」


 そう言うとゴブリンは小声で何か詠唱をしはじめた。

 すると地面が少し揺れ、木の根元付近が盛り上がり地面から何かがせり上がってくる。

 それは形容するならば石で出来た鳥居とでも言うべきか、はたまたふちだけしかない扉の枠と言うべきか。

 自分が見上げるほど高く、そして幅があるソレ。

 ただし門と言う割りには何も閉じられておらず、むしろドアが無いため向こう側が完全に見えるぐらい全開である。

 端的にいえば門のすぐ向こうは巨木の幹だ。くぐったら間違いなくぶつかるだろう。


「サア人間ヨ、試スガ良イ」

「……あの、門の向こう何もないですよ?」

「貴様ニ資質ガアレバ裏長ノ下ヘ誘ワレルダロウ。裏長モココカラ出テクル事ガアル。問題無イ」


 自信たっぷりにそう告げるゴブリンからは何を気にしていると言わんばかりの様子だ。

 んーと、つまりエルフの結界みたいに実は木の幹は幻で、問題なければ素通り出来るとかだろうか。

 とにかく何らかの仕掛けがあって、資質があれば行けると言うことで納得しておく事にする。どうせ魔法的な話をされても自分では理解出来ないし。

 それよりももう一つ気になる事がある。


「あの、もう一つ質問なんですが、もし自分に資質が無い場合はどうなります?」

「ソノ場合コノ場カラ即退去シテモラウ。ゴネタラ実力行使ダ」


 とりあえず失敗即襲撃と言うことは無いようでほっと胸を撫で下ろす。


「ドウシタ、早ク試スノダ」


 流石にこれ以上は待たせるのも限界か。

 まぁ彼の言う資格に心当たりが無い以上、門をくぐって木に頭をぶつけて終了だろう。

 カレドラは行けば分かるみたいな感じだったが、この事はについては知らなかったのかもしれない。基本外に出ないドラゴンだし……。

 ともかく門に入れるかどうかを試すため、ペシンと両頬を軽く叩き気合を注入する。


「じゃあ行けたらちょっと行ってくるね」


 皆にそれだけ言うと意を決し、目の前の門へ身をくぐらせる。

 そして眼前に迫る木の幹から身を守るべく両手を前に出し衝撃を緩和させ――ようとしたその手が空を切った。

 それは一瞬の出来事。

 門をくぐった瞬間視界全てに広がっていた巨木は消え、代わりに映るのはとある一軒屋。

 赤い煙突付きの屋根に木製の壁。小さいながらも可愛らしい雰囲気を出すその家は、まるで絵本から実物が出てきたかのようだった。


「あれ、ここは……いや、ここが?」


 後ろを見れば先ほどくぐった石の門。

 ただしその周囲はマレビトはおろか皆の姿がどこにもない。それどころか先ほどの広場も完全に消え去っている。

 逆にこちらの家の回りは小さな庭と……あれは畑だろうか。何かの植物が規則正しく植えられていた。

 そして家を中心とした周囲すべてが深い木々に囲まれており、自分がくぐったあの門以外に出入口はどこにも見当たらない。


「あら、誰か来たかと思ったら見かけない子ねー」


 そのような感じで物珍しさから周囲を見渡していると、チリンと鈴の様な音が鳴るのが聞こえた。

 慌ててそちらへ体を向けると家の玄関のドアが開かれており、そこから現れたのは一人の……それも人間の女性だ。


「あ、ど、どうも。はじめまして……」


 その人を見て思わず言葉が詰まってしまう。

 なぜならその人は有り体に言ってしまえば美人だった。それも頭に物凄い、と付けても良い程にだ。


 腰まで届くウェーブの掛かった印象的な真っ赤な髪。そして髪とは対照的なややつり目がちな青い瞳に整った顔立ち。

 その下はエルフィリアに負けず劣らずの豊満な胸がこれでもかとばかりに女性らしさを強調していた。

 歳は自分と同じぐらいだろうか。しかし全身からにじみ出る色気が歳不相応な妖艶さを漂わせている。


 そして身につけている服装が彼女が何者なのかをこれ以上ないぐらいに表していた。一言で言ってしまえば彼女の服は『分かりやすい魔法使い』の格好だった。

 服の色はすべて紫紺で統一。そして頭には当たり前とばかりに大きめのトンガリ帽子を被っているのがその証拠とも言えよう。その手には様々な意匠が施された立派な杖を手にしている。

 また服飾に詳しくないため彼女が着ている服が何と言うものなのかは知らないが、元の世界にある物で例えるなら『肩あきチャイナドレス』と言ったあたりだろうか。

 その肩の部分だけでも目のやり場に困るのに、腰まで届きそうなぐらいの片側スリットとその隙間から見える足がとても扇情的である。

 足首ほどまであるロングスカートのはずが、スリットのせいで余計に色気が増している気さえした。

 一応その上から服と同色のマントを羽織ってはいるのだが、この人の前ではそんな物はただの気休めでしかなかった。


「えっと、あなたが裏長さん……ですか?」

「そうよー。裏長って言葉が出てくるって事は表のマガビト達から話を聞いたって事かしら」

「あ、はい。杖を持ったゴブリンに教えてもらいました。あと門も」

「ふむふむ、なるほどなるほど」


 ゆっくりとこちらに近づき、何やら値踏みするような視線でこちらを窺う女性。

 何と言うか正直ちょっとこそばゆい。


「あ、その、すいません。まだ名乗ってなかったですね! 自分の名前は古門 野丸って言います」


 ちょっと視線に耐え切れなくなり、それを誤魔化すようまずは自分の名前を告げる。

 すると女性もまだ名乗ってない事に気付いたらしく、その名前を言おうとして……何故かその動きを自ら止めた。


「ちょっと待ってね。あーあー、コホン」

「……?」


 なんだろうと思っていると彼女は自分から数歩分ほど離れた場所で立ち止まる。

 そして徐に杖を持った手を前に突き出し、マントをはためかせてはに似た自己紹介をし始めた。


「ある時はしがない魔法使い。またある時はマガビトの裏長。しかしその実態は……そう、このあたしこそウルティナ=ラーヴァテインその人よ!!」


 バーン!!と言う爆音と共に彼女の背後でまるで特撮もののようなカラフルな爆煙が炸裂する。

 突然の爆発に驚き思わず一歩下がるも、胸中では自然とある感想を抱いていた。



 あ、この人ブレイヴさんと同類だ、と。



 ◇



「ヤマルさん、大丈夫でしょうか……」

「いきなり消えちゃったわよね。どんな魔法かしら……」


 ヤマルが門から姿を消し数分。

 中で何が起こっているか分からず、また周囲はマガビト達が見張っている為自由に動く事も出来ないでいた。

 後を追いたい衝動に駆られるも、すぐそばに居るゴブリンの魔法使いが何をするか分かったものではない。

 そもそもヤマルがいなくなったことで、このゴブリンの言葉を理解できる人材が誰もいなくなってしまった。

 仕方ないので彼が帰ってくるまでは大人しく待とうと言うことで意見がまとまる。


「しかしよぉ、いなくなったってことはヤマルには資格があったってことだよな。でもマガビトらの裏長に会う資格なんてあいつ持ってたか?」

「後は試す権利って言ってたよね。でも権利はマガビトと言葉を交わせること……なんだよね?」

「……ねぇ、裏長の正体教えなさいよ。予想でもいいから」


 ミーシャのその言葉に一同の視線がブレイヴへと集まる。

 視線を集めた彼が腕を組み、目を伏せ黙考することしばし。はぁ、とため息を吐くとようやくその重い口を開いてくれた。


「正体が誰かを話す前に順を追って説明しよう。我の場合まず最初に気づいたのはカレドラの態度からだ。あいつがこの場を教えたということ、そして出立前に我に向けたあの下卑た笑み。あれは間違いなく我に嫌がらせを行い喜んでいる顔だった」


 思い出したのか、おのれカレドラめ……!とブレイヴが悔しそうに歯噛みしているが、そんな表情をしていただろうか。

 ドラゴンなんて始めて見たし自分には良く分からなかったが、彼には分かる表情の機微があったのかもしれない。


「そしてヤマルの召喚石に関わることなどもはや魔力回りのみだろう。そしてそれを行えるのは人間のみ。つまり我の苦手な人間などアイツしかいない、と考えに至ったわけだ」


 知り合いだからその考えに行き着いたというブレイヴだが、そうではない者の視点からでも答えに辿り着けそうだと付け加える。


「まずヤマルが言っていた『権利』と『資格』だ。権利はマガビトと言葉を交わすことが条件である事が分かっている。そして我ら魔族ですら不可能なマガビトとの会話となれば……」

「なるほど、ヤマル君達異世界人ね」


 この世界の言葉を話せるようになる不思議な力。

 ばれた異世界の人間は一様にこの力を授かるらしい。これが無ければヤマルと会話することも出来なかったし、そもそも出会う事すら適わなかっただろう。


「つまり意図的に人間の中でも異界の者達を対象としている。とは言えもしかしたらマガビトの言葉を話せる者が出てくるかもしれんし、たまたまこの場に異世界の者が来る可能性もある。故に自分に会う為の『資格』で更に振るいに掛けているのであろう」

「でもその資格ってなんだろうね。ヤマルはこの裏長の人に関わりそうな物とか持ってないよ。それに特別な力も持ってないし……」

「だが現にヤマルは資格を得ていた。だから姿を消したってわけだが……アイツ、そんなのあったか?」


 ドルンの言葉に彼と初めて会った傭兵ギルドからの思い出を振り返り心当たりを探してみる。

 ヤマルの身近な資格と言えば各種ギルドの職業回りだろう。例えば冒険者ギルドの冒険者としての資格を現すなら、いつも身につけているプレートがそれに当たる。

 しかし長い間ヤマルと一緒にいた自分だから分かる。ここの裏長と繋がりのある様なことは一切無かった。

 もしかしたらレーヌの時のようにひょんなことから知った可能性も無くは無いが……魔国の、それもマガビトの森にいる人物との接点なんて考えられない。


「それであなたならその『資格』も分かってるんじゃないの?」

「確証は無い。いや、無かったが正しいか。予想自体はしていたが、ヤマルが消えた今なら分かる。恐らく資格はアイツと縁のある何かを持ってるか得ていることだろうな」

「縁のある……例えばその裏長さんの持ち物とかでしょうか」


 うむ、とブレイヴは肯定すると、腕を組み巨木の幹に背を預ける。


「何の因果か、ヤマルはそれを持っていた。気づいたのはヤマルがカレドラと戦った後だ」

「あー……そう言えば何かヤマル君の魔法の盾持って今みたいな顔していたわね……」

「ヤマルの魔法は微弱すぎてカレドラに言われるまで気づかなかったが、波長がアイツの魔法そっくりだったのだ。つまりヤマルの《生活魔法》はアイツが作った物であり、それが『資格』となったのであろうな」

「ふぅむ……まさか《生活魔法》にそんな秘密があったとは……」

「まぁでも確かに魔法としては色々突飛な部分あったわね。コロナちゃん、あの魔法って人王国で買ったんだったっけ?」

「あ、はい。私が会った時にはもう使ってたんですが、王都の魔術師ギルドで買ったと言ってました」


 ヤマルにはあの魔法を覚えた経緯についてもある程度は聞いていた。

 何でも普通の人の魔力では大きすぎて、扱うには物凄い集中力と魔力制御が必要な魔法。その割には効果が弱すぎて欠陥魔法扱いをされていたと。

 だから魔力が極端に低い自分だから、丁度合ったんじゃないかなと苦笑しながら教えてくれたのを覚えている。


「いやはや。ここまで来るとちょっとした運命と言うものも信じたくなってしまうな」

「まぁ言いたい事は分かるけど、結局誰なのよ?」


 ほんの少しだけ楽しそうな表情をするブレイヴだったが、ミーシャに再度問われるとその表情を戻す。


「おっと、そうだったな。まぁお前なら薄々気づいているのでは無いか? 我が苦手とし、ここの結界やそこの門を作り、何故か異世界人のみに分かるような形でここに居を構え、《生活魔法》なんて妙な魔法を生み出す人物。よっぽど魔に精通しているのであろうな」

「……え、ちょっと待って。あの人なの? 人間よ??」

「人間だがアイツならば何でもやりそうであろう?」

「確かにそうかもしれないけど……」


 なんというか、ブレイヴと同じ答えにたどり着いたはずのミーシャが浮かない表情をしている。

 ブレイヴの天敵ともなれば彼女にとってもある意味天敵かもしれないけど、基本人当たりの良いミーシャにまであのような顔をさせる人物なんていただろうか。


「あの、答え……」

「……まぁ正直なところあまり名を呼びたくは無いのだがな。そいつの名は『ウルティナ=ラーヴァテイン』と言う。聞き覚えは無いか?」

「ウルティナ……? 俺はどっかで聞いた気がするが、どこだったか……。コロナはどうだ?」

「うぅん……聞いたことあるような無いような……知り合いにはいないと思うけど……」

「私は聞いた覚えないですね……」

「わふ」


 何だろう、すごくもやもやする。

 どこかで聞いた気がするけど思い出せない。喉まで答えが出掛かってるのに、その答えが掴めないようなもどかしさだった。


「まぁそうであろうな。ならばヤツの通名であれば聞いたことがあろう」


 そう言うとブレイヴは背もたれていた木から離れ、皆を見渡すような位置まで移動するともう一つの名を告げる。


「人王国ではこう呼ばれているそうだ。『伝説の魔女』、とな」



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