第237話 次なる方針
「ヤマルよ。それで次の目的はどうするのだ?」
カレドラの住まいにて二回目の夕食の最中、不意にブレイヴからそのような質問が飛び出した。
「次のって言っても後やることは……」
「あぁ、すまんすまん。召喚石に魔力を込めるのであろう? しかしそれは人間しか出来ぬ故、人王国に帰る必要がある訳だ」
「まぁそうですね」
魔国での目的である魔宝石を入手し、召喚石をついに手にする事が出来た。
後は帰還用の魔力を充填するだけだが、ブレイヴの言うようにそれは人王国でしか行えないことだ。
「しかしそれとは別にやることがあろう。コロナの剣は現在は折れているのだから、直すにしろ買うにしろ一度街に戻らねばなるまい」
「あ、ヤマル君は一応冒険者としてのお仕事中だからディモンジアまではちゃんと来てもらうからね」
「えぇ、大丈夫です。流石にここから人王国目指すことはしませんよ」
確かに人王国へ早く戻りたいと言う想いはある。
しかしミーシャの言うように現在は冒険者として依頼を遂行している最中だ。自分の目的は果たしたので、後はブレイヴとミーシャをディモンジアに送り届ければ依頼としては一応完了となる。
それにブレイヴが指摘したように現在コロナの剣は真っ二つに折れている状態だ。
曲がっていた剣はすでにドルンによって一度綺麗に折られ、軽く形を整えられた上で鞘の中に納まっている。
今あの剣を抜けば刀身が半分しかない姿が現れるだろう。
あのような武器ではコロナが十二分に戦うことは出来ないため、早急にどうにかしなければならない。
何せ人王国への帰路も彼女の力に頼ることになるのは想像に難くないからだ。
「更にドルン氏の件もある。彼のやろうとしていることは一朝一夕で結果が出るものでもなかろう」
「まぁ……そうだろうね。そう言えばそっちの進捗はどうなったの?」
「ん? あぁ、大体貰うべき部位は決めた。明日カレドラ殿に加工法を伝授してもらう手はずも整えてある。譲り受けたあとはそのまま出立が可能だ」
「そうなると明日ここを発って、時間次第でしょうがそのままマガビトの森を抜けて町でしょうか?」
「うーん、荷物あるし行きと一緒で森の前で一泊が良いんじゃないかなぁ。一気にいくと森の中で夜を明かす事になりそうだよ。ブレイヴさんやミーシャさんいるけど、私の剣が折れた状態だと戦いはなるべく避けたいし……」
「時にコロナよ。剣が無いと戦えない、なんてことはないか?」
「剣が無い場合の格闘術もちゃんと覚えてるよ。でも護衛となるとやっぱり剣が欲しいし……」
やいのやいのと皆が明日以降の予定を話し合う中、かなり申し訳ないのだが自分にはちょっと行きたい場所があった。
おずおずとゆっくり手を挙げると、皆がこちらに一斉に注目する。
「……? ヤマルさん?」
「あー、その、ね。皆には悪いんだけどちょっと寄り道したいなー、と」
「寄り道? 構わないけどヤマル君はどこに行きたいの?」
「えっと、帰り道からちょっと外れるんですが……」
◇
「それでは本当にお世話になりました」
「うむ。息災での」
翌日、カレドラへ最後の挨拶を交わし遺跡を抜け、皆で山道をゆっくり降りる。
進行速度が遅いのはドルンとポチが積載量ギリギリ程の荷物を背負っているからだ。お陰でドルンの荷物の一部は自分が受け持つ事になった。
明らかに一人が持つ量ではない竜の素材。結構重量はあるはずなのに、ドルンの顔はとても満足気だった。
「いや、中々良い旅だったな。ヤマルに一緒に着いてきた甲斐があったってもんだ」
まさにホクホク顔だろう。いかついドワーフ特有の表情なのに、眼だけはまるで少年のような輝きをしている。
(まぁ無理もないか)
素材そのものもだがこれらを加工する足掛けを知れたのは大きい。
今朝方、カレドラ立会いの下でドルンが選定した竜の骸を譲渡するシーンを思い出す。
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竜の骸が安置されている一室。
昨日のゴーレムなど比べ物にならないほどの硬度を誇る竜の品々の前で、これらを加工するために必要そうなものをカレドラは教えてくれた。
『ワシら竜が爪、鱗、それこそ骨をしならせる様な方法……まぁ方法と言うか当たり前の事過ぎて気にはしなかったがの。恐らくじゃが魔力、それも『竜の魔力』であろう』
ドルンの見立てやカレドラの説明から竜の硬い部位はしならせることも曲げる事も出来る。
しかし現時点で所持者である彼ら以外にそれは適わない。
とすれば理由は竜にあって他の種族に無い物、それも竜特有の物であり、竜が死後持ち得ない物。
つまり生きている間のみ発生する『竜の魔力』なのだろうとカレドラは語った。
実際魔力で現行より硬くすることも可能らしい。
『しかし竜の魔力は我らしか持ち得ぬ』
『しかしカレドラよ。魔力の譲渡なぞ人間の領分、それも人間とて同種族間だけの技術のはずだが?』
『ではカレドラ殿に手伝ってもらうしかないと?』
『いや、要は魔力を含むものがあれば良いのだ。つまり……』
何時の間に作ったのか、カレドラはドラム缶ほどもありそうな壷を自身の傍らから取り出し皆の前に置く。
すると自身の爪で手を軽く引っ掻くと、人間では傷一つ付かぬであろう肌から血が溢れ、壷の中をそれで満たしていく。
『この身駆ける血ならばワシの魔力もあろう。どう使うかは任せるが無駄にするのではないぞ』
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・
(で、実践出来ちゃったもんなぁ……)
試しに、とばかりにカレドラの血を竜の牙に馴染ませたら変化があったらしい。
らしい、と言うのはドルンがそう言ってたからだ。細かいことは忘れたが、なんでもそういう変化が分かる眼を持っているとかなんとか。
ともあれドルンの手により素材を必要な分貰い受ける事が出来た。採掘ではないが本体から切り分けるときのドルンの顔はもう恍惚と言っていいほどの喜びようだったのは記憶に新しい。
「(ヤマル、ヤマル)」
「(ん?)」
コロナがこちらの隣にやってきては服を小さく引き小声で話しかけてきた。
「(あれ、どうしたの?)」
あれ、と言うのはホクホク顔のドルン……ではなく、先頭を歩くブレイヴのことだろう。
「(……どうしたんだろうね、ほんと)」
ブレイヴにしては珍しく、本当に珍しく不機嫌だった。
彼があのようになったのは次の行き先を決めた後のこと。自分の希望でちょっと寄り道をしてもらうことになったのだが、その後から何故かブレイヴの機嫌が悪くなったのだ。
寄り道自体が嫌で早く帰りたかったのだろうかとも思ったが、ミーシャが言うにはそんな感じではないらしい。ただし彼女をもってしても何に対して機嫌が悪くなったのか分からないとのことだ。
「(そもそも目的地って何があるのか分からないんだよね?)」
「(うん。カレドラさんが召喚石の魔力の溜め方で心当たりがあるってぐらいしか……)」
そう、今回急遽寄り道をすることになったのはカレドラからの紹介だ。
彼が言うにはどうも召喚石の魔力の溜め方か何かで心当たりがあるらしく、ここからそこまで離れていない場所なので皆に付き合ってもらう事にした。
ただ何があるのかはカレドラは教えてくれず、行けば分かるの一点張りだった。
「(まぁ目的地にブレイヴさんの苦手なものがあるとか、そんな感じじゃない?)」
「(あるの? 私にはその辺無さそうな人に見えるけど……)」
「(あるんじゃないかなぁ。あんなに露骨だとよっぽどじゃない?)」
それでも着いて来てくれるのはブレイヴの美徳だろう。義理堅いというか困った人は見過ごせないというか。
根はいい人なのはこれまでの付き合いから分かってはいるのだ。ちょっと力の使い方が斜め上方向に突き抜けているだけで。
「ヤマルよ、とりあえずあの大木を目指すのだったな?」
「あ、はい! そうですそうです!」
山を降りつつ目の前に広がるのは来るときに通ったマガビトの森。
向かって左前方、森の中から一本の巨大な木が突き出ているのがこの位置からでも見て取れる。
あの辺りが目的地なのだが、一体何があるのだろう。
「よし、さっさと終わらせるぞ」
よほどあそこにあるのが嫌なのか。
何があるのか聞きたい衝動に駆られるもあの状態のブレイヴに話しかける勇気はなく、一路目的地へと足早に向かっていくのだった。
◇
予定ではマガビトの森に入る前に一泊し、翌日寄り道を経て森を抜けるつもりだった。
しかしブレイヴが速めに済ませたいということと、彼の威圧感からか魔物はおろかマガビトの姿も見えずそのまま目的地に向かう事になる。
森とは言え目印のある道中だ。たまにコロナが木の上まで出て位置を確認しながら進むこと数時間。
木々に囲まれた森の中、自分でも巨木の姿が目視で確認できるほど近くまでやってこれた。
行きもそうだったが怖いぐらい順調な道程に何かしら落とし穴が無いかと勘ぐりつつも、この先に召喚石に関わる何かがある。
その期待を胸に先に進むと不意に森が途切れ、代わりに巨木を中心とした広場のような場所に辿り着いた。
目印にした大木を中心とした巨大な公園とでも言えばいいだろうか。
人里離れた場所だけあり手入れはされてないものの、ちょっとしたキャンプ場ぐらいの広さと雰囲気がある場所。
そして……
「マガビトか」
先頭のブレイヴが呟くと同時、自分とエルフィリア以外が即座に臨戦態勢に入る。
広場には明らかに魔族でもなく、魔物でもない……強いて言えば人型の魔物のような種族がそこかしこにいた。
爬虫類を思わせる、体表に鱗を持った
小柄な体躯に尖った鼻、緑の肌を持つ
大柄な体に斧を握り締めたあの種族は
その隣では更に大きい体を持ち、突き刺されたらただでは済まないであろう二本の角を生やす
どれも魔国に来る前に調べ、知識として頭に叩き込んだマガビトの種族たちだ。
こちらを睨みつけるように見る彼らも、一触即発とばかりに殺気を放っている。
そんな中、隣にいるミーシャは怪訝な表情を浮かべていた。
「変ね。彼らの気配は何も感じなかったわよ」
「あの大木を中心にかなり巧妙に結界が張ってあるな。あの数がここまで接近するまで気づかないとなれば恐らく気配遮断だけではあるまい。視覚、聴覚、嗅覚系も誤魔化すようなものだろう」
「結界? マガビトが?? 魔法使う個体はいるでしょうけど、私やあなたを誤魔化せるぐらいのを張るなんてとても思えないわよ」
「だろうな。マガビトでは無理であろう」
何かブレイヴには心当たりがありそうな言い方だった。
しかしそれよりも現状この場をどう脱するべきか。
魔族とマガビトは友好的とは言えないが、向こうが恐れている以上敵対関係にはなっていない。
だがここで事を構えたら、今後その関係に何かしら変化が起こる可能性は十二分にある。
そもそも魔族以外ならマガビトは襲ってくるのだ。ブレイヴたちがいるとは言えこの数、捌ききれるか……。
「警告ダ! 敵対意思ガ無イナラバ右手ヲ挙ゲロ!」
瞬間、コロナは折れた剣を引き抜き、ドルンは荷物を地面に下ろし槌を手に取る。
声の主はマガビトの中でも奥の方に見えるみずぼらしい杖を持ったゴブリン。他のゴブリンが粗末な手斧や短刀に腰巻と言う中、その個体だけは服の様な物を着込み体や顔にタトゥの様な意匠を施していた。
「おいおい、話には聞いてたが穏やかじゃねぇなぁ」
「私としてもマガビトとのいざこざは避けたいわ。ヤマル君、残念だけどここは一旦退いてまた別の日に……何してるの?」
「え?」
何って見ての通り右手を上げているだけである。
敵対意思がこちらに無いと示すためあちらの指示に従った。それに最悪矢で射抜かることも考慮し、右手の表面には《軽光》魔法の膜はしておいた。
「ヤマル、手を降ろして! 危ないでしょ!!」
「いや、だって、ちょ、待って、無理矢理引っ張らないでって……!」
こちらの手を無理矢理下げようとコロナが腕にぶら下がりそのまま強引に降ろされる。
そんなこちらの様子を見てか、マガビト側から更なる声が掛かった。
「意思ガアルノカ無イノカハッキリ示セ! 今度ハ左手ダ!」
言われまだフリーな左手を挙げると今度は即座にエルフィリアが手を掴みまたまた強引に降ろされる。
彼女の力がそこまでないとは言え、全体重をかけられては自分の腕力ではどうしようもない。
「ヤマルさんダメです! そんなふざけてたことしたら射られちゃいますって!」
「ふざけてないし物凄く真面目にやって――」
「全員、武器ヲ降ロセ!」
ガン、と先のゴブリンが地面に杖を着くと、手放しはせずともマガビト達が武器を下ろす。
ゴブリンだけではない。まるで統率が取れてるかの様に他の種族も全員があの個体に従っていた。
「え、何? どういうこと?」
「我らと戦うことを愚考と悟った……と言う訳では無さそうだな。コロナ、ドルン氏。こちらも武器を降ろせ」
「あ、うん……」
ブレイヴの言葉に戸惑いながらもコロナとドルンは構えていた自身の武器をゆっくりと降ろす。
向こうもまだ武器を手にしている以上しまうことは無かったが、それでも向こうからの圧が若干和らいだ気がした。
そして先ほどから話しかけてきていたゴブリンが数歩前に歩み出ると、手にした杖をびしりとこちら……と言うより自分に向けて突きつける。
「ソコノ貧相ナ人間!」
「え、あ、はい?!」
強い言葉を浴びせられ、思わず背筋が伸びてしまう。
「貴様ハ
「へ、裏長? 客人?」
ゴブリンからの強い問いかけに言葉が詰まる。
裏長とか客人とか一体何の事か。話の流れから察するに、ここにはその裏長ってのがいて、自分達はその人物に会いに来たのではないかと言う問いかけなのだろう。
裏長がカレドラが言っていた行けば分かると言っていた存在そうなのだが、違うとなると嘘をついたことになってしまう。
どうしたものか。この国に一番詳しいであろうミーシャに目配せするように視線を送るも、彼女は何故か驚いたような表情でこちらを見ており。
ではブレイヴなら、とそちらに目を向けるも、彼も何やら妙なものを見るような視線を向けている。
(ん~……?)
アドバイスや助けはもらえそうに無いが、何故二人ともそんな顔をしているのだろう。
ゴーレムの時のように自分達で何とかしろということか。でもそれにしては表情が何か変なような……。
とりあえずだんまり状態が続くのはあまり良くない。まずはあちらをあまり刺激しないよう言葉を交わす事にする。
「客人と言って良いか分かりませんが、自分達が探しているのがその裏長の方かもしれません! もしよろしければ面会させていただけますか?!」
言った言葉は正しかっただろうか。
対応が間違っていたら再び剣呑な雰囲気に逆戻りになってしまうが、果たして……。
「裏長ト会ウニハ資格ガ必要ダ! ソシテ我ラト言葉ヲ交ワス人間ハソノ資格ヲ試ス権利ガアル!」
(資格? 権利?)
「人間トソノ供回リヨ、着イテ来ルガ良イ。タダシ変ナ真似ヲスレバ即座ニ同胞ガ襲ウ事ヲ知レ!」
そう言うとゴブリンは踵を返し、こちらだと言わんばかりに奥の方へと歩いていく。
それを見た周囲のマガビトもこちらを招き入れるように場所を開けてくれた。
「どうしよ……って言っても言われた通り着いて行くしかないよね。とりあえず武器しまって……何?」
「ヤマル君、貴方、マガビトの言葉分かって……って、あ! そっか……」
「異世界人特有の翻訳魔法だったか。マガビトにまで対応しているとか本当に便利だな」
「……あ」
思い出した。マガビトは確かこちらの言葉が通じないと言う話だった。
その時はそう言う種族だと言うことで聞き流していたが、カレドラの竜語すら対応する翻訳機能はどうやらマガビト語(仮称)も対応内だったらしい。
「え、ってことは……」
「私達には何か吠えてると言うか威嚇してるような声にしか聞こえなかったよ」
「あ、だからヤマルさん急に手を挙げたんですね。いきなり変な事するからびっくりしちゃったんですけど、何か声を聞いていたんですね……」
なるほど。
つまり先ほどの自分の行動は、「ガルル!!」みたいに威嚇している魔物の前でいきなり右手挙げた様なものか。
確かにそれだけ見れば突飛な行動にしかみえない。俺だって魔物の前でエルフィリアがいきなり手を挙げたら即座に止めに入る。
「それで我々はどうするのだ? 何を言っていたのか説明はしてくれるのであろう?」
「あ、はい。とりあえずあの杖持ったゴブリンについていきましょう。何を話したかは行きがてら教えますので」
そして各々が武器を完全に納め敵対意思がない事をアピールする。
そんなこちらの様子を注意深く見るマガビト達の視線に晒されながら、皆でゴブリンの後についていくことにしたのだった。
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