第222話 埋められた外堀
それは出立の二日前の事だった。
「フルカド様、言伝を預かっています」
大図書館を出て城門を抜けようとしたとき、門番の魔族に呼び止められた。
一体誰からだろうとその言伝を聞くと、ディモンジアの冒険者ギルドからの呼び出し。
よくここにいたのが分かったなと言うのと、一体何の用だろうと言う二つの疑問を抱きつつ門番に礼を言ってはそのままギルドへと向かうことにする。
中に入ると程ほどに魔族の冒険者がおり、初日ぶりに顔を見せに来た為かまた珍しいものを見るような視線を受けてしまった。
そんな周囲の反応を察してか、カウンターの方から一人の職員と思しき魔族の男性がこちらへとやってくる。
「あ、フルカド様ですよね? お話は伺っておりますのでこちらへお願いします」
自分よりも体つきの良い職員が丁寧に対応する姿に少しこそばゆい感じになりながらも、彼に案内されるがまま奥の部屋へと移動する。
中に入るとそこは調度品が揃った応接室だった。
王城や領主の館、貴族の別館など見てきた自分からすればそれらよりは劣るものの、冒険者ギルドと言う施設として見るなら十分と言える。
「それではギルド長を呼んできますね。席が足りなくて申し訳ないですが、フルカド様ともうお一方はお座りになってお待ち下さい」
そう言うと職員の人は一礼し部屋を出て行った。
部屋の中にはテーブルを挟み向かい合うようにソファーが二つ。奥のソファーはギルド長が座るだろうと言うことで手前側のソファーにコロナと一緒に腰をかけることにする。
ドルンとエルフィリアには悪いと思いつつも自分達の後ろに立ってもらい待つことしばし。
部屋のドアがノックされ振り向くと、そこから大男と呼べるほどの巨躯の魔族が姿を現した。
筋骨隆々の体にはちきれそうなスーツ……スーツ? デザインが少し違うけど多分スーツ的な服だろう。職員の人が着ているものとデザインが似通っているし。
ともあれ服の上からでもわかるぐらいの筋肉、自分とコロナが肩を組んでもそれ以上にありそうな横幅に、自分とコロナが肩車しても勝てないほどの身長。
魔国の冒険者ギルドの長ともなれば、やはりこれぐらい分かりやすそうな強さを示さなければダメなのかもしれないと思わせる風体だった。
「待たせたな。早速で悪いが仕事の話に入ろう」
向かいのソファーにギルド長が座るだけで軋みを上げたような音が聞こえた。
そのうち盛大に壊れるんじゃないだろうか。
「まず確認だが、人王国から来た『風の軌跡』のフルカド=ヤマルで間違いないな?」
「はい、自分が古門野丸です」
「よろしい。では今回呼び出した理由だがこの依頼を
受けてもらう、と言う言葉に内心首を傾げる。
冒険者ギルドの仕事は基本任意だ。
かなりの強制力があるのが
変だなと思いながらもギルド長が差し出した依頼書を受け取りその内容に目を通す。
「……?」
何か良く分からない……いや、書いてある事自体は分かる。
だがその書かれた内容が持つ意味が全く分からなかった。
コロナ達にも依頼書を見せるが、皆揃って眉間に皺を寄せそうな表情になっている辺り自分と似たようなものを感じているのだろう。
「あの、質問とか良いでしょうか?」
「あぁ。依頼内容について疑問を解消するのはギルドの勤めだからな」
すでにいくつか気になる点があったので遠慮なくすることにした。
そもそも受けてもらうと言い切っている時点で何かおかしいからだ。
「先ほどギルド長は依頼を受けてもらうと仰ってましたけど、依頼の強制って無かったような気がするんですが……」
「あぁ、それなんだがそこに依頼人の名前が書いてあるだろう?」
ギルド長が指差す先に書かれていた依頼人の名前はストマクス。
……え、誰? 全く知らない人なんだけど。
「その依頼人だが魔国のお偉方だ。それも結構のな」
「……え、何でそんな人が自分に依頼を?」
「さぁな。だが名前の前に役職が書いてあるだろう? つまりこれは個人ではなく国からの依頼、つまり公的依頼だな」
「公的依頼って個人単位でも出せたんですね……」
「むしろお前にと先方から受けたから指名依頼の合わせ技みたいなだな。滅多に見れるもんじゃないぞ?」
「ますます分からないんですが……」
見ず知らずのお偉方から指名される理由が全く以って分からない。
むしろそう言うのってもっと知名度があってランクが上で、しかもここならこの国の魔族が相場ではないだろうか。
そして分からないという部分でいえばこの依頼内容だ。
依頼内容は小難しい言葉でツラツラと書かれているが要約するとこうだ。
『明後日からブレイヴを連れてドラゴンの住まう地を調査してこい』。
もはやツッコミ所しかない依頼文である。
そもそも何故ブレイヴとその話をした事を知っているのか、依頼達成事項が明確に決められていないとか、出発日の指定はあるが期限が全く書かれていない等依頼内容としてはかなりふわっとしている。
ただ確定なのが『ブレイヴを連れて』と言う条件と『ドラゴンの住まう地』と言う場所の指定。
調査と書いているが何を調査しろとも無いし提出物の指定も無し。
ドラゴンを倒して来いと言われているわけでもないのはものすごくありがたいが……。
「あの、これ依頼書としての体を成しているんですか?」
「言いたい事は分かるが……まぁ、受けるしかないのだがな」
何かギルド長の言葉が妙に歯切れが悪い。何か上から圧力でも掛かっているのだろうか。
仮にそうだったとしても残念ながら公的依頼である以上、ギルドに所属している身としては明確な理由が無い限り断ることは難しい。
公的依頼と指名依頼の二重状態なので実入り自体は良いのがせめてもの救いか。
「……分かりました。どこまで出来るか分かりませんが頑張ります」
「あぁ、よろしく頼む。必要な物があればギルドが仲介しよう、遠慮なく言ってくれ」
どこか申し訳なさそうなギルド長に何かありそうだなぁと思いつつ、その日はギルドを後にした。
そして翌日は旅の準備のために一日買出しに費やし、更に一日経って出立当日。
朝指定された時間に待ち合わせの場所である街の入り口の門に行くとすでにブレイヴが待っていた。
今日の格好は以前魔王城へ行くときに見た剣と鎧の武装モード。そして鎧に合わせてか今日はマフラーがマントに戻っていた。
「ブレイヴさん、見つけやすいですね」
「なんかアイツんとこだけ人が離れてるからな」
この時間の街の門の周辺は人通りが多いのだが、綺麗にブレイヴの周りだけスペースが空いており非常に見つけやすかった。
なお当人は妙なポーズを取り悦に入ったような顔をしている。この状況に対し『勇者としての魅力が二の足を踏ませているのだろう』とか、きっとそんなことを考えていそうだ。
とりあえずあのままにしておくわけにはいかないため声を掛ける事にする。
「ブレイヴさん、おはようございます」
「おはよう諸君! おぉ、なんだそれは?!」
いつも以上のテンションの高さで、いつも以上のリアクションをしてくるブレイヴ。
まるで子どもの様に目を輝かせ引いてきたカーゴを色々と触り始めた。
朝から元気だなぁと思いながらもテンションの高いブレイブを宥めつつカーゴの説明していると、大通りの奥の方が少し騒がしいことに気づく。
何だろうと思ってそちらを見ると、まるでモーゼの十戒のごとく人が次々に左右へと分かれていた。
「何あれ?」
「さぁな。とりあえず俺達も端っこ寄るぞ。おら、ブレイヴも寄れ寄れ!」
未だカーゴにご執心のブレイヴをドルンが無理矢理押し込みカーゴごと道の端へと移動させそのまま地面に降ろす。
そして人の波の分かれ目がこちらまで届き、その原因が目視で確認できるようになった。
「……あれ。ヤマルさん、魔王様ですよ」
「あ、ほんとだ。何かあったのかな」
エルフィリアに言われよくよく見ると、割れた人波の間から魔王のミーシャを先頭に歩く一団が見えた。
彼女の両脇にはいかにも偉そうな人が数名並び、その後ろには兵士が数十名列を成して歩いている。
(こうして見るとやっぱり魔王様なんだなぁ)
自分が見た彼女はブレイヴに振り回される不憫な恋する乙女と言うイメージが強い。
むしろプライベートの彼女しか見た事が無かったので、こうしてお仕事モードを見るとまた違ったイメージで見えてくる。
今の彼女はちゃんと魔王としての威厳を持つ凛々しい顔立ちで……あれ。
「なんかこっち来てない?」
「え?」
折角端っこに寄ったのに何故かミーシャの一団は向きを変え真っ直ぐこちらへと向かって来ていた。
一体何故と戸惑っているといつの間にかブレイヴが自分の横に並び立つ。腕を組みミーシャらを見据えるその表情はまさに不敵そのものだ。
「来たか、待っていたぞ」
「来たわよ。全く、また変な事に巻き込んでくれるんだから……」
やや不機嫌そうにブレイブと言葉を交わすミーシャだったが、彼女が一歩前に出てはそのまま反転し一団のほうへと向き直る。
「では魔王様。くれぐれもお気をつけて」
「えぇ。しばらくは居ないけど……自分達で望んだのだから、留守中はしっかりとしてね」
「それはもちろん。何せ久方振りのチャンスですからね、存分に腕を振るわせていただきますよ」
クックック、と怪しい笑い声を響かせる魔族の男性だが、すぐにこちらの方へと視線を向ける。
何と言うかよくも悪くも腹芸が得意そうな人と言うのが第一印象の人だ。
「久しぶりだな、ネレン。今日は総出で見送りとはご苦労な事だ」
「いえいえ、かの勇者殿の門出ですからこれぐらいは当然でしょう。魔王様をしっかりと守るのですよ」
「こいつなら守るほど弱くはあるまい」
あ、何人かが『そうじゃねぇよ』って顔をした。ミーシャの恋愛事情は割と有名なのかもしれない。
ただこの事に関しては自分はフォロー出来なかった。多分ブレイヴに何か言うとほぼ間違いなくコロナからアクションがありそうだし……。
なので少し場の空気を変える為に別の話題を彼に振る事にする。先ほどからどうしても気になっている事が一つあるからだ。
「ブレイヴさん。どちら様ですか?」
「そうか、ヤマル達はこの街に来てまだ数日だったから知らないのだな。こいつらは魔王直下の『四天王』だ」
「四天王……!!」
魔王と言えばお約束の優秀な四人の幹部。
作品によっては人数が増えたり最初の一人が後に仲間になったりするアレだが、まさかこの世界にも実在していたなんて。
「紹介しよう。向かって左から『胃痛のストマクス』、『不眠症のネレン』、『脱毛症のノウヘイヤ』、『偏頭痛のハダック』だ。優秀が故に日々ストレスに晒されている哀れな連中うぉ?!」
言葉を言い終える間もなくネレンに引っ張られ四天王総出でタコ殴りにされ始めるブレイヴ。
何か『誰のせいだと思っているのだ!?』とか『こっ、コラ! やめんか! 四人がかりで卑怯だぞ!』とか『うるさい! 日々の辛さを思い知れ!』とか中々騒がしい声が聞こえてくる。
そんな様子を見るミーシャの目はとても冷めたものだったが、何も言わない辺り色々と察しているのかもしれない。
ちなみに後で彼女から訂正が入ったのだが、四天王と言っているのはブレイヴだけであり実際彼等はミーシャの部下ではないらしい。
この国のトップ集団の人である彼等は日本で言えば各省庁の大臣にあたるぐらいの人達だった。
「ふぅ……。おっと、御見苦しいところを見せてしまいましたね。彼と一緒にいる人間と言うことは貴方がフルカド=ヤマルさんでよろしかったですかな?」
「あ、はい」
「はじめまして。此度依頼をさせていただきましたストマクスです」
国の偉い人のはずなのに妙に腰の低い印象を受けるストマクス。
白い髪をオールバックにまとめ理知的な雰囲気を出す彼だが、その表情はどこか疲れたようにも見える。
差し出された手を取り握手を交わしこちらも軽く自己紹介をしたところで、今回の依頼の趣旨を尋ねてみる事にした。
「あの、今回の依頼ってどこか変と言いますか……。良ければその辺り伺ってもよろしいでしょうか」
「……いいでしょう。当事者ですし知らぬままはフェアではないですね。ですが他言無用でお願いします」
依頼に対する守秘義務は当然なので二つ返事でそれを了承すると今回の依頼について教えてくれた。
そして明かされる衝撃の事実……と言うより彼らの苦労の一端を垣間見る。
要するに彼らとしてはブレイヴをどうにかしたかった。
日々の苦情に先日の着地時の地面の修繕など何かと話題に事欠かないブレイヴは目下彼らの頭痛の種でもある。
そのため不定期に増える仕事に他の業務も影響が出ており、そろそろどうにかせねばと言うところで自分達がこの街にやってきた。
そしてここ数日はこちらに付き合ってたため普段よりは被害は少なく、更にとある筋からドラゴンの話題を聞きつけ今回の依頼を出すことを思い立ったらしい。
自分は詳しい場所は知らないが、ドラゴンが住んでいると思しきところはここから片道でも数日は掛かる。
つまり最短で依頼を達成したとしても、往復で十数日以上はブレイヴが居ないディモンジアと言う環境が得られるわけだ。
この隙に溜まった仕事を一気に終わらせようと画策したところ、体よく巻き込まれたのが自分達だった。
おりしも冒険者と言う部分から公的依頼での強制力が効く立場だったのも彼らの計画を後押しをする理由となる。
「正直あれを連れ出すのであれば理由は何でも良かったんですがね。何せちょっとやそっとの事では街を離れようとしない。そこで君達にお願いしようとしたわけです」
そう言うストマクスの顔は真剣さと悲痛さと哀願が交じり合ったような何とも言えない目をしており、とても何かを言えるような雰囲気ではなかった。
結局ブレイヴが残り三人から解放されるまでの少し間、ストマクス愚痴を聞く羽目になるのだった。
◇
「自分らも大概ですけどそちらもそちらで大変ですね……」
「ほんとそうね。仕方ないのは分かってるけど、今回は魔王って立場が悪い目で出ちゃったからね」
ちなみにミーシャが来た理由は単純でブレイヴの監視だ。
もっと言えば道中にある他の街でバカなことをしないように見張っておけ、とのことである。
彼女でなくても良いのではと思ったが、単にブレイヴを止めれそうなメンバーが少ないのと、何より国からの指示ともなれば魔王という立場上対応するしかない。
更に言えば断ろうにも旅行と思い込み仕事を片付けてしまったミーシャに退路は無かった。
一応やる事を成していれば他は自由にはして良いとの事だが、あまり目を離せない以上そんなに自由は無いような……いや。
(あ、逆に仕事って建前があるから堂々と一緒に居れるのか)
これについてミーシャが気づいているかは不明だが、後でそれとなく教えておく事にする。
「まぁ思惑とか色々ですけどお互い頑張りましょう」
「えぇ、こっちこそよろしくね。旅は不慣れな部分あるけど、その分貴方達はしっかりと守ってみせるわ」
任せてね、と笑顔でそう告げるミーシャだが、よくよく考えたら勇者と魔王が護衛とか物凄い構図な気がする。
ともあれ次の見張りのローテーションの時間が来るまで彼女と会話をしつつ、馬車は街道を順調に走っていった。
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